ヒイロとキュインキュインキュインキュインキュイン
「ゴーズと一緒に仕事しておけば楽だったのに……」
ギルドから逃げた私たちは一番近くにある喫茶店に飛び込んだ。ジュースを飲みながら、呆れたような口調でリブラが言う。私には愛想笑いを受かべることしかできなかった。
「なんで俺と組むなんて言ったのさ。メリットなんかないぜ?」
「いやだって……あの人なんか圧が強くてこわいし……」
私の言葉にリブラは噴き出した。そしてにやけながらこちらを見る。
「それだけ?」
「まあ……」
「そっか……。まあ同じ意見だけどさ」
「それにほら!リブラの地図可愛くて見やすいし!ああいう地図が増えてくると仕事もしやすいと思うんだよね!」
「ああ地図。地図ね……」
リブラは懐に手を入れた。『そこまで言うなら見せるか』と言いながら白い丸テーブルの上に地図を放り投げる。
「さっき森で使った地図だよ。中見てみな」
私は言われるがままに地図を広げる。中身を見てみて首を捻る。
「……内容が違う?これこの喫茶店の……」
テーブルの配置。カウンターの場所。トイレの位置など、どう見てもコレはこの喫茶店の地図だった。
「そう。これはウチの爺さんが作った魔法の地図。今いる場所の地図を自動的に出力してくれるんだ」
「……え。ということは」
「俺は地図も絵も描いてないの。何もしなくても勝手に出来るんだ。俺は地図士としてもポンコツなんだよ」
「ええっ!?」
「だから俺なんかと組んでもメリットなんかないんだって。何も出来ない奴なんだから」
リブラはまた自虐をする。そんな彼の姿が私には不思議だった。何も出来ないなんてとんでもない。この地図が彼の持ち物である以上、これは彼の力だ。どんな場所でもそこの様子が分かる地図とその持ち主なんて、逃がす手はない。私は地図を仕舞おうとするリブラの手を取る。
「えっ。なに」
「リブラ!」
「は、はい……」
「改めて!よろしくお願いします!」
「……え。まじ。まじで言ってんの?」
「うん!よろしく!リブラ!」
「じゃあ……そういうことなら」
「──!ありがとう!」
感極まって。思わず私はリブラの手を握る力を強くしてしまった。同時にぼきっという音が喫茶店に響く。
「いたああああっ!」
「ああああっ!?ご、ごめーん!」
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「昨日のゴーズ見たかよ」
「見た見た。見習いの小娘にすっ転ばされて。みっともないのなんのって」
ギルドに併設されている酒場では噂話が幾らでも聞ける。昼間っからでも呑んだくれて、周りの目を気にしないで好き勝手話す連中がうじゃうじゃいるおかげだ。俺の無能っぷりも毎日のように聞くことが出来たものだが、今日のトレンドは、昨日のゴーズの失態についてらしい。彼らの口調は明らかにゴーズを馬鹿にしている。
(そりゃあそうだ)
元より乱暴で横柄なゴーズは人から好かれてなかった。それでもその強さがためにパーティが纏まっていたし、周りも一目置いていたのだ。
だがヒイロに負けた。アレは正式な勝負の場ではないから評価としては微妙だが、事実だけ抜き出せば後ろから掴み掛ってきたところを女の子に投げ飛ばされたということになる。どれだけ威を示そうとも『不意打ちを仕掛けた女の子に返り討ちにされたヤツ』というイメージのせいで台無しである。
昨日の仕事も上手くいかなかったらしい。きっとそれもヒイロとの一件のせいだ。仲間が彼を軽んじているのだ。必然的にパーティには纏まりがなくなり、連携が取れなくなる。彼のパーティが崩壊するのも時間の問題かもしれない。
「けどまあ自業自得だろ」
誰かの声がした。俺は早く席を立ちたい気持ちでいっぱいになった。他人の悪口が聞こえてくる環境で一人呑むビールはまずい。うんざりだ。これが待ち合わせでなければ、とっくの昔に家に帰っている。
「リブラ」
「おう。来たなヒイ……ロ?」
俺の眼に映るヒイロは顔色が悪い。故郷であるマーモの町に住んでいたシロットという爺さんのことが思い出される。彼が家を火事で失くした時もこんな顔をしていたような覚えがある。
どういう形で話しかけるか少し考えて、敢えて茶化すような口調を取ってみることにする。
「どうしたんだよヒイロ。この世の終わりみたいな顔して。昨日の報酬をどっかに落としたか?」
ヒイロは無言で首を横に振る。ただ、その行為には若干の迷いが見受けられた。まるで『落としたわけではない』と言っているような感じだ。それはつまり、無くしたことは無くしたということである。
「……なあ。昨日の金貨どうしたんだよ」
「……ギルドの地下にさ。スロットマシンがあるじゃない?」
「ああ。あったね。子どもの玩具みたいな……。え?お前まさか……」
「初めて大金を手にしたからかな……」
ヒイロは遠い目をした。何か一周回って清々しい、すっきりした笑みを浮かべている。
「お前。マジか?」
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先日、リブラと別れた後。私は手元にある4枚の金貨と5枚の銀貨を見つめる。今回の仕事で貰う予定だったのは左手の銀貨だけだ。右手の金貨は全て予定外の収入ということになる。
「……ってことは使っても実質損はしない?」
そう気付いた時、胸の奥が騒めいた。同時に『遊びも仕事も、全部楽しんでこそ一流の人生さ!』という師匠の言葉と、ベルゼのギルドで先輩の会員が地下のスロットマシンで大儲けしていた姿が思い出される。ごくりと唾を呑んで、周囲をきょろきょろ見回しながら、なるべく人目に付かないようにして地下への階段を降りていく。
「……おー」
ギルドの地下は娯楽スペース。会員たちの憩いの場だ。仕事が始まるまでの時間を潰すために使われる。
雑談をしたり、ボードゲームをしたりと色々な形で楽しんでいる会員たちの姿がそこにあった。目当てのスロットマシンは一番奥。遊んでいる者は誰もいない。
私は『へー』とか『ふーん』とか言いながら地下施設をあちこち見て回るフリをする。そうして『ほー。こんなのもあるんだー』と言いつつスロットマシンの席に座った。
「えーっと。確か……」
昔、遊び方を遠巻きに見ていた。あの時はお金が無くて遊べなかったが、今なら。
スロットマシンの右側にお金を入れる口がある。そこに金貨や銀貨を入れると、遊戯用のメダルと交換できるのだ。私は少し迷って金貨を入れて、『貸出』ボタンを押す。遊戯用のコインがじゃらじゃらと音を鳴らしながら吐き出されてきた。
「そんでこれを……」
コイン三枚をスロットマシンに入れる。スロットがパッと光った。レバーを倒すと三つのリールが回り出す。リールの上についている透明なパネルの中では、勇者が魔王城へと旅立つ映像が映し出されていた。魔法を用いたスロットの演出である。ここから先は簡単だ。それぞれのリールの下にあるボタンを押して、リールを止める。絵柄が揃えば当たりだ。
「よしっ!」
右端のボタンを押すと、突然スロットの電飾が消えて真っ黒になった。映像は中途半端なところで止まっていて、リールだけがからから回っている。
「えっ。えっ。こ、壊れ……」
「おー。フリーズ引いたのか」
「え?」
振り返ると見知らぬおじさんがしげしげと私のスロットマシンを見つめている。
「ふ、フリー……」
「よかったなあお嬢ちゃん。大当たりだぜ」
「へ?」
視線を戻すと同時に、スロットマシンがキュインキュインキュインと鳴きだした。目がつぶれそうなくらいに激しい光が放たれる。演出のパネルでは勇者が魔王を倒していた。やがてマシンは壊れたみたいにコインを吐き出し始める。
「や、やった……!」
「いいなあ。嬢ちゃん。剛運だねえ。あやかりたいねえ」
開始して一分足らずでもう勝った。頭がぽわぽわしてくる。こんなに簡単にコインが増えていいものなのか。法律とかに違反していないのか。
「よ、よし!まだまだこれからだ!」
「おー頑張れよー」
そう言っておじさんは去っていく。こんなに簡単に勝てるんだからおじさんもやればいいのにと思いながら、私はビカビカと光を放ちながら爆音を鳴り響かせ、大量のメダルを排出するスロットマシンに目を奪われるのだった。
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「……で?その後一回も勝てずに。全財産突っ込んだって?」
リブラは呆れたような口調で呆れた目を向けながら私を問いただす。
「いや。全財産じゃないよ。銀貨3枚は残した。元々リブラと7対3で分けるつもりだったし……実質プラマイゼロっていうか……」
「そりゃ負けるヤツの思考!思いっきりマイナスだよ!」
「ひっ!」
「金貨4枚銀貨2枚のマイナス!こ、こんなこと言いたくないけど、お前イーマ婆さんに申し訳ないとか思わないのか!」
「お、思います……」
「稼いだ金をどう使おうと自由だけど……。それにしたって。金貨4枚もあったのにひっどい使い方したな……」
「あっ!でも!次!次こそはきっと勝て……!」
リブラが私を睨む。流石にマズいことを言ったなと反省して『ごめん』と続けると、彼は一つ息を吐いて言った。
「じゃあルールを決めよう」
「ル、ルール?」
リブラはなんだか師匠みたいなことを言い出した。
「金の使い方を考えるんだ。こんな感じで好き勝手に使って、相棒のお前に潰れられたら、俺だって困るからな」