二 買い物しにいこ!
武士はあおを抱きしめ続ける。
世は戦国である。
武器を唸らせ異能を燃やしぶつけ合う戦や、裏の裏まで読み合い嵌め倒す謀は絶えず、列強諸国の誇る現人神たる英傑たちが恋焦がれ追い求める志は、欲は、夢はただ果てしなく、連日のように地形が変貌し歴史は驀進する。
力なき者が生きることは容易くない。
__されど乱世でなくとも、人間社会に闘争は絶えぬ。
心の清濁も、事の大小も問わず、試合するにせよ、受験するにせよ、出世するにせよ、訴訟するにせよ、商売するにせよ、お菓子を取り合うにせよ、信念を遂げんと受賞を目指し応募するにせよ、人は常に闘っている。
勝つために策を練り、調べ上げ、そして努力する。負けて心折れようとも、もし逃げずにやがて立ち上がったならば、次は勝たんとまた努力する。勝つためでなくとも、己や愛する者の安寧を護るため、生き残るため努力する。
争いの究極体たる戦ならばなおのこと。
そうして人は強くなる。
それを支えるのが友であり師であり、親である。
__あおの親となり支える。今はか弱きこの命を、強く眩く……。
武士はあおを抱きしめ続けた。どのくらい経ったか。
あおが泣きやんできたところで、武士は体を離し、涙を拭いながら笑いかけた。
「着がえたくない?」
「およふくがいい!」
「うぃー、オシャレ」
助けた時も和服ではなく洋服を着ていた。あおがいた村は港町のある海に近く、遠い異国の物珍しい品々が売れに売れていると見える。汗だくだったので今はあり合わせの着物に代えているが、着慣れてませんアピールとしか取れないレベルで袖をいじくっていた。
「おじちゃんは、おきものがいいの?」
古びた黒い直垂や赤い陣羽織を物色してきた。
「そだね、だって袖とか袴とか、ばったばたして面白いよ?」
高速回転して布をはためかせると、げらげら真似して飛び跳ねてきた。
__うぃー、貢ぐしかない。
「服買いにいこ? 風呂入ってから着てみよっか?」
思い出にありそうな港町へ行くのは辛いだろう。少し離れた城下町まで馬を飛ばすことにした。
あおは元気よく、あい! と敬礼した。
「うぃー、掌を隠して掲げるとか水軍異国情緒の溢れることで」
「いこくじょーちょお? ちょーちょ?」
「うぃー、いいね、新種が発見されたらそう名付けよと強制しよっか」
「うぇー、ださい」
「あおが言ったんに……」
「あおじゃないもーん!」
あおは騎馬するのも初めてだった。
「たかいね、はやいね、ゆれうね!」
武士はあおを前に乗っけて手綱を握らせてやり、脚で馬を操り駆けていく。
「うぃー、分析できてきたよ? あおには上下一段活用動詞を終止形において発音する際に語尾へ至れば子音を無視するという幼児化を見せる習性があると」
「すご、いっきだった! いみわからんけど」
「要は、ルが言えずにウになるってことね?」
陣羽織を脱ぎ海風を背に浴びながら、林道を上っていく。
「いえうよぉ、ほら」
「ウソでしょ、耳鼻科紹介してあげよっか?」
「うぇー、おじちゃん、いじめうぅ。ぐすん」
「うぃー、ウソ泣き上手いね?」
「ほんとに、ないとるもーん!」
「へえ涙なしで?」
目もとをいじくり回してみると、うぇーうぇー言いながらその手を捕まえ、べしべし頬っぺたで叩いてくる。と思えば、あっち行けぇとばかりにポイ捨てしようとする。だが自分が掴んでいるので捨てられない。
なんじゃこのカワイイ生き物は、と脇腹を攻撃したくなる。
してみた。
きゃっきゃきゃっきゃ、耳に心地よくジタバタされた。
「反撃せんでいいが?」
「そっか。はんげき、すればよかったぁ」
のけぞって、にまにま強引に見上げてくる。
瑠璃色になびくセミロングを撫でながら、改めて想う。
こうも甘えてくれる小さな命が懐にいる。諦めずに闘い続けてきてよかった。
戦って、戦って、戦って、究明し、鍛錬し、奔走し、負け、痛め、喪い、それでも往生際悪く喰らい付き、どうしようもないと諦める周りを無理やりに説き伏せ、死に物狂いで突破口をこじ開けてきた。結果を出し、位階も得て、賛美も受けた。
しかし当たり前の幸せだけは得られずにきた。
戦い疲れ、それを願ったこともあった。
林が開け、田園風景の広がるなかを駆けていく。
__ついに報われた……。
あおは悲惨な運命にある。
武士はそう確信している。瑠璃色の髪と驚天動地たる素質をもって生まれ、それ故に幼くして母を奪われ村も失った。この先も宿命という荒波に揉まれ、心身ともに傷付いていくだろう。
__させぬ。
あおの親となると誓った。理由などない。必要ない。
__誓いたいから誓ったまで。誰も文句ないでしょ?
「こがねいろだね、たんぼ!」
「黄金色とか知っとるん凄いぜ? あったかい感じでしょ?」
「あい! しゅごいでしょ」
「……すごい」
「……しゅごい!」
あおが安息を望むなら、戦国がうごめかす触手から隠し、あお自身にも気付かれぬよう暗躍しながら一本ずつ切り落としてくれる。
あおが消滅を望むなら、ひっぱたいでても思い留まらせ、離さぬから案ずるなと元気付ける。
あおが挑戦を望むなら、大将軍たり得る才気を鍛え上げ、九夏三伏の戦場にあって獅子奮迅、百戦錬磨、不撓不屈でいられる心技体を勝ち得んと無我夢中になって貫徹するよう、己が背を見せ触発し続ける覚悟がある。
__我が研鑽せし全てを賭して支え導き、必ずや護り通す。
「みてみて! やまとぶんか、かっこ、しょみんばーじょん」
徐々に人通りが増してきた。
茅葺屋根をかぶった平屋や納屋が並び、傘を立てたり染物を干したりする店舗や屋台も多くなり、上がり下がりする小道や用水も分岐してきた。
着流しに薪を背負う刈り上げたちが、いい歳して競歩していった。浴衣をはだけさせ、枝のチャンバラごっこに盛り上がる子供たちが走っていった。野菜や木の実を山盛りにした籠を担ぎ、頭に白い桂包を巻いた小袖の女たちや、魚や肉の溢れ返った籠を棒にさげて売り歩く、ざんばら髪と直垂に短い括袴をはいた男たちもいた。
水堀と石垣を構える天守閣も見えている。
「おっきいねーっ! いつか、ちかくでみたーい」
「なんとね……明日には入れるよ?」
「ええええっ、いや、おしろって、えらいひとだらけだよ、はいれんよ?」
「うぃー、あるんだよね余裕ぶっこいて入城できるセコさ皆無の必殺技が」
「うぇー、べんごせんからね、ほばくされても」
「君やっぱ知識が偏っとるね、九歳の感想か?」
などと言っているうちに服屋へ着いた。
下馬した武士はあおを持ち上げ、はしゃがれながら下ろして立たせると、手綱を杭に結ばせた。そして人生経験五分の一の子が自分より上手く結ぶさまを目撃し、あおの前では恒久に物を結ぶまいと決心した。
ぴょんぴょん、あおは洋服コーナーを行ったり来たりする。
「いっぱいだね! わんぴとぉ、ぱーかーとぉ、ぽんちょとぉ……」
「うぃー、五対は下着いるとして金額的に、十着ぐらい買えるよ?」
「へ、そんなにいいの?」
「生活するためだし……」
武士は破顔した。
「父親らしいことしたいし、あおが喜んだら嬉しいしね? ほれ、ノースリーブのワンピ何色にする?」
「……えと、あおけい! あおだもん」
「あおいもんね、今うるうるしたん?」
「うぇー! ね、そらいろと、あいいろと、ぐんじょーいろと、どっちにあう?」
ふっと、武士は胸が熱くなった。
「空色でしょ、黄色い五芒星も映えとるし」
「ごぼーせー? おほしさまっていって?」
「意味わかっとるではないかい。ちなみに選択肢が三つ以上ある場合は、どっちじゃなくて、どれって言うんが正し……あら、どっか行った」
「ばあ!」
棚の陰から二着を突き出し、あおが飛び出しぶつかってきた。
なんじゃこのカワイイ生き物は、と小突きながら品定めする。
トップスに合わせる肩かけ紐の付いた、水色のレースで飾る瑠璃色のもの。
襟と袖と裾にフリルの付いた、紺色のベルトを巻いて締める群青色のもの。
「うぃー、採用するしかないじゃん」
次は、と言う前にあおに手を握られ、引っ張られる。
「おさかな、おったよ!」
道中に重ねられた買い物籠を逃さず掴み取りながら、武士はあおが楽しんでいるだけで有頂天化する己に苦笑した。刮目せよ、我こそはこの子を護り、そして慕われる父親である。そう大音声に呼ばわってやりたい。
「されど、これが普通なんだけどね……」
「なんて?」
「空耳に決まっとるでしょ? うぃー、ラピスラズリあるじゃん即採用」
十分後、武士は買い物籠へ新たに積んだ六着を摘まみ、机に並べてみた。
デフォルメ魚を刺繍した白いティーシャツ。
露草色の花畑を描いた桜色のティーシャツ。
瑠璃を散りばめた御空色の前開きパーカー。
デニム生地の藍色の半ズボン。
裾の広がった天色の半ズボン。
ひらめく青いフレアスカート。
「うぃー、ことごとく、どっかしら青いとは……さて最後のは?」
「きょーりゅーがいい! どこにおる?」
「されば男の子コーナーへ出陣するよ?」
とは言ったものの、そう都合よく恐竜がプリントされ、かつサイズの合うものが売られているとは限らない。武士はニヤける。
なければ取り寄せて数日ばかり待つか、他の店を片っ端から探すかして、かつて、あらゆる土地を奔りあらゆる手段を尽くしあらゆる歴史や文化、神話や宗教、人事や外交を集めに集めた珠玉の経験を見せ付け尊敬させてやることができる。
「おった!」
「……何サウルスおる?」
あおが持ってきた孔雀青のパーカーには、左に暴君竜ことティラノサウルス、右に石頭のパキケファロサウルス、後ろに首の長いブラキオサウルスが控え、中央にスパイク仕込みの襟飾りが目立つスティラコサウルスが陣取っている。
「うぃー、ばば様めー」
「このこ、おとしよりきょーりゅーなん?」
「そだよ、で正体はエリマキトカゲで……」
あおの私服と下着を揃えた武士は、銭湯を探しあおを連れていった。
それぞれ入浴を済ませ、休憩室で合流しようと決めた。あおには十着がんばって全て持たせ、どれを選ぶか楽しみに待つことにし、先に上がった。
腰へ手を当てコーナー牛乳の瓶をラッパ飲みすると、にわかに爆笑された。
「うぃー、最初のにしたんだ?」
「あい! あっついもん、おふろあがり。おじちゃんは、かわんないね?」
「私服ね三つしかないんだよね、うち一つは半袖半袴」
「うぇー、せんたくちゅーどうすんの? とくになつ」
「礼服か、かつて開京国とかエジムト国とかマハラーマ国とかでスパイやった時に集めた民族衣装で代用しとるよ? ちなみに着物は全部、三〇年以上前から着とる上下黒一色で揃えた直垂なんぜ」
「……だーさーいー」
「あら無礼やぜえ?」
湯上がりの瑠璃色をべしべしすると、きゃっきゃきゃっきゃ、また耳に心地よくジタバタされた。ついでに、まるで髪を拭けていないことも発覚した。お座り、と言うと、ちょこん、とあぐらをかいた膝に乗っかってきた。そのまま潰そうとしてくる。
「くらえ、ぜんたいじゅー」
なんじゃこのカワイイ生き物は、とこちらまで上機嫌になってしまう。
「こんな軽いチビじゃあノーダメージだよ? ほれチンとしとろ?」
「やーだー、ぐえっ」
脇腹をいじめ戦闘不能にしてやる。
このチョロさも面白い。おとなしくしてなさい、という原形をまるでとどめぬ方言が通じることも興味深い。恐竜に宝石に甲冑さらに神話と、武士の得意分野を好むというのも興奮する。武士にとって忘れられない、空色に五芒星というワンピースを選んでくれたことも感無量である。
知れば知るほど、関われば関わるほどに離れがたくなってしまう。
それでいいと、己へ言い聴かせる。
「ね、このあと、なにするの? あそんでいい?」
ふっと、武士は眼を光らせた。
「いいよ、行きたいとこある?」




