ヒイロとリブラ③
「ご依頼の薬草、納品させていただきます。ご確認ください」
「まあ……。ありがとうねえ。助かったよ。これでまた薬が作れるわ」
依頼された薬草の量は三つの籠がいっぱいになるくらいということだった。依頼主のイーマは私たちが持ってきた薬草を一つ一つチェックしながら『うん、うん』と頷いている。
「ええ。ええ。確かにいただきました。またお願いしようかしらねえ」
「はい!よろしくお願いします!」
こうして無事に納品を終えた私たちはギルドに戻ることになった。久々だったけれど、やっぱりこの仕事は好きだ。やっている間は大変なばかりだけれど、達成した時に依頼人が喜んでいる姿を見ると、そんな疲れはどこかへ行ってしまう。
「あのさ。ヒイロ」
「あ。うん。なに?あっ。お金の分配だよね。今回はリブラのお名前で受けたから……銀貨7枚で」
「いやそれはいいんだけど。……ってかそれは折半でいいでしょ。5枚5枚で。……それに結果的にもっといっぱい貰えることになるし」
「え?それってどういう……」
「それよりさ。ちょっとあそこの飯屋で休んでいこうよ。話したいこともあるし」
「う……」
何を話すのかはだいたい予想がついている。あまり話したいことではなかった。エクスドラから力を貰って、そのせいで魔王とか勇者に匹敵する能力を手にしたなんてことを言ったらバケモノ扱いされるのではないか。
かと言ってここでご飯を断るわけにもいかない。私はリブラに恩義がある。仕事を受けられたのは彼のおかげだし。迷わずにスムーズに薬草の生えている大樹の元まで行けたのも彼のおかげだし。魔物に襲われている女の子を無事に助けられたのも彼の案内のおかげだ。こんなに助けてもらって『プライベートなお付き合いはちょっと……』なんて言えない。
お店のドアを開けると、店主が『いらっしゃーいっ!』と元気よく声をかけてくる。リブラは軽く手を挙げて挨拶して、空いた席に腰かける。
「どうも店長。ランチを頼むよ二人分」
「はいよ。あれ?リブラどうした、その子は?」
「仕事仲間だよ」
「へえ。また追い出されないようにしろよ?」
「うるせえ」
私はリブラの選んだテーブルのリブラの向かいの席に座る。
「……で。さっきの森の件だけど」
「う、うん……」
「俺。聞かないことにするから」
「……え?」
思わぬ言葉に、俯いていた私は思わず顔を上げる。リブラは真面目な顔で続けた。
「黙ってたのは言いたくないからだろ。じゃあ聞かないからさ」
「き、気にならないの……?」
「そりゃあ気になるけど。秘密の一つや二つ、誰にだってあるでしょ。そこを突っつかれるのって、あんまりいい気しないからね」
「は、はあ……」
困惑している私に、リブラは更に続けた。
「よかったね。さっきの子助けられてさ」
「あっ。はい。それはもう……」
イーマに薬草を納品する前に、私たちはクレイマンにやられていた女の子を病院に運んでいた。彼女はファイという名の剣士でらしい。若手だがそれなりに実績があるギルドの会員だそうだ。期待の新人というやつ。
「でもまあ性格には難があるって噂だよ」
運ばれてきたパンをむしゃりと齧りながら、リブラは言う。ファイはその性格のせいで仲間から距離を取られてしまったらしい。一人で仕事をしていたのもそのせいだった。
「けどよかったあ……本当に。助けられて」
「……ファイの依頼は俺たちが引き継いだことになる。アイツのサインも貰ったしな。それなりの怪我してたくせによく書いてくれたもんだよ。魔物退治ってなったら報酬もそれなりだぜ」
「えっ!?本当!?やったあ」
薬草集めの報酬は金貨1枚。銀貨に換算すると10枚だ。銀貨が5枚もあれば、節制すれば一週間は暮らせる。それよりも魔物退治の報酬は多いはずだ。リブラと分け合っても相当なお金になる。
「これで来週分の食費もなんとかなるかも……!やったね、リブラ!」
「だな。ありがとうヒイロさん。おかげで俺も今月くらいはマシな生活できるよ」
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後腐れは、ない方がいい。
「ってなわけで。ファイが受けたクレイマン退治、俺らが引き継いで片付けました」
「……マジで。リブラくんと会員ですらない新人ちゃんが?」
「マジマジ。ほら。ファイのサインあるよーっと」
「うわっ。嘘だろ……」
そりゃあ信じられないよな。俺は受付のカルトロが驚いた顔でファイのサインと俺の顔とを交互に見比べる様子を見ながら思う。
「いや待てよ……。あの新人なんか元会員って言ってたしな。もしかしてとんでもないベテラン?」
「さあどうだろう。まあ。そういうことだからさ。カルトロくんが信じようと信じまいと自由だけど。証拠もあるわけで。……報酬貰えるよね?」
「……勿論。えーっと金貨が4枚だ。はいよ」
俺はカルトロが手渡してくる金貨を受け取る。『運がよかったね』という嫌味と一緒に。お釣りを返す必要があれば、『その通りだよ』という言葉も一緒にぶつけてやったかもしれない。
本当に運がよかった。ヒイロがたまたま仕事の出来ない状態だったこと。そのヒイロが滅茶苦茶に強かったこと。そのおかげで俺は身の丈に合わない仕事を引き継いで、身の丈に合わない実績を得ることになった。多分、二度とはない幸運だ。俺はヒイロに合流して、報酬の金貨を渡す。
「はいよ。すごいよ。金貨8枚の仕事だったみたいだ」
俺は何もしていない。ただツイていただけ。ヒイロは仕事を受けられる状態ではないので、クレイマン退治の仕事を引き継いで達成したのは俺ということになる。そんな身の丈以上の実績が得られただけでも十分だ。金は、いらない。
「じゃあ折半して、ヒイロに4枚ね」
そして。彼女はこれで次の試験までの期間、仕事をする理由はなくなる。俺との関係も切れるということだ。俺のような足手まといが一緒にいてもマイナスにしかならない。
申し訳ないけれどついていけない。あの華奢な身体でクレイマンを蹴り殺した膂力も、一撃でクレイマンの巣である沼地を蒸発させた魔法も、俺みたいなヤツがくっ付いていていい力じゃあない。もっと大きな仕事をして、大きな場所で活躍するべきだ。
「わー……こんなに……!魔物退治って儲かるんだね……!」
「当たり前だろ。みんな魔物には困ってんだからさ。それに命賭けなんだ。これくらいはもらわないと割にあわないって」
「こんなにお金あったら私来月まで遊んで暮らせちゃうよ……」
「はははは。いいんじゃない?それくらいしても──」
『よお』という声が背後で聞こえる。聞き馴染みのある、出来れば思い出したくない声に、冷や汗が流れた。恐る恐る振り返ると、果たしてそこには禿げた筋骨隆々の長身の男が立っていた。今朝方俺をクビにしたパーティのリーダーであるゴーズだ。
「あ、どうも。ゴーズさん……」
「カルトロから聞いたぜ」
ゴーズは俺の話など聞かずに、肩に手を回してきた。傍に立つヒイロは突然のことにびくっとしている。あんなに強いくせに変なところで普通だ。
「ファイの魔物退治の仕事を引き継いで、成功したんだって?」
「あ、はい……まあ……」
「そうか本当か。けどお前なんかじゃあ出来るわけねえよな。ファイがしくじった仕事なんてよお」
「……はい」
「ってことはクレイマンを仕留めたのはあのガキだな?」
「えっと……まあ、その……」
「分かった。もういい」
そうしてゴーズは俺を突き放す。もうこちらには視線を向けてさえいない。興味があるのは今回の手柄の立役者であるヒイロだけだ。
「悪いなあ!驚かせて!俺はゴーズってんだ。元々はこっちのリブラと一緒に仕事をしていた」
「あっ。はい。初めまして。ヒイロと言います」
「そうか、ヒイロって言うのか。リブラから聞いたぜ?新人なのに凄腕で、クレイマン退治も実際は嬢ちゃんの手柄だってな!」
「い、いやいや……そんなことは……」
「謙遜するなって。どうだ?これからもギルドで仕事をやっていくんなら、俺らと組まねえか?」
「えっ?」
俺はそこまで聞いて、この場を立ち去ることにした。ゴーズの言っていることは本当だ。クレイマンを仕留めたのはヒイロだ。俺は何もやってない。第一、俺じゃあ付いていけない。あんな強い女の子が受けるような仕事は俺には手が出ない。
腕は立つが強引なところがあって、暴言や無茶な要求をしてくることが多いゴーズがリーダーを務めるパーティはいつも人手不足だ。それでもあの実力のあるヒイロならきっとやっていける。仕事が軌道に乗ればゴーズの気質も落ち着いてくるかもしれない。そうなればwin-winだ。みんな幸せになれる。
「はっ?リブラも?」
「あン?」
突然聞こえてきた言葉に俺は思わず振り返った。見るとゴーズが少し苛立ったような顔でヒイロを見つめている。
「いやいや……嬢ちゃんだって分かってるだろ?あんな足手まといは俺の仲間には必要ないんだって」
「リブラは足手まといじゃないですよ。あんなに分かりやすい地図を持っていて──」
「地図なんかいらねえんだよ!俺のパーティに必要なのは強い奴だ!魔物を百でも千でも殺して、金を稼げる奴だけだ!」
「じゃあ……ごめんなさい。ゴーズさんとは組めません。誰かと組んで仕事をするなら、私はリブラと組みたいから」
「なっ……!」
ヒイロはペコリと頭を下げると、ゴーズのすぐ横を通って俺のところに向かって歩いてくる。
「リブラ!次の仕事だけど──」
「……っざけんなクソガキ!」
『あっ』と。俺は思わず声を上げていた。プライドを傷つけられたゴーズが、彼に背を向けたヒイロに掴み掛ろうとする。位置的には見えていないはずなのに。ヒイロはゴーズの腕をさらっと躱すと、それを掴んで『えいっ』と軽く投げ飛ばした。床に叩きつけられたゴーズは白目を向いて泡をふいている。
「あーっ!い、いきなり襲ってくるから……」
ヒイロが慌てている間に、騒ぎを聞きつけた野次馬が周りに近付いてくる。見慣れない女の子とその傍で倒れているベテラン。そして立ち尽くしている俺。どよめきが少しずつ大きくなっていく。
「あの。えと……。ど、どうしたら……」
俺は一つため息をはいて、きっとこの選択は間違いなのだろうなと思いながらヒイロの手首を掴んだ。
「逃げよう」
そうして。俺は彼女の手を引いて走り出した。