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鬱の独白

作者: はなた

オチないです。

ひたすらにだらだらとネガティブです。

辛い時の感覚が書けたらなと。



突然ですが、私はここ数年辛い思いしかしておりません。失敗ばかりで人の悪い部分のはけ口のような毎日しか送れていません。


夜は眠れないし朝は早く目が覚めます。


常に頭は真っ白な靄がかかっています。簡易な文章を理解するのにとても時間がかかるようになりました。


文字を書くことも同じです。口頭で伝えられたことも一度や二度ではわかりません。何度も聞き返すうちに、相手は怪訝な顔をし始めます。


そして馬鹿をみる目に変わります。


記憶力も悪くなり、色んな作業がうまく出来ません。人からため息を吐かれる毎日です。そんな自分が情けなく、内心いつもボロボロです。


必死に、自分に出来る努力はしようとしてきました。


それでも私は出来ません。


できなかった経験やできないことで受けてきた苦い経験から身体や頭が思うように動かせず、結果は裏切るばかりです。


そんな私を、周囲は獲物を見つけたとばかりに楽しそうに攻撃します。「自分より馬鹿なやつだ」と安心しているのです。


不幸な状況にある人ほど余裕をなくし執着するように他人を攻撃する。


その気持ちがわかるから、私もなんだか虚しくなります。きっと誰もが、誰かしらから日々傷を受けているのだと思います。



それでも神様、あまりにも、あまりにも。

その矛先は私へと向かい過ぎだと思うのです。



顔の筋肉がなくなってしまったかのように動きません。


澄ました顔に見えるのか「必死さが伝わってこない」「努力が足りない」「愛想がない」「生意気だ」と周囲は私を非難します。


表情をつくろうと、どうにか頬に力をこめてもひきつってしまうのです。ぎこちのない、いたたまれない笑顔しかできません。


そうやって、ごく少数の優しい人達も不快にさせます。


そしてすぐに見限られます。


それは別にいいのです。自分が荷物となっている現状と同じくらい、いや、それ以上に優しい人の負担になるのはとても辛い。


昔は周りから頼りにされていたはずなのに。それも今では作り話のように思えます。


周囲に話してもきっと信じてはもらえない、そもそも過去のことです。今言った所で意味がない。わかっています。わかっているのです。



それでも、それでも私は、

悔しくて、たまらないのです。



学生時代、唯一私が息を吐けたのは学校の校舎脇、誰も近寄らない程錆つき、草木が入り口を塞いでいるような、寂れたトイレです。


蓋をしたまま便座に座り、身体を小さく折り曲げて、どうにもならない現状にただ、泣くしかなかった。手のひらに涙が溜まる感触は今でも鮮明に思い出せます。懐かしくさえ感じます。


学生時代、あそこが私のすべてでした。


親とも揉め、友人は掌を返し、先生方は面倒ごとを避けるように散っていく。


誰の負担にもなってはいけない、なりたくない。そう思いました。


自分のために。


自分にできることは何でもしよう。人の何倍もやらなければ、私は人にはなりえない。精一杯努力しよう。

そう強く思いました。



それなのに、身体と頭は悪くなる一方でした。


神様は酷い方です。



意識的に視野が狭くなったように思います。視界には見えているはずなのに、自分で認知できないのです。


もしかすると、それは周りの悪意を見ない為でもあったのかもしれません。


人間の身体とは本当によくできています。自分の心を守る為です。


人の悪意は鋭利です。痛い思いをしたくなければ、心を隠さなければなりません。何があっても他人に見せてはいけません。鈍感なフリをするのです。


相手に悟られてはいけません。

嗅ぎつけられてはいけません。


自分の弱さは奥に奥に、見えない場所に隠さなければ。

いっそ自分も騙せてしまえば、傷つくことも無くなります。これまでそうやって心を必死に守ってきました。




だんだんと傷つくことが無くなっていきました。それは傷が減ったから、というわけではありません。


擦り減る心と同じように、上手くいかない現状への憤り、切迫した不安感も、感じないようになりました。


全てがどうでもいいことのように思えてきました。


実際どうでもいいのです。自分を傷つける他人の言葉など、他人の尺度で決められた「失敗」など、受け入れる必要もなかったのです。数多の正解があろうとも、唯一、間違っているとは思いません。



それでも。やはり、

痛みに鈍感になるのは、駄目ですね。



鈍くなった心を、日々尖った言葉がかすめていきます。


そうして意図せず積み重なった沢山の悪意は、耳に慣れた言葉として、自分の中に溜まっていきます。


そして、あろうことか周囲へと溢れていきます。「私は傷つかなかった言葉だから、きっと使っても大丈夫。」


そうやって言葉を選ぶセンサーが馬鹿になっていくのです。



私はそっくりそのまま反射する、鏡のようになりました。


私は弱い、弱くて卑しい。

ミイラ取りがミイラになる、とはまた違うのかもしれないけれど性格が歪んでる人も誰かしらから歪められた人。

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