4.戦いの始まり
今日も朝から魔物討伐だ。
指示されたのは町から離れたところにある鬱蒼とした森の中。依頼を受けた時にもらった手書きの地図を元に歩いていくと、魔物の群れに遭遇する。
緑色で耳と鼻の尖った、背丈が大人の膝くらいまでしかない小さな鬼。ゴブリンだ。
一番得意なのは炎の魔法なのだが、今日はあいにくの雨。雨水で威力が落ちるので使えない。
仕方なく雷の魔法を詠唱し、はるか上空の雲の上から豪快に稲妻を落として一斉に仕留める。
雨で薄暗い周囲を激しく稲光が照らし、静かな朝の森に騒々しく雷鳴を鳴り響かせる。
最後の稲妻が落ちると魔物の姿はもう出て来なくなった。どうやら無事殲滅できたようだ。
周りからまたいつも通りの罵倒やら阿鼻叫喚の嵐が聞こえてくる。
「テメーふざけんな!また巻き込みやがって!」
「マリーが雷に打たれたぞ……!誰か!医者を、医者を呼んでくれ!」
「おい『人殺しのエミィ』!ここのみんなまとめて殺す気か!ファルマ様みたいによ!」
ファルマ。彼は当時国で一番とまで言われた天才魔道士だ。
エミィと同じように若くしてその才覚を認められ、才能だけでなく人徳もあり人々から慕われていた。
エミィも密かに憧れていた。
ある日、ファルマに手伝うよう言われ一緒に戦っていた。他人と一緒に戦うのは嫌いでいつも断っていたのだが、尊敬するファルマ本人からの依頼はさすがに断れなかった。
魔物は少なく、しかもたいして強くなかった。
簡単にあっけなく一掃できてしまい、気が緩み始めたその時、ずっと影に潜み機会を窺っていた魔物が突然エミィに襲いかかってきたのだ。
不意をつかれ窮地に陥ったエミィをファルマは突き飛ばし、自らがその身代わりになって死んだ。
それ以来エミィがファルマを殺したと噂されるようになり、より顕著に嫌われるようになった。
魔物が全て倒れたのを確認するとエミィは踵を返して元の道を戻る。
途中でふと後ろから視線を感じ、振り向くと木の陰から黒く禍々しいオーラの塊が勢いよく飛んでくる。軽い足取りで避けるエミィ。
顔に仮面をつけ黒いローブに身を包んだ男が現れた。また黒い塊を投げつけてくるがエミィは楽々避ける。
「この闇魔法、もう飽きちゃった。いっつもこればっかなんだもん」
「くそっ!」
「ここにいた魔物もうみんな倒しちゃったよ。ぜんぜん歯応え無かったけど。ああ、アンタの部下なんだっけ?」
「相変わらず生意気なガキだ……!」
エミィの挑発にムキになった男は続けて何発か闇魔法を放つが、全て空振りに終わった。
「あれ?もうお終い?つまんないな……それじゃ私から、いくよ?」
言い終わるなり、ローブの男の全身が輝く白い大きな光の球に包まれる。光魔法だ。
男は中で身動きを封じられ、強い光の力に押し潰されて呻き声をあげている。まるで見えない大きな手で握りつぶされているかのようだ。
そして、一度強く眩く光るとそれは爆発した。
男はふらつき、地面に膝をついた。そろそろ限界が近いようだ。力を振り絞り魔法陣を指で地面に描く。
「ぐっ!……いでよ!オーク!」
たった今男に召喚されたオークという黒っぽく体格のいい鬼。
エミィから見ると目の前は腰、首を痛めるくらい上の方に顔がある。さっきのゴブリンが子供のように思える。
しかし、そんなオークも出てくるなり一度も声を上げる間もなくエミィの魔法に襲われ倒れた。一瞬だった。
「ねえ、もっと強いの出してよ。まだ他にいるでしょ?ねぇ?」
「馬鹿にしやがって!これでもまだ言うか!」
今度は紫色のドラゴンを召喚する。
オーガよりもさらに何倍も大きく強固な鱗が体をガッチリと守っている。
「お、ドラゴンか。ちょっと時間かかるかな」
間髪入れずに炎を吹きかけてくるので、避けながら攻撃の隙を見つけては魔法をぶつける。その繰り返しだ。
とはいえ、さすがドラゴン。体力が今までとは段違い。これは時間がかかりそうだ。
(は〜めんどくさ)
魔法を唱えながらそう思っていると、ドラゴンが不意に体勢を変えた。
「…………!」
その場に急に飛び上がると、外を飛び回り助走をつけ勢いよく戻ってきた。体当たりする気だ。
火を吐く顔ばかり見ていた。まずい。
杖で防御壁を展開するが、間に合わない……
体を小さくし、受け身を取る。
(やばい……!)
しかし、その場に響いたのはエミィの悲鳴ではなくドラゴンの絶叫だった。
「え……?」
目の前には見覚えのある騎士の背中と、その向こうに倒れたドラゴン……そしてその血塗れの頭に深々と刺さった鋼の剣。
「遅くなり申し訳ございません……」
またお前か。本当にどこまでも付いてくるんだな。
しかしおかげで助かったとはいえ、変に借りを作ってしまった。最悪だ。
「遅い。元とはいえティアグールの騎士サマだろ?何やってんだか……」
思わず悪態をつく。
ティアグールとはここ、テウルギア王国の北に隣接する国……ティアグール帝国の事だ。
彼が遭難した時、その鎧には剣を咥えた大鷲の紋章が入っていたのでテウルギアの誰もが近寄ろうとしなかった。それはティアグール帝国の国章だからだ。
魔法のテウルギア、剣のティアグール。
ティアグールは山が多く鉱物は豊富だが、土が痩せていて食糧難にたびたび悩まされていた。そのため何千年も前から頻繁にテウルギアに侵攻してきた歴史がある。
今は一応休戦中となっているが、水面下では争いが絶えない。
「ふん、仲間を呼んだか……」
ローブの男は不満そうにそう言った。
「仲間なんかいない」
仲間なんかいらない。私の邪魔になるだけ。
一人が気楽でいい。
「私は……」
アイツがなんか言いかけるので止める。何言い出すか分かったもんじゃない。
「違うから。コイツはただの、」
突然男の元に鳥の魔物が飛んできて何やら耳打ちした。
すぐに男は裾を翻すと足元にワープの魔法の紋章を浮かべ、言った。
「魔王様が私をお呼びだと。準備ができたようだ……また遊んでやるからな」
「遊ばれてたじゃないアンタ」
「ふん、せっかくだから教えてやろう。じきに魔王様が完全体となって復活される……祭りの始まりだ。その時まで楽しみに待っているといいぞ。ふふふ……」
男は言い終わるなりそこからふっと姿を消した。
魔王はエミィ達の先祖が千年前に倒した事になっていた。町の至る所にその記念碑が置かれているくらいだ。
完全に終わった話だと思っていた。まだ生きていたとは……
魔王の復活。
つまり長い戦いの始まり……いや再開か。
ともかく、こうしちゃいられない。一刻も早く国王に報告し、戦いの準備を。
「私もご一緒させてください……!どうか!どうか、お願いします……!」
なんか聞こえたが無視だ無視。
魔法がろくに使えない脳筋のコイツ連れて行ったってお荷物なだけだ。
エミィは急いで杖に乗り、城へ向かった。




