6 VS関羽
●雄SIDE
きっと今日は厄日だ。
今度は目の前の趙雲が仲間になりたそうに俺を見詰めている。
そもそも客将というのは簡単に手切れに出来るものなのか?
飽きたから、見限ったから、仕えるべき主を見つけたから、という我儘が通るのか?
考え過ぎて脳内がおかしくなりそうだ。
「百歩譲って仲間として迎えるにしても、本気で俺を殺そうとしていなかったか?」
「いえいえ、それがしでは足元にも及ばないと思っており申した。きっと鮮やかに躱してくれるでしょうな、と願いを込めて全力で放ちましたが、よもや掴まれるとは思いますまい。そして、気付けば本気で戦っていた次第です」
なんてはた迷惑な願いだ・・・
全力で、ではなく軽く放つべきだろうに。
俺の武を図るつもりだったという事か?
変に言葉を着飾るせいで本心が読めない。
これは、関羽以上に厄介な存在になる。
俺が彼女を御せるか?・・・自信がない。
「何となく経緯は把握した。だがな、本当に手切れになったのか?関羽と言い、趙雲と言い、ちと向こう見ずだと思うが」
「関羽殿は知りませぬが、それがしは刹那の瞬間を生きており申す。出逢いは突然であり、必然ですぞ?」
どうにも煙に巻かれる。
だが、眼差しは真剣そのもの。
目は口程に物を言うとはこの事か。
それに、本当かどうか確認するには入城しなければならない。
面倒だ。
というより、半ば思考を放棄している。
さっさと幽州から出たい。
出会いが濃厚過ぎて何故か腹いっぱいになった。
「召し抱える事はしない。だが、互いに命を預ける仲間なら歓迎する」
「伴侶という事ですな?これまた、いやはや・・・英雄色を好むと申しますが、主もお手が早いようで」
・・・駄目だ。
武骨者の俺では対応に困る。
すなわち、関羽でも相手に出来ない。
だが、頬を僅かに染めていじらしく微笑む様子は、本当に野に咲く花のようだ。
旅は道連れ、か。
それもまた一興と前向きに考えよう。
今日の俺はいつも以上に考え込み過ぎている。
「熱烈な求愛行動は嬉しく思うが、言っただろ?道化を演じるなら、死ぬ瞬間まで演じろと。頬を染めているようじゃ本音が駄々洩れだ」
「・・・むむむ。これは一本取られましたな。どうやら楽しい日々を送れそうで嬉しく思いますぞ」
言い返したつもりが何故か言葉に詰まってしまう。
転んでもただは起きないのか、趙雲。
確かに、賑やかになりそうではある。
だがな・・・食い扶持がないんだよ。
公孫瓚に一時的に仕えるアテは外れて食い扶持を逃し、関羽と趙雲を仲間に迎える。
これは本当に考えないと不味い。
●関羽SIDE
私は漸く仕えるべき至高の主に出逢う事が叶った事に歓喜している。
私も武人として更なる高みに至れるだろうし、深く依存させてくれる。
この御方こそ終生の主である事に違いない。
例え拒否しようと永遠にお傍に居続けよう。
それでも嫌がられるならその場で自害する。
ご主人様に必要とされないなら、私に価値はない。
生きる意味を与え、心から必要としてくださる。
ご主人様に求められ続ける為に、私は生きていこう。
もう、私の全てはご主人様のもの。
ご主人様を見詰めるだけで、胸が高鳴る・・・
正に貴方様は私の至高であり、至極!
そして、私の掲げた理想と正義を成し、敵は悉く滅す。
その為には夢から覚めなくてはいけない。
あれは私の犯した過ちであり、負の部分。
幸い、義勇兵は1000人も居ないので、引継ぎ云々は大丈夫だ。
終わらせよう、私の弱さとともに。
有言実行する為に早速謁見の間にて、劉備殿達と対面するのだが・・・趙雲殿が居ない?
今は気にする事ではないか。
「愛紗ちゃん!」
「愛紗!」
劉備殿と北郷殿が満面の笑みで出迎えてくれたが、今の私には少しも響かない。
何故か、公孫瓚殿が気落ちしているように見える。
「突然の事で申し訳ありませんが、私はお暇させてもらおうと思います」
明確な拒絶を示すと2人の表情は固まり、公孫瓚殿は深い溜息を吐いている。
驚きよりも納得されているような雰囲気だ。
「そう、か・・・お前もあの男の下に行くのだな?」
「お前も?・・・という事はもしや・・・」
「ああ、趙雲は先程晴れやかな顔で私の下を去ったよ。理由は、諫言を聞き入れてくれなかったと言っていた。ちなみに、お前の理由は?」
全てを諦めたような表情と声色だが、それよりも趙雲殿もか・・・
それに、私の理由・・・
「・・・私は武骨者故、上手く言葉に出来ません。ですが、あの御方には惹き付けられる魅力がある、そう思うのです。先程も得物に刻まれた文字を信用するなと言われました。人は巨大な権力を手に入れられると考えれば、本性が現れると思います。あの御方は自然体で変わらず、私を臣下ではなく仲間なら歓迎すると言われ、逃げずにケジメをつけてこいと励ましてくださった。関羽の名でも、私の身体でもない、私自身を見てくれます。何気ない一言に私は救われたような気がしています」
胸に手を当てゆっくりと言葉を紡ぎ、想いを正直に打ち明けた。
ちゃんと伝わっているか分からない。
でも、誰もこの想いを否定する事は出来ない。
「それは間違いだ!愛紗、お前は俺達に力を貸してくれると言ったのに、それを裏切るのか!?」
だが、上っ面でしか判断出来ない者も居る。
どこまでも私は愚かだった・・・きっと、私も天の御使いという名しか見ていなかったのだな。
「北郷殿は勘違いをしています。私は関雲長で、貴方が知る歴史の関雲長ではありません。私は私です。今を生き、間違いながらも歩き続けるのが私です。断じて、貴方が知っている関雲長ではない・・・!」
2度とこのような事はしてはならない。
出会い方さえ間違わなければ、私自身を見ていてくれたなら、きっと終生の主になっていた。
だが、それはたらればの話。
北郷殿は呆然とし、劉備殿は俯き、公孫瓚殿は北郷殿を睨み付けている。
公孫瓚殿も天の御使いという名に踊らされた被害者なのだろう。
「次に敵として相まみえる時は容赦しません。どんなに間違えようと私は足を止める事はしません。それでは、さらば」
私の心を蝕む痛みを振り払うように、今までの愚かな私を捨て去るように背を向け、ただ終生の主君の下へと馳せ参じる。
後ろで何か聞こえているが、耳に残らない。
せめて、劉備殿が不幸な思いをされない事を、切に願う。
●雄SIDE
趙雲と共に関羽を待っていると堂々とした足取りで姿を見せ、仲間として迎え入れた。
色々と吹っ切れたようで良かった、いや、良かったのだが・・・
「では、お覚悟を!」
趙雲に発破を掛けられ、さっきの焼き直しを見ているような光景が広がっている。
そう、仕合である。
青龍偃月刀と呼ばれる得物を正眼に構える姿は、中々どうして様になっている。
だがな、関羽よ。
戦う事はないんじゃないか?
そう思っていると関羽は手加減なしで突っ込みながら上段から振り下ろし、それを片手の得物で受け止めようと!?
重い・・・!趙雲は速さに重点を置いているようだが、関羽は威力と重さか・・・!
「私の一撃を受け止めるとは、流石はご主人様ですね」
「そんな、優しく微笑みながら褒めてくれるなら、鍔迫り合いを止めないか・・・!」
「いいえ、ご主人様。私の武も知っていただきたいのです。私も、ご主人様の武を感じたいですから」
艶っぽく微笑むが、本当に・・・重い・・・!
「なら、感じさせてやるよッ!!」
全体重を乗せて無理矢理押し返し、足払いを掛けようとするが巧みに下がってしまう。
だが、どうにも動きがぎこちなく思う。
右脚を庇っているような、左脚を軸に動いている気がする。
それでも、ここまで重たい一撃を繰り出す事が出来るとは・・・
「では、次は私の連撃を披露しますので、死なないようにご注意ください、ご主人様」
「善処す・・・!!」
俺が返事を返そうとした矢先に猛然と踏み込まれ、刺突を放ってくる。
咄嗟に左側の方に受け流すが関羽は左脚を軸に一回転し、遠心力を利用した横薙ぎを払ってきた。
紙一重でしゃがみ込み、今度こそ足払いを成功させる。
「っ!」
関羽は苦悶の表情を浮かべながらたたらを踏み、俺は立ち上がる時にふと、右太ももに眼をやると、傷を負っている事に気付いた。
やっぱり、怪我をしていたか・・・
「そこまでだ、関羽。今は座れ」
「・・・はい」
どうにか仕合を終わらせ、素早く地面に座らせる。
俺も屈み、スカートを少したくし上げて傷口を確認し、撫でるように触れる。
・・・傷はそこまで深くないが、最近負傷した傷ではない。
さっきの表情は、下体に体重を乗せた事で傷口から再出血したのだろう。
腫れているし、どうやら膿も溜まっている。
「これを噛んでろ。大丈夫だ、直ぐに良くなる」
不安を与えないように頬を撫で、懐から取り出した清潔な布を口に含ませる。
そして、膿を出す為に一気に患部を圧迫。
「--!!」
目尻に涙を溜めながら声にならない声を出している。
だが、痛みを堪えて動かなかったおかげで、膿を取り出す事が出来た。
これなら問題ない・・・大事にならなくて良かった。
最後に、消毒する為に患部に口を付けて唾液を付着させ、噛ませていた布で少し圧迫させれば治療終了。
応急処置はこれぐらいで良いだろう。
「もう、これで大丈夫だ。数日はあまり下体に力を入れないようにしてくれ」
「は、はははい・・・」
顔を真っ赤にして目を回しながら返事をしてくれた。
だが、
「これはこれは、うぅっ!主、それがしの綺麗できめ細やかで真っ白な柔肌の太ももに傷が・・・!痛いですぞ、主!」
両腕を大きく開いて大袈裟に首を振りながら趙雲が歩み寄り、何故か関羽と同じ右太ももを抑えつつのたまった。
構ってほしいのか?
でも、彼女が思うような優しい介抱ではないと思うのだが。
「・・・道化が過ぎるぞ、趙雲。とりあえず、関羽以上に圧迫するか」
「えっ?・・・いや、それは主、これは・・・ぎぃやぁああああっ!!」
ゆっくり趙雲に歩み寄り、じりじりと後ずされるのを捕まえて思いっ切り右太ももを圧迫した。
蒼天に女性とは思えない趙雲の叫び声が響き渡った。
これで少しは落ち着いてくれれば良いが、無理だな、うん。