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「世界を……」
「救う……?」
私たちが顔を見合わせると、ウーヴェさんは優しく微笑みながらうなづいた。
『ええ、次の停車駅では、その世界にとどまることになっております。その際に世界を救う《勇者》と接触して、救世に導くのが我々の仕事でございます』
ウーヴェさんは懐から懐中時計を取り出して確認する。
「仕事……ね……」
『もちろん、報酬は与えられます。世界を救った報酬ですので相応の……それこそ因果操作次元の報酬が与えられます』
「は、はぁ……」
報酬の次元が違いすぎてイメージが出来ない。それこそ、現状ですら理解が追いついていないのに、何を理解すればいいのかと。
「ルーカスさんも、報酬目当てでこの仕事をやっているのかしら?」
朱莉ちゃんの疑問にルーカスは首を横に振る。
『いや、俺は俺の力でみんなの笑顔を救いたいからやっているだけだ。報酬は俺の寿命を延ばすために使っている。《白い闇》との決着もついてないしな』
思っていた以上にルーカスさんは勇者であった。
と言うことは、ルーカスさんは何年生きているのだろうか?
次元や時間を行き来するこの列車に乗っている感じだと、実際どうなのかは正直よくわからないけれど……。
『だがまあ、最初は報酬目当てでもいいんじゃないか? この列車には打算で世界を救った奴も乗っている。世界を救った代償に世界を追われた奴もいる。そいつらと話をしてみるのもアリだと思うぜ』
「で、でも、ただの学生の私にそんな……」
『誰だって最初は自信がないものさ。だが、お姫様……ユリにはその力がある。どっちにしろ、《白い闇》から命を狙われている現状を改善するためにも、戦う必要はあると思うぜ?』
『ルーカス様のおっしゃる通りでございます。【破滅の案内人】を潰さない限りは、ユリ様の身の安全を完全に保証できるのは【シュマリット】内だけになります』
どちらにしても、根本の原因はそこだろうなと私も同意するしかなかった。
「由利ちゃん……」
「朱莉ちゃん、私やるわ。やるしかなさそうだしね」
「なら、私も手伝うわ」
「朱莉ちゃん……!」
私達は手を合わせる。
さすが朱莉ちゃんである。私の親友だ。
『わかりました。では、客車の準備をいたしましょう。また、アカリ様用のチケットは準備させますので、暫くの列車の旅をお楽しみくださいませ』
ウーヴェさんはそう礼をすると、スタスタと別の車両に向かって歩いて行った。
『基本的に俺が守ってやるから安心しな』
ルーカスさんはにっこり笑って胸をドンと叩く。
「……まあ、実際に命を狙われているみたいだしね。私としても不本意なんだけれど、仕方が無いわよ」
「でも、なんで命を狙われているのかしら? 私達の世界……地球が滅びるなんて話はそれこそニチアサの番組内でしか起こっていないように思うんだけれど……」
『さあな。車掌さんも全てを話してくれるわけじゃないから俺もわからん。俺が観てもあの世界は人間同士の争いは絶えないみたいだが、世界が滅ぶ予兆は感じられなかったしな』
ルーカスさんもそう断言するのならば、きっとそうなのだろう。
『それじゃあ、ま、謎はおいおい解いていくとして、まずは仲間の紹介をするぜ。ついてきてくれ』
とりあえず私達は、ルーカスさんについて行くことにした。
部屋が準備できるまで待機しているのも暇だったし、ちょうど良かった。
列車内を移動するのだけれど、客車と客車の間は窓があるため外が見える。
「うわぁ……なにこれ、宇宙?」
窓の外を見た朱莉ちゃんはそう感想を漏らした。
外は確かに紺色の空間に光が映る、宇宙のような世界だった。
『あの光の一つ一つが世界なんだ。車掌さんは【可能性の断面】だと言っているけれどな』
「どう言う意味?」
『さあな。あの人の言うことはよくわからないことが多いしな』
「だけど綺麗よね。プラネタリウムみたい」
私はふと、暗い星を見つけた。
「ルーカス、あの暗い星は?」
『ん? ああ、あの光は車掌さん曰く【可能性の光】で、暗い光は可能性がほとんど無くなった世界……つまり滅びようとしている世界だな』
「えっ?!」
『基本的に俺たちはそう言う世界に行って、状況によっては諸悪の根源を倒すんだが、手遅れな場合もある。何度も世界を救ってきたが、そう言う場合は悔しいが諦めるしかないんだ』
「手遅れな場合って?」
『一つが自業自得による滅び。これは車掌さんの判断で救うのを禁止されているんだ。この場合はいくら俺らが介入しても、絶対に滅ぶ』
自業自得の滅び……私達の世界だと、核戦争だとかだろうか?
確かにそんな状況になったら誰も救われないだろう。
『二つ目が《白い闇》の介入による滅び。俺たちが介入する頃には手遅れの場合もある。だから俺たちは《白い闇》を許せないんだ』
あの白いフードを被った男がいる機関【破滅の案内人】の事を指すのだろうか。
恐ろしい存在だと言うのはあの戦いを見て実感しているけれど、どうにも世界を破壊するというのは実感が湧かなかった。
『あいつらのお得意のパターンは、魔王を生み出す事だな。異種属の王を擁立して力を与え、その種族以外を滅亡させるんだ。そして、その王は自分の種族にも刃を向けて全てを殺害してしまう。こうして滅んだ世界は多いな』
なかなかにエグい。
『人間が単一で栄えている世界は、悪の王国が栄えて滅びに導かれるパターンもあるな。他には、その世界の神的存在に干渉して世界を滅ぼすなんてパターンもあった。神的存在は厄介だからな。俺じゃまず倒せない』
「え、どうやって倒すんですか?」
『同じ神的存在を擁立するんだ。物語で言う《主人公》って奴だな。そいつに神殺しを実行させる。俺たちはそいつの仲間になって導いたり、逆にヒントをばら撒いたりして導いたりするのが仕事だな』
「スケールが大きすぎる……」
数多の世界を救うと言うのはつまりはそう言う事なのだろう。
お助けキャラとかそう言うものなのだろうか?
何にしても壮大な話である。
『三つ目は自然淘汰による滅び。これもどうしようもないな。新たな種族がその世界の主人になるだけだ。こちらも車掌から介入を許可されない』
「……インベスの森みたいな?」
『どう言う事だ?』
「いや、黄金の果実による選定みたいな話よ」
朱莉ちゃんが言いたいのは、ガイムって言う仮面ライダーの話だろうか。話に付き合っているうちに上部だけの知識は私もある。
『ああ、そう言うのもあるらしいな。そう言う存在を俺らは【改変の意思】と呼んでいる。確認されているだけでも16種類あって、それぞれの意思で動いているな』
16種類って、そんな自然災害みたいなのが16種類もあったら迷惑極まりないだろう。
『だから俺たちは基本的に《白い闇》や、世界を滅ぼす意思と戦っているわけだ』
「何と言うか、本当に壮大な話よね……」
「本当に……。マジで巻き込まれた理由を知りたいわね」
とにかく、わかっているのは私の敵が【破滅の案内人】である事ぐらいである。その組織だか機関だかの構成員はわからないし、組織の構成理由もわからない。
とにかく、どうしようもない状況であった。
『これから紹介する仲間は、《白い闇》に滅ぼされた世界にいた奴だ。気難しい奴だけどよろしくしてやってくれよな』
にっこりと笑うルーカスさんは、そんな使命を自ら背負って戦う戦士なんだなと、改めて価値観の違いというかギャップを見せつけられた。
私達はそんなルーカスさんに続いて、別の車両に入った。
雰囲気としては談話室だろうか?
ゆったりとしたソファーに座って本を読んでいたり、チェスっぽい遊びをしている人達がいる。全員が全員美男美女だ。まるで物語の主人公のたまり場みたいな印象を受けた。
『ここは見ての通り談話室だ。ソファーに座って本を読んでいるのが、アイリス。チェスをしているのがフィリップとチャンだ』
アイリスと言う少女は、気品のあふれるドレスを着た金髪金瞳の子だ。
フィリップは緑髪緑瞳をしている、シュッとした感じのイケメン、チャンは黒髪黒瞳のアジアン系のイケメンと言った感じの顔つきをしている。
『ふん、日本人か……』
チャンの目線は何か怖いものを感じるが、なぜだろう。
チャンはそれ以上何も言わずに、談話室から出て行った。
『おっと、失礼。チャンは元の世界で色々あったのサ。ああ、僕の名前はフィリップ=サン=ジョルジュ。元の世界では天☆才魔法学者をやっていたのサ』
気取った感じの人だ。
自分の才能を絶対的に信じているナルシストって感じがした。
「は、はぁ……」
『フィリップはナルシストだが、腕は確かだ。その世界の理に合わせて自分の世界の魔法を使えたりするからな。俺の纏う炎も、理が違えば効果が変わってくるが、フィリップの開発した導具で俺の世界の炎と同じ効果を出すことができるんだ』
『僕は天☆才だからネ。それぐらい数多の実験をすればチョチョイのちょいなのサ。まあ、このカード……【シュマリット】のチケットについては研究中だけどネ』
緑の髪をかき上げながら、自慢げにカードを見せびらかすフィリップ。
自己紹介をされたのだから、私達もするべきだろう。
「えーっと、私は篠崎由利です。大学生で、カードを使った召喚? ができるみたいです。なんか資格者っていうのらしくって、《白い闇》って人に襲われてたところをルーカスさんに助けてもらいました」
『ふんふん、召喚ネ。興味深いナ。後で君の導具とカードを見せてもらえないかナ?』
「あ、はい」
大丈夫かなとは思うけれど、ルーカスさんが信頼を置いている人物っぽいので、問題はないだろう。
「で、私は栗栖朱莉。由利ちゃんの友達で、同行することにしたの。私の方は資格者って奴じゃないわ。よろしくね」
『ほうほう、珍しい人だネ。こんな危険しかないところに足を運ぶなんてネ。私は止めないヨ。こちらこそよろしく頼むヨ』
しかし、翻訳されているとはいえ独特な口調である。気取っている割には誠実と言うか、なんと言うか……。
『アイリス、君もこっちに来て挨拶をしてくれないか?』
『……ワタクシは良いですわ。庶民の方とお話をする必要性を感じませんもの』
アイリスさんは澄ました表情でそう言った。
「由利ちゃん、なんだかお姫様みたいね」
「そうね」
『ああ、アイリスは《白い闇》に滅ぼされた世界の生き残りだ。アイリス=ルゥ=ノーデルヴェルク、それが彼女の名前だ。元の世界では一国のお姫様だったんだ』
ルーカスさんが紹介すると、アイリスさんはため息をつく。
『ルーカス、貴方も王子でしょう? 貴族は貴族らしく振る舞うものよ』
『俺は元だがな。まあ、身分なんてこの列車の中では無意味だ。アイリスも彼女達と仲良くしてやってくれ』
『……ふん、まずはその平和ボケした顔を直してから出直してらっしゃい』
アイリスさんはそう言うと、本を畳んでソファーから立ち上がり、談話室を出て行ってしまった。
『……いや、うん。すまないな。癖の強いメンバーばかりなんだよ』
『気にすることはないサ。資格者である以上は、呉越同舟だからネ』
ルーカスさんが謝罪し、フィリップは肩を竦めた。
確かに私達は平和な日本から連れてこられたようなものである。事情なんて知りようがないし、世界が滅ぶなんて経験がないから、理解もできないのは事実であった。
「いえ、気にしてないです。実際、私達は知らなすぎますしね」
「そうね。でもまあ、気にしてもしょうがないわね」
そもそも、国どころか世界が異なるのだ。異文化交流にも程がある。
と、客車の方からウーヴェさんが歩いてきた。
『お客様、部屋の準備ができましたので、案内いたします』
私達は顔を見合わせると、早速客車に向かって行った。
登場キャラにはそれぞれ重たいバックグラウンドがあったりします。