14
ギャレンと別れた私たちは、【シュマリッド】に戻っていた。
談話室に入ると、私たちを出迎えてくれたのは満面の笑みをしたフィリップさんであった。
『やあ、ルーカス、お嬢さん方。丁度君たちを待っていたんダ!』
そのフィリップさんの笑みに、若干口角を引きつらせつつ、ルーカスさんが答える。
『どうしたんだ、フィリップ。君が待っているなんて嫌な予感しかしないんだが』
『ひどいなぁ。丁度僕の担当世界を救って手隙になったから待っていたというのニ!』
ニコニコしながらそう言うフィリップさんは、私の左手を手にとる。
既に視線はカードリーダーが出現する位置に釘付けだ。
『さあ、ユリ君。あのカードリーダーを見せてくれたまエ!』
「え、あ、はぁ……」
私はドン引きしつつも、役に立つならと思って適当なカードを取り出して、前にかざす。
カードリーダーが出現すると、フィリップさんが早速観察しだした。
『ふむふむ、依然見せてもらった時と若干形が異なるネ。カードをスキャンする部分が増設されたみたいだネ』
「そ、そうなの?」
『僕の記憶力をなめないでほしいネ。ちょっと、そこに座ってもらえるかナ?』
フィリップさんが私の手を引っ張ってソファーに座らせる。
その間一度もカードリーダーから目を離さなかったのはさすがというべきだろうか?
「えーっと、私たちはどうしたらいいのかしら?」
『ああ、アカリ君はルーカスに近接戦闘の方法でも教えてもらってくれたまエ』
そう言うと、フィリップさんは白衣の下からアイテムを取り出した。
クリップのついた配線の見える小型の装置みたいなものである。
サイズは手のひらサイズだろうか?
『コイツはルーカス用だネ。まア、試作品だからそこまでの機能はないケド、ルーカスの調子を見てよさそうなラ、他のメンバーも使えるからネ』
『待て、どういう機能だ?』
『簡単に言うならば、魔力の回復率を向上させる機能だヨ。理が違うと魔力の外気からの吸収による回復率が落ちるからネ。これを使えば自分の世界と同じ程度の魔力回復高率になるはずだヨ』
『なるほど、確かに役に立ちそうだな』
『後ほど使用感とかをレポートでまとめてくれたまエ』
ルーカスさんはそう言うと納得して装備する。
それにしても、デザインがなんというか朱莉ちゃんが見せてくれた変身アイテム的な感じがする。
私のカードリーダーもそんなデザインなんだけれどね。
『アカリの方は少し待ってくれたまエ』
「わ、わかったわ」
朱莉ちゃんが了承すると、フィリップさんの目線がカードリーダーに戻る。
『それじゃア、僕はこの装置に集中するヨ』
「私は離れられないみたいだから、ここにいるね」
「わかったわ」
私はため息をつく。
朱莉ちゃん達はフィリップさんが指示した通りに訓練に向かうようであった。
こうして、私はフィリップさんに付き合うことになったのだった。
◇
『フムフム、ここがこうなって……。なるほどネ……』
カシャッカシャッっといろいろカードリーダーをいじり倒すフィリップさん。
さすがに、カードの挿入はしないけれども、カードについても特殊な魔道具で分析をしていた。
『なるほど! 興味深い……。だが、これで面白い道具を作れそうだヨ』
フィリップさんはそう言うと、紙にさらさらと何かを書き込んでいく。
あっという間に、私のカードリーダーを元に新たな道具の設計図を描き上げてしまった。
まるでそれは、仮面ライダーの変身ベルトのように見える。
カードリーダーがバックル部分になっており、カードを挿入してフタをスライドさせる私のカードリーダーと同じ形式のもののようだ。
バックルの両端にパイプみたいなものがついている。
ベルトの横にはカードケースがデザインされており、左側には武器をマウントする機構が描かれていた。
『これは、召喚獣の力を抽出し自分の体に『装備』するための道具だヨ』
「『装備』?」
『そう! 力を体にまとって引き出すんだネ。僕が二つ前に救った世界……アーネベルインと言う世界の魔法技術を再現できるのサ!』
「は、はぁ……」
興奮して解説するフィリップさんに、私はどうしたものかと困惑する。
だって、だれがどう見ても仮面ライダーの変身ベルトにしか見えないのだから。
『君たちの差異次元のヒーローで例えるならば、戦隊とか魔法少女、仮面ライダーが近いカナ? そういうものに変身できるベルトだヨ』
すると、フィリップさんはまた絵を描き始める。
それは、仮面ライダーとは違う変身ヒーローの姿であった。
女性のシルエットをしており、顔はツインアイのロボットをイメージさせる。
仮面ライダーと言えば複眼だけれども、これはどちらかというと、オー〇マンとかそのあたりのイメージに近い。
朱莉ちゃんに見せたら興奮しそうな感じである。
「いや、うん、こういうアイテムが出てくる時点でそんな展開になりそうな気はしていたけれど……」
私が若干呆れつつ見ていると、ピタリと手が止まる。
『そうだそうだ。作成するには素材が足りないナ。特殊合金のアーティライトはラシュカーンに行けば購入できるが、制御コアに使う魔導鉱石スターライトはどこの世界で採取できるんだったか……』
フィリップさんは顎に手を当てると、人さし指で顎をトントンと叩き始める。
私は展開に追いつけなくて唖然としていた。
『そうだ! やっぱり取ってくるしかないダロウ! そうとなったら早速出発しよウ!』
フィリップさんはそう言うと、紙をくるくるとまとめて、談話室を後にしてしまった。
「え、えっ?」
私は嵐のように去っていったフィリップさんをわけのわからないまま、見送ってしまったのだった。
「私は一体どうしたらいいんだろう……?」
私がつぶやくと、それに反応する人がいた。
『フィリップは暴走特急のようなものですの。気にしても仕方がありませんわ』
「アイリスさん」
『ご機嫌よう。ユリさん』
反応したのはアイリスさんであった。
『ここ3日間ほど空けていたみたいですけど、仕事ですの?』
「はい、勇者と一緒に【大嵐の塔】と呼ばれるところを攻略していました」
『そう……。で、どうだったの? 目的は果たせました?』
「いや、《白い双子》に重要なアイテムを持ち去られてしまって……」
私がそう言うと、アイリスさんは『あの悪辣無垢な連中ね』とつぶやいてため息をついた。
『気を落とさなくても大丈夫ですわ。ルーカスが……幾千の世界を救った大英雄がついているんですもの。最後はちゃんと魔王を討伐できますわ。だから気を落とさないで』
「あ、ありがとうございます」
ルーカスさんはそれほどすごい人なのだ。
そんなルーカスさんが倒せないあの双子とは……【破滅の案内人】とは何者なんだろうか?
『考えていることはわかりますわ。あの連中のことですわよね』
「はい、【破滅の案内人】っていったいどんな組織なんですか?」
アイリスさんは胸の下に腕を組む。
ふと目に入ったけれども、私よりも大きい。
『そうね……ルーカスと《白い闇》はルーカスが自分の世界を救うときに対立した存在だけれども、【破滅の案内人】については活動を始めたのは最近だと聞いています』
「そうなんですか?」
『ええ、世界の脅威と言うのは基本的に【外敵による絶滅】、【内紛による自滅】、【歴史の行き詰まりによる消滅】、【進化による改変】があります』
「そうなんですか?」
アイリスさんは優雅にうなづく。
『ええ、【外敵による絶滅】は、いわゆるインベーダーや異星人、古代生命体だったり異種属による侵略が主な原因ですわね』
私の頭の中でそういう映画が存在することを思い起こしていた。
「……隕石による滅亡もあったりするんですか?」
『あるりますわね』
「そういうのって、【シュマリット】で対応できないんじゃ……」
『ええ、もちろん対応しないわ。そもそも、私が上げた4つの例は【シュマリッド】では【世界の自死】と呼んで対処しないことになっていますのよ』
「【世界の自死】……」
なんというか、壮絶な話である。
『【内紛による自滅】は、例えばあなたの世界で例えるならば、「かくへいき」と言うもので世界を破壊してしまって人類が滅亡するってパターンが該当すしますわね』
それは何となく想像がつく。
『【歴史の行き詰まりによる消滅】は、それ以上の成長を人類が止めたときに起きる事象になります。これには二つのパターンがあって、前者が何らかの要因でどうしようもない世界になってしまうパターン。後者が発展しすぎて自分の世界を捨ててしまうパターンがありますわ』
「発展しすぎて……?」
『そう、魔法文明でも科学文明でもそうだけれど、発展しすぎると最終的には自分の世界を捨ててしまいます。そう言う連中はほかの世界に神になるために侵略を開始いたします。だから私たちは彼らのことを神のなりそこない……単に【侵略者】と呼んでいるのですけれどね』
私には想像もつかない話である。
そもそも、私の世界では【異世界】なんていうのはお話の中の世界でしかないのだ。
あえて言うならば他の星とかそういう感じになるけれども……。
『そうなったら、【シュマリッド】の出番になるわ。私たちはこちらに対応していますのよ』
「つまり、【破滅の案内人】って……」
私がそう言うと、アイリスさんは首を横に振る。
『いえ、彼らは違う存在ですわ。【破滅の案内人】は発展した先の世界の人間では……いえ、人間の形はしているけれど別の何かであると推測されていますの』
あの双子……《白い双子》は確かにそんなイメージがある。
『最後に、【進化による改変】。こちらは人類が淘汰されて新しい人類に置き換わってしまったりを指しますね。酷いときは呪いが世界中にあふれてしまい、別のものに挿げ替えられてしまう場合もあるけれど……。この場合は【シュマリッド】が呪いがほかの世界に影響を与えないためにその世界を滅ぼすことになりますわね』
「えっ……!?」
『はっきり言うけれど、そういう世界はむしろ滅ぼしてあげるのが世界を救うということ。……あれはあまりにも救いがないケースですもの』
アイリスさんは悲しそうにそう断言した。
「アイリスさんは見たことがあるんですか?」
『ええ、人類だったものが怨嗟の声を上げながら、怪物になっていましたわ。私はそのおぞましさに何もできませんでしたわ』
「ほかのパターンは?」
『新しい人類として新しい歴史を紡ぐだけですね。こちらの方は問題ないとされることが多いですわ』
なんというか、壮大な話である。
『盛大に話がそれたけれども、【破滅の案内人】の話だでしたわね』
「あ、はい」
アイリスさんは話を戻した。
『【破滅の案内人】は共通して白い服を着ているのが特徴ですね。全員が全員、人間じゃ無いですわ。そして、少なくとも彼らは自分自身の世界を既に滅ぼしていますね』
確かにそうである。
《白い闇》は白いフードを着た白い髪をした青年である。
《白い双子》は白を基調としたゴシックドレスを着ている。もちろん、男性体は若干スーツっぽいイメージではあるが。
『私たちが確認しているだけでも、《白い闇》、《白い双子》、《白い巨人》、《白い姫》の4体がいます』
「確認しているだけでも……?」
『ええ、他にもいるだろうことは観測されています』
つまり、あの強大な力……ルーカスさんですら決着をつけられない奴らが4体以上も存在するのだ。
……正直、私の敵は【破滅の案内人】の連中なんだけれど、壊滅させられる気がしなかった。
なんで私が狙われているのかサッパリわからないのだ。
理由がわかれば納得できるし対策は立てられるけれども、あの雰囲気から対話はできそうに無い。
『まあ、活動していると報告されているパターンは少ないから、遭遇したら運が悪い方になりますわね』
「……あの、めっちゃ敵対しているんですけど……」
『ええ、運が悪いですわね。ルーカスがついていて正解ですわ』
突き放したような言い回しではあるが、表情から心配していることがくみ取れる。
この人は本質的には優しい人なんだなと私は思った。
『どちらにしても、【侵略者】と【破滅の案内人】は私たちの敵対勢力だと覚えておくとよろしいですわ』
「わかりました。お話、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、アイリスさんは手をひらひらさせる。
『気にしなくてよろしいですわ。……ルーカスが気にしている子ですもの。庶民であっても仕事仲間。先輩として教育はしっかりとしておく必要がありますわ』
私はその物言いに苦笑いをした。
だって、若干頬が赤く染まっているのだ。




