4.恐れず、怯まず、退かず
「なんでじゃぁっ!」
秘術学院機甲巨人科主任教授アンモナイト博士は、あまりの理不尽さに絶叫した。
眼の前の卓上通信機の上には、豪快に腕組みしながらも困ったような笑みを浮かべる美女の半身の立体映像が浮かんでいる。
「ごめんね教授。ウラナイトがうるさくてねぇ」
「王立騎士団長だとぉ?」
教授の訝しむ声に、美女は笑みを消して険しい顔を見せる。
「ええ、教授が『融 和 派』寄りなのが気に食わないみたいね」
「あの若造っ!」
言い換えれば王立騎士団長は『選民派』であり、種族戦争賛成派である。
純粋に対混沌兵器としか考えていない教授とは、基本的に相容れない存在。
そしてこの美女、この西の辺境の領主であるスピネル辺境伯も、もう長い付き合いとなる老教授の側、つまり戦争否定派である。
「しかし、儂以外に『魔神』の鑑定なんぞ、誰ができるんじゃっ!」
「グラプトライト先生に声掛けたみたい。蹴られたらしいけど」
「ふんっ、アヤツの関心事は等身大の強化装甲や装甲強化服だけじゃ。巨大な木偶なんぞ興味は無いと、前会った時にはっきり云いおったぞ」
学院立ち上げ時期に袂を分かったと言われているが、実は今でも一か月に一度は王都の行きつけの居酒屋で飲む仲だ。
「そういうことね。いくら焦ってるからって、実際無茶だと思うわ」
「焦っておる?」
機甲巨人の権威は眉を顰めた。
美女は嘆息しながら答える。
「決まってるじゃない。ウラナイトの上には当然ダイオプテーズが絡んでるわ。あの魔神を戦争道具に使う気満々、ってこと。今日も演説してたみたいだし」
「懲りん連中だのぅ」
ダイオプテーズ侯爵は、タカ派の頭目とも言える存在である。
学院の理事の一人であるため、教授と正面切ってぶつかったことも少なくない。
悪人顔の教授はあきれ顔で首を振った後、寂しい声で云った。
「しかし、そのせいで儂の研究のチャンスが失われるのは、なんとも口惜しいものよな」
しかし女傑辺境伯は、くくく、と悪い顔で笑った。
「大丈夫、侯爵や騎士団長が手に入れるのは役に立たないがらくただけよ。実はこちら側には、一番美味しいところが転がってきてるの」
「……というと?」
「教授は、『魔神』が破壊されてたって知ってるわよね」
「ああ。しかし頭部が切り離されただけだと聞いておるが?」
「ふふふ、それが大違いなの。実はその首は、魔神の最重要ユニットを取り出した時に破壊されたのよ」
「さ、最重要ユニット?」
無意識に両の拳を握りしめて、辺境伯の次の言葉を待つ教授。
「ええ、『魔導巨神』の核となる、意志を持った制御ユニット、『魔人』よ」
「なんとぉっ!」
目をくわっと見開き、驚愕する教授。
溜めに溜めた後の一撃がうまく入って、ご満悦の女傑辺境伯。
「というか、『魔神』の破壊理由は『魔神』に囚われていた『魔人』の救出だったの。しかもそれを為したのは、教授の新しいお弟子さん候補たちよ」
言葉を失う教授に、辺境伯は優しく伝える。
「教授の研究室に、助手名目で登録させてもらったクリノクロア。あの子、実はこっちの手の子なの。『魔神』が見つかるなんてアクシデントが無ければ、もうちょっとゆっくり話す予定だったけど、緊急時だから仕方ないわ」
「つまりその……」
アンモナイト教授は、整理のつかない内ながら、一番重要なことを確認した。
「儂は『魔神』の秘密に触れることが出来るのじゃな?」
「ええ、それも当時の叡智を持った最強の解説者つき、でね」
教授の顔に、狂喜の笑みが浮かぶ。
教授の人柄を知っている辺境伯さえ思わず引くような、壮絶な笑みだった。
「でかした。ならば儂を謀っていたことなど、どうでも良い。『運命の女神』は、最後に儂に微笑みおったわっ!」
「妖精の信仰神ね、ソレ」
『運命の女神』は、主にエルフが信仰する神だ。
とはいえ、基本的に勝手気ままな妖 精の中で、まともに信仰心を持つのは仙女くらいのものだが。
「天主様も悪く無いが、異教の神も興味深いぞ」
正統派が目を剥くような冒涜的な言葉も、教授からすれば親愛の証だ。
ちなみに、天主教正統派からすれば、異教の神は全て『邪神』扱いだが、一般的な教義では『下級神』と位置づけられている。
『平等』と見ているのは、ヒューマンでは融和派の思想をさらに推し進めた『汎人派』と呼ばれるごく一部のみである。
教授や辺境伯が、その『汎人派』であるのは、言うまでもない。
「そうね。彼らとは仲良くしていきたいわね」
「お前さん、ある意味彼らと同類であるしな」
「あら、可憐で優雅な良き隣人と同類だなんて、光栄だわ」
「いや、妖精の大半はもっと砕けた連中じゃが……まぁ、美しさという点では、お前さんも引けを取っておらんじゃろ」
女……いや、女装辺境伯は、嬉しそうに笑った。
「ええ。彼らとの友好のためにも、魔神は我々で管理して、混沌討伐に専念させないとね」
「勿論じゃ。ふふふ、腕が鳴るのぉ。偉大なる古代遺産には敬意は払うが、それを儂が改良出来ないとは思っとらんぞぃ」
「期待してるわ。じゃぁ、後の説明は、クリノクロアに任せるわ。彼は、『魔人』を保護した若き英雄たちと昨晩打合せしたから、式典が終わった頃に教授のところに顔を出す筈よ」
「おお、そうじゃった。今日は入学式だったの。それでは儂も、後継者たちの顔を拝むとするか」
「卒業後は、学院の研究生か、辺境騎士団に是非欲しい逸材達、絶対逃がしちゃ駄目よ」
「勿論じゃっ! デモンストレーションの用意もばっちり! 連中の心臓を鷲掴みにしてくれるわっ!」
この日のために数日前から辺境騎士団に赴き、騎士団長と綿密な打合せを行っているのだ。
「き、期待してるわ」
通信を切った女装豪傑辺境伯は、ふぅっ、っと大きな息をついて、貴族にしては簡素なソファに身を沈めた。
「あー、教授ってば、野性的で魅力的なんだけど、あの悪党っぽいオーラだけはなんとかならないかなぁ」
§
入学式当日の朝。
ジェットは「両手に花」状態で、目を覚醒した。
左手には、髪を下ろしたパール。
開けば紙を裂くような鋭い瞳も、閉じていると無垢な天使のように見える。
そして右手に目を移すと、微かな寝息を立てている本物の天使。
「人工」ではあるものの、その無邪気な麗しさは「天然もの」に一切引けを取らない。
ジェットは可愛らしい二人の天使を起こさないように広いベッドを降りた。
「お目覚めですか、ジェット様」
昼用礼服に身を包んだ青年が、食 堂の方から現れた。
寮室は4LDKで、居 間の一つを寝 室として使用している。
「おはようコール」
ジェットはにっこり笑って応える。
使い魔は、この世界ではさほど珍しい存在ではないし、コールのように複数の姿を持つものも少なくない。
しかしコールの容姿の予備が幾つあるかは、主人であるジェットすら知らない。
ただ独特の雰囲気を持っている上、口調が変わらないので、特に隠さない限りはコールであることを誰も間違わない。
「朝食が届けられております。お嬢様方がお目覚めになられましたら、ご用意いたします」
「うん。今日は入学式だから、二人とも用意の時間が必要だしね」
「ええ、御婦人方の身嗜みには時間がかかるものと相場が決まっています」
なお、着替えや化粧や髪のセットなどは、子どもでも扱える特殊技能ですらない基本魔法で誰でも瞬時に終わらせることが可能だ。
ましてや今日は入学式。
服装はフォーマルな制 服であると決まっている。
それでも、髪型や(派手にならない程度に抑えた)メイクの「選定」に、結局は時間がかかる。
一回の準備は簡単でも、選択肢が増えれば同じことなのだ。
そして、魔法を使うまでもないジェットは、いつものツナギではなく真新しいブレザーの学生服に身を包む。
左胸に学院の紋章を縫い付けたカラーレスジャケット(俗に言うイートンジャケット)の制服を着たジェットは、本来の年齢の割には幼い容貌により、典型的な「服に着られている」状態である。
コールが手伝ってなんとか髪型でごまかそうとしているが、そもそも少年らしくあまり髪を長くしていないジェットにできるのは、寝癖を消して整えるくらいのものだ。
そうこうする内にベッドの上で、もぞもぞと動く気配があった。
二人が見ると、ぼんやりとしたパールが目を擦っていた。
「おはよう、パール」
ジェットはいつもの笑顔でパールに挨拶する。
パールは二度三度と目を瞬かせた後、声にならない悲鳴を挙げてベッドを飛び出し、バスルームに飛び込んだ。
「どうしたんだろ?」
素で首を傾げるジェットに、コールは溜息をつく。
「ジェット様、女性の心情を少しはご察しください。寝乱れたご自分の姿を見られたのが恥ずかしかったのでしょう」
「え? パールの寝姿、天 使級に可愛かったけど?」
「寝姿と寝起き姿は別ですよ」
「寝起き? さっきのパールも、女神級に可愛かったけど?」
天使と女神、どちらが上か。
いずれにせよ、隙間からこっそりと盗み聞きしていたパールが顔を沸騰させたのは言うまでもない。
§
「それにしても、人間の姿にもなれたのね、驚きだわ」
落ち着いた後、朝食用の軽装でバスルームから現れたパールは、まだ寝巻きのままで寝ぼけているターコイズとともに、朝食の席についた。
朝食の席の支度及び世話は、執事が全て卒無くこなしている。
「コールがどんな姿になれるかは、実は僕もよく知らないんだよね。十種類くらいは、見たから知ってるけど」
「あなたコールの主人でしょ?」
「コールは自己進化する使い魔だからなぁ」
「そんな使い魔、初耳ですわね」
基本的に主人が構成した人工精霊である筈の使 い 魔は、特に能力面では主人の想定を超えることはない。
「コールはダンにーちゃんと打ち合わせて、召喚した使い魔なんだ。その際に、
独 立 性と自己進化能力を与えたんだよ」
「ずいぶん思い切ったものね」
「はい、私も過分な期待に応えねばと、身の引き締まる思いです」
コールの言葉に、パールはふっ、と微笑んだ。
独立性と自己進化を許すということは、使い魔の行動に一切の制限を加えていないということだ。
つまりコールは、自分の意志でジェットに仕えている、ということを意味する。
もちろん主人は使い魔と魔力を共有しているため、魔力の供給を断つことで制限しようと思えば出来るのだが、ジェットが知る限りでもコールは単独で行動できる魔力貯蔵庫を持っているので、それすら強制にはならない。
「ワタシも自由。でも、創造者の言いつけは守った」
まだどこか寝ぼけながらも、ターコイズはガッツポーズを取る。
「そうね。そう言えばターコは完全自律型人工精霊だったわね。だとすると、ジェットの計画の前提としては、コールの存在は必然、ということかしら」
「そうだよ。人工精霊だって、仲良くなれば特に意志を縛る必要なんて無いんだ」
「説得力はあるわね」
「ジェット、正しい。ワタシは魔神の制御核にして製造工場。ヒトの能力で制御は不可能。ならば信頼するのが唯一の方法」
「叛乱を恐れては魔神の偉大なる力は得られない、ということね……って、ちょっと待って。製造工場って?」
ターコイズはドヤ顔で胸を張る。
「ワタシは制御核にして製造工場。キーとなるアイテムさえあれば、そのアイテムの性質を反映させた『魔神』を設計し、創造することが可能。『絶凶邪神』も、勿論ワタシの設計/製造したもの」
パールとジェットはしばし絶句した。
コールはにこやかに笑顔を貼り付けたまま待機していたが、それでもこめかみに一筋の汗が。
硬直状態から先に脱したのはジェットだった。
「もしかして、ターコの存在って、魔神の『全部』?」
「ほぼ正しい。強いて言えば、ワタシ自身は魔人の製造方法についてはわからないけど」
「つまりターコは、現状では唯一無二の超古代文明の遺産、ということね」
「現状では。でも、ワタシはワタシの製造方法は知らないけど、増殖方法なら知ってる」
「増殖方法?」
そして、少し顔を赤らめながら、ジェットを見た。
「ワタシは人造物だけど生物でもある。だから、交尾で繁殖できる」
「♂だから無理では?」とパールが言う前に、ジェットが勢いよく言った。
「そうかっ! ターコは天使や妖精と同じ両性具有なんだっ!」
「正解。魔人は卵生。そして汎人類の精を受ければ、受精して卵が産める」
「もしかして『魔神』も、アイテム食べたら『魔神の卵』を生むとか?」
「ジェット、魔人は怪獣じゃない」
ぽかりっ、と、むくれたターコイズのゲンコツがジェットの頭に落ちる。
「ジェットのセクハラはともかく、実際にはどうやって魔神を作るの?」
「百聞は一見に如かず。ジェット、なにか『魔神に変えたい』ようなアイテム、出して」
「う~ん、じゃ、コレ」
亜空間倉庫から取り出したのは、見たことがある黒鞘の日本刀。
パールが顔を引きつらせながら指を差す。
「そ、ソレって、『獣丸』?」
「うん。こいつ、威力ばっかりでかいけど、細かい操作が難しいから使いにくいんだ。とりあえず地力は強いから、『魔神』に向いてるかと」
「なんだか『暗黒魔神』……『邪神』になりそうね」
「なったらなった時。とりあえずターコ、これでお願い」
「了承」
ターコイズは席を立って妖刀『獣丸』を受け取ると、呪文を唱えた。
「『奈落の深淵に御座します王よ
是が鍵を以て、闇を解き放て
闇は鍵に応じ、汝が姿を表せ
闇は鍵に従い、汝が力を揮え
汝が名に応じ、覚醒めよ魔神』」
ターコイズは、足元の床に現れた闇色の光が魔法円の中に、『獣丸』を落とした。
『獣丸』は魔法陣を通して、奈落へと堕ちていった。
「これで完了。あとは一時間もすれば魔神の起動鍵となったあの剣が返却される。それを持って『闇出でよ、汝、何々』と唱えれば魔神が現れる。最初に召喚された時呼ばれた名前が、魔神の名前になる」
「ずいぶんとお手軽ですのね」
ずいぶんダークな呪文だったが、そこはスルーらしい。
「ワタシは長い眠りの中で、魔力を溜め込んでた。ストックであと十体くらいは軽く作れるし、一体分の魔力は、何も無ければ一週間くらいで溜められる。パールも作る?」
パールは少し考えた後。
「あたくしは今はやめておきますわ。まずはジェットの『魔神』のデータを集めて、それから『魔神』にふさわしいアイテムを選びますわ。その時はお願い」
「うん、わかった」
ふと、反応しないジェットを訝しんで振り向くと、コールと二人で相談しながら、何やら紙に書いている。
「何してますの?」
「うん。魔神初號機に、かっこいい名前をつけようと思って、候補を出してるんだ。取り敢えずのお試し版でも、やっぱ名前はちゃんとつけてあげないと」
「そう、ね。『魔神』の本性も『精霊』ですもの。心あるものは心で応えてくれるもの」
そして、小さく溜息をついて、聞こえないような小声でつぶやく。
「とはいえ、元があの『獣丸』ですもの、暴走しないように気をつけないと……」
§
長い入学式の式典は、滞り無く終わった。
筆頭理事であるダイオプテーズ侯爵の、ヒューマン至上主義が混じった演説には入学生の大半がうんざりしているようだったが、それ以外はとりたてて問題は無かった。
入学式は講堂で行われたが、そこに参加したのは新入生、職員、来賓、保護者のみだ。
入学式が終わると、つづいて、各専門科の紹介となる。
各科の在校生は、立体ホログラム式プレゼンテーションでアピールした。
特に『重機学部』の各科は、重機を中(操縦席)と外(近景及び遠景)から撮った迫力の映像を披露し、新入生たちの喝采を受けていた。
そして最後に、現在在籍者ゼロの『機甲巨人科』の番となる。
悪人面の主任教授のアンモナイト博士は、壇上に立つと、マイクも無しに大声で叫んだ。
「巨 人の迫力は、映像なんぞでは伝わらんわい。新入生諸君、外へ出るが良いっ!」
教授の迫力に押されて、ジェットたち機甲巨人科志望の新入生他、四分の一ほどの学生が講堂を出た。
逆に言うと四分の三ほどが、講堂内で友人たちとだべっていた。
講堂からは、大型重機の試験運転場がある。
そこに、二体の巨人がいた。
「あれが『機 甲 巨 人』か。思ってたより、かっけーじゃねーか」
「ガワはな。あれ、ふらふらとしか動かねえ木偶だぞ?」
ジェットの側で、入学生の話し声が聞こえてくる。
「そうかしらね。載ってるのがお姉様なら、少なくとも片方は見ものだと思うけど」
パールの言葉通り、二体の巨人はその巨体に似合わぬ滑らかな動きで構えた。
そして、轟音を立てながら巨大な剣を振り下ろした。
双方、盾で剣を弾く。
高音と重低音の混じり合った衝突音が、新入生たちの耳を直撃する。
「な、何だよあれっ! あんだけ大きいのに、まるで人が打ち合ってるみたいじゃねーかっ!」
「そんな筈は……最近見た動画と、全然違うっ!」
度肝を抜かれた学生たちを後目に、ジェットはその動きを凝視していた。
巨人の歩みは、決して早くない。
カーネリアンの技量から考えれば、もっと早く動くことも可能だろう。
しかし、二百トンを超える重量で踏み込めば、いくらグラウンドが丈夫でも陥没は避けられず、それによって生じる衝撃で、観客も無事では済まない。
それを踏まえた動きと考えると、その技量は想像を絶する。
「右側の赤い機体がお姉さん。機体も同じだし、動きも似てる。そしてもう一機は……」
「辺境騎士団長ライアス卿ね。騎士団最強の二人を新入生のデモンストレーションに使うとか、アンモナイト教授って凄い人ね」
パールの声には、その影響力の強さと同時に、実際に巨人を持ち出してしまう非常識な行動力にあきれたような口調がかすかに混じっていた。
「流石は伝説の『七人の賢者』の筆頭」
「ええ、巨大混沌相手に機甲巨人を必要とする辺境騎士団には、絶大な影響を持ってるわね。というか、辺境騎士団も必死なのかも。噂では、機甲巨人を新規製造/開発する人材が枯渇しかけてるとか聞くわ」
そうまでして新人がほしいのか、というところまで追い詰められていると考えると、その状況は噂以上に厳しいのかもしれない。
しかし、その効果のほどは疑わしい。
「すげー迫力だな。でも、載りたくねぇ」
「同感。やっぱ同じ攻撃するならスマートな航空機が最高だわ」
「巨大混沌と殴り合いとかマジ勘弁」
「航空機でなくとも、戦闘装甲車で砲撃すれば良くね?」
ジェットは未だ巨人戦を観戦しているが、耳に入った雑談に苦笑する。
「ダンにーちゃんが居たら、『ロマンのわからぬ奴め』とか言うだろうなぁ」
「そこは同感ね。ターコ、あなたから見たら稚拙かもしれないけど、今の人類の精一杯の戦力よ」
いつの間にかジェットとパールの後ろにいたターコイズは、ぽかぁんと口をあけたまま、巨人の戦いを見ていた。
「すごい……」
漏れた言葉は、ジェットやパールの予想外だった。
「機構はシンプルなのに、極限まで調整されてる。あれは職人芸。それでも扱いにくい機械の巨人を、あんなにも綺麗に動かすなんて信じられない」
頬を紅潮させ、ただただ感動して現代の巨人を見つめている。
「ワタシは確信する。魔神はもっと進化する。魔人は今度こそ、人類の剣になれる」
過去からの使者の言葉を、二人はじっくりと噛み締めた。
グラウンドでは巨人の演武が終わり、大きな拍手や歓声に包まれていた。
しかし彼らは、あくまで観客だ。
プレイヤーを目指す者たちではなかった。
§
「いやぁ、思った以上の大成功じゃ。あれ程の動き、見たことが無い。騎士団長もすごいが、ひと月でそれを凌ぐ腕に成長したカーネリアンとかいう新兵、とんでもない逸材じゃな。まぁ、欲を言えば新入生の志望変更がもう少しあれば良かったが、とりあえずは定数確保ということで上出来としよう」
ご機嫌なアンモナイト教授を前に、バツの悪そうな顔をして顔を伏せているのは、クリノクロア助手。
「教授、出自を偽って申し訳ありませんでした」
「何、その結果、儂の魔神研究が進むのなら、何も気にせんよ。というか」
ふと、真面目な顔で向き直る。
「君には本来、全人類が土下座して謝らねばならぬところなのにな」
「な、何のことですか?」
椅子から立ち上がった教授は、深く腰を折って頭を下げた。
「〈勇者〉セラフィナイト。貴殿の尽力に報いることが出来なかった愚かな人類を、どうか許してほしい」
クロノクリア、いや、天使セラフィナイトは、仰天して立ち上がる。
「知ってた……んですか?」
「これでも三百年生きとる。百年前の事件の事件と『初代勇者』の顔は、しっかり覚えておるよ。ただまさか、儂の助手を志望してくるとは思っとらんかったからなぁ」
教授は遠い目で語る。
「あの頃の機甲巨人は、まだ実用段階には達しておらんかった。もし今のクォリティの巨人が出来ていれば、君の遠征の一助になった筈だと思うと、悔やんでも悔やみきれん」
「その話は止めましょう」
クリノクロアはきっぱりと言い放つ。
「私も昨日までは、不甲斐ない自分にうんざりしていました。でも今は、眼の前にすべきことができました。今度こそ後悔の無いように、全力を尽くします。教授も、若い彼らを導いて下さい」
「うむ、そうじゃな。では、老骨に鞭打って頑張ろうとするか」
鞭どころか、鉄鞭で殴っても死にそうにない教授は、高らかに笑った。
「それでは、現状を報告します」
クリノクロアはタブレットを操作して、現状わかっていることを説明しようとした。
「あら、ターコイズからメールが入ってるわね」
「ターコイズ?」
「魔人の男の娘の名前です」
『オトコノコ』のアクセントに、教授はふむ、と首を撚る。
「なるほど、『天使』か」
「ええ。教授ならば気づくと思いました。それで内容なんですが……」
続く文章を読み上げた後、二人は暫し絶句した。
「ま、魔人が魔神の製造工場だとぉ?」
「それに、とりあえず試して見るって……。場所は……ああ、彼らの位置情報が送られてきました。市街地郊外の草原、ですね」
「そこで魔神を喚び出すのか?」
「そのようですね」
教授は無言でコートを着た。
「教授?」
「何ぼやぼやしとるっ! 見に行くに決まっとるじゃろうがっ!」
「そうでした。緊急ですので、【瞬間移動】を使用します。教授、こちらに来て下さい」
「うむ」
クリノクロアは教授を抱き寄せると、即座に魔法を行使した。
珍しく教授の鼻の頭がほんのりと赤くなったが、切羽詰まっていたクリノクロアには、気づく余裕が無かった。
§
「さて、ここに取り出しましたるは、一時間、奈落の闇に沈めた刀でございます」
手品の口上と調理番組の解説がごっちゃになったような言葉で、ターコイズは光の魔法円から取り出した刀をジェットに渡した。
ここは、パールとジェットが出会った郊外の草原。
巨大混沌に襲われて、カーネリアンの機甲巨人に助けられた場所でもある。
「呪文は『闇出でよ、汝何々』、さぁ、れっつとらい」
妙にハイなターコイズを気にすることなく、ジェットは目を閉じて刀の鞘に手をかけた。
「『闇出でよ、汝、轟雷音』」
すると、刀から暗黒の瘴気が吹き出し、四方向の地面に達してその場に直径十メートルほどの闇の魔法円を展開した。
四つの魔法円から現れたのは……機械の獅子。
何れも黒塗りの金属色が主体だが、一体を除いた三体の体には、関節部や胸部などに夫々青・赤・銀色のパーツが嵌まっていた。
と、ターコイズもぶるぶる震えながら叫ぶ。
「『変 形』っ!」
目映い光につつまれた少女の体は、巨大な光の塊となり、やがて他の四体と同じような機械獅子の姿となった。
なお、嵌まっているパーツは黄金色である。
ジェットは頷いて【空中浮遊】を唱えると、黄金の獅子の開いた口の中に飛び込む。
中には、重機のコックピットがあり、シートの前には一本の操縦桿があった。
ジェットは迷わず操縦桿を握る。
『あふん』
……なんか、変な声が聞こえた。
あと、操縦桿がやたら熱を持っていて、さらに脈動しているように感じるのは気のせいだろうか?
『そ、ソレはワタシの○○○だから、も、もうちょっと優しく扱って欲しい』
スピーカーから聞こえるアナウンスに、ジェットはとまどう。
「そんなの、どうやって操縦するの?」
『握っていれば、ジェットの意志を機体に伝える。逆に機体の意識も、ジェットに伝える』
とたん、どす黒い暴力的な衝動が操縦桿からジェットに流れ込む。
「くっ! そ、そうか、コレ、『獣丸』だもんなぁ。じゃ、アレをするしかないか」
一旦操縦桿を離すと、息を整える。
「闇よ、嵐よ、『忍法獣変化』」
ジェットの表情が豹変し、秘められたる獣鬼の魂が支配する。
かっ、と目を見開くと、操縦桿を力任せに掴む。
『あああああっ!』
悲鳴を上げるターコイズに構わず、獣は吠える。
「烈っ、『轟雷音』っ!」
黄金の獅子が咆哮し、呼応するように他の四匹の獅子も吼える。
黄金の獅子は宙に舞い、四匹も続く。
黄金の獅子の体がヒトの体のようなフォルムに変形すると、青い獅子が左手に、赤い獅子が右手に、黒い獅子が左足に、銀の獅子が右足に、夫々合体する。
「百獣王轟雷音っ!」
頭と四肢の先にそれぞれ獅子頭をつけた人型の巨神が、そこに降臨した。
「合体巨人だとぉっ!」
その光景を見ていたパールの背後から、叫び声が聞こえた。
振り向くと、二人の人物が立っていた。
一人はクリノクロア、そしてもう一人は、機甲巨人科主任教授、アンモナイト博士その人だった。
「教授もご覧になられましたか?」
「ああ、なんとか間に合って良かった。アレは『魔神』で良いのじゃな?」
「ええ。『魔人』のターコイズとジェットが生み出した、合体魔神『轟雷音』です」
その姿は、恐獣とでも言うべきか。
巨大で獰猛な飢えた肉食獣。
ある意味、パールが見た『絶凶邪神』よりさらに凶悪で暴力的なフォルムだ。
『ところで、この後、どうされますか?』
パールの肩に止まっていたコール(烏型)が尋ねる。
「どういうこと?」
『ジェット様は、機械獣の中で「獣変化」なされた模様。アレは野獣を凌ぐ「獣鬼の魂」で制圧しする技。攻撃対象が無ければ、ジェット様の「人神の魂」が抑えていられる時間はあまり長くないか、と』
「それって、このままだと暴走する、っていうこと?」
まさに『魔神』の名にふさわしい、暴虐の化身のような轟雷音が、支 配を失って暴れるなど、悪夢以外の何物でもない。
『いえ、その前にジェット様は「獣変化」を解くでしょうし、ターコイズ様も魔神の形成を解くでしょう。ただ、このままでは魔神顕現実験だけで終わってしまうので、勿体無いかと』
パールは胸をなでおろすと、コールに言った。
「実験に焦りは禁物よ。今回は無事に顕現されたことを確認して終わりましょう」
『承知しました。ジェット様に伝え「待ってっ!」
パールは、突然こみ上げてきた不快感に、コールを制止した。
『……来ましたね。お誂え向きに』
周囲には、いつのまにか魔神と同じ大きさの巨大な影が複数現れていた。
その数、四体。
見ているだけで不快感を催す、人間の巨大カリカチュア。
「巨大混沌か。さて、どうするかの?」
教授は、のんびりと髭を捻っている。
「四体ですか。倒せますが、一気に、は辛いですね」
クリノクロアは身構えながら、周囲を睨む。
「で、どうするかの、パール君」
教授が言うと、パールは溜息をついてコールに伝える。
「予定変更。ジェットに伝えて。『やっちゃって』って」
「アイアイ・マム」
獣神の五つの獅子頭が吠えた。
両手を組み合わせると、巨大な剣が生成される。
「『獣王剣』」
正面の巨大混沌を逆袈裟に両断する。
剣を揮う音も切断音も一切無い。
両断された肉体は、地面に墜ちる前に全て崩壊した。
まるで幻であったかのように、一体の巨大混沌が現れた時のように消滅した。
「今度は混沌核をしっかり捉えたようね」
『ジェット様も、汚名返上を誓っておられましたから』
さらに返す刀で背後の混沌巨人を唐竹割り、そして横薙ぎに左右の混沌巨人を両断する。
この間、全部で一秒ほど。
魔神轟雷音の足は、一切動いていない。
あれほど巨大な剣が動いたというのに、空気の揺れは一切無い。
静寂の中、巨大混沌は全て為す術もなく全て崩壊し、消滅した。
「凄まじい力、ですね。アレは巨大混沌の中では単純な力押しのタイプですが、あれほどあっさりと片付けるとは」
クリノクロアは構えを解きながら、感嘆する。
「局地戦じゃからなんとも言えんが、まだまだ余裕がありそうじゃのう。それもコレが初陣だとすれば、上出来じゃ」
五頭の獅子頭が天に勝鬨をあげた後、魔神の巨体は光に包まれながら消えた。
その足元には、ジェットとターコイズが、大の字になって重なって倒れていた。
ジェットは制服のままだが、ジェットの上に倒れていたターコイズは全裸だった。
そしてなぜか、センターポールが直立してびくんびくんと震えていた。
「も、ダメ…ジェット…はげしい…ワタシ…こわれる…」
ターコイズは虚ろな目の端に涙を浮かべていた。
「一体、何をされたの?」
背中を支えて身を起こし、制服の上着を着せながら、パールが聞く。
「ジェット、優しくしてって言ったのに、ワタシの○○○を乱暴に握った。ワタシ、気が狂うかと思った。何度も何度も振り回されて、ワタシ……」
「え、何?」
気がついて起き上がろうとしたジェットの顔を、パールは靴で踏みつけた。
ぎりぎり、二ヶ月放置のアラームは回避しましたが、今回は忙しくて難儀しました。
こんなことが無いように、次回はちゃんと計画的に書きます。
ところで、もうおわかりでしょうが、この「魔神編」のタイトルは、全て特撮ヒーローやロボットアニメの主題歌の歌詞から取っています。
一区切りついたところで、引用元をまとめて発表します。
2019/05/19 一部修正