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『召喚術について知りたい……?』
ルーカスさんがレインに説明をすると、レインはむつかしい顔をする。
『ああ、ユリは召喚術師だから、その基礎を一番世界を救っているレインが教えれば参考になるかなと思ってな』
正直、私としてはこのレインって人に教えてもらうのはなんだかいやである。
見た目が不潔な感じだし、オタクといってもこういう不摂生な感じの人はちょっと遠慮したい。
だけれども、ルーカスさんが推薦するならば我慢ぐらいはする。
『ふ、ふーん。で、でも僕に聞くよりは、あ、アイリスたんのほうが詳しくお、教えられるとお、思うよ。フヒッ』
『そうなのか?』
『う、うん。ぼ、僕は感覚的にやってるだけだからね……。教えるのは苦手……』
いわゆる天才というやつなのだろう。
感覚的にやって成功する人は、人に教えることができないというやつである。
『むぅ……そうか。それはすまなかったな』
『じゃ、じゃあぼ、僕はこれで……。フヒッ』
レインはそう言うと、部屋の扉をバタンと閉めてしまった。
『すまない、当てが外れたようだ』
「いや、大丈夫です」
正直、彼から手取り足取り教えられるのは嫌だったのでよかったと私は安堵していた。
もうちょっと挙動不審なところとか、清潔感のないところを改善してほしいものである。
私もオタクだけれども、一番気を付けているのは服装の清潔感だしね。
「で、アイリスさんってあのお姫様のことよね?」
アイリス=ルゥ=ノーデルヴェルク。
まさに物語に出てくる絶世のお姫様といった感じの人だったけれども、貴族様な感じであまりいい印象がない人である。
『そうだ。彼女も確かに召喚術と魔法を使うんだが……。まあ仕方がないか』
ルーカスさんは頭を掻きながら、むつかしい表情をした。
「なんていうか、世界を救う集団って変な人が多いわよね」
「そうだね……。まともなのはルーカスさんぐらいなイメージしかないよ……」
フィリップさんはマッドサイエンティストってイメージだし、チャンさんに関してはよくわからない。
車掌さんであるウーヴェさんに関しては、なんというか超常的な感じがする。
唯一、食堂の橘花さんやサリアさんがまともな人物の印象である。
……それでいいのか【シュマリット】!
『アイリスはいつも談話室で読書をしていることが多い。今いるかはわからないが、行ってみることにしようか』
私たちはうなづいた。
呉越同舟ではないけれども、同じ列車に乗る関係性である。
どっちにしても避けては通れないので、それが前倒しになったと思うことにした。
談話室には、ちょうどアイリスさんが一人で読書をしているところだった。
入室した際の扉の音を聞いてか、アイリスさんがこちらを見ていた。
『ルーカス! ……それに、新参者ですわね。フィリップはいませんわよ』
アイリスさんのルーカスさんを見る目があからさますぎる。
私たちは顔を見合わせて苦笑する。
『アイリス。頼みたいことがあるんだけど、時間はいいかな?』
『……新参者についてかしら? 私から言うことは何もないといったはずですけれど?』
『俺が教育担当みたいなものだからね。協力してくれると嬉しいんだが』
ルーカスさんが苦笑いを浮かべてそう言うと、アイリスさんはため息をついてルーカスさんをじとーっと見る。
『では、今度私と二人でお買い物に付き合ってくださる?』
『ああ、構わないよ』
『……』
アイリスさんはため息をついた。
ルーカスさんは朴念仁なのかな?
物語の主人公にはよくある話なんだけれどね。
アイリスさんの方からデートに誘うということは、つまりそういうことなのだろうと私たちは察した。
『……いいですわ。で、私にどのような御用ですの?』
『ああ、レインから召喚術について詳しいのはアイリスだって聞いてね、ユリも召喚術を使うんだが、うまく制御できていないみたいなんだ。だから、召喚術のコツみたいなのを教えてほしい』
言われて、アイリスさんがじっと私を見る。
『……本当に? 服装から見れば私の世界のような魔法の発達した世界ではなくて、科学技術が発達した魔法とは無縁の世界出身のように見えますが……』
「え、ええ、そうですよ」
『……とりあえず、ディグラット、でしたっけ。そこに向かいましょうか。貴女の召喚術がどのようなものか確認させてくださいな』
「は、はい!」
というわけで、私たちはアイリスさんを連れてディグラットへ向かうことになった。
◇
降り立った先は村から離れた草原地帯だ。
アイリスさんがすぐさま人除けの魔法を使ったので、この場所に来る人はいなくなったと言っていた。
「さて、召喚術を教えるにあたってはユリがどんな召喚術をつかって召喚獣を使役しているのかを知る必要があります。……そうね、契約している召喚獣の中で最もコストの低い召喚獣を召喚なさってくださいな」
「契約……?」
私はカードに目を落とす。
このカードはウーヴェさんに手渡されたものである。
そもそも、そういう召喚獣と契約なんてした記憶はない。
とりあえず、召喚獣カードの中からレア度が一番低い召喚獣……UCのイフリートのカードをかざした。
「イフリート……召喚!」
宣言すると腕にカードリーダーが出現する。
そこにイフリートのカードを挿入する。
《Summonraize!》
《Summon──Primitiver Flammengeist──Zeige Ifrit》
空間に炎の玉が出現して膨れ上がり、割れた瞬間に獅子の顔をした赤色の筋肉魔人が出現した。
《我を呼んだのは貴様か、召喚者よ》
「ええ、初めまして。少し待機してもらえますか?」
《構わぬ》
私が召喚したプロセスをまじまじと見たアイリスさんは、ルーカスさんにこう言った。
「ねえ、あれってフィリップの作品かしら? なんなのあの装備は?」
「フィリップも興味津々だったな。ユリ、その装備について詳しく教えてくれないか?」
そういわれても困る。
「えーっと、なんなんでしょうね、これ」
私が苦笑いでカードリーダーを見せると、アイリスさんが観察する。
「プロセスとしては、一般的な召喚プロセスを踏んでいる感じですわね。詠唱はこの道具が代行している感じかしら。カード自体に強い魔力を感じるけれど……」
アイリスさんがイフリートに向き合う。
そして、手をかざすとイフリートに魔法を放った。
《Lean mise, Spirit of Fire!》
《それは出来ぬ》
イフリートは首を横に振った。
「……私が行使するよりも強い契約で結ばれているみたいですわね。紐づけられているのはユリではなくて道具に入っているカードだと推測されますわね」
アイリスさんは私のところに戻ると、こう告げた。
「そうね、ユリが召喚獣と契約せずに召喚できている理屈はわかりましたわ。召喚士としての力量を上げる方法についても見当がつきましたわね」
「そうなんですか?」
アイリスさんはうなづいた。
「簡単よ。召喚獣と正式な契約を結ぶためには力を示せばいいんですの」
「「力を示す……?」」
私と朱莉ちゃんの声が被る。
「ええ、召喚獣は依り代……つまりは術者を要石として顕現した意志を持った聖霊ですわ。それはどの世界でも変わらない共通した事実」
もちろん、世界の理によって運用方法は変わるけれどもね、と注釈を入れる。
「現在はそのカードが術者の代わりとしての要石になっている状態ですわね。道具を介してユリの命令を聞いてくれる仕組みになっているようですわ」
「は、はあ……」
私はカードリーダーを見る。これってそんなすごい道具だったんだ……。
「だけれども、それでは召喚獣の力を100%引き出せないし、ユリの命令を無視する召喚獣も出てくるはず」
言われて、私はバハムートを思い出す。
確かにバハムートはベヒーモスと戦ってくれはしたけれども、勝手に技を放ったりしていた。
「だから、ユリが召喚術師としてレベルを上げるには、力を示して召喚獣と本契約を結べばいいのですわ」
「……えっと、それってどうやるんですか?」
私の疑問に、アイリスさんはきょとんとした表情をして、当たり前のように答えた。
「もちろん、召喚獣本人に聞くのですわ」
アイリスさんはそう言うと、イフリートに向き直った。
「炎の精霊イフリートよ! この者と本契約を結びたい! 試練を受けたいのだが、お前の試練を教えてほしい!」
アイリスさんがそうイフリートに語り掛けると、イフリートは返答をした。
《その力なき召喚者とか?》
「ええ、そのとおりよ!」
イフリートは腕を組み、こう答えた。
《我は力の強きものを好む。故に我が試練は我との戦いである。力なき召喚者に、我と戦う意思はあるか?》
急にそんなことを言われても、と思うけれども、引くわけにいかないことはわかっている。
だから、私はうなづいた。
「……戦うわ。そうじゃないと、この先生き残れなさそうだものね」
《良いだろう! では、己が力を示せ! 試練のために一時契約を凍結する!》
イフリートがそう言うと、地面に降りてきた。
さて、戦うといっても、あの怪物相手に太刀打ちできる気がしなかった。
ちらりとアイリスさんやルーカスさんを見ると、手を出すつもりがないのか私から距離を取る。
逆に、朱莉ちゃんは剣を両手で構える。
どうやら、このイフリートの試練は私と朱莉ちゃんでこなす必要があるようだ。
「確認だけど、複数人で戦うのはありかしら?」
朱莉ちゃんがイフリートに尋ねると、イフリートは首を縦に振る。
《認める。それも力だからだ》
唐突に私たちとイフリートの戦いが始まった。
私は早速デッキからカードを7枚引く。
手札には召喚獣2体と、魔法カード5枚があった。
私は早速、バフ系の魔法カードを使用する。
《Magieraize》
《Anfänger Elementare-Magie──Angriffskraftanstieg》
攻撃力を上昇させる魔法である。それを朱莉ちゃんに対して発動する。
朱莉ちゃんが少し輝いた感じがした。
「行くわよ!」
朱莉ちゃんがイフリートに駆け寄る。
そして剣を振るうが、イフリートは余裕で回避する。サイズ的には3mもあるのに、軽快な動きであった。
「次!」
私はすぐにカードを使用する。
炎に対して弱点を突くならばやはり、水・氷魔法だろう。
《Magieraize》
《Anfänger Angreifen-Magie──Gefroren》
と、不意にカードリーダーに挿入以外のリーダー部分があることに気づいた。
私はすかさず、その部分に召喚獣カードをスラッシュして読み取らせる。
《Erstes Blatt! Zweites Stück!! ──Upgrade durchführen》
氷の塊が出現し、一気に巨大になるとイフリートに向かって飛んでいく。
どうやら召喚獣の魔法をスキャンすると魔法の威力が向上するようであった。
《氷魔法か!》
氷の塊の嵐に、イフリートは避けきれずに何発か攻撃が当たる。
《面白い!》
イフリートが魔法の玉を私に向かってな放つ。
「キャアアアアアアアア!!」
私はとっさに転がってよける。
地面や石があるので痛いけれど、そんなことを言ってられない!
うまくよけきれずに、足にかすめてしまった。
「あつっ!」
かすめた部分の衣類は燃えてしまった。
「はああああああ!」
朱莉ちゃんが剣を振ってけん制する。
私はすぐにデッキからカードをドローして手札を補充した。
「うぅ……また召喚獣カード……!」
手札に残った1枚の魔法カードは回復魔法だ。
深刻なダメージを追っていない以上使うわけにもいかないだろう。
なので、再度ドローする。
引いた魔法カードは、地面から水を噴出させる魔法だった。
「これだ!」
私はすぐさまカードを挿入し、召喚獣カードを3枚スラッシュする。
《Magieraize》
《Anfänger Angreifen-Magie──Brunnen》
《Erstes Blatt! Zweites Stück!! Drittes Stück!!! ──Upgrade durchführen》
「いっけえぇぇー!」
発動したのは、勢いよく地面から噴出した水の柱がイフリートにぶっかけられる魔法だった。
スラッシュした回数だけ本数が増えている。
《ぐわああああああああ!! お、溺れる! 我空中で溺れる!》
ブシャーっとものすごい勢いで噴出する魔法の水は、不思議と周囲を洪水にしたりというのはなかった。
「今ね! 必殺技行くわよ!」
朱莉ちゃんはそう言うと、剣を構える。
「《スラッシュストライク》!」
朱莉ちゃんの持つ剣の先がきらめくと、鋭い三連撃がイフリートに直撃した!
──ザンザンザンッ!!
それが決め手になった。イフリートは水の柱からはじき出されて地面に倒れたのだった。
◇
《我の試練は合格で良いだろう。召喚者……いや、契約者よ。貴様の名前を聞かせるがよい》
イフリートは自分を回復させると、私に向かってそう告げてきた。
「私は篠崎由利です」
《シノザキ・ユリか。了解した。では、契約者ユリよ。その道具を我に向けよ》
私がイフリートに言われた通りにカードリーダーを向けると、イフリートがカードリーダーに手をかざした。
炎が放たれて、カードリーダーを覆うとイフリートが虚空に消えて、カードリーダーからカードが飛び出る。
イフリートのカードが炎でおおわれると、UCからレア度が上がってRになったイフリートのカードが私の目の前に浮かんだ。
私はそれを手に取る。
「どうやら、本契約は完了したようね」
私はアイリスさんの言葉にうなづいた。
「やったね! 由利ちゃん♪」
「うん!」
私と朱莉ちゃんは抱き合って喜ぶ。
それにしても、朱莉ちゃんがあんなに強くなっていたなんて驚いた。
「本来は、召喚獣がいる場所まで行ってから試練を受ける必要があるんだけれども、なかなかに便利な道具ですわね」
「そうなんですか?」
「ええ、私が契約している召喚獣も、私が自分の足で試練を受けに行って契約しましたのよ」
なんというか、アイリスさんの印象が変わる。
箱入りのお姫様って感じだったのだけれど、意外とアクティブでかつ研究者資質のあるお嬢様ってイメージである。
「……さて、まずは3属性の召喚獣と本契約を結ぶことをお勧めしますわ。水の精霊ポセイドン、雷の精霊トールあたりとの契約をお勧めしますわね」
私のイメージとしては、シヴァとかケツアコアトルなんだけれど、よく考えればシヴァってインドの神様だし、ケツアコアトルも南米の神様だ。完全にFFの影響だけれども、よく考えればバハムートって初出はFFじゃないっけ?
カードを見ると、ポセイドンもトールもUCで存在する。
ちなみに、シヴァやケツアコアトルはSRだったりする。
バハムートやフェニックスのカードはブランクになってしまっているが、URだったはずだ。
「わ、わかりましたけれど、今日はもうこれで勘弁してください……」
たった一回戦ったけれども、かなり疲れてしまった。
ほんのわずかしか戦っていないけれども、それだけ神経をすり減らしたのだろう。
「それは、ユリのペースで構わないぞ」
というわけで、私は炎の精霊イフリートと本契約を結んだのだった。
この後ポセイドン、トールとも契約を結んだのだけれど、イフリートよりは簡単だったりしたのはまた、別の話。




