ヒイロとキュウ
私がキュウに出会ったのは、12歳の時。ある酷い雨の日だった。
キュウは黒い竜の子どもで冷たい豪雨を木の影でやり過ごして、どうにか生きようとしていた。
私はというと、雨のせいで客足も少なく、すっかり固くなって投げ売りされているパンをたくさん買って帰る途中。
私の誕生日が近いからと張り切って仕事に出て行った両親は、仕事先で魔物に殺された。遺されたものは雨風をしのぐだけの小屋と少しのお金。そのお金も手元にある固いパンに変わっていた。これがなくなったらこれから先どうやって生きていけばいいのかさえ分からない状況だ。なのに私は、雨に震える竜の子を見つけてしまったのだった。
拾い上げた竜が小さく「きゅう」と鳴いたので、私はこの子にキュウという名をつけた。
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寒さに目を覚ました。抱きしめている黒毛玉だけが暖かくて、それ以外は冷たくて寂しいばかりである。両親が残してくれたものに文句を言うのは悪いけれど、ベッドはボロで布団は薄い。壁はどこかに穴が開いているのか少し風が入ってくる。新しい家が欲しい。
眠っているキュウを撫でる。ふさふさの毛がくすぐったい。竜のくせに毛むくじゃら。いつ見ても猫みたいだ。竜といえば爬虫類のようなものだと思っていたけれど、こういう竜もいるらしい。
黒い小さな毛玉の瞼がぱちっと開いた。青い瞳が姿を見せる。
「あ。ごめんねキュウ。起こしちゃったね」
キュウは首を上げて私を見つめると、挨拶するみたいに一度鳴いた。
「魔王が死んだんだってさ。勇者がやっつけたんだって。昨日の夜外で大騒ぎしてたのはそのお祝いみたい」
私は指先をそっとキュウの口元に差し出す。反射的になのか、キュウは私の指先に噛み付いて、ちゅうちゅうと吸い付いてくる。
キュウに出会ってからの2年で、私の人生は少しだけマシなものになっていた。少なくとも、今日明日のご飯の心配はしなくてもいい。
鏡の前に立って身だしなみを整える。お母さん譲りの茶髪は好きだけれど、お父さんがくれたくせ毛は気になるところだ。どれだけ整えても、どこかが跳ねてしまう。ある程度を櫛でとかしてから、もういいやと諦めるのが私の日課になっていた。
「さあて。行こうか、キュウ。いい仕事があるといいけれど」
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パンがなくなってから2日。空腹の中で死を待つだけの状態の私の目には、私より弱っているキュウの姿が映った。この子はきっと私より先に死ぬんだろうなと思ってしまって、それがとても嫌だった。
このまま死ぬのもキュウが死ぬのを見るのも嫌だ。私は一か八かの賭けに出ることにした。
精一杯身だしなみを整えて、キュウの毛並みも綺麗にしてやってから、二人でギルドに飛び込んだ。
両親から聞いていたことがある。ここは一芸さえ有れば仕事をくれると。剣を使える者。魔法が得意な者。或いは魔物を従える者。
キュウは竜だ。子どもだけど竜だ。だったら竜を連れている私だって、仕事を貰ってもいいはずだ。死を目前とした子どもの最後の賭けは思いの外すんなりと勝てて、私はクロネコドラゴンのキュウを従えるドラゴンテイマーということになった。そればかりか出世払いということでその場で食事までさせてもらった。
「だって死にかけみたいな子がすっごい形相で仕事をくれって言ってくるのよ?そりゃ食べ物も仕事もあげるでしょ」
後から受付のお姉さんであるヨモギさんに聞いたことである。
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ギルドの掲示板には様々な仕事が張り出されていた。いい仕事があればそれが書かれた紙を取る。受付に持っていけば請負となる。
ギルド内部は勇者の活躍の話題で持ち切りである。めでたい話ではあるが、それで魔物が減れば困る者もいる。魔物退治を生業にしている者にとっては決して嬉しいばかりの話ではない。私には関係のないことだけれど。
「おっ。草むしりの仕事があるよ。あとは……。うーん……今日は猫探しの仕事はないよ、キュウ」
キュウは残念そうに小さく『きゅう』と鳴いた。
キュウは竜だが弱い竜だ。出会ってから二年経つけれど牙は生えてこないし炎も吐いたりできない。申し訳程度に生えている翼は精々2m弱くらいの高さを飛ぶことしか出来ない。可愛いだけで戦闘能力は皆無である。当然キュウを従えるドラゴンテイマーということになっている私も同様だ。はっきり言ってザコ。よって魔物退治の仕事は基本的に請けない。おつかいとか畑仕事のお手伝いとか、そういう命の危険が無さそうな仕事を専門にしている。
一番得意な仕事は迷子の猫探し。クロネコドラゴンということになっているキュウだが、実際猫とは仲が良くて、放っておいたら猫と遊んだりお話したりしている。だからなのか迷子の猫もすぐに見つけてしまう。
とはいえその仕事は今はない。そうなれば草むしりをやるしかない。幸い依頼主は顔見知りだ。町はずれに住んでいるカシワおばあさん。草むしりに行くと大抵お金とは別にお昼ごはんとおやつをご馳走してくれる。
掲示板から草むしりの仕事を取って、受付に行って仕事の請負を申請する。
「あっ。来たねドラゴンテイマー・ヒイロちゃん」
「あはは……。あ、これ。カシワさんちの……」
「ちょっと待って。アンタお金ほしいでしょ?」
「まあそりゃあ」
「ならいい仕事あるんだ。草むしりもいいけどさ」
「いい仕事?私もキュウも大したこと出来ないですよ」
「知ってる知ってる。そんなアンタでも受けられるからいい仕事なんだって。他の誰かに取られないようにしてたんだよね」
言いながらヨモギさんは仕事内容の書かれた紙を私に手渡した。
「んー……?『ドラゴン研究協力依頼』……?うわっ。すっごい報酬……」
「そ。ドラゴンの研究者さんからの依頼よ」
「でもこれBランクの仕事ですよ?」
「Bランクっていってもランクが高いだけよ。金貨10枚の仕事だからね。でも内容は簡単よ」
ドラゴンの図鑑を作るために旅をしている学者先生。彼に珍しい竜を見せて、絵を描かせてあげればそれだけで金貨が10枚ももらえるという。
「アンタが連れてるクロネコドラゴン。珍しい竜だったら大儲けできるんじゃない?」
「うーん……。確かに……」
まあクロネコドラゴンなんていないのだけれど。二年前の私が適当に考えたでまかせなのだけれど。
「もうすぐ誕生日でしょ?楽な仕事でちょいちょいっと稼いできて、ケーキでも買いなさいよ。ちょっと贅沢したって罰は当たらないわよ?」
ヨモギさんはにっと微笑んで言った。
私はキュウのことを何も知らない。この子はどこから来た竜なのか。どうして一人で雨に濡れていたのか。親の竜は?仲間の竜は?一つだって分からない。
(もしかしたら。ドラゴンの研究者さんなら何か知ってるのかな)
私は抱きかかえているキュウに目を向けた。キュウは私の視線に気付いたのか、青い目で私をジッと見つめて首を傾げる。この子のルーツを知って、どうなるのか分からないけれど。私はカシワおばあさんに心の中で謝る。
「ありがとうヨモギさん。この仕事請けた!」
「オッケー!依頼主さんは二丁目の宿に泊まっているらしいからね。失礼のないようにするんだよ?」
「はい!」
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と。勇んでギルドを出ていって。二丁目に向かおうとしたところで。私はふと抱き抱えているキュウに視線を落とした。キュウは私が見ているのを気にも留めず、右斜め上をジイっと見つめている。視線を向けると蝶が飛んでいた。思わずクスッと笑ってしまう。
「キュウ。アンタ図鑑に載るかもしれないんだよ」
分かっているのかいないのか。キュウは一言きゅうと鳴いた。
もしかしたら今日はキュウの晴れ舞台になるかもしれない。なのに私はキュウの見た目をあまり気にしていなかった。どうせ草むしりしたり猫探しで泥んこになるからと、出かける前に少し洗ってやっただけである。
よくよく見ればキュウの頭の毛は寝癖が付いているし、尻尾の毛はぼさぼさだ。こんなキュウを図鑑に載せてしまうのは可哀想だ。
「そうだよね。キュウは今のままでも可愛いけど、本当はもっと可愛いもんね」
だから私は一度帰ることにした。そうしてキュウを綺麗にしてやって、一番可愛くてカッコいいキュウを図鑑に載せてもらうのだ。それが、私を助けてくれたキュウにしてあげられる精一杯だから。
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二丁目にある宿屋さん。番頭さんに事情を説明する。宿に泊まっているお客さんがギルドに出した依頼を引き受けて来た旨を伝えると、番頭さんは依頼主を連れてきてくれた。眼鏡をかけて見るからに高価な服を着こんだ、背の高い優しそうな初老の男性。ドラゴン研究者であるラヴァルト先生だ。
「こ、こんにちは。ラヴァルト先生」
「おおっ!キミかい!キミが噂のドラゴンテイマー、ヒイロさんかい!」
「う、うわさっ!?」
「聞いたよ?珍しい竜を連れているんだろう?」
「あ、ああ……。あはは……」
愛想笑いしか出来なかった。ドラゴンテイマーを名乗って入るけれど、所詮はモグリ。竜について詳しいわけではない。キュウが珍しい竜なのかどうかも分からないよ。
「それで──。その竜はどこに?」
「あ、はい。キュウは外で待ってます。こういう宿屋さんに竜を連れてくると怒られたりするので」
「ああ……。……ははは。確かにそうかもね。全く人間というヤツは」
私は少しだけ緊張しながら、ラヴァルト先生と一緒に宿屋を出る。上手くいけば大金が入る。誕生日にちょっとしたパーティを開くのには十分すぎる金額だ。
キュウは大人しくしているだろうか。大人しくしていてほしい。こういう時物静かで落ち着いている方が希少な竜に見えるかもしれない。子どもみたいにはしゃいでいる竜は可愛いけれど希少っぽくない。
「お待たせキュウ……あっ」
しかしキュウは野良猫と遊んでいた。尻尾を猫じゃらしのようにして、猫が捕まえようとしているのを楽しんでいる。まさしく子どもっぽい竜だ。希少っぽくない竜だ。思惑通りにはいかないものである。ただそんなキュウはいつも通りの姿で。私は思わず吹き出してしまう。
(こんな呑気な竜が珍しい竜なわけがないか)
緊張は解けた。気負う必要はなかった。キュウはありのままでそこにいる。それが一番いいことである。お金よりもその方がずっと大事だ。ラヴァルト先生には申し訳ないけれど。
(終わったらギルドに帰って草むしりの仕事を請けよう)
私はキュウを抱きかかえながら思案する。そうしてキュウと一緒にラヴァルト先生に振り返った。
「先生ごめんなさい。この子が私のキュウなんですけど──」
と。ラヴァルト先生の顔を見た時、私は思わず『え』と呟いていた。キュウが小さく唸る。キュウと遊んでいた猫は、何かに怯えるように逃げ出した。
爛々と輝く瞳で先生はキュウを見つめている。喉から手が出るほどに欲しかった宝石とか美術品が目の前にあるかのよう。激しく燃え上がる欲望が満たされる直前の瞳だった。
「……あの」
「素晴らしい。こんな辺鄙なところまで来てよかった。まさか本当にいるとは。希少種のエクスドラ」
「エク……?きゃあっ!?」
ラヴァルト先生は私の腕から強引にキュウを奪い取って、私を突き飛ばす。そうしてキュウの首を握って高々と掲げた。キュウが苦しそうな声を上げる。
「な、なにするんですか!?」
「ククク……ハハハアハハハアハッ!」
ラヴァルト先生の身体が赤い光に包まれる。光の中で人の形が溶け、膨れ上がる。そうして光の奥から炎のように真っ赤なうろこと黄色の眼を持つ、大きな竜人が現れた。
同時に行き交う人たちが悲鳴を上げて逃げ出す。竜人は逃げる人を無視して高笑いを続けていた。
「……魔物?」
「さあ、よこせエクスドラッ!お前の全てをこの竜人将軍ラヴァルトにィ!」
茫然とする私の後ろから同じギルドに所属するベテランの戦士や魔法使いが駆けつけてくる。私に逃げるように言いながら、ラヴァルトに立ち向かっていく。
「ハア……。ムシケラがァ」
ラヴァルトの瞳が妖しく輝いた。地面から黒色の炎の柱が吹きあがり、戦士も魔法使いも一瞬にして焼いて、消し炭に変える。炎は家々に燃えうつって、街を焼いていく。
「敵うものか敵うものか。人間風情がこの私に、イヒヒッヒ。さあ!エクスドラァ!」
ラヴァルトの手に力が入る。キュウが苦し気な声を上げる。反射的に、私は走り出していた。私よりもずっと強い人たちを簡単に殺してしまった相手に飛び掛かって、その胸を叩く。
「返せ!キュウ!キュウを!」
「あァ?」
拳を一つ打ち付ける度に、ラヴァルトのうろこが放つ熱さに手が焼ける。鉄より固く剣より鋭いうろこに手が血だらけになっていく。それでも私は殴る手を止めなかった。そんな選択肢はない。だってキュウは私の、唯一の家族だから。
「返せ!返せぇ!」
「……ああ。鬱陶しい」
次の瞬間。私の耳にラヴァルトの粗野な声が飛び込んできた。同時に彼の脚が私の胸を蹴り飛ばす。胸の肉が裂ける。身体の中で骨が折れる音が聞こえた。そうして一撃で死に体となった私は数十メートル向こうに吹っ飛ばされる。
「あ……、うああ」
「アハアハアアハ。さあ邪魔は消えた。エクスドラ!今こそォ!」
「キュウ。キュウ……」
手を伸ばすけれど届かない。起き上がれないくらいに身体が痛くて、熱い。身体はきっと燃えている。街を燃やす黒い炎が私の身体に燃え移ったのだろう。
「やだ……やだよ、キュウ……。返して……」
意識が薄れていく。ラヴァルトの声が遠くなっていく。
[おおっ!来たか!遂に遂に!]
「やだよ……」
〈ああ……?待て。待て待て待て。エクスドラお前何をッ!〉
「キュウ……」
『やめろおおおおおおッ!」
「あれ……?」
いつしか痛みはなくなっていた。本当に死んだのかと思って身体を起こす。ラヴァルトの蹴りで受けた胸の裂傷も、綺麗になくなっている。街を燃やす炎さえ、最早熱くない。
「……キュウ。キュウ!?」
顔を上げると、ラヴァルトが憎悪を秘めた瞳で私を睨んでいた。
「なんてことだ。こんな……。くくく……。殺しておくべきだっタ殺しておくべきだった。小娘、お前は最初にィイイイイイ!」
ラヴァルトが大きな口を開けて飛び掛かってくる。
「やっ!来ないで!」
ドンっという音とラヴァルトの悲鳴が聞こえる。恐る恐る目を開けると、私の目の前に光の壁が出現していた。ラヴァルトはというとその壁にぶつかって吹っ飛んでいる。
「が。がく、ぎぎぎららララアアア!」
「……え?」
「ま、さか……。いややはり……かァ!くっそオォおおお!」
ラヴァルトの声を聴きながら自分の手をジッと見つめる。力が漲ってくる。今なら何だって出来るような気がする。
「があああああ!」
バサッと音を立てて、ラヴァルトは翼を広げた。一気に空高く飛んで行き逃げようとする。私はゆっくりと立ち上がって小さくなっていく姿を見つめた。
「許すもんか」
思わず呟いて、地面を思い切り蹴って跳びあがる。跳躍の勢いで一気にラヴァルトに追いつく。
「か……!?」
ラヴァルトの瞳が驚愕の感情を浮かべていた。私はそんな彼に向けて思い切り拳を振りかぶって、地面に向かって殴りつける。
「ぎゃあああああ!?」
地面に叩きつけられたラヴァルトは二度ほどバウンドした。ぴくぴくと震えて、それ以外は少しも動かない。私は落ちていきながら自分の拳をジッと見つめる。数分前、この拳はラヴァルトを殴る度に傷ついていた。今は少しも痛くない。
「か……。か……」
虫の息となった竜人は腕の力で少しでも逃げようともがく。私はそんなラヴァルトのすぐ目の前に着地した。
「か……」
あんぐりと口を開けて、絶望しきった表情で彼は私を見つめる。
「キュウはどこ」
「きゅ……」
私は無言でラヴァルトの右腕を掴んで、引っこ抜く。
「かbしゃrfさい!?」
「どこ!キュウはどこ!」
「だ、だ。ききゅか……」
ラヴァルトは残った腕をがくがくと震えながら持ち上げて、私の胸を指差す。
「お、おま、えのなかだろう、が」
「中?」
「ちからにな、って。しんだろう、が……」
「は?」
「か……」
ラヴァルトの腕がぱたりと落ちる。糸の切れた人形みたいに崩れ落ちて、何も言わなくなった。私はぎゅと拳を握りしめて、それをラヴァルトの頭に振り下ろし、頭蓋を叩き潰す。
「なに言ってんのさ!そんな、わけ!わかんない!」
恫喝とともに頭が痛くなる。意識がまた遠くなっていく。
「キュウ……」
キュウは傍にいない。私を支えてくれたキュウはどこにもいない。燃える街の光景が焼き付く瞳から涙があふれ出して、そんな視界の全ても暗闇に包まれていった。
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「ラヴァルトは……死んでいるね」
『彼女』が言うと仲間たちは口々に『見れば分かる』と答える。まあそうか、と苦笑しながら『彼女』も納得した。いくらラヴァルトがバケモノでも、全身の骨が砕けて片腕をもぎ取られて頭を潰されてしまえば、流石に死ぬ。
「けれどこのダメージは殴打によるものだろう。信じられないな。流石に僕でもラヴァルトの鱗を殴ろうとは思わないよ」
『戦士』が呟いた。鍛え上げられた肉体と体の一部と言えるほどに使い込んだ剣を頼りに戦う男。剣が失われればその拳を武器とする以外に選択肢はなく、その用意と覚悟をして戦ってきた彼でさえ、ラヴァルトは素手で戦うことを極力避けたい相手だった。
鱗は刃のように鋭く強固。殴ればそれだけで拳が砕ける。その上炎よりも熱い体温。そもそもラヴァルトはただ竜としての姿を曝すだけであらゆるものを焼き尽くす。事実としてここにあったはずの町は、『ほとんど』全てが燃え尽きていた。
唯一、燃えなかったものに目を向ける。
「ってことは。多分ラヴァルトを殴り殺したであろうこの女の子は何者かしら」
無傷で眠る少女。魔王に変わる脅威か、或いは勇者を超える救世主か。もしくはその分岐点にいるまだ何者でもない者か。
「どっちにしても。私には責任があるよね」
『彼女』は少女を抱きかかえる。ラヴァルトを逃がした責任。ラヴァルトを捕らえられなかった責任。ラヴァルトがコトを起こすまで見つけられなかった責任。それらを少女とともに引き受ける。
「殺してしまえば早いのに……」
『魔法使い』が呟いた。彼女は最短で事態を終息させる手段を提示している。『彼女』もそれを理解している。そのうえでそれを拒否する。
「いいや。助けられるものなら助けるよ。それが私の役割だからね!」
そう言うと『彼女』は、少女のくせ毛を優しく撫でた。