おともだち
……わたしには、友達がいたの。
小学二年生の時の同級生、あやちゃん。
ずっと、ずっと一緒にいてくれたんだよね。
72年も、一緒にいてくれたんだよね。
ずいぶん長い間、わたしの人生に寄り添ってくれたんだよね。
……わたしは一度だって、そばにいて欲しいって、頼んでなんかいなかったんだけどね。
だって、あやちゃん、とってもわがままなんだもの。
だって、あやちゃん、とっても意地悪なんだもの。
二年生の時からわたしに付きまとって、ずっといじめて楽しんできたくせに。
六年生の時に学級裁判にかけられて孤立してからは、わたしをイジメの首謀者って言い始めたのよね。
わたしがみんなに、あやちゃんを無視しろって命令したとかさ。
わたしがいたから、学校に行けなくなったとかさ。
わたしのせいで、引きこもりになったんだとかさ。
手紙もメールも電話も、すごくたくさんくれたんだ。
一度も返事を書かなかったのに、一方的にたくさんたくさん送ってきてくれたんだ。
逃げ出してもすぐに見つかって、どうにもならないってあきらめた、二十歳の夏。
……あやちゃんが事故で死んだって聞いて、わたし、ずいぶんほっとしたんだ。
これで、あやちゃんから離れられるって、ほっとしたんだ。
もう、あやちゃんの妄想の賜物を受け取らずに済むって、ほっとしたんだ。
気持ちの悪い手紙も、腹の立つ電話も、長ったらしいメールも、一つも来なくなったけれど。
……あやちゃん自身が、私の横にべったり張り付くようになっちゃったんだよね。
彼氏ができた時も、彼氏と別れた時も、結婚した時も、旦那と別れた時も、死んだ時も。
ずーっと、ずーっと、私にべったり、張り付いていたよね。
友達ができそうになると、変な風が吹いて縁が飛ばされて。
彼氏ができそうになると、変な風が吹いて縁が飛ばされて。
旦那ができそうになると、変な風が吹いて縁が飛ばされて。
旦那ができたけど、なんだかんだで縁が切れて孤独になって。
……動けなくなって、孤独に干からびていく最中も、ずっと横にいてくれたんだよね。
目も見えなくなった今際、あやちゃんの後ろで気の毒そうにわたしを見ているおばあちゃんの姿が見えたの。
目も見えなくなった今際、あやちゃんの後ろで気の毒そうにわたしを見ている芸者さんの姿が見えたの。
目も見えなくなった今際、あやちゃんの後ろで気の毒そうにわたしを見ている小さな男の子の姿が見えたの。
あやちゃんが強すぎて、わたしの守護霊さんたち、何も言えなかったんだね。
あやちゃんが強すぎて、わたしの守護霊さんたち、何もできなかったんだね。
……空に昇って行く時に、にっこり笑ったあやちゃんの顔が見えたの。
今まで、一度だって私にそんな笑顔を向けたことがなかったから、びっくりしちゃった。
今まで、ずっと、私を睨み付けるばかりだったから、信じられなかったのよ?
とても、とても満足そうに微笑むあやちゃんの笑顔は、雲の上に届く前に、ふわりと消えてしまったの。
……わたしには、友達がいたけれど。
……もう、消えてしまったのよね。
ずいぶん長い間、私に付きまとっていた、一方的で自分勝手な友達だったのよね。
わたし、もし次に生まれるのだとしたら、友達のいない人生を送りたいと思うの。
もう、友達なんて、こりごりなのよ?
友達がいたって、ずっと私は孤独だったもの。
友達がいなければ、きっと私は孤独じゃなかったはずだもの。
友達のいない今、とっても身軽なの。
ああ、間もなく雲の上に着くみたい。
まさか、雲の上に、あやちゃんがいたり、しないよね?
もう、あやちゃんは消えたんだよね?
ね、あやちゃんは私の人生を台無しにして、満足して消えたんだよね?
……ああ、分厚い、雲が、間もなく、晴れる。
わたしが、雲の上で、見た、モノは……。