ヒイロとお買い物
「えっと、ファイ?怪我は大丈夫なの?」
「ええ。おかげさまで」
「一匹狼のファイがどういう風の吹き回しだ?」
言うとファイはバツが悪そうに目を逸らした。
「別に……一人になりたくて一人だったわけじゃないわ」
「……」
一応だけど。俺はファイの事情を知っている。彼女が仲間から切られた理由は、大きすぎる功名心にあった。彼女はとにかく実績をつけたがっていた。分不相応とも言える難しい依頼を請けては、仲間たちを死なせかけながらもどうにか突破して……ということを繰り返した結果、『もう付いていけない』とパーティから縁を切られたのである。
そうまでして実績を上げる事の意味は俺には分からない。一つ言えることは、今回の仕事も彼女であれば無条件で二つ返事で請けるだろうということだ。昨日クレイマンに殺されかけたくせに懲りない女だ。
とにかく。ファイが力を貸してくれるとなると、俺には一つ困ったことが発生する。
「ねえリブラ」
「……」
困りごとのタネが俺の服の袖を引っ張ってくる。
「揃ったよ。人手と資金」
人手は、もしかしたら不要かもしれないと思っていた。ヒイロのバカげた戦闘力があれば、そんなものはどうとでもなる。問題なのは資金だけ。それも彼女の言うとおりクリアされてしまった。
「待てって。誰かザーダに行ったことあるのか?俺はないぞ。山道に迷うかもしれないし、それにその魔物のダンジョンだってどんな構造か……」
「いや、リブラの地図があるでしょ」
「……ふー」
詰んだ。諦めて、俺はもう一度カルトロからペンを借りる。
「お、おい。リブラくん。正気かよ」
「多数決だよ。三人中二人が乗り気なら、もう仕方ない」
「お、おい。俺の意見は……」
「仕事を振ってきたのはお前だろうが」
そう言って、俺は報酬金貨200枚の仕事に、請負人のサインをする。
「喜べカルトロ。仕事を請けてやる。しくじったら責任取ってくれよ?」
カルトロは露骨に嫌そうな顔をして、俺の名前が書かれた紙きれを渋々受け取った。
--------------●--------------
『それじゃあ。各々で準備をしましょう。食料品と薬、あとは武器ね』。ファイはそう言って私とリブラにそれぞれ金貨5枚を渡してくれた。この分は今回の依頼をクリアした時の報酬から倍にして返済する。そして残った180枚を3等分するということにした。がめつい。上手くいけばいいけれど、失敗すれば大損の結構な賭けだ。
「まあ仕方ないや。お金がないのは本当だもんね。ええとまずは食べ物を、と」
リブラはザーダに行くまでには5日分の用意を考えておくといいと言っていた。そうなると生の肉や魚は持っていけないかもしれない。腐れせてしまったら勿体ない。野菜や果物を中心にして、他に干し肉やパンを買っていけばいいのだろう。あとは水だ。食料よりも水がない方が危ないとリブラが教えてくれた。とにかく水だけはいっぱい持っていった方がいいということだ。
そうなると今度は荷物を入れる入れ物がいる。背負うタイプのものの方が動きやすくていいいだろう。いざという時に両手も使えるし。そういうことで私はまず大容量のリュックサックを購入した。それから水と食べ物。最後に先日薬草摘みの依頼を出したイーマのお店に行って薬を沢山買う。
「はい。ありがとうねヒイロちゃん」
「はいっ!ありがとうございました!」
これで残りは金貨が4枚と少し。次は武器だ。武器なんて買うのは初めてである。私は通りをきょろきょろと見回して、それらしいお店に入っていった。
「あら」
「あっ。ファイ!」
「奇遇ね。貴女もここで武器を?」
「うんっ。ファイは……」
「私はもう買ったわ。この剣よ」
腰に差した細身の剣。ファイはそれをぽんぽんと叩く。
「じゃあね、ヒイロ。まだ私も買い物が残ってるから……。あとでギルドでね。いい武器が買えるといいね」
「うん。それじゃあまた!」
私は店を出ていくファイに手を振り、そして店主に振り返る。
「ええと店主さん。いい武器ないですか?私にも使えそうなヤツ」
「おういらっしゃい。嬢ちゃんには……これくらいの武器がいいんじゃねえか?」
そう言って太目の店員が私に差し出した武器は小さめのナイフだった。私は少しだけわくわくしながらその柄を取って、逆手持ちにしてみる。なんだか手に馴染む感じがする。刃渡りは短いが、その分軽くて動きやすそうな武器だ。
「いいですね。ちょっと本気で振ってみていいですか?」
「おうっ。幾らでも試してみてくれよ」
なんて。本気と言いつつも、本当に本気を出したらお店が壊れてしまう。それくらいは私も分かっていた。なんども師匠の家を壊して、その度に直した私だぞ。師匠から教えてもらった手加減で、お店が壊れない程度の本気でナイフを振る──。
『ぱきんっ』と音がした。『え?』とナイフを見てみると刃が砕け散っている。
「あ、あれ?不良品か?」
「えーっと」
多分、違う。単にこのナイフでは私のパワーには勝てないというだけのことだ。
「ごめんなさい。もうちょっと丈夫な武器って……」
「こ、これ以上になるとだいぶ重くなるが……ちょっと待ってろよ?」
店の奥へと引っ込んでいった店主は、首を傾げながら一本の長剣を持ってくる。
「こいつは鋼の剣だ。鉄製のナイフよりは頑丈だと思うぞ」
「は、はい。お借りします」
今度こそ。意気込んで振った鋼の刃は、果たして鉄のナイフと同じように瞬時に砕け散る。
「……えーっと」
おかしい。師匠の家に居た時は、師匠の剣を借りて剣術の練習をしていたのだ。その時はこんな簡単に剣が砕けることは無かったのに。
「あの……他には」
「……ちょっと。待ってな」
今度こそと店主が持ってきたのは、炎の刻印が記された青い魔法の剣である。蒼炎の剣と呼ばれるそれは、振れば刃が炎に包まれて、燃える斬撃を放つことが出来る代物だ。王国騎士の中にも火炎の剣を愛用する者がいるという、量産品ではあるが頑丈で強力な名品だ。店主が試し振りをして、不良品ではないと確認されたこの剣も結局砕けた。
「……あの」
「嬢ちゃん。その。悪いけどよ。ウチには嬢ちゃんが扱えるような武器は、無さそうなんだけどよ」
「はい」
「あの……料金をさ」
「はい……」
客観的に見て。借りた三つの武器は、私が振ったせいで壊れたとみるのが自然である。そして武器は全て借りているだけのもの。壊してしまった以上は、弁償するのが当然のことである。
かくして。武器屋さんを出るころには私のお財布は。
「うええ……。すっからかんだあ……」
二日連続で素寒貧になるのを味わった私。貯金なんて夢のまた夢なのではないか。
--------------●--------------
「武器も防具も買わずに金貨5枚がなくなるってどういうして……?」
俺はギルドに帰ってきて早々に訳の分からないことを言うヒイロを問いただした。彼女は俯きながらコトの経緯を説明する。信じがたい話が彼女の口から矢継ぎ早に出てくる。
「……というわけで。武器を弁償したからお金がなくなって」
「ふうん……」
「えーっと……」
「まあ。ヒイロがそういうならそうなんだろうね」
「えっ。こんな話信じてくれるの?」
「一応ね。ヒイロは嘘つきじゃないとは思うし」
もしもヒイロが嘘つなら、今朝のスロットの件も嘘を吐いているはずだから。
「でも安心したよ」
「えっ。えっと。何が?」
「金がなくなったって言うからさ。俺はまたてっきりスロットに突っ込んだのかと」
「さ、流石に私だってそこまでバカじゃないし!」
ムっとした顔でヒイロが俺を睨んでくる。
ともあれ。彼女は最低限の買い物は出来ていた。食べ物に水に薬。それだけあればザーダには行ける。武器や防具がないのは心もとないが、ヒイロならば恐らく大丈夫だろう。
「さて。後はファイが戻ってくるのを待つばかり、と……」
「あら。私が一番最後?待たせちゃったかしら」
「噂をすれば、か」
声のした方に振り返る。細手の魔法刻印が記された剣。動きやすそうな青色の軽い鎧。鎧の方にも魔法の刻印が記されていた。鎧にかけられた土の魔法が頑丈さを高め、剣に記された風の魔法が切れ味の向上と鎌鼬による攻撃能力を付与されている。
「……おいおい。それ金貨5枚じゃあ足りないだろ」
「ええ。剣も鎧もそれぞれ金貨4枚の高級品よ」
スポンサーが彼女だとは言え、ちょっとズルイと思ってしまう。俺は金貨5枚をやりくりして、防具だけは強力な鋼の鎧を用意し、武器は比較的安価なナイフで間に合わせているのに。そして俺の隣でしょぼくれているヒイロはそもそも武器も防具も買えていないのに。
「さあ。支度も出来たし、早速出発しましょうか?馬は借りてるから、山のふもとまではすぐよ?」
とはいえだ。スポンサーがいるのはやはりありがたいことである。移動に馬を用意するなんて俺の財力では絶対に無理だ。