12
6階……雲で覆われたエリアに入った。
実際、雲ができる高さはスカイツリーの頂上ほどの高さは必要だけれども、この塔は不自然に雲に覆われている。
おそらく、魔法だとかそういうものによって発生しているのだろうけれども、魔法自体が私たちにはよくわからないので理屈を知ったところでわからないまま終わりそうである。
5階から打って変わり、天井には【雲】が立ち込めており雨が降っている。私と朱莉ちゃんは折り畳み傘を取り出して差す。
ルーカスさんはそもそも存在が炎なのか、雨に濡れているのにたちどころに乾いてしまう。
唯一濡れてしまうのが、ギャレンさんだった。
「……お前ら、便利なもの持っているな」
「え、傘は普通にあるでしょ」
「いや、その携帯式の傘だよ!」
当たり前に傘を差していたけれど、確かに折り畳み傘なんて便利なものはこの世界にはなさそうであった。
「……そんなことより、これ以降の階って常に雨が降っている感じなんですかね?」
私は流すことにした。
傘さしっぱなしというのもなんだかんだで面倒くさい。
そもそも傘を差す必要のないルーカスさんには無縁の話だろうけれど。
「だろうな。もしくは謎を解くことによって晴れるかもしれないな」
「謎……ねぇ……」
ざっと見た感じだと、まるで扉を守るように水棲系っぽい感じの魔物がこちらの様子を見ているのがうかがい知れる。
魔物を倒すと扉が開いていく形式の仕掛けだろうか?
「今回はわかりやすいな! よっしゃ、先に進もうぜ!」
今までのうっぷんがあってかギャレンさんは割とノリノリで扉に突撃していく。
魔物は特に特筆する強さもなく、ギャレンさん一人で余裕で片づけていく。
「たあああああ!」
サハギンっぽい姿をした魔物が3匹ギャレンさんに襲い掛かってくるが、攻撃をひらりと回避して叩き切っていく。
「いやー……やっぱり強いわねー」
確かに、朱莉ちゃんよりも明らかに動きが良い。
何度も死線を潜り抜けてきた勇者だからこそだろう。
ギャレンさんに切り捨てられた魔物は黒い煙になって消滅する。
後に残ったのは、ドロップアイテムが入った箱だった。
「うっし、これでお仕舞い!」
最後の一体を軽々と討伐すると、扉が自動で開く。
天井は意外と高いので、扉もその分重いのかゴゴゴゴゴ……と音を立てて開く。
そして、その先にはまた扉と魔物の姿が見える。
「ああ、やっぱりそういう仕掛けか」
「うん、そうだね」
これは次の階に進むための階段に到着するまで正しい扉を選んで敵と戦う感じの仕掛けである。
「おっしゃあ! 次だ次!」
5階までのなぞ解きで頭を使ったギャレンさんには、魔物を倒す試練というのはちょうどよかったらしい。
走って戦いに行くギャレンさんを追いかけて、私たちは進むのだった。
……
進んだ先は行き止まりだったけれど。
おそらく間違った分岐を選んでしまったのだろう、後ろの扉は締まり、目の前には古代文字の書かれた文字盤と魔法陣が設置されていた。
文字は【残念、最初からやり直し】と書かれている。
「はあああああ? いや、なんで?」
ギャレンさんがくるっと私たちの方を見る。
「たぶん、正解ルートとは違う扉をくぐったからだと……」
「正解ルート? またなぞ解きかよぉ!!」
先ほどの扉は、3つに分かれており、サハギン系水棲魔物が守る扉、ゴブリン系のよくある魔物が守っている扉、ゴーレムみたいな魔法生物? が守っている扉になっていた。
ギャレンさんが倒したのは、ゴブリン系であった。
ギャレンさんがゴブリン系の魔物を討伐してしまうと、他の魔物は消え失せてしまったので、この扉を進むしかなかったのだ。
「いやー……リアルでRPGのなぞ解きをさせられると、ひたすらにうざいだけよね」
「私たちは解いてないんだけれどね。一番の負担は戦っているギャレンさんだと思うよ」
「てか、ひたすら雨にぬれながら見守っているってのも結構つらいわよね……」
「確かに」
愕然としているギャレンさんに近づく。
「ほら、ギャレンさん、魔法陣に入りましょう? やり直さないと」
「あ、ああ……」
私たちはギャレンさんを連れて魔法陣に入ると、入り口の階段の部屋まで戻された。
「ユリ、アカリ、ギャレン、一度休憩しようか」
戻ってきたと同時に、ルーカスさんがそう提案してきた。
「そろそろユリたちも疲れてきただろう? それに、時間としてもそろそろ夕食の時間だ」
「……確かに言われてみればおなかもすいてきたわね」
「ギャレンさん、どうします?」
私がギャレンさんに聞くと、一言答えた。
「うん、休憩する」
◇
私たちは一度5階に降りて、階段のそばで野営をすることになった。
5階は6階と違って雨が降っていないからね。
「それじゃあ料理するから待っててくださいね」
私は早速コンロ……ガスコンロから魔法コンロに代わってしまったものを取り出す。
技術はこの世界のものに置換されるけれど、完全再現不可能だと変化しなかったりしてよくわからないルールで世界は動いているらしい。
とりあえず、手持ちにある素材で取り出したのは卵、玉ねぎ、人参とキャベツそれとジャガイモ、肉は鶏肉、塩とコショウにコンソメである。
飯盒炊飯セットもあるのでもちろんコメも炊くことができる。
「コンソメってこの世界でもこの形を保持しているんだね……」
コンソメはブイヨンから作るのがこの世界での製法だろうけれど、味の素の固形コンソメを使えば簡単にコンソメスープを作ることができる。
「由利ちゃん、手伝う?」
「うん、飯盒の方をお願いしていい?」
「おお! ご飯! わかったー♪」
水は魔法で作り出せるけれども、ミネラルが含まれたものがやはりおいしい。食堂から水をペットボトルに移して持ってきて正解だった。
野菜を洗うのは魔法の水を使うんだけれど、既に洗ってあることは確認しているので、さっと汚れを落とすために水を通す。
男が二人いるので、具材はごろごろしていた方が良いだろうと思い、大きめに切る。
キャベツは一口大にちぎり、芯は食べやすいように薄切りにする。
ジャガイモは大きめに4分割にする。
人参は乱切りにして、玉ねぎは薄切りにする。
鶏肉は一通り下ごしらえをして一口大に切って塩をまぶしフライパンで火を通す。
どっちみち煮てしまうので表面をカリッとなる感じで焼いてしまう。
鍋に下ごしらえをした野菜をさっと炒めて、水と固形コンソメを入れて中火で煮る。
キャベツは後で入れないとしんなりしすぎちゃうので後回しだ。
「へぇ……手際良いな」
「そうかしら」
一人暮らししているしね。
友達と宅飲みするときもおつまみを作って提供したりはする。
「よし、これで8分中火で煮ればいいわね」
腕時計で時間を確認する。
待っている間に、飯盒の方を確認する。
「どんな感じ?」
「もう炊いているわ」
炎は魔法で調整しているらしい。
それにしてもつくづく魔法というのは便利である。そして、ガスコンロや水道水といった便利な文明社会と同等のことができているという事実に、どこかで聞いた【発達した科学は魔法と区別がつかない】という言葉を思い出していた。
本来だったら30分は水につけておく必要があるんだけれど、10分ぐらいでやっているようであった。
まだ加熱中って感じで先にコンソメスープが完成しそうな感じだった。
まあ、スープだし冷めてもあっためれば良いんだけれどね。
「それじゃあ、付け合わせでも作ろうかな」
私は浅漬けの元を取り出す。
パッケージは変換されて紙になっているので取り外してしまう。
余った野菜を浅漬けのもとに浸してモミ混んで少しおけばすぐに出来上がるので、付け合わせにはちょうど良かったりする。
今回はキャベツが余っているので、キャベツを多めにしてきゅうりを混ぜて浅漬けにする。
プラスチックは基本的にそのままみたいなので、ジップロックも無事のようだった。
そこに食べやすい大きさに切ったキャベツときゅうりを入れて、浅漬けのもとを入れてもんで放置しておく。
これで簡単にできるのだから、楽である。
「おお! コンソメスープか?」
おいしそうなにおいが漂ってきたのか、ギャレンさんが反応した。
「そうですね。コンソメスープにキャベツの浅漬け、それにライスです」
「すごいな……。母さんがコンソメスープを作るときは相当時間がかかっていたんだが……」
「そうなんですか?」
私はそんなブイヨンから作る方法では作ったことがない。
だから、Webサイトなんかで閲覧して作り方を知っている程度である。
「あ、そろそろ……」
私はコンソメスープ分のキャベツと、火を通した鶏肉を鍋の中に入れる。
おたまで混ぜながら、味を見る。
鶏肉に塩をまぶして焼いたので、塩分はちょうどいい感じかな?
なので胡椒を適量加える。
後は、鶏肉から出る灰汁を捨てながら煮込むだけだった。
……
「うまっ! ユリって料理が上手だったんだな!」
「ああ、これならタチバナさんにも負けてないな!」
なんか好評で恐縮してしまう。
普通にレシピ通りに作っただけである。
ちなみに、私と朱莉ちゃんはお箸を、ルーカスさんとギャレンさんはフォークとスプーンを用意している。
「うん、このアサヅケと言うのもなかなか! いい感じの塩分が効いていてキャベツの甘みも感じられてなかなかライスと合うな!」
ああ、そういえば確かにこの世界は浅漬けはないのかもしれないなと思った。
異世界っていうか、海外の人にご飯をふるまっている感じがする。
「うんうん、由利ちゃんのご飯はおいしいよね~」
「朱莉ちゃんも作るじゃん」
「私が作れるのはチャーハンとかカレーぐらいよ。実家暮らしだしね」
「それもどうかと思うなぁ」
そんな感じで食事は進み、スープもライスも残らなかった。
「いやー! まさか野営でこんなおいしい料理が食べられるなんてな!」
「それはお粗末様でした」
私はバッグに調理器具を片づける。
明日の分の下ごしらえもライスが炊き上がる前にすませたので、準備は万端だろう。
みんなおいしいおいしいって言ってくれるのはありがたいけれども、私はレシピ通りに作っているだけなので自慢できるようなものではない。
そもそも、私が作ったのは私の世界のコンソメスープである。
調味料に差異はないかもしれないけれど、野菜や肉なんかは生態系や交配によって味も変わってくるし、それに合わせた味付けなんかはしていないのだ。
「よし、それじゃあ今日はこれで休むとしようか。塔の攻略はまた明日にするとしよう」
ルーカスさんの提案に全員うなづく。
あの常時雨が降っている中を進むのはかなり体力を消耗するからだ。
事実、6階を少し攻略しているだけでも、何もしていない私たちですら結構体力を消耗していたのだ。
今日はしっかりと休んで、明日に万全の状態で挑むのが良いだろう。
そんな感じで、私たちは今日は休むことになったのだった。
◇
翌日、私たちは……主にギャレンさんが頑張って塔を攻略していった。
おいしい料理を食べて元気が出たとはギャレンさんの談であるが、朝から昇って行ったおかげでかなりのハイペースで塔を進んでいった。
お昼になるころには10階に到達しており、10階には休憩所みたいな場所があったためそこで昼食を作ってふるまう。
まあ、出来合いのハンバーグを焼いて、野菜と一緒に食パンに挟んでソースをかけたサンドイッチなんだけどね。
もちろん、ゆで卵のサンドイッチやツナマヨのサンドイッチも用意している。
これで元気が出てくれればなと思いながら作ったものだし、簡単なものだったけれどみんな満足してくれたようである。
後半戦は、雨というよりも嵐といった方がふさわしいフロアであった。
雨だけでなく強風や、タイミングによっては雷まで落ちてくる。
「ひゃあああああ!」
朱莉ちゃんは雷が怖くて、落ちてくるたびに悲鳴を上げていた。
「こ、この中でボス戦とか聞いてないわよ!」
既に傘は役に立たなかったので、私も朱莉ちゃんもレインコートを着ている。
そして、私たちは嵐の中魔物と戦っていたのだった。
11階の試練の内容は単純であった。
嵐の中、タコのような巨大な魔物と戦っていた。
「来るぞ! アカリ!」
「ひゃあああああああ!」
朱莉ちゃんは雷に怯えながら魔物の攻撃を必死によけていた。
私は召喚獣を召喚することにした。
《Summonraize》
《Summon──Großer Blitzgeist──Harmoniere Thor》
雷の召喚獣トールだ。
バチバチと雷をまとった筋肉隆々の魔人が召喚される。
《契約者の呼び声に応じ参上した! 我が名はトール! 雷の神の名を与えられし召喚獣である!》
「トール! お願い! あのタコみたいなのをぶつ切りにしちゃって!」
《承知した! 今夜の食事の一品はタコワサであるな!》
そう言うと、トールは雷の中からトライデントを召喚した。
《だが、タコ焼きも捨てがたい!》
トールは何故かご飯が好きで、魔物を倒した後にどんな料理にするかを口にする癖がある。
試練は勇気を示すことであったけれど、これがなかなかトラウマになる程度にはきつい試練であった。
トールは巨大タコの攻撃をトライデントで受け流し、切りつける。
雷をまとったトライデントは切り口を焼くので、焼いたタコのにおいがする。
《ふん! はぁ! どりゃぁ!》
トールはギャレンさんと協力して巨大タコを切り刻んでいく。
朱莉ちゃんは……逃げ回っているのは仕方がなかった。
トールとギャレンさんの活躍で、巨大タコの魔物はなます切りになり倒すことができた。
残念ながら魔物なので、ドロップアイテムをおいて黒い煙になって消えてしまったけれども。
「ありがとう、トール」
《契約に従ったまでだ、契約者よ。また儂を呼ぶといい》
トールはそう言うと召喚された時と同様に雷の中に消えてしまった。
「うし、この階もクリアだな。次の階に行こうか」
こうして、順調に攻略していった私たちは【大嵐の塔】全20階を踏破することに成功するのだった。
「ここが最後の部屋か……!」
19階の階段を上るとすぐに豪華な扉が待っていた。
まるでこれからボス戦であるかのような扉だった。
扉の横には古代文字で【ここまで踏破おめでとう。次が最終試練だ。勇者である君一人だけで挑むがいい】と書かれてあった。
「そうね。なんかボス部屋の前って感じだもんね!」
「最後の試練にはユリもアカリも手出しはできなさそうだな」
「そうなのか?」
ギャレンさんの疑問に、私たちはうなづいた。
「うん、そうみたいね」
「そうか……。いや、あんたらについてきてもらって助かったよ。ありがとうな」
ギャレンさんはさわやかな笑顔でお礼を言ってくる。
「それが私たちの仕事、だもんね」
朱莉ちゃんの言葉に私たちはうなづいた。
「よし、じゃあ行くぞ!」
ギャレンさんはそう言うと、扉を開く。そこには転移魔法陣が設置されていた。
私たち全員がその部屋に入ると、魔法陣が輝く。
そして、フッと移動すると闘技場の観客席のような場所に私たちはいた。
ギャレンさんは闘技場の真ん中にいる。
《我が試練をよくぞ踏破した! 新しき勇者よ! 真の勇者であることを確かめるため、最後の試練を与えよう》
まるで入場パフォーマンスのようなノリで闘技場に音が響くと、黒い影が入り口から入場してきた。
黒い鎧に黒い剣を持った姿はまるで伝説の勇者といった感じの風貌をしている。
「こ、こいつが伝説の勇者……ブレイド!」
ギャレンさんの驚愕の声が聞こえる。
そんなに離れているわけではないので普通に聞こえるだけだけれどね。
《さあ、新しき勇者よ! 剣を取れ! 我が子孫として貴様の資格を測ろう!》
声とともに黒い影が剣を抜いた。
「面白いじゃないか……!」
ギャレンさんはそうつぶやくと、剣を抜いた。
一瞬の間があり、《始め!》の声とともにギャレンさんとブレイドの影の一騎打ちが始まったのだった。
いつも閲覧ありがとうございます
なるべく明るい感じで進行してます




