5 VS趙雲
●雄SIDE
現在、驚いた事に関羽が目の前で謝罪している。
あれから馬の様子を見に行こうか?いや、腹が減ったなという風に次の行動を思案している時に背後から関羽に声を掛けられ、直ぐに頭を深々と下げて今までの非を謝ってきた。
まあ、謝罪したのなら水に流すのが俺の流儀だ。
変な確執は後々自分の命すら失いかねない。
それに、終わった事をとやかく言うつもりもない。
関羽の評価を上向修正するだけだ。
どうして急に謝罪する気になったかは恐らく、俺が前皇帝の遺児だからだろう。
それが正しいのかは分からないし、気にしていない。
案外サッパリした性格だと自分自身を客観的に捉えているが、気が楽だから好都合だと思っている。
「頭を上げてくれ。今の謝罪で全て水に流そう。結果的に命に大事ないし、実害を受けた訳でもない」
「しっしかし・・・!」
「関羽の愚直なまでの真面目さは美徳だと思うが、それは時と場合による。俺が気にしていないんだ。それで納得してくれ」
漸く恐る恐るといった感じで頭を上げてくれた。
俺が言うのもなんだが、生き辛い性格をしている。
息が詰まってしまいそうだし、自分を追い込んでいるように見える。
何がそこまで駆り立てるのか、今の俺には見当がつかない。
「俺への用事は謝罪だけか?それだけなら劉備達の許に向かった方が良い。臣下として傍に居るべきだと思うが?」
「・・・」
何故か頑なに動こうとしない。
強い眼差しで俺を射抜いている。
決意が込められているようにも見えるが、どうしたんだ?
「俺は仕える気はないぞ?あまり人様の悪口は言いたくないが、あれは危うい。戦場の泥臭さや死にもの狂いで生きる事を知らない。俺はそれなりに経験を積んできたから何となく分かる」
公孫瓚は太守であるにも関わらず、存在感が希薄だ。
どちらかと言えば劉備の引き立て役になっているし、立ち位置でもそう感じだ。
謙虚だと思えば良いのだろうが、あれでは末端の兵は不安がる。
虚勢を張るのは何も悪い事じゃない。
そういう意味では趙雲の不敵さは中々様になっていた。
あれなら客将である事も頷けてしまう。
公孫瓚には悪いが、手に余るだろうな。
「・・・差し出がましいと思っているが、お願いがある。私を、臣下として召し抱えてほしい・・・!」
・・・はい?
どうやら今日は驚きの連続らしい。
多分、俺は呆けたような表情を浮かべている。
これこそ開いた口が塞がらない。
「それは本気か?俺は傭兵だぞ?戦地を転々としているような男だ。これに刻まれた文字を信じて俺に仕えようなどと思っているのなら、止めておけ」
この得物には困ったものだ。
俺以上に存在感を示されては使い手として立つ瀬がない。
ちょっと自重してくれ。
「違う、それは違う。私は武骨者で上手く言葉にするのが難しいが、それでも仕えたいと思った。これは偽らざる本音だ」
咄嗟に否定し、さっきよりも強い眼差しで言葉を紡いでくれた。
俺も武骨者だから分かるさ。
心の中で思っている事を上手く言葉に出来ないのは同じだよ。
対人関係に難ありだと理解しているが、口に出すとどうしても解れてしまう。
目付きもそうだが、お互い嫌なところばかり似ている。
「・・・分かった。だが、ケジメは確りとしてほしい。1番駄目な事は逃げる事だ。今まで築いてきた関係を清算しないと思わぬところで痛い目を見る。それが出来れば仲間として迎え入れよう」
「ほっ本当か!?だ、だがしかし、臣下ではないのか?」
表情がコロコロ変わるな。
感受性が豊かなんだろう。
その分、何気ない一言で傷つけてしまう恐れがある。
少しずつ関羽の性格を把握し、あわよくば矯正するべきだ。
目の前の彼女は儚く、脆い。
心が弱い事を必死に隠そうとし、舐められないように虚勢を張る。
まずは仲間になったらもう少し自然体で過ごすように言い聞かせよう。
「俺は誰かを召し抱えるつもりは毛頭ない。仲間なら歓迎するさ。お互いに命を預け合うなら、仲間だ」
「・・・そ、そそそうか・・・んんっ!分かった。では、暫し待っていてほしい。ケジメをつけてくる。だが、私は今からご主人様と呼ばせていただきます」
頬を染めて視線を右往左往させた後に落ち着き、言葉尻は敬語に変わっている。
まあ、関羽なりの敬意だと思う。
自由に生きてみれば良いさ。
彼女が思っている以上に世界は広いから。
「そこは構わないが、まずは全て終わらせてからだ。俺は此処で待っているが、焦るなよ?今の主は劉備である事を忘れないでくれ」
「はっ。では、行って参ります」
初めて俺に微笑み、くるりと踵を返して立ち去っていく。
気のせいか、足取りが軽いような感じだな。
だが、右足に重心を掛けないようにしている・・・怪我か?
後で聞いて・・・!!
「おいおい・・・今度は刺客か?熱烈な歓迎だが、ちと殺気を垂れ流し過ぎだ、趙雲」
殺気を感じた直後に背後から放たれた槍を片手で掴み、突き出した相手に問い掛ける。
中々速いが、武に自信を持ち過ぎているようだ。
三流なら今ので瞬殺出来るが、俺には小手先のハッタリにしか見えない。
一流なら殺気を抑え込み、いとも簡単に始末しているだろう。
「ほぅ・・・それは重畳。この程度で死んでもらっては困りますからな。なあに、挨拶代わりですよ」
「中々本気で刺突を放ったように思えたが、成程。しかしな、趙雲。俺は相手が女性だろうと容赦しない。死ぬ覚悟は出来ているな?」
飄々と言葉遊びをして俺を挑発しているようだが、甘い。
俺も抑え込んでいた殺気を真っ向からぶつけ、得物を握り締める。
それだけで危険だと判断し、懐から短剣を投擲するのと同時に距離を取ってきた。
咄嗟に俺が得物を離すと思っていたのか・・・小細工まで惜しげなく使ってくる心意気は買おう。
だが、無駄だ。
「目線が動いていたぞ?道化を演じるなら死ぬ瞬間まで演じてみせろッ!」
片方の薙刀を背中から引き抜き、踏み込むと同時に水平に払う。
趙雲は目を見開きながらも両手で槍を構えて受け止めた。
一瞬だけ上体が弾かれたように揺らぐが、直ぐに体勢を整えて受け流される。
槍の扱いに長けている・・・これは強い。
「恐ろしい程の速さですな・・・一瞬死んだと思いましたぞ?」
「御託を並べなくて良い。殺す相手と会話に興じる奴は三流だッ!」
有無を言わさずに左上段から振り下ろし、返す刀で振り上げる。
相手に反撃の機会を与えない為に踏み込みながら放ち、揺さぶるように左右から攻撃を仕掛ける。
だが、中々どうして的確に弾いていく。
右に左に身体を動かされれば大抵の者は足元が疎かになり、自分から死角を生み出してくれる。
趙雲は違う。
じりじりと下がっているが重心は一切ブレずに下体で踏ん張り、上体を自在に動かしている。
既に20合目。
それでも趙雲は獰猛な笑みを浮かべ、俺も嗤っているだろう。
こういう時に俺は戦闘狂だと理解してしまう。
命を懸ける博打が面白くて仕方ない。
そして30合目。
・・・そろそろ良いか。
「素晴らしい武だった。敬意を示し、俺も本気を出そう」
俺が二振り目を抜く時は相手を尊重し、誇るべき武の持ち主と認めた時だけ。
今まで抜いたのは片手しか居ないが、どうやら趙雲で6人目になりそうだ。
「ちょっ、待ってくだされ!!」
・・・はて?
いきなり焦ったように得物を投げ出し、両手を挙げている。
得物を捨てた相手は殺さない。
慈悲を持たない者は獣と同じ。
俺とて武人の端くれだと思う、傭兵だけど。
「命乞いか?なら、公孫瓚に伝えろ。敵対行為を取るなら敵と見做し、滅殺すると」
「違いますな。それがしは現在、流浪の美人槍使いですので。公孫瓚殿とは手切れになり申した」
「・・・はい?」
意味が分からない。
これは新手の揺さぶりか?
関羽が懐柔、趙雲が陽動、公孫瓚が真打?
・・・いや、考え過ぎか。
頼むから、驚きの連続は止めてくれ。
「美人で健気なか弱いそれがしは、漸く仕えるべき主を見定め申した。儚くも可憐で野に咲く花のようなそれがしを召し抱えてみませんかな?」
「・・・はい?」
●趙雲SIDE
雄殿が謁見の間から去った後、私は居ても立っても居られずに公孫瓚殿にお暇を告げ、一切の未練なく同じように謁見の間を立ち去った。
その途中で北郷殿が、
「歴史では趙雲は公孫瓚の客将を経て劉備の臣下となり、蜀を建国する際の五虎将軍の1人として栄達する。だから無名の男などの下に向かわず、桃香の理想である誰もが笑って暮らせる世にしたい、という理想を叶える助けをしてくれっ!」
という風によく分からない事を告げてきたが、私はそれを一笑した。
「面白い与太話ですな、北郷殿。ですが、それはそれがしではありませぬ。それに、その理想を掲げているのならどうして兵を必要とするのですかな?武器を手に持ち、その矛先を相手に向けて同じような事を言うのなら、偽善でありましょうな。誰もが、の部分に歯向かった者は含まれておりますのか?含まれていないのなら、私を理想に共感してくれる者だけが笑って暮らせる世にしたい、という理想が宜しいかと。そもそも、天の御使いというのは徒に世間をかき回す存在でしょう。御輿になり、戦を起こす理由になり、その名を利用しようとする良からぬ企てをする者の餌となり申す。そのような片棒を担ぐのは趙子龍の矜持に反しまする。だからこそ、与太話として酒とメンマの摘みに聞く程度で宜しい」
そう言って堂々と歩みを進めた。
どうも、天の御使いという名ばかりが先行して独り歩きしているようだ。
武も智もない素性の知れぬ男に何故、そこまで固執するのやら。
所詮は余所者。
今を生きる私達が成すべき責務であり、担ぐならそれ相応の力量を得てほしい。
まあ、私が仕えるべき主と定めた男は担ぐには少々荷が重いが、それもまた面白い。
その前に、少しばかり遊戯に興じてみるとしよう。
そう思って背後から不意打ちを放ったのだが、どうやら私はまだまだ未熟。
殺気を抑え切れてなかったとは・・・
更に、足が竦むような殺気を浴びせられ、有無を言わさず防戦一方に追い込まれてしまった。
それも、一振りの薙刀のみでだ。
その時点で力量差は隔絶している。
だが、それでも武人としての血が騒いでしまった。
気付けば仕官する事も忘れて打ち合いを繰り広げていた。
二振り目を抜こうとしたところで濃厚な死を感じ、初めて得物を手放した。
このお方なら使えるに値するし、私の武を預ける事も出来る。
後は、女としてお傍に侍る事が出来れば良いが、そこは追々篭絡していこう。
・・・経験ないから艶本でもこっそり買いに行こう、そうしよう。