4 劉備の歪みと趙雲の動向
●劉備SIDE
私は姓を劉、名を備、字を玄徳、真名を桃香だよ。
楼桑里でお母さんと一緒に細々と筵を織って生計を立てていたけど、心の中ではいつか見た大きな桑の木が忘れられなかったんだ。
そんな風に貧しくも幸せな時間に終わりを告げる事件が起きた。
幽州で黄色い布を巻いた人達が暴れ出し、私達のような貧しい民は震えているしかなかった。
その時、どうして私ってこんなに無力なんだろうって何度も何度も考えていたのを、今でも鮮明に覚えている。
そんな時に私は決心し、義勇軍を旗揚げする事にした。
無力で非力な私で終わるよりも、誰かを助けたって胸を張って死にたい。
そこで私は、誰もが笑って暮らせる世にしたい。という理想を以ってご主人様、愛紗ちゃんを仲間に加えつつ小規模な賊を討伐してきた。
でも、それでも私の心が晴れる事がなかった。
天の御使いって呼ばれるご主人様に出逢えた事で、私は無意識に逃げていたんだと思う。
自分の無力さと非力さから・・・
だから、北郷さんの事をご主人様って呼んで私の理想を押し付けていたんだと思う。
何度も自己嫌悪に陥っては無理して笑顔を浮かべていた気がする。
北郷さんが私の身体や胸しか見ていない事を知りながらも、精一杯の笑顔で自分自身を押し殺していたんだ。
正直な話、私達が一生懸命に頑張っても誰も助けてくれない事に絶望していたんだ。
ご主人様の名声のおかげで100人も居なかった義勇兵が500人以上に増えたけど、みんな生きる事に困り、その日の食べ物すらない人達ばっかり。
きっと、私の理想に共感したんじゃなくて、今を生きる事に必死だったから私に付いて来ただけで、誰一人として私自身を見てくれてなかった。
こんな事ならお母さんと一緒に暮らしていた時の方が何倍も幸せだった。
それを何度も何度も後悔し、誰も見えないところで涙を流した。
本当に無力だった。
本当に非力だった。
本当に理想は夢想だった。
それでも諦める事は出来ない。
もう、歩き続けるしか方法がない。
だから、私は盧植先生の門下生同士の白蓮ちゃんの許に向かい、表向きは協力関係だけど裏では食べ物や武器、防具などを支援してもらう事にした。
裏の考えは誰にも言ってないよ。
私を励まし、親身になって相談に乗ってくれる白蓮ちゃんの優しさが辛い。
いつまで無理して笑い続ければ良いのかな?
いつからこんな上手に自分の感情を押し殺せるようになったのかな?
それでも偽り続けないといけない。
それに、ご主人様を離す訳にもいかない。
ご主人様の天の御使いという名声は、私が考えている以上に知れ渡っていた。
白蓮ちゃんも噂程度に知っていたし、それが事実である事を沢山喜んでいた。
「流石、桃香だな。私にもそんな幸運が振ってくれれば良いのにな・・・」
そんな風に言っていたけど、本当の幸運って何だろう?
それすら分かんなくなっちゃう。
お友達を利用する事が幸運なのかな?
もう、分かんない。
それから暫くして白蓮ちゃんから私達全員が呼び出された。
愛紗ちゃんは複雑そうな表情を浮かべているから、もしかしたら調練の話?
謁見の間に足を運ぶと直ぐに、白蓮ちゃんが地下牢に閉じ込められている人を連れて来てほしいと言った。
私とご主人様はよく分からないけど、愛紗ちゃんには思い当たる事があったみたい。
自分が連れて来ますと告げ、足早に行っちゃった。
愛紗ちゃんも私みたいに隠し事しているのかな?
さっきも何だか様子がおかしいような気がしたけど、私は気付かないフリをしているね。
隠し事がバレちゃうと困るのは良く分かるから。
考え事をしていると、愛紗ちゃんが男の人を連れて現れた。
何だか凄い人かも?というのが私の第一印象。
でも、作り笑いしないと駄目だよね?
ニコニコしていれば大丈夫。
話を聞いていくと、雄さんは仕官を希望しているみたいだった。
白蓮ちゃんは綺麗な二振りの得物を握り締めながら緊張している?
どうやら雄さんの持ち物みたいだけど、愛紗ちゃんの様子がおかしい。
初めて見る剣幕に驚いちゃった。
隠し事がバレそうなのかな?
でも、まずは落ち着かせないとね。
そして、得物の話になり、何となく刻まれた文字を見てみると、あまりの衝撃に声を出して読んでしまった。
そこから愛紗ちゃんは崩れ落ち、ご主人様は動揺し、白蓮ちゃんは憎悪が込められた眼差しで睨み付けられた。
私は心が強く締め付けられるような痛みが走り、内心で狼狽してしまう。
もっと、上手く隠さないと駄目。
誰にも気付かれないようにもっと、心を押し殺して笑って、能天気に構えて。
疑われないように、バレないようにしないと。
ご主人様はまだ利用価値があると思う。
そうじゃないと、私は・・・
気付いた時には愛紗ちゃんの姿はなかった。
●趙雲SIDE
私は姓を趙、名を雲、字を子龍、真名を星という。
仕えるべき主を見つける為に傭兵をしながら旅をしていた。
荒廃した時代に主を得る事は難しいが、それでも諦める訳にはいかない。
こう見えても神槍と呼ばれる槍使いであるし、自分自身も魅力的だと思う。
だが、今まで私が心から仕えようと思った人物には出逢えていない。
1人で動くには限界を感じているのも事実。
それでも妥協はしたくない。
我ながら面倒な性格をしているものだ。
そんな時に常山から程近い幽州の右北平太守・公孫瓚殿に魅力を感じ、一時的に腰を落ち着けるのも悪くないという思いから客将となった。
本人は大いに喜んでくれたので、悪い気持ちはしない。
噂に違わぬようで、やはり騎兵の練度が極めて高かった。
北方の異民族・烏丸との小競り合いで何度も勝利を得たらしく、白馬に乗った騎兵を率いる事から白馬将軍と呼ばれ、畏怖の象徴となっているそうだ。
幽州は漢王朝の支配が弱く、独立独歩をしているような州で、多くの郡には太守は疎か、県令すら居ない。
賊も多く、異民族との関係が重要視されていると言っても過言ではない。
ただ、決して豊かな土地ではなく、税収も少ない。
州治所が置かれている幽州の中心・薊に至っては既に打ち棄てられていると公孫瓚殿から聞かされた。
おまけに、黄色い布を頭に巻いた暴徒がちらほらと現れ、天の御使いという胡散臭い噂も流れている。
9つある州の中で1番荒廃しているだろう。
だが、公孫瓚殿の人柄は良く、客将として落ち着く分には問題ない。
少しでも補佐出来れば良いのだが。
それから少しして噂の天の御使いという男と、知古の間柄らしい劉備殿が転がり込んできた。
私は諫言したが、どうやら放っておけないらしく、聞き入れてもらえなかった。
様子を窺うように眺めていると、やはり食糧に困窮している者が大半だった。
上手い具合に利用されているのは一目瞭然。
どうにかしてやんわり追い出すべきだと思っていた時、今度は関羽殿が冤罪で男を地下牢に閉じ込めたという話を聞かされた。
これ幸いと公孫瓚殿に諫言しようとするが、何やら様子がおかしい。
不審に思っていると直ぐに劉備殿達を集め、件の男を謁見の間に連れて来た。
見ただけで私では敵わないと理解してしまう。
ふふ、面白い男だ。
上には上がある事を知れた事は関羽殿に感謝しませんとな。
だが、桓帝の嫡男である事が判明してからはそれどころではなくなってしまった。
半ば混乱する私達を置き去りにするように天の御使いの危険性を告げ、堂々と立ち去るのを見詰めながらよくよく考えてみると成程と納得。
確かに、逆賊と言われてもおかしくないし、そこに気付けなかった事に後悔する。
公孫瓚殿も漸く言葉を飲み込めたのか、顔面蒼白になって頭を抱えている。
ふむ、そろそろ私もお暇するべきか。
どうやら仕えるべき主も見つかり、これから色々と楽しめそうだ。
恨むなら、諫言を聞き入れなかった事を恨んでくだされ、公孫瓚殿。