2 問答
●雄SIDE
あれから少しだけ寝る事が出来た俺は、とりあえず解放された。
そのくせに俺を連行した女性は一言も謝罪もなく、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら睨み付けられた。
まあ、罪を明らかにする云々を宣言していたからな。
引っ込みがつかないのだろう。
俺が出会った中で1番関わりたくない人物になったが。
だが、俺の得物は返さずに無言で広い場所に再び連行された。
彼女も俺と関わりたくないと思っているが、命令なのだろう。
渋々といった顔付きだった。
安心しろ、俺も同じだから。
そこでは女性が3人と変な衣服の男が横並びに立ち、彼女も男の横に並んだ。
豪華な椅子の前に立つ女性が俺の得物を持っており、驚愕の表情で俺を凝視している。
刻まれた文字を読んだのか?
出来ればこの機会に教えてもらえそうだ。
「まずは、こちらの非礼を詫びよう。私は右北平郡の太守を任されている公孫瓚だ。隣が義勇軍を率いる大将・劉備で、その隣が天の御使いと呼ばれている北郷一刀殿、こちらが私の下で客将をしてくれている趙雲で、今貴殿を連れて来てもらったのが劉備の臣下・関羽だ」
ふむ・・・左から関羽・天の御使い・劉備・公孫瓚・趙雲か。
劉備が中央なのは気にしないでおこう。
力量的に趙雲が飛び抜けているが、まだまだだな。
次に関羽で公孫瓚か。
劉備と天の御使いはからっきしだな。
寧ろ、人を殺した経験もなさそうだ。
天の御使いは奇抜な衣服だけで他は眼を見張るようなところはなし。
初見はこんなものか。
「お初にお目に掛かります。私の名は雄です。姓も字も真名もないしがない傭兵として戦地を転々としていました」
何度か耳にした敬語を使い、深々と頭を下げる。
間違ってないよな?
先に謝罪されたのは初めての事だ。
あまり雰囲気に飲まれないようにしよう。
「顔を上げてほしい。今回は不幸な行き違いがあったようだが、私としては兵は1人でも多くほしい。出来れば武官として召し抱えたいと思うが、気持ちに変わりはないか?」
懇願するような眼差しに声色だな。
そこまで切実に困っているのか?
よくよく考えてみると、公孫瓚直属の文武官が此処に居ない。
趙雲は客将だから除外するし、劉備は支援をしてもらっている?
おまけに、武官?
アホな俺でも話が出来過ぎていると思う。
それに、何度も俺の得物と俺を交互に見ているし、どちらかと言えば得物に興味があるような気がする。
天の御使いは知らないなどと呟いているし、何故か劉備は期待するような眼差しを向けている。
趙雲はニヤニヤしているな。
関羽は・・・視界にすら入れていないから分からない。
公孫瓚の臣下じゃないなら、彼女が直接謝罪するべきだろう。
どうして公孫瓚が申し訳なさそうに謝らないといけない?
これが普通なのか?
今まで雇われてきた時と全く違う。
どこか危機感が欠如しているような、現実を知らないような、言葉で言い表せない雰囲気。
俺は毒されないが、何となく劉備から漂う。
はぁ、これは失敗したな。
「まずは私の得物を返してほしいです。それは亡き両親が残した遺産で、私の形見。不当な扱いを受けた身としては預けておけません」
「貴様!」
俺は公孫瓚に話し掛けているんだ。
些細な事で激昂する関羽じゃない。
本当は言葉に出して言いたいさ。
極力波風が立たないように気を遣っているのにな。
「落ち着いて、愛紗ちゃん。雄さんの言う事は間違ってないよ?」
「でっですが、桃香様。あ奴に得物を渡すなど信用出来ません・・・!」
劉備が宥めてくれるが、俺を睨み付けたまま訳の分からない事を言っている。
はぁ、駄目だな。
内心の溜息が止まらない。
「静かにしていてくれ」
「ぐ・・・」
公孫瓚の一言で漸く口を閉じたか。
せめて手綱は握っておいてくれよ、頼むから。
「・・・ふぅ、すまない。だが、返す前にこれは本当に貴殿の形見なのか?」
「証明する事は難しいです。今も洛陽に私の家が残されていれば証明出来ますが、今此処で真偽を問うより、それは私が持っていた物。持ち主に返すのは当たり前だと思います」
「貴様の事だ。誰かから奪っているに違いない。本当の持ち主を探し出して返すべきでしょう、公孫瓚殿」
おいおい、さっき静かにしろと言われたばかりじゃないのか?
俺が言葉を発す度に難癖付けられては困る。
本気で面倒になってきた・・・もうさっさと立ち去る事にしよう。
刻まれた文字も他の誰かに読んでもらえば良い。
「・・・貴殿は、この刀身に刻まれた文字を知っているのか?」
「学がないので読めません。それに、不当に奪い取られて漸く思い出しました。もし良かったら教えてください」
関羽の訴えを無視し、恐る恐るといった感じで質問してきた。
俺も正直に答え、もう1度頭を下げてお願いする。
態々公孫瓚の方から話題にしてくれたのは良かった。
聞いてしまえば用はない。
「・・・これに刻まれた文字は私しか読んでいない。この場で教えるのは憚られる内容だ。正直、私も酷く動揺している」
咄嗟に顔を上げて公孫瓚を見ると、確かに冷や汗が流れているし、声色も震えていた。
その様子を趙雲が凝視している。
劉備達は首を傾げているな。
「それなら返してもらうだけで良いです。誰か他の人に見てもらい・・・」
「ああーーっ!!この二振りを我が息子・雄に託します。孰れ訪れる天の御使いを打倒し、漢王朝を頼みます。劉志って刻まれてるっ!」
俺の言葉を遮るように劉備が驚きの声を上げ、刻まれた文字を勝手に読んだ。
その内容に固まってしまう・・・どうして天の御使いの事を知っているんだ?
というより、漢王朝を頼みますって・・・劉志って母さん?父さん?
ただ、天の御使いの動揺が激しい気がする。
公孫瓚は劉備を睨み付け、趙雲は咄嗟に俺を強い意志の込められた眼差しで見た。
「劉志って誰ですか?」
何となく1番知りたい事を誰となく聞くと、
「・・・第11代の皇帝・桓帝だ。桓帝には男子が居なかったと聞く・・・恐らく、貴殿の母君だ」
公孫瓚が絞り出すように答えてくれたが・・・その内容が衝撃的過ぎた。
俺の母さんが、桓帝・・・元、皇帝・・・?
でも、どうしてあんな朽ちた家に住んでいた・・・?
どうして、宮殿に住んでいない?
・・・駄目だ、混乱している。
そんな内容を誰かに聞ける訳ない・・・だから、憚られると言ったのか。
それも驚きだが、俺が天の御使いを打倒する?
「嘘だ!有り得ない!」
俺が思考の闇に囚われていると、関羽が顔を真っ赤にして公孫瓚に詰め寄り、得物に刻まれた文字を読んでいる。
何度も見返した後にその場に崩れ落ち、俯いてしまった。
だが、それを誰も心配する余裕がないようだ。
「おっ俺を打倒するってどういう意味だよ・・・俺は天の御使いだ・・・この世界を救うんだ・・・!」
「ご主人様・・・お、落ち着いて・・・」
目を見開いてうわ言のように呟く天の御使いを劉備が宥めるが、ご主人様とか呼ばせているのか・・・
もしくは、呼んでいるのか?
まあ、御輿代わりだろうな。
何だか、とんでもない事になっているが俺は既に受け止めている。
俺の人生は俺で決める。
誰かに指図されたり、遺言に従う事もない。
本当に天の御使いが悪なら、その時はその時だろう。
「とりあえずこれは俺の持ち物である事が分かった訳だ。・・・それと、誰1人として気付いていないようだが、天の御使いの呼び名は不味いと思う。今生帝・霊帝は天子様であり、その呼び名は真っ向から対立している。それが霊帝のお耳に入れば、逆賊か朝敵として誅殺されるだろう。それを受け入れた者も、だ。まあ、俺は公孫瓚殿に仕える気はないし、天の御使いを御輿にしようとも思わない。それに、既に此処には興味がない」
公孫瓚に歩み寄りながら俺の得物を掴み取り、踵を返して言葉を告げる。
それが終わるのと同時に足早に立ち去り、誰からも邪魔される事なく城外に出る事が出来た。
さて、馬の様子を見に行こうか。