プロローグ(1)
2022/5/8:クインの人物像追加:獣付きの説明変更:居酒屋シーンの加筆
2022/5/17:書き出しをインパクトのある物に変更。
2022/5/19:思い切って分割及び表現方法の模索。
「君。明日から来なくていいから」
「えっ」
この日、高校卒業後から5年間続いた社会人生活が終了する危機へと追い込まれる。
俺の目の前に、どんとデカい態度で座っているのは新店長。
経営不振で吸収を余儀なくされた我が店に、経営立て直しの為に送られてきた店長だ。
「どうしてですか。納得できません」
「どうしてって、君さぁ。そんな事も解らないの」
「解りません」
「はぁ。これだから獣付きは困る。いいかい。その生えている犬の耳、尻尾。つまりは君という存在自体が接客業に向いていない。それらを全部外してからじゃないとお話にならない」
「これは、生まれつきです。外すなんてことは出来ません。あとこの耳は狼です」
「狼だろうが、犬だろうが変わらないだろう。本質を解って居ない。獣付きの時点で、君は我が店に不要な存在だと言う事だ」
不要な存在か。ここまで、言われた所で怒りは沸いてこない。
どちらかと言えば、憐れみを覚える。
本来であれば、新店長が行わなければならない業務の8割も俺が担っており。
そんな俺を要らないと簡単に切り捨てられるのは、自惚れ抜きでヤバい。
そもそも、この店は経営危機に陥っていた店だ。人員もギリギリで回している現状だ。
一人抜けただけで、店が回らないのは目に見えている。
「お言葉ですが―――」
「あーはいはい。自分は頑張ってるとか言いたいんだろう。だけど、頑張ってるなんて言い訳になんて社会では何の価値も無いのが解らないかな」
話もロクに聞こうとせずに、見当違いの事ばかり言う。
現場がどういう状態なのか解っているのか、こいつは。
「だいたいさ。この店が傾いたのだった君のせいじゃなか」
買収はやはり、間違いだった。現場が解って居るかどうか以前の話だった。
無理してでも元店長を止めるべきだったと後悔する。
この店が閉店に追い詰めれられている理由は『俺がどうこう』なんて言う生易しいものじゃない。
この店を潰すためだけに真似できないような価格設定で、赤字を吐き続けながらも経営している競合店があるからだ。
おまけに、その背後にはこの土地が欲しい大物がいて、そいつが赤字の補填をしている様なのだ。
仕組まれた危機的状況にも関わらず、こいつは解って居ない。それは致命的だった。
駄目だ。何とかしないと。
「はっ。やっぱり言い返せないよな。これだから、獣付きは。きっと、親が馬鹿だから子供の教育がなってないんだよな」
「っ………。解りました。いままでお世話になりました」
新店長の言い草に堪忍袋の緒が切れ、見捨てる事にした。
俺を馬鹿にするだけなら我慢するが、家族まで侮辱するような奴とワンチームを組むのはごめんだ。
「強い声を出せば俺がビビると思ったか。これだから、低能は困る。まぁいい解ってくれたならいいよ。と言う事で今までお疲れさん」
勝ち誇ったような笑みを俺に見せつける様に浮かべる。
自分が座っている店長と言う椅子が、絞首台だとも知らずに滑稽だ。
だが、もう俺には関係ない話だ。精々、ここで余生を楽しんでればいい。
こいつの事はもう無視して、元店長だけにはこいつの無能っぷりを伝ええとこう。
↓↓↓
「はぁ。また書類選考で落とされたよ」
俺は返って来た履歴書を丸めゴミ箱に叩き込んだ。
仕事をクビになって数か月。何十回目の書類選考落ちだ。
ここまで連続で落ちると『社会には必要ない』と言われているみたいで辛いものだ。
「そんなに、この姿が悪いのか」
姿見の前に立ち、自分の姿を映し出す。
低い身長。女性と見間違われれる容姿。
何処を見ても、恐ろしさは無く。むしろ、男らしいさが欲しいぐらいだ。
なのに、体に髪色と同じ灰色をした狼の獣耳と尻尾が生えてはいるだけでこの仕打ちを受けている。
「生まれつきだし、どうしようもないんだけどな。診断書も送ってるから理解してくれていると思うが」
俺のような存在は獣付きとレッテルを張らる。
獣付きを例えるならば刺青を入れているに近いが、刺青と決定的な違いがある。
隠すことが出来ないと言う事だ。
隠すことが出来ない故に書類選考で、こうも簡単に落とされている訳だ。
「せめて、面談まで行ければ受かる自信はあるんだけどな」
書類選考で弾かれると、手の施しようがない。
本当にこの世界は俺に手厳しいて嫌になる。
大学には受かったのに入学拒否され。
高校卒業後から今までの5年間、お世話になった会社も経営者が変わったとたんにクビになり。
その後の仕事探しすらこのザマだ。
ハードモード過ぎて笑えてくる。
何か俺が悪い事でもしたのか。
「どうすっかな。クインに頼るしかないのか。でもなぁ」
獣付き仲間の女性『クイン』。
彼女を頼れば、就職できる。クインは、それだけの事が出来る地位を持った人物だ。
だけど、頼る気にはなれなかった。それは、クインとは対等で居たいと言う願望があるからだ。
クインの手を借りて就職出来た場合、それはもう『クインの部下』で対等ではない。
家柄、給与どちらも既に大敗している俺には、それだけは出来ない。
「くそっ。とりあえず寝る」
時刻はまだ正午、寝るには早すぎるが気分転換にはなるだろう。
そして、明日まで寝て明日再考すれば、きっと最高な妙案も出るはずだ。
『ファンファンファンファン』
突然の着信が入る。
『噂をすれば影』とか言うし、もしかしたらクインからかもしれない。
深呼吸をし、スマホを取り着信名を確認する。
小学校から腐れ縁のアルだった。
なんだ、ただのアルか。
「なんだアルか」
『なんだとはご挨拶だな』
「悪い悪い。で、要件は」
『まぁいいか。おまえ仕事をクビになったんだってな。まだ、仕事見付かってないだろ。無いと言え』
「ないよ」
『じゃあ、僕と契約してVRライバーになってよ』
「まじで言ってるのか」
『もちろんですとも』
ネタも交えた軽い会話で流してくるが、聞き流せない内容ばかりで困る。
「行き成り。何だよ」
『あー。そこらへんは会って話そうぜ。今からなミンカヤな。奢ってやるよ』
「わかった。奢られてやる。じゃあ後でな」
『おう。早く来いよ』
「オマエガナー」
電話を切る。
アルのノリに合わせたが内心はドキドキだった。
上手く行けば仕事が手に入るかもしれない。
期待に心を弾ませ、念入りに準備を整える。
出掛ける前に『アルと飲んでくる』と母に告げ、指定された居酒屋へと気合を入れて向かった。
お読みいただきありがとうございました。
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