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私は魔力が尽きてしまい、その場に膝をついてしまう。
「由利ちゃん、大丈夫?!」
「う、うん、魔力が尽きちゃっただけ……」
勇者ギャレンが近づいてきて、私に青色の液体が入った瓶を渡してくれた。
「魔力水だ。それを飲めば回復するはずだ」
「あ、ありがとう」
蓋を開けて液体を飲むと、ラムネ味のする甘い水だった。
すっとした感じもあるので、ハーブのフレーバーが入っている感じもする。
即効性があるのか、飲んだら少しだけ魔力が回復した気がした。
「……で、助けてもらってなんだが、あんたらは一体何なんだ? あんな化け物を倒す召喚獣を使役するとかいったい何者なんだ?」
そういわれても、私たちも困る。
召喚獣だって、カードを使って召喚しているだけだし、私には制御できている感じがしなかった。
「ユリ、アカリ、無事だったか」
ルーカスさんが駆け寄ってきた。
「ええ、無事よ。バハムートを召喚したのは不味かったみたいだけれどね……」
「いや、ベヒーモス相手だ。いい判断だったさ。ユリが召喚術者として未熟だったから制御が効いてなかっただけだな」
そう言われても、どうすればいいのやらといった感じである。
「私、召喚獣を呼んだの2回目なんだけど……」
「……そうだな、今度、召喚難易度の低い召喚獣を呼んで訓練するとしようか」
私たちがそんな感じで話していると、勇者ギャレンが割り込んでくる。
「いや、待ってくれ。あんたらは一体何なんだ? あの敵は魔王の配下の連中か? 教えてくれないか?」
私たちがルーカスさんを見ると、ルーカスさんは頭を掻いて答えた。
「あー……あの《白い双子》は俺らの敵だ。魔王とは関係ないわけじゃないが、勇者……あんたが相手にするべき敵じゃない」
「……? どういうことだ?」
「ルーカスさん、ここで話すのもなんですし、いったん村に戻りませんか?」
半分クレーターと化しているこの場所で話すのは、なんというか落ち着かなかった。
私たちのいる場所だけが草木がそのままで、それ以外の周囲が爆風でえぐれて一部はマグマ化しているのだ。
こんな場所では落ち着いて話もできないだろう。
「そうだな。ユリ、立てるか?」
「うん、大丈夫です」
「俺が肩を貸そう」
勇者ギャレンに支えてもらう。
「あ、ありがとうございます」
「いや、礼には及ばないさ」
私たちは戦闘地域を離脱して、村に戻ったのだった。
◇
村に戻ると騒然としていたけれど、勇者ギャレンが戻ると村人たちは安どしたようだった。
バハムートのメガフレアが原因とはいえ申し訳ない気分になる。
私たちはギャレンさんが泊まっている宿の部屋に通された。
「で、詳しい話を教えてもらえるのか?」
促すギャレンさんにルーカスさんがうなづいた。
ちなみに、自己紹介と軽い事情説明は道中でしている。
「ああ、俺たちの目的はあの双子……《白い双子》の討伐だ。そのために俺たちはほかの世界から奴を追いかけてきたわけだ」
「……それは理解できる。あんたらは俺よりも力があるようだし、あの不気味な双子と召喚された魔獣を撃退したわけだしな」
私としてはあれは自分の力ではないので何とも言い難いけれどね。
バハムートは確かに強力な召喚獣だったけれど、今はカードにはバハムートの柄はない。
フェニックスも、カードにはなかった。
もしかしたら再契約をする必要があるのかもしれない。
私の考察だと、お試し契約みたいなものだと思っている。
「だが、その《白い双子》だったか? あの双子の狙いは俺のようだったが……」
「奴らの目的は世界の破壊だからな。手っ取り早く《勇者》を殺すことにしたんだろう。この世界の《勇者》はお前さんだからな」
「勇者……? 確かに俺は王から魔王を討伐するように使命を言い渡されたが、その勇者とやらは俺のご先祖様のことで俺じゃないだろうに」
「でも、街中の人たちはアンタを勇者だともてはやしていたようだけど?」
「あれは勝手に連中が期待しているだけだ。俺はご先祖様からの伝承と、個人的な恨みによって旅を引き受けたにすぎないのさ」
それでも、単独で魔王を倒す旅に出るだけすごいことだと思う。
勇者でなければ異常者だろう。
「でも、そんな過酷な旅なら仲間がいた方が……。それに、個人的な恨み?」
私の疑問にギャレンさんは答えてくれた。
「ああ、個人的な恨みだ。俺の家族は魔族……魔王の眷属によって殺されたのさ。俺の目の前でな!」
ギャレンさんの顔がゆがんだ。それは明らかに怒りや憎悪といった感情であった。
「親父や兄さんのおかげで、俺と母さんは生き延びることができたが、妹や姉は目の前で無残に殺されたんだ! 運よく逃げ延びた俺と母さんは城下町に住むことになったがな」
「……」
ルーカスさんは話を聞いてむつかしい顔をした。
「だから、この旅は俺の復讐の旅でもあるのさ。勇者の血を引いているって聞いて、チャンスだと思ったね。魔族の連中を俺の手で八つ裂きにできるチャンスだと」
「ギャレンさん……」
「そんな命がけの復讐の旅に、仲間なんて連れて行けるわけがないのさ。だからこれからも仲間を作る気はない。死んだらそれまでだと思っているさ」
自嘲気味に話すギャレンさん。
勇者だと聞いて、なんというか高尚な人物像を描いていたけれど、話を聞くとそうでもないんだなと思った。
「で、あんたらはなんであいつらを追っているんだ?」
「簡単に言うならば仕事だな。それに、俺たちも奴らから命を狙われている存在でもある」
「ふーん、そうか。お前らも大変だな」
ギャレンさんはそう言うと、私や朱莉ちゃんの方を見た。
「ルーカス、お前さんだけならわからんでもないが、なんでこんな弱そうな女の子二人を連れているんだ? そっちの方が気になるね」
私としても、実際巻き込まれただけだしよくわかっていない。
私は【資格者】というやつらしいのだけれども、そこについてもよくわかっていないのだ。
「ユリも奴らに命を狙われている。だから、対抗できるようにする必要があるんだ。アカリはユリの友人だな」
「そうか……。ん? アカリは何故同行しているんだ?」
「そりゃもちろん、由利ちゃんが心配だからに決まっているじゃない!」
朱莉ちゃんのセリフに、ギャレンさんは信じられないといった表情をする。
「そ、そうか。……戦う力を持っていないのに、すごいんだな」
そう、朱莉ちゃんはすごいのだ。自慢の友人である。
大学に入学してからの付き合いだけれども、一番の友人であることは疑いようがない。
「とりあえず、お前らがやりたいことはわかった。俺の旅を邪魔する《白い双子》ってやつを倒すのが目的なんだな」
「ああ、そうだな。まあ、お前が死んでも魔王は俺たちが倒すことになるが、なるべくならお前が魔王を倒すのが望ましいからな」
「……理屈はわからんが、まあわかった。あいつは俺じゃあどうしようもなさそうだからな」
ギャレンさんはそう言うと、ルーカスさんに近づいた。そして、握手しようと手を差し出した。
「あんたらが俺の旅に同行するのを認める」
それに、ルーカスさんは首をかしげる。
「いや、同行はしないんだが……」
「そうなのか?!」
私たちには【シュマリット】があるからね。移動手段が別にある以上は同行する必要はない。
「ああ、ユリの召喚術の練習もしたいし、アカリの訓練もしたいしな。お前が《白い双子》に襲われたら今日みたいにすぐに駆け付けるさ」
「お、おう。わかった。まあ、奴ら以外に関しては手伝ってもらうつもりはなかったから問題ない」
少し残念そうなギャレンさんだけれども、私たちが同行したところで足手まといだろうし、ルーカスさんが同行してしまうと勇者の成長を阻害しそうなので、仕方のないことなのだろう。
今日だって、私はバハムートの召喚ですっかり魔力を使い果たしてしまったのだ。
他の召喚獣を召喚しても同じように魔力が尽きてしまうなんてことは容易に考えられる事態だった。
「それじゃあ、俺たちはこれで失礼するよ。ユリ、アカリ、行くぞ」
「ああ、またな」
私たちはそんな感じでギャレンさんと出会ったのだった。
ギャレンさんは本物の勇者であるルーカスさんと比べて勇者と言われても疑問を感じるような人物像だった。
だけれども、魔王を倒そうという気持ちだけは間違いなく本物であるように感じた。
……世界を救うっていったい何なんだろうね。
私にはいまだに何も見えていなかった。
◇
私たちは【シュマリット】に戻ってきていた。
どうやらルーカスさんがギャレンさんの部屋の入り口と【シュマリット】をつないでくれていたようである。
『それじゃあ、少し休憩にしようか。しばらく休んでいればユリの魔力も戻るだろうからね』
「う、うん……」
魔力を使い切るというのはかなり精神的にクることがわかった。
正直、少し仮眠を取りたかったのでちょうど良かった。
「私はまだ元気なんだけど、どうしたらいいのかしら?」
『なら、アカリは俺と一緒に戦闘訓練でもしようか。ユリを部屋まで運んだら出発しようか』
「わかったわ」
という感じで、私は部屋で仮眠を取ることになった。
自分の部屋のベッドでゴロンと横になっていると、睡魔が襲ってくる。
本当に現実味のない出来事ばかりが続いていて、いまだに整理できていなかった。
「ふぁ……」
魔法だの異世界だの勇者だの今までの生活から考えられないくらい一変した生活を送っているけれども、いまだに順応できていない自分がいる。
早く元の世界に帰りたいなぁ……。
そんな事を考えているうちに、私はすっかり寝入ってしまったのだった。