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我が覇道  作者: もふ
1/8

1 孤高の傭兵

時は184年。

後漢末期の時代である。

だが、この世界はそんな時代とは些か掛け離れていた。

三国志であって、三国志ではない時代。

著名な英傑が女性化している混沌とした時代。

そんな時代にある男が生まれた。


●雄SIDE

俺の名は雄、元服を迎え、15歳となった。

姓も字も真名もない孤児だ。

真名というのは姓名とは別にある神聖な名であり、信頼している者にしか預けない魂の名。

呼ぶ事を許されていない者が間違えて呼べば、問答無用で殺されても文句を言えない。

俺の両親は他界し、孤児として後漢王朝の中心・洛陽で育った。

盗みや殺しなどは数え切れず、唯々生きる為に必死だった。

元々武に天賦の才があった事らしく、二振りの薙刀を振り回す鬼神とまで呼ばれるようになった。

俺は必死に生き続けただけだ。

飢えなければそれで良い、あれは本当に怖いし、心が壊れる。

元々15歳になれば洛陽から飛び出し、もっと広い世界を冒険したいと思っていた。

10歳から傭兵として司隷州内の紛争地を転々としていたが、どうにも世界が狭く感じていた。

反乱や賊ばかりが跳梁跋扈し、雑草のように気付けば賊が湧く。

それがきっと世界中で起こっているだろう。

傭兵として生きるのに困らないというのは皮肉だ。

だが、俺にも心残りがある。



小さな頃から共に育ってきた、幼馴染と言って差し支えない2人の少女と離れ離れになるのは辛い。

1人の名は何進、字を遂高、真名は傾。

暗い茶色の長い髪を後ろで1つに結び、豊満な胸をこれでもかと強調させる扇情的な恰好。

キリッとした瞳は相手を威圧させる凄みを感じるが、右眼の下にある泣きぼくろが可愛らしく、凛々しさの中に可愛らしさを併せ持つ美姫となった。

得物である千変万化という鞭を用いた変則的な戦いを得意とし、穂先に付いた鋭利な刃先で舞うように敵を蹴散らす姿が脳裏に焼き付いている。

彼女は真面目からな。

朝廷に介入し、内から魑魅魍魎を取り除くと躍起になっていた。

その度に俺が抑えてきたが、俺が洛陽を立てばどうなるか分からない。

もう1人の名は瑞姫。

暗い緑色の長い髪を肩越しに2つ結びをしているとても可愛らしく、甘え上手な少女。

傾の妹で俺と同じように両親を早くから失い、その時に姓名と字を捨てている。

元々真名がなかった事もあり、1週間費やして真名を考えた。

瑞とは吉兆や目出度いという意味がある文字で、将来の門出を祝す想いを込めた尊い真名だと思っている。

一時期は霊帝に見初められて皇后として召し抱えられそうになったが、俺や傾と離れ離れになるなら死を選ぶと泣き叫びながら短剣を首筋に突き付けて拒絶し、それによって霊帝も諦めざるを得なかったと聞いている。

その事が洛陽内でまことしやかに噂され、幻の何太后と呼ばれるようになっていると知った時は大いに驚いてひっくり返ったよ。

凄腕の暗殺者のような隠密に特化し、頭の回転も俺以上に速い。

得物である致死性の毒を仕込んだ二振りの短剣の扱いに長けているが、普段はか弱い淑女として振る舞っている。

それも全て相手を惑わす擬態で、瑞姫の生きる術だ。

時々瞳が黒く濁る事があるので、そこだけが怖い。

本能が逆らってはいけないと警笛を鳴らしている。



そんな2人には返し切れない大恩がある。

両親が肉屋を経営していた事で時々食事をご馳走してくれた。

小さな肉を取り合うように食べたのは本当に懐かしい想い出であり、色褪せない宝物だ。

だから旅立つ前夜に、2人へ必死に書き綴った手紙を渡しておいた。

本当に苦しい時や、助けてほしい時だけ手紙を見るように念を押した。

その日は俺達にとって豪華な食事を食べ、朝日が昇るまで語り明かした。

見送りはしないように告げ、未練を振り払うように盗んだ馬で走り出す。

必ず戻ってくると心に決め、沢山の冒険談をしてあげようと微笑み、俺は本当の意味で洛陽を去った。



それから当てもなく旅をしている。

傭兵として食い扶持は稼げるし、今のような汚職や腐敗に塗れた世界じゃ仕事は沢山ある。

誰かに仕えようとは思わない。

学がない俺ではどうしても限界を感じる。

どこかで学ぼうかとも考えているが、伝手もない。

色々と詰んでいる気がする。

だが、そこは特に気にしていない。

風の向くまま気の向くまま旅をするのは楽しいが、何故か心が満たされない。



そんな時、巷で天の御使いとやら噂になり始めていた。

曰く、蒼天に流星が横切り、3つの場所に落ちた。

曰く、混沌とした乱世を治世に変える。

曰く、ペテン師。

最後のは食事中だったから吹いてしまった。

噂が悪意にしか聞こえない。

今俺が居る幽州も件の天の御使いとやらが落ちた地らしく、右北平太守の公孫瓚のところで保護されているとの話だ。

治安が急激に悪化しているように見えるし、そろそろ大きな戦が起きそうな気がする。

これは俺の勘だな。

それに、天の御使いの存在は1度直接見た方が早いだろう。

客将というより、雑兵で構わないから公孫瓚のところで一気に食い扶持を稼ぐか。

だらだらと惰性で生きるのにも飽きてきたしな。

俺も俺なりに何か目標を持ち、成り上がってみるのも面白いかもしれない。

人生こそ最大の博打だ。

どこまで登り続けられるのか試し、駄目なら諦めよう。



そんなこんなでひたすら馬を走らせて公孫瓚の許までやって来た。

一時的な仕官をする前に兵舎を観察しているが、騎兵が多いな。

だが、騎兵の練度は眼を見張るものだが、それ以外の歩兵や弓兵の練度は低い。

今まで馬鹿みたいに人を殺しまくっていたから、何となく力量が分かるようになった。

まあ、何度か本気で死に掛けたし、身体の傷も10や20じゃない。

それでも何故か死なないから不思議でしょうがない。

矢で射抜かれようと、剣で斬られようと、槍で突かれようと、大斧で吹き飛ばされようと死なない。

傷も何故か翌日には痕に残るだけだし、数日連戦しても少し眠いぐらいしか思わない。

最近、もしかして俺は人間じゃないのか?と思う事が増えたが、これも幸運だなという風に前向きに受け止めている。

傭兵として生きるのには天賦の才である事は間違いないだろう。

そんな事を漠然と思いながら調練の様子を眺めていると、


「おい」


不意に誰かから声を掛けられた。

公孫瓚の武官か?と思いながら振り返ると、


「貴様、此処で何をしている?」


憤怒の表情を浮かべるキツイ目付きの女性が仁王立ちしていた。

別に眺めるだけなら誰でも出来ると思うが、俺ってそんなに不審者か?


「兵の調練の様子を眺めていた。俺は雑兵にでもなろうと思ってな。事前に観察するのは普通だろ?」


「ふざけるな・・・貴様のどこが雑兵に見える?その人殺しの目付きや隙のない立ち振る舞い、背中に背負っている二振りの薙刀といい、とても雑兵に見えん」


正直に話しただけなのにな。

目付きはお互い様だと思う。

だが、初見でそこまで見抜かれるのは初めてだ。

殺気は垂れ流さないように気を付けているつもりだが、明らかに警戒されている。

下手すれば手に持つ得物で俺を殺すだろうな。


「俺は無位無官の根無し草だから武官にはなれない。名も売れている訳じゃないし、流れの傭兵だ。食い扶持に困っているだけさ」


「それを到底信じる事は出来ん。まさか、賊の間諜か?」


お道化て更に正直に話したのに、今度は賊に疑われる。

運がないのか・・・これじゃあ、公孫瓚に一時的に仕えるのは無理そうだな。

はぁ、生き辛い世の中だ。


「賊じゃない。そこまで疑うなら俺は立ち去り、違うところで仕官させてもらう。何だか、悪かったな」


そう言いつつ深く頭を下げ、謝罪する。

全方位に敵を作るようなやり方は愚策だ。

極力敵は作らず、作るなら確実に殺す。

傭兵としての心構えだと思っている。


「貴様には武人としての誇りがないのか?そんな簡単に頭を下げ、媚びへつらうなど有り得ん」


何故か、侮蔑が込められたような声で罵られた。

頭を下げているから顔は見えないが多分、侮蔑の視線で俺を見ているのだろう。

悪いと思ったら素直に謝罪するものだと思う。

非を認めない者は直ぐに早死にする。

彼女も早死にしそうだな。

恐らく、公孫瓚の武官だろうし、人の話を聞かないような上官は御免だ。


「生憎、俺は傭兵だ。それに、武人だろうと文官だろうと、悪いと思えば謝罪する。当たり前の事だろ?」


「貴様・・・!この私を愚弄するか・・・!」


今の言葉のどこに愚弄した部分があるんだ?

ちょっと面倒になってきたな。

さっさと立ち去るか。


「愚弄していない。俺と会話しても怒らせるだけなら消えるよ」


そう言って踵を返し、足早に去ろうとすると・・・


「待てっ!貴様のような曲者はひっ捕らえ、罰を受けてもらう!」


殺気を俺にぶつけながら変な事を言い出した。

どこら辺に罰を受けるようなところがあるんだ?

だが、ここで彼女を瞬殺したら幽州から出ないといけなくなるし、余計な敵を作る事にもなる。

はぁ、運がない・・・


「なら、捕らえろ。俺が何をしたか上官に報告すれば良い」


「ほぅ、命拾いしたな。貴様を牢にぶち込み、罪を明らかにしてやる」


何の罪か教えてほしいよ、ほんと。

まあ、彼女程度の武なら赤子の手を捻るように殺せるし、冤罪で罰しようとするならそれ相応の態度で臨めば良い。

ただ、飯が美味いと嬉しいがな。



という事で身ぐるみを剥がされ、ジメジメしたような暗い地下牢に連行された。

勝ち誇ったような顔をしていたが、どう考えてもこれ自体が冤罪だと思う。

自分の言う事が正しいと信じて疑わないのか。

ああいう性格は愚直に上官の命令は聞くが、下の言い分は聞かない。

融通が利かないだろうし、下手すれば俺のような扱いを受ける事も有り得る。


「まあ、どうにでもなるか」


呟きながらゴロリと硬い床に寝転がり、眼を閉じる。

寝れる時に寝るのが1番。

最近人殺しばかりだったから熟睡出来ていない。

この鉄格子の中ならある意味安心して寝れる。


「ふわぁ~・・・俺の馬、大丈夫か?・・・ま、良いか」


大きなあくびをしながら馬の事を思い出すが、どうでも良いと思考を放棄する。

せめて、あの薙刀だけは返してほしい。

あれだけは顔も知らない両親が残した遺産だ。

字をあまり読めないが、何かの文字が刻まれていた。

解放されたら誰かに刻まれた文字を聞くか。

今更気付くなんてアホな俺。

だが、今まで片時も手放した事がなかったから、深く考えもしなかった。

それだけはあの黒髪の女性に感謝するか。

手放した事で考えに及ぶ事が出来たし、久しぶりに熟睡する事も出来る。

さて、そろそろ意識が朦朧としてきた・・・やっぱり、疲れてたんだな、俺・・・

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