ヒイロと貯金計画
「まず。俺は別に酒もギャンブルもやったっていいと思う。けど、身を崩すまでいくのは流石にマズい。相棒のヒイロに破滅されたら俺も困る。だから、遊んでいい上限を決めておくんだ」
そうしてリブラは懐から財布を取り出して、金貨を1枚取り出した。
「これだけ」
「1枚……」
「勝っても負けても遊びにつかっていいのはこれだけだ。これでもスロットで遊ぶくらいならできるだろ。それ以外は食費や家賃……あとは仕事に必要な経費。余った分は貯金する」
「う、うん……」
「なんだよ。乗り気じゃない返事だな」
「その……貯金は苦手で」
今までは貯金するほどのお金なんて手元になかった。キュウと暮していたころはその日を暮らすのがやっとだったし、師匠に鍛えられている間はお小遣いなんてなかった。そんな私だから、手元にびっくりするくらいのお金があったらあっただけ使ってしまう気がする。
「……なら目標を決めよう。ヒイロは何か欲しいものとかないのか?やりたいこととか。そのために貯金するんだ」
「え、えっと……」
そんなことを言われても困る。だって私には欲しいものなんてない。その日を暮していけばそれでいいのに。
「あ……。そうだ」
ただ。深く深く考えてみれば一つあった。私にも欲しいものが。
「ん?なに?」
「あの、私ね。今、見習い会員ってことでギルドの宿舎に泊めてもらってるんだけど」
「うん」
「でもね。本当は、自分の家が欲しいんだ。小さくてもいいから、暖かい家が。そこでのんびり暮らしたい!」
相棒だったキュウが寒い想いをしないような、暖かい家。師匠と一緒に過ごした、狭くてボロだけど楽しかった家。私が欲しいものはそれしかない、と思う。
「家……」
『ちょっと待ってな』とリブラは席を立ち、受付に行って紙とペンを借りてくる。そうして席に戻ってくると、何やら書き出した。
「金貨が1000枚も有れば、家と土地が買える。目指すのはそこかな」
「1000……」
「っつっても。真面目に家を買おうとしたらそこそこの仕事も受けないとな。仮に月に金貨10枚稼ぐとして……」
リブラはぶつぶつ言いながらペンを走らせる。彼が書いていたのは貯金の計画書だった。一月の出費を金貨2枚と仮定。仕事用の武器や防具、道具などの予算が1枚。娯楽用のお金が1枚。残った6枚を貯金に回す。
「……14年で家が買えるな」
「うーん……果てしない……」
14年も経ったら私はもう30歳だ。
「ちなみに娯楽費も貯金に回せば3年早く家が買える。ギリギリ20代かな?」
「うう……30歳コースでお願いします……」
リブラはまた、呆れた目を私に向けてきたけれど、その後小さく微笑んで、『はいはい』と言う。そうして計画書を四つ折りにすると私に手渡してきた。
「ヒイロはもう今月の娯楽費を使い切った。だからもうスロットはやっちゃダメだ。やりたくなったら計画書を見て、暖かい理想な家を想像して、我慢しろよ」
「……うん。分かった」
リブラが作ってくれた計画書を開いて、見てみる。14年で家が買える。そのために貯金をする。私は自分に言い聞かせるように、何度も何度も呟いた。
「うーっ。でも14年かあーっ」
「まあ目標ってだけだよ。無駄遣いしないための。本当に家が必要なら、頭金だけ用意して金を借りるってのも一つの手だ」
「この計画だと1年で金貨60枚貯まる計算だよね。……ううう。いっそ金貨100枚くらい貰える仕事でもないかなあ」
「ないない。俺この町で1年仕事してるけど、そんなデカイ仕事今まで一度もないよ。金貨4枚のクレイマン退治だって珍しいくらいで……」
「あれ?あの仕事金貨8枚じゃなかった?」
「あっ。えっとそれはほら……」
「やあ、お二人さん」
突然後ろから声がした。聞き覚えのある声に私は振り返る。見るとそこには受付のお兄さんが立っていた。確か名前は……。
「えーっと……」
「どうしたよカルトロ。ペンかい?ほら。返すよ。ありがとな」
「ああどういたしまして。それより話が聞こえてきたけど、デカイ仕事探してるんだって?」
「えっ。いや。そんなのがあったらいいなーってだけで……」
「それならこんなのがあるよ」
言うとカルトロは私たちの席に仕事の書かれた紙を置いた。内容はともかくとして、報酬がすごい。
「金貨200枚!?」
「Sランクの仕事って……。どういうつもりだよカルトロ?」
「ザーダって町知ってる?そこの近くにある洞窟に魔物が住み着いて迷宮化したらしい。噂だけど魔王軍の幹部の生き残りとか」
「迷宮化……?」
私が首を傾げると、リブラがその意味を教えてくれる。
「強い魔物は、森とか洞窟を自分にとって最適な領域に改造できるんだ。その能力を迷宮化って呼んでる」
「はあ……」
「……で?」
リブラがカルトロを睨む。
「そのダンジョンを作った魔物退治しろって?元魔王軍幹部を?俺らが?」
「そうだね」
カルトロはニッと笑みを浮かべて答えた。
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割のいい仕事とそうでない仕事がある。今回カルトロが持ってきたのは明らかに後者だ。例え報酬が金貨200枚であろうとも、この仕事は割に合わない。命を落とす危険があまりに高すぎるからだ。そもそも、前提からしておかしい話である。
「……なんでシルフのギルドにその仕事が回ってくるんだ?」
「ザーダから一番近かったから」
「ザーダのギルドでやればいいだろ?だいたい、近いって言っても山の向こうじゃあないか」
馬車を使っても行けるのは山のふもとまで。そこから山を登って降りては自分の脚で行かなくてはいけない。空を飛べる高位の魔法使いならばいざ知らず、俺たちではザーダへは急いで行っても3日はかかる。それも休まずに歩き続けての話だ。近いと言ってもそれだけ離れてはいるのだ。その後の仕事のことも考えると4~5日かかると考えていい。切羽詰まっているであろう状況下で、現地へ訪問するだけで数日単位の時間がかかるところに仕事が回ってきた理由。考えられる答えは一つだ。
「勿論最初はザーダの精鋭が行ったさ。でも返り討ちにあった」
「ふうん」
やっぱりな。つまりは、ザーダでは手に負えないほどに相手が強かったということだ。流石にSランク。聞けば聞くほどきな臭い。
「それどころか、その魔物、ザーダの町まで襲ったらしくてね。壊滅状態らしい。で、事態を重く見た王国がギルド本部に討伐依頼を出し、ザーダの町から近かったうちがそれを請けることになったのさ」
「ちょっと待てよ。街一個壊滅させるレベルなら、王国騎士の仕事だ。俺らみたいな民間の鉄砲玉が出ていってどうにかできるレベルの話じゃない」
「それが彼らも忙しいみたいでね。『悪いが頼む』だとさ」
「……なるほどね。それで?なんで俺らに話を振った?」
「そりゃあ。期待のルーキーがいるからね。クレイマンをやっつけたお二人だ」
ヒイロは呑気に照れている。そんな彼女を余所に、俺はカルトロの意図を考えていた。こんな大きな仕事を俺たちに回してきた理由は何か。
恐らく他のパーティにも声をかけたけれど断られたのだ。実績だけで言うなら昨日のクレイマンよりももっとデカイ仕事をやっているパーティは他にもある。どのパーティも熟練。そしてその経験故この仕事は請けるべきでないと察したのだろう。そうして断られて断られて断られた結果、俺たちにお鉢が回ってきたのだ。
だが、そもそもカルトロはシルフのギルドでこの仕事を請けたいのだろうか。恐らく答えはNoだ。ダンジョンに入ってきた相手のみならず、その者たちが暮らす町まで襲ってきた魔物が相手なのだ。下手にシルフから会員を派遣してちょっかいを出したくないはずである。
しかしお国から降りてきて本部から回ってきた仕事を断るわけにはいかない。やむを得ずあちこちのパーティに仕事を紹介しては断られるという流れを繰り返し、誰も請けてくれませんでしたと報告する予定なのだろう。ウチでは手が出せませんと全員が判断したのであれば、本部も他所に回すしかなくなるはずだから。
ならば、俺がやるべき事は一つだ。
「悪い。流石にそんなデカイ仕事はまだ請けられねえわ」
「えっ!?」
「そうか……。じゃあ仕方ないね!」
「ええっ!?」
俺とカルトロの予定調和の会話にヒイロだけが驚いている。落ち着けよと言ってやりたい。この場で仕事に乗り気なのはお前だけだ。
「なんでよリブラっ!ザーダの人たちのこと、許していいの!?」
「俺だって気の毒だとは思うよ……」
それは本心だ。突然やってきた強力な魔物に殺された無念を思えば、決して許していい所業ではない。だが、だからと言って二つ返事で請られる仕事ではない。
ヒイロは恐ろしく強いが、それでもクレイマンを倒しただけだ。魔王軍の幹部では相手にならないかもしれない。もしも負けたら、このシルフの町がザーダの二の舞になる恐れだってある。
「ともかく。二人じゃあ流石に人数不足だ。山越えの資金も俺たちにはない。請けたくても請けられないんだよ」
「えっ、でもリブラ、昨日金貨4枚持って行って……」
「いやだからそれは……」
「あっ!もしかしてリブラもスロットで……」
「ンなわけねーだろ!」
「資金と人手が足りないなら、手伝ってあげましょうか?」
「は?」
今日はやけに脇から話しかけられるなと思いながら、声の方へと目を向ける。
「……お前」
「昨日はどうもありがとう。おかげで助かったわ」
クレイマン退治の仕事の元々の請負人である少女。ファイがそこに立っていた。