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2.大地割り、そそり立つ姿

 秘 術 専 門 インスティテュート・オブ・学 院(アルケミー)

 正式名称を、王 立 学(インスティテュート・) 院 秘 (オブ・アルケミー・イ)術 専 門(ン・ロイヤル・アカデ) 校(ミー)(略称 秘術学院/IARA)という。

 元々『機 甲 巨 人ラボラトリー・オブ・パン 研 究 所(ツァー・ジャイアント)』と呼ばれる民間の研究所を、研究及び教育機関として王立学院が吸収合併して設立された。

 旧研究所の七人の研究員は『七人の賢者(ザ・セブン・マギ)』と呼ばれ、秘術学院の設立者として彫像が並んでいる。

 なお存命の三名のうち、一名は今も主任教授職にある。

 現在、秘術学院は大きく『秘術学部』と『重機学部』に分かれ、『秘術学部』では薬学や建築学などの秘術系一般の研究・教育を行っている。

 『重機学部』には、『航空機科(募集二十名)』『特殊航空機科(募集二十名)』『車両科(募集八十名)』『特殊車両科(募集二十名)』『機動歩兵科(募集十名)』『機甲巨人科(募集十名)』の六科があり、人気は上に示した順である。

 航空機の製造/操縦技術を学ぶ『航空機科』の人気は高い。

 高速移動が可能な航空機は人気があり、かつ、瞬間転送技術に限界がある現在では、輸送の主軸を担っているため、需要も多い。

 『特殊航空機』は、主に輸送用の大型航空機や対混沌軍の軍用機が対象で、航空機科についで人気がある。

 『車両科』は需要の関係で募集人数が多い。

 王都でも主要な移動手段は機械馬による馬車で、自動車の操縦は特殊技能に分類される。

 航空機よりハードルは低い上、需要も多いので、実用的な人気は最も高い。

 『特殊車両科』は大型、軍用の車両で、需要の関係で募集人数も人気もそこそこである。

 『機動歩兵科』は、騎馬兵団に継ぐ軍部のエリートである機動部隊(モビル・フォース)装甲強化服(パワード・スーツ)を着用した歩兵)の養成科だが、そもそも軍にそれほど魅力はなく、人気があるとは言い難い。

 そして、運用場所がほぼこの西の辺境に限られる機甲巨人の製造/操縦を学ぶ『機甲巨人科』は、最も人気が低い。

 機甲巨人の操縦士は軍部ですら志望者が少なく、腐ってもエリートである秘術学院の卒業生で、機甲巨人の整備や操縦教官となった者は、数えるほどしかいない。

 この秘術学院の設立理念にも関わる科である上、機甲巨人科の主任教授であるアンモナイト教授は、『七人の賢者』の筆頭であるため、科は存続しているものの、在籍者はここ数年皆無だ。

 その超不人気学科で、今年は異変が起こった。

 未だ定員割れではあるが、六名の『機甲巨人科』志望者が、新入生の中に現れたのだ。

 それも揃って、入学試験の成績優秀者である。

 ここ数年、「そろそろ儂も用済みか」としょげていた老教授(アンモナイト)は、その朗報に歓喜した。


「前任の助手が辞めて、この科もとうとう儂一人になり、これで終わりと思っておったが、いやはや目出度(めでた)い」


 〈賢者(ウィザード)〉であるため、齢三百年を超えていながら壮年のような外見の教授は、満面の笑みで、最近新しく迎えた助手に語りかける。

 入試前は、死にかけの老人どころか屍術師(リッチ)と見紛う様子だったのだが、今や世界征服を企みそうな悪の科学者のようなテンションである。

 ちなみに教授は、人の良い善人で知られているが、なぜかその外見は妙に『悪』っぽい。

 「クリノクロア」と名乗る新任助手は、にこやかに微笑んで頷く。


「ええ、私も就職した途端に馘首(くび)にならずに済んで一安心です」


 いかにも『出来る』感じのスレンダーな美女に見えるが、この助手は女装子(シーメール)、男性である。

 女装の麗人、とでも呼ぶのがふさわしいのかもしれない。

 年齢は履歴書によれば三十歳だが、十歳ほど「年上に」サバ読んでいるのではないかと思えるほど若々しく見える。

 秘術学院の出身ではないが、王立学院の秘術科出身で、学歴も申し分ない。


「それも、六人の志望動機が揃って「魔神復活」というのが、また嬉しい」


 世界侵略の悪巧みをしているかの如く、にやにや笑うアンモナイト教授。


「儂が機甲巨人を開発したのも、もちろん自分の手で『魔神』を再現したかったからじゃ。結果、中途半端なモノしか出来ずに今日に至るが、若い彼らなら、儂の夢を叶えてくれるかもしれん」

「楽しみ、ですね」


 言いつつ、内心でこっそりため息をつく助手。


(その「実現しそうだ」が怖いんだけどね)


 実はこの助手、とある組織に所属するエージェントである。

 とはいっても営利目的ではなく、件の六人の新入生の中の一人の「身辺警護」のために派遣されてきた。

 よって学歴は完全に詐称だが、能力はそんな学歴が霞むほど高いので、全く問題はない。


(恐らく『彼』の手にかかれば、十中八九『魔神(ギガント)』は復活する)


 それ自体は、何の問題もない。

 機甲巨人より優秀な『対巨大混沌兵器(アンチ・メガケイオス)』が出来るのは、喜ばしいことだ。

 しかし『魔神』こと『魔導巨神(ギガント・マキア)』を手にした古代人が何をしたかを考えれば、楽観はできない。


(せっかく「平和な世界」に、二度と「戦争」を起こしてはならない)


 異世界で生まれ、この世界に召喚された彼は、生まれた世界の悲惨な戦禍を知っている。

 そして「兵器」が、戦争を変える歴史も経験してきている。


(一般の兵士が乗るだけなら、『機甲巨人』に戦争兵器たりえる能力は無い)


 冗談のような話だが、この世界で最強なのは、戦車でも戦闘機でも戦艦でもミサイルでもなく、「強い個人」である。

 正確に言うなら「強大な魔法使いパワフル・スペルキャスター」と言うべきか。

 彼の生まれた世界の、いかなる兵器を用いても、この世界の『魔法使い』には太刀打ちできない。

 さらに「強力な魔法の行使」には、文字通り「強い精神力」が必要なので、目先の利益しか見えない者には、大した魔法は使えない。

 「強者」が即ち「強固な倫理観を持つ者」である世界は、この上なく安定している。

 しかし、このバランスが崩れれば話は変わってくる。


(『魔神』は、弱者にも『力』を与えうる)


 力の自覚も持たず責任もとれない「弱者」が「強者を超える力」を持てばどうなるか。

 この世界は、かつてその答えを身を以て示した。


 ――― 魔神戦役(ギガント・マキア) ―――


 『魔神』を駆使し、人類が互いに覇を求めて殺し合った愚かな戦争。

 『魔神』の力は「強大な魔法使い」を上回り、倫理なき力が(みだ)りに振るわれた。

 結果、大地は戦火に焼かれ、焦土と化した。

 その後の経緯は、人類の歴史より抹消された。

 『魔神(ギガント)』は何処(いずこ)ともなく封印され、所有者も、そして魔神技術のキーとなる『魔人(ワイト)』たちも、姿を消した。

 ただ「偽史」と呼ばれながらも『魔神』についての唯一の一級資料とされる『魔神伝』によれば、『絶凶邪神(ぜっきょうじゃしん)』あるいは『ダイマオー』と呼ばれる存在が、「混沌の力を以て」魔神を破壊し魔人を封じた、と記されている。


(そして、歴史はついに動いた)


 この西の辺境、スピネル辺境伯領にほど近い迷宮(ダンジョン)を攻略した冒険者が、その最深部に「魔神の工場(ファクトリー)」跡らしき遺跡を発見した。

 『整備工場遺跡レリック・オブ・ガレージ』と名付けられたこの遺跡は、辺境騎士団が監視しているが、現在王立軍の管理下にあり、将軍クラスが複数、現地の対策本部に詰めている。


(この期に『彼』がこの学校に入学したのは、単なる偶然か、あるいは『運命の骰子ダイス・オブ・デステニー』の悪戯か)


 無邪気にはしゃぐ老教授とは対照的に、その大いなる骰子(サイコロ)に運命を翻弄され続けたクリノクロア(自称)は、精神的外傷(トラウマ)に近いレベルの警戒心を抱いていた。


   §


「あら?」


 明日の入学式を控え、寮に送られてきた荷物を解いていたパールは、意外な人物の訪問に戸惑っていた。

 その人物の名は、ジェット。

 つい先程、知り合って別れたばかりの少年である。

 付き添いに現れたのは、男子寮及び女装子(じょそうし)寮の舎監であるジプスンという四十歳前後の男性だ。

 今年から、男子寮の隣に、別館として女装子寮という特別な寮が作られた。

 定員二十人ほどで、男子寮の十分の一ほどの規模。

 男装子は女子寮にいてもあまり問題は無いが、女装子が男子寮にいるのは問題がある、ということで建てられたのだ。

 ちなみに建設費用は、パールの父、パール伯爵と、同じく女装子の親の一人からの寄付によるものである。

 舎監は用意が間に合わなかったので、男子寮舎監のジプスンが兼任。

 最初から頭の痛い彼に、さらに面倒が加わったのだ。


「パールくん。諸事情により、こちらのジェットくんと同室になってもらえないだろうか?」


 ジェットは、といえば、バツが悪そうに目をそらしているが、嫌がっているというより恥ずかしがっているだけのように見える。

 そしてパールはといえば、予想外ではあるが仔犬(ジェット)を従属させる絶好のチャンスである。

 が、そんなことはおくびにも出さず、少々不快な顔を舎監に向ける。


「事情を聞かせていただけませんこと?」


 そもそも女装子寮設立自体が、彼女(ゝゝ)の父親からの発案と出資によっているにもかかわらず、肝心の()の相部屋として男子が入るなど、理屈が通らない。

 ジプスン舎監は、予想したとおりの反論を受けて、大きくため息をついた。


「キミの言いたいことは分かる。だが、奇数人数でない限り、一年生は相部屋が原則だ。このじょ……女装子寮の希望者は五人。半端をどうするか検討した結果、キミとジェットくんに決まったんだ」

「男子寮と女子寮がともに奇数なら、一部屋男女同居になるのかしら?」

「それは無い。間違いがあっては困るからな」

「男子と女装子であれば、間違いがあってもいい、と?」

「間違っても、子どもは出来ないからな……」


 とっさに言ったセリフに、パールの眉が釣り上がる。

 ジプスンは失言に気づき、顔を蒼くした。


「ち、違う! そういう意味じゃないんだっ! その、ど、同 性 愛(ホモセクシュアル)まで問題視するなら、そもそも同性の同室すら駄目だということになる、そ、そういうことだっ!」


 平民のジプスンにとって、仮にも伯爵令嬢(子息?)のパールの機嫌を損ねると、自分の職に影響しかねない。

 実をいえば、彼とてこの要求は「無茶」だと思っていた。

 しかしその指示が、学院の最大の支援者にして発言力の強いある理事のから出ている以上、従わないわけにはいかない。

 ジプスンの態度からなんとなく察したパールは、質問を変えた。


「ジェットとあたくしが選ばれた理由は?」

「……ジェットくんは、孤児院で女装子の姉兄(おねえ)妹弟(いもおと)も複数と聞くので、女装子のプライバシーへの配慮は十分できると思われるからだ。キミについては……その……消去法で……」

「消去法?」


 すっかり萎縮した舎監は頷く。


「本来ならプライバシーにあたることなのだが、ことがことなだけに、断片だけ情報を出そう。キミを含めた女装子五人のうち、四人は男子を同室にするわけには、どうしてもいかなかったんだ」


 大きくため息を一つついた後、語り始める。


「一人は極端な男子嫌いで、同室などにしたらその日のうちにジェットくんが斬り捨てられてしまう可能性がある。

 一人は男性恐怖症で、同室などにしたら、恐怖のあまりその子が自殺する可能性すらある。

 逆に一人は多淫症(ニンフォマニア)で、ジェットくんの意志に関係なく「食われる」可能性がある。

 そして最後の一人は……」


 さらに大きくため息。


「見た目は幼い少年で、女装子には見えない。実際服装は男女兼用(ユニセックス)のものが多い。ただ天然の男誑(おとこたら)しで、彼に狂わされた男性は数十人にのぼる……」


 事情を聞いたのは初めてなのか、ジェットも目を丸くして驚いていた。

 そして、自分の行く末を予想し、すがるような目でパールを見ている。

 パールは、大きくため息をつきながらもうなずいた。


「わかりましたわ。偶然ですけど、あたくしジェットと知り合いですの。ですから、彼なら同室は了承しますわ」


 さすがにジェットの身に危険が迫るのを、放置するつもりは毛頭無い。

 特に「食われる」とか、とんでもない。

 ジェットはパール(あたくし)のものなのだ、と。


「そ、そうか、ありがとう」

「ですけど舎監(せんせい)? これは大きな貸し、でよろしいのですよね」


 タダでは譲らない、というパールの言葉に、ジプスンはあっさり頷く。


「それでいい。実をいえば私も反対だったのだが、上からの圧力で飲まざるをえなかったんだ」

「圧力をかけた本人の名前、教えて下さる?」

「あまり大っぴらに言わなければ構わないよ。学院の理事の一人、ダイオプテーズ侯爵だ。学院の最大の出資者でもある」


 パールはあからさまに眉を(ひそ)めた。


「あの人ですの。もしかして、お父様が発案したこの女装子寮も、反対されたのかしら?」

「まぁね。学院理事会の議事録は公開されてるし、秘密でもないから言うけど、無駄だって大反対してたよ」

正統主義者(オーソドックス)で有名ですものね」


 ジェットが一人、不思議な顔をしているので、パールは苦笑しながら答える。


「ダイオプテーズ侯は、有力な貴族の中でも天主教正統派(オーソドックス)の熱心な信者で有名なの。逆に、彼の後援のせいで、天主教の正統派が勢力を持ってると言ってもいいわ」

「正統派って、異種族や異文化を認めないって人達、だっけ?」

「ええ。弾劾の対象は、あたくしたち異 性 装 子(トランスヴェステイト)にも向けられてますの。男性は男性の、女性は女性の装いをするのが当然、異性装は異常で、天主(ザ・ロード)に対する冒涜だと」

「そんなこと『聖なる書(ホーリー・バイブル)』に書いてあったかなぁ?」

「ジェットは修道院で育ったから、『聖なる書』には詳しいのね。ええ、天主はそんなことは一言もおっしゃられていないわ。全ては『秘められし教義(シークレット・ドグマ)』の記述に基づいてるの」

「知らないなぁ、ソレ。もしかして『聖なる書の偽典シュード・エピグラファ』?」


 その言葉に、パールは思わず吹き出し、ジプスンは冷や汗を流して顔を引きつらせる。


「ジェットくん、それを他所で言ってはいけないよ」

「え? え? も、もしかして『呪いの書(マレディクト)』?」


 パールはお腹をかかえて笑いころげ、ジプスンは蒼白になって訂正する。


「ち、違う違う! 大人の世界には色々あるんだ。キミのような前途ある少年が、関わるべき事柄ではないんだ」

「あら、あたくしと知り合った以上、ジェットも無関係というわけではなくって?」


 意地悪そうなパールの言葉に、慌てる舎監。


「そ、そうだが。とにかく、正統派はジェットくんにもパールくんにも、関われば百害あって一利なしだ。触らぬ神に祟り無し、だよ」

「あたくしたちは関わらないわ。でもこうして、祟られましてよ?」

「それについては何も言えないが、とにかく、きみたちのために、関わりは避けた方がいいと忠告したい」


 ジェットは、きょとんとした目でパールとジプスンを交互に見ている。

 その様子に、何かツボにハマったパールが、くくく、と笑う。


「そうね。舎監(せんせい)の言う通り、純真なジェットは関わらない方がいいわ」

「パールが関わらない方がいい、というなら関わらないよ」

「いい子ね」


 ジェットの頭を自然に撫でるパール。

 撫でられて、しっぽを振る仔犬のように喜ぶジェット。

 二人を見て、ただならぬ関係を直感したジプスンだった。


「まあいい。寮生活に関しては、できるだけ配慮するよ。あと施設に関しては、部屋のバスルームは交互に使ってもらえばいいけど、大浴場だけは、ジェットくんは男子寮のものを使ってほしい」

「あら、せっかく同室なのに、裸の付き合いをしては駄目なのかしら?」


 ジプスンは頭痛を堪えるように眉を顰める。


「男性嫌いや男性恐怖症の子がいるからね。その子たちが大浴場を使えなくなっちまう」

「本館との通路を行き来する間に、湯冷めしてしまうわ」

「寒い間だけは、部屋のバスルームで我慢してほしい」


 ジェットは頷く。


「うん。僕は構わないよ」

「そう。じゃ寒い間は、あたくしとだけお風呂に入りましょ」


 ジェットとジプスンが一斉に吹く。


「ぱ、パールくんっ! そういうことは……」

「あら? 男の娘だったら、間違いがあってもいい、のよね?」

「まぁ、その……そうなんだが」

「では、一緒にお風呂に入っても、一緒に寝てもいいのね。オトコドウシ(ゝゝゝゝゝゝ)なんですもの」

「ちょっと待てっ! パールくん、キミは事前調査では、多淫症では無かった筈だが……」


 パールはきりり、と(まなじり)を吊り上げた。

 昨日、ジェットをじっと睨んでいたあの目だ。

 本気で怒っている時と、真剣な時だけに現れる凶眼に、ジプスンは背筋に寒いものを感じた。


莫迦(ぶぁか)にしないでくださる? ジェットはあたくしのモノ。愛玩動物(ペット)を愛でる心を、色情狂(イロキチガイ)と一緒にしないで」


 ジプスンは悟った。

 この少女(パール)が、実は一番危険だったのだ、と。


(しかし……ま、いいか。ジェットくんはまんざらでもなさそうだし、他の組み合わせより問題も少なそうだし)


「そうだ、な。パールくんとジェットくんのプライベート(ゝゝゝゝゝゝ)に関しては、不問としよう。そのくらいの融通は効かせるよ」

「ええ、そのように計らってくださいな、舎監(せんせい)


 真っ赤になっているジェットを置いて、ジプスンは部屋を出た。


(考えようによっては、初々しいカップルだ。オジサンは退散しよう)


 思ったよりうまくいった、と気軽になりながら、管理人室に向かう。

 この二人がこれから巻き起こす騒動など、予想だにせずに。


   §


 同時刻。

 十五時を回ったあたりで、歩哨に立っていた〈騎士(ナイト)〉は、上司がやってくるのを見て敬礼した。


騎士団長(チーフ・ナイト)殿、いまのところ遺跡に変化は見られません」

「ご苦労。一時間ほど休憩にいってくれ。その間は私が見ておくから」

「団長が? 交代要員の〈騎士〉はどうしたのでありますか?」

「青い顔して戻してたんで、予備員と一緒に救護室に行くよう伝えたよ。簡単な治療呪文(ヒール)では治らなかったところを見ると、(たち)の悪い病気か、あるいは……」


 歩哨の〈騎士〉は、ごくりとつばを飲み込んで、自分の背後を見た。

 封鎖された迷宮の入り口。

 その奥には、発見されたばかりの遺跡がある。


「『魔神(ギガント)』ですか?」

「わからん。だが、ヤツはどちらかといえば霊や魔に敏感な〈騎士〉だった。かすかな異変を感じていたとしても不思議じゃないだろ」

「それで……団長殿一人で見張りを?」

「君だって今まで、一人で立ってたじゃないか。大丈夫。何かあっても、控えの騎士団員を呼ぶくらいのことはできるさ」


 〈騎士〉は団長を見て、再敬礼した。


「了解しました。ただいまより休憩に入ります」

「うん。心身を休めて、次の交代に備えてくれ」

「では、失礼します」


 部下が帰ったのを確認すると、辺境騎士団長ライアスは、呪文を唱えた。


「【理力防御(フォース・シールド)】」


 〈聖騎士(パラディン)〉でありながら、黒魔法にも通じ、〈秘術師(アルケミスト)技能(クラス)を持つ彼は、物理的な衝撃に備えた。

 〈騎士(ナイト)〉が使用する白魔法は、「生命・精神」分野を司るが故に防御魔法も豊富だが、それはあくまで「意志」…即ち敵意・悪意・殺意などを持つ者による「攻撃」を防御するためのものである。

 単なる落石や自然災害を防ぐには、物理現象やエネルギーなどの自然現象を司る黒魔法が必要となる。

 部下の〈騎士〉が調子を崩したのは事実だが、部下を帰して団長自ら一人で立つのは、何らかの異変が起こった際に、即座に対応するためだ。


(いざという時の為に、機動部隊(モビル・フォース)にも既に出動要請を出している。私は、何が起こったかを逐一見届ければいい)


 遺跡の中から発せられる強い『思念波』を、ライアスも感じていた。

 最悪『魔神』が復活した場合は、市街の防衛線にまで下がって迎撃するしかない。


(『辺境機甲師団パンツァー・ディヴィジョン』自慢の巨鎧(スーツ)……機 甲 巨 人パンツァー・ジャイアントも、乗りこなしていると言えるのは、わずか数名。うち一名は傭兵か)


 最近、労役として送られてきた〈魔剣士〉の女性を思い出し、ライアスは苦笑する。


(あれほど見事に巨鎧(スーツ)を乗りこなす者を、他に見たことはない)


 彼女が現れる前は、ある意味一番巨鎧を乗りこなしていると自負していたライアス団長は、別次元の動作にすっかり魅せられていた。


(労役が終わった後も、彼女を騎士待遇で雇えないものだろうか。兵士が駄目なら、教官として……)


 彼女の操縦を見ることで、自分自身の操縦が目に見えて上達したのを思い出す。

 実戦に出ずとも、乗って動かしてくれるだけでも良い効果が期待できる。


(そういえば彼女は、『女』か『魔剣』に弱かった筈。なんとか工面できないものか……!!!)


 強い『思念波』を感じ、雑念を一瞬で払って集中する。

 何か、とてつもなく巨大なモノが蠢いている気配を感じる。


「【空中浮遊(レビテーション)】」


 地面が不安定になる可能性があるなら、空中に足場を取る方が懸命である。

 たとえ飛石があったとしても、浮遊中であれば難なく避けられる。


 ――― そして、大地が動いた ―――


 地下迷宮(ダンジョン)のあったと(おぼ)しき地面は崩落し、そこに巨大な穴(クレーター)が現れた。

 その中心にそそり立つ姿は……


(これが……伝説の『魔神』?)


 その姿は、天空(そら)(そび)える、黒鉄(くろがね)巨城(しろ)

 振りまく威圧感は、姿だけを真似た機甲巨人とは全く異なる。

 絶望を形にしたような、暗黒の悪夢。


(こんなものが、いったいあの遺跡のどこに隠されていたというんだ!)


 迷宮の奥で発見された『整備工場遺跡レリック・オブ・ガレージ』には、間違いなく魔神らしき巨体は無かった。

 それは、調査隊に同行したライアスも、自分の目ではっきりと確認していた。


(可能性があるとすれば、工場の地下、か)


 そして彼は、自分の為すべきことを思い出す。


(とにかく、本部に知らせねばっ!)


 交代した騎士が向かった本部へは、【異界関門(ゲート)】で移動していたので、実際の場所までは十数キロの距離がある。

 地上の【異界関門】を通るわけにはいかないので、空中のライアスは即座に飛行による帰還を試みる。


「【空中飛行(フライト)】」


 長距離を高速で安定的に移動できる飛行呪文を唱えると、その身体は弾丸のように『黒い魔神』の出現地点から離脱する。

 現れたのみで沈黙していた『魔神』は、騎士団長が十分離れたのを見計らったように、両手を天に振り上げ、咆哮した。


 大地を揺るがす咆哮は、およそ五十キロほど離れた辺境の市街地にも響き渡った。


   §


 ジプスン舎監が部屋の扉を閉めると同時に、パールはジェットに抱きついた。

 柔らかく華奢な肢体を抱きとめたジェットの顔は、一気に沸騰した。


「これは運命ね。あたくしとあなたの心が呼び寄せた、大いなる運命」


 ジェットの胸に顔を埋めながら、パールは背中に回した手に力をこめてしがみつく。


「ぼ、僕も、パールと同室(いっしょ)で嬉しいよ」


 ジェットの胸いっぱいに、パールの甘い香りが侵食する。


(なんでこんなに、甘いんだろう?)


 意識がとびそうな陶酔の波に飲まれぬよう、なんとか踏みとどまっていた少年(ジェット)を、少女(パール)は頬を染めたまま上目遣いで見上げた。


「そうね、まずは……」


 ジェットが気づいた時には、目を閉じたパールの顔がゼロ距離となっていた。

 わずかに開いた唇の間を割って、ジェットの舌に柔らかいものが纏い付く。


「ん、くっ、んんんっ」

「ん? んんんっ!!」


 口腔内の甘い侵入者に対し、防衛ラインは瞬く間に崩される。

 侵入者は拘束し、蹂躙し、ジェットの思考を根こそぎ奪ってしまう。

 やがて無意識のまま、拘束された防衛者は相手の境界を踏み越え、今度は侵入者となって甘い舞台の中で暴れまわる。

 パールがジェットの首の後ろに回した手に、ジェットがパールの背中に回した手に、だんだんと力が込められ、抱擁はより固く固く。

 いつのまにか二人は、絨毯の上に転がっていた。

 ジェットを下に、パールを上にした抱擁は解かれることなく続けられる。

 息継ぐ暇もなく続けられ、息は鼻腔を通り、ドラゴンのように熱く吐き出され、クラーケンのように渦巻く。

 二人の身体は熱く燃え、やがて灼熱の炎の中、一つに溶け合わんとしたその時。

 大咆哮が、建物を揺るがした。


 ――― ぐぁぉん ―――


 二人の行動は素早かった。

 一瞬で離れて膝立ちになり、窓の外を見る。


「何事?」

「わかんない。でもこの声、何かを訴えているように聞こえる」

「あたくしにも聞こえましてよ」


 二人は頷くと、窓の方に向かった。


「コールっ!」


 ジェットが叫ぶと同時に、伸ばした手の先から、大カラスが出現。

 窓の外に飛び出す。


転身(チェンジ)! 黒 天 馬(ブラック・ペガサス)


 カラスの黒い身体が膨れ上がり、巨大な翼の生えた黒い駿馬の姿に変わる。

 二人は躊躇(ためらい)なく三階の窓を飛び出し、黒天馬に飛び乗った。


「コール、音の方に急いでっ!」

『了解しました。ジェット様、パール様、いざという時の準備を』

「『鋼鉄巨神(ジャイガンター)』は、すぐに出動()せるわ」

「僕も『獣丸(ししまる)』を準備してる」


 二人を乗せた黒天馬は、轟音の発信源と思しき地点へ真一文字(まっすぐ)に空を飛ぶ。


「あれ? 今すれ違ったの……」

「あの鎧、騎士団の方かしら。【空中飛行(フライト)】ね」

「僕の記憶に間違いなければ、あれ、騎士団長(チーフ・ナイト)の鎧だよ。たしかスピネル辺境伯騎士団長ライアス卿は、〈秘術師(アルケミスト)〉の技能(クラス)も持ってるって」

「そういえばあたくしも聞いたわ。カーネリアンお姉さまが来る前は、騎士団長の操縦する機甲巨人(パンツァー)が最強だった、と。そんな方が裸足で逃げ出す状況、ということね」

『最大限の警戒は行って然るべきでしょう。退避しますか?』

「状況を確認したら、即退避できる用意はしておこう。【理力防御(フォース・シールド)】」


 ジェットは魔法で、コールとパールもろとも球状(スフィア)障壁(バリア)を展開する。

 【理力防御】は、【理力障壁ウォール・オブ・フォース】に強度は劣るものの、術者を中心に移動できる。

 やがて眼下に、大きなクレーターの中心で吼える黒い巨人が見えてきた。


「『魔神(ギガント)』……」

「……です、わね」


 大きさこそ機甲巨人と変わらないが、その黒い機体から発する、全てを畏怖さしめる威圧感は尋常ではない。


「でも……気の所為(せい)かもしれないけど、アレ、混沌(ケイオス)っぽいような気が」

「ええ。混沌の邪悪な気配を、強大な魔力で抑え込んでいるような感じですわね」

「僕、イヤなこと、思い出しちゃった」

「あたくしもですわ。もしかして『偽史魔神伝(ぎしまじんでん)』に記された……」

「・・・ぜ、『絶凶邪神(ぜっきょうじゃしん)ダイマオー』?」


 『魔神(ギガント)』を破壊し、『魔人(ワイト)』を封じるために作られた、伝説の最強の『魔神』。

 全ての仕事を終え、永遠の眠りについた筈の『彼』が、なぜ今蘇ったのか。


「コール、引き返してっ! 今のあたくしたちでは力不足よ」

『承知しまし……「待ってっ!」


 コールの言葉をジェットが遮る。


「『あの子』が呼んでる」

「『あの子』?」


 ジェットは黒い魔神の心臓のあたりを指さした。


「あそこから念波(こえ)が聞こえるんだ。「ここから出して」って」

「中に誰か居るというの?」

「わかんない。でも、念波と魔神の咆哮(ハウリング)は呼応してるように思う」

『もしかして、「邪神」の「魔人(ワイト)」ではありませんか?』


 黒天馬(コール)の言葉に、二人は、はっ、とする。


「そういえば、『邪神』は旧タイプの魔神。すなわち『魔人』が操縦するタイプの筈ですわね」

「つまり『あの子』は、封印されずに現存する唯一の『魔人』!」


 ジェットとパールは、顔を合わせてにっ、と笑う。


「ジェット、やっておしまい」

「イェス、マム!」


 ジェットはコールの背の上に直立すると、呪われた妖刀の柄を握り、横一文字に構えて目を閉じる。


「闇よ、嵐よ、『忍法獣変化(にんぽうししへんげ)』」


 穏やかな少年の顔が、悍ましき野獣(ケダモノ)(かお)へと豹変する。

 目が、かっ、と見開き、刀を抜き放つ。


「秘剣、雷音緋光斬(らいおんひこうぎ)りっ!」


 空を切った剣筋が、そのまま巨大な緋色の光の刃となって黒い魔神に迫り、その首を音もなく刎ねる。

 一瞬の静寂。

 チンっ、と音を立てて刀が鞘に収まる。

 と、黒い魔神が地に堕ち、轟音が遠く響く。


「またつまらぬもの(ゝゝゝゝゝゝ)を斬ってしまった」


 すとん、とコールの背に座るジェットの顔は、既に元に戻っていた。


「つまらぬもの扱いでは、『絶凶邪神(ダイマオー)』も浮かばれないわね」


 そう軽口を叩きつつ、ジェットの腰に手を回し、ぎゅっ、と背中に抱きつく。

 獣魔戦鬼士(ビースト・ウォーリア)の姿を見た後は、やはり不安になる。

 自分の気持ちにしっかりと気づいてしまった今は、特にそう感じる。

 首を落とされた魔神の方に目をやると、切り落とされた首の上に、人の影が現れた。

 と、その人物の背中から、光の翼が広がる。


天 使(セレスチャル)?」

「天使の光翼(つばさ)、に見えるよね」


 光の翼を羽ばたかせ、まっすぐに黒天馬に乗る二人の元へ飛んでくる天使の如き翼の人。

 近づくにつれ、その姿が明らかになる。

 長い金髪を(なび)かせた、二人と同じ年頃の美しい少年。

 その身には一糸(まと)わぬ全裸であるため性別ははっきりしているが、全体的に柔らかな中性的(ユニセックス)な容姿であるため、衣を(まと)えばその性は容易く見失われるだろう。


「解放してくれてありがとう。ワタシはターコイズ」


 乏しい表情、抑揚の無い声で謝意を表す少年。

 しかし魔神大好き(マニア)少年は、そんなことを気にせずズバリと直球で問いかける。


「僕はジェット。キミは『魔神(ギガント)』の『魔人(ワイト)』かい?」


 光翼の少年(ターコイズ)はうなずいた。


「この魔神……全ての魔神を滅ぼす『絶 凶 邪 神ディアボロス・エクス・マキナダイマオー』の操縦者(パイロット)


 ジェットとパールは、再び顔を見合わせた。


「予想通りだっ!」

「そうね。『魔神伝』は『偽史』じゃなかった」

「だとすれば……」


 ――― にがさない ―――


 獲物を前にした野獣のような二人の視線に、無表情の少年は少し(ひる)む。


「キミ、これからどうするつもり?」

「い、行先はまだ考えてない。今日、邪神が目覚めることも、ワタシが開放されることも、何も予想してなかった」


 この出会いは、天使の如き少年にとっても突発的な事件(アクシデント)だったらしい。


「それじゃぁ、行く先が定まるまで、僕らの部屋に来ない? 食べ物と着るものくらいは、なんとかなるし」


 引き止めるべく誘うジェットに、パールも頷く。


「そうね。『魔神』の手がかりを知る唯一の人物だから、『機甲巨人科』研究室でも喜んで保護してくれる筈よ」


 ターコイズは少しだけ考えると、こくんとうなずいた。


「わかった。しばらく厄介になる」

「OK。じゃ、乗って。コール、部屋に戻るよっ!」

『了解しました』


 パールがジェットに体を寄せ付けるように前にズレて少し空いたスペールに、ターコイズはひらりと乗って、前に倣いパールの背にしがみつく。

 黒天馬は大きく旋回して向きを変えると、再び女装子寮の二人の部屋に向かった。


   §


「まず、服をなんとかしませんと」


 パールは、ターコイズの綺麗な肌を見ながらため息をついた。


「僕のを貸してあげるよ」


 先程届いた荷物を開くと、そこにはジェットの制服とも言うべきツナギの作業着が、山程入っていた。

 色は、今着ているカーキ色から、黒/青/ベージュなど色々あるが、どれも見事にツナギである。


「あなた、作業着(ツナギ)以外の服は無いの?」

「えっと、学院の式典用の制服は買ったけど……」


 流石に、美麗な魔人にツナギは無い、とパールが頭痛を耐えるように頭を抑える。

 すると、ターコイズ自身がパールを指さして言った。


「ワタシ、できればこっちがいい」


 途端、パールは満面に笑みを浮かべてターコイズの後ろに回り、両肩を掴んだ。


「うれしいわ。来て。うんと綺麗にしてあげる」


 目を丸くして成り行きを見ていたジェットは、二人が女物の衣服を広げだすと、流石に居心地が悪くなったのか、もじもじしだした。


「えっと……僕、ちょっと外に出てるよ」

「ええ。三十分ほど時間を潰してらっしゃい。腕に縒りをかけて、可愛らしい女の子(ゝゝゝ)にして見せるわ」


 ジェットは肩にコール(カラス型)を乗せると、廊下に出た。

 女装子寮は、男子寮の横に併設される形で作られた、定員二十名のこじんまりとした建物だ。

 建物自体は、定員二百名の男子寮の十分の一というわけではないが、それでも五分の一ほどの規模しかない。

 施設としては、食堂、大浴場、談話室の他、一人一人がブースに区切られた勉強スペースがある。

 男子寮はそれに加え、工業系学校らしい作業ブースやフリーの実験室、あるいはコンビニのような売店など数多くの施設があるが、女装子寮の寮生はそちらを使用するか、あるいは少し離れた(歩いて五分ほどの距離がある)女子寮の施設を使用しなければならない。

 女子寮は、男子寮と全く同じ造りで、同様の施設を備えているが、そもそも学生の人数が少ないので、男子寮に比べて余裕がある。


「そういえば、男性恐怖症(アンドロフォビア)の子もいたんだよね。鉢合わせても大丈夫だろうか?」

『舎監も教授も男性ですから、ある程度は大丈夫なのでしょう。もっとも、安全圏内(セーフティ・ゾーン)と思っている場所ではちあわせたら、大変かもしれません』

「……ちゃんと紹介されるまで、ふらふらと出歩かない方が良かったかなぁ」

『それは舎監(ジプスン)殿のお仕事でしょう。ジェット様が気になさることではありません』

「それはそうだけどさ。寮だけでなく、同じ科に所属するんだから、出来れば仲良くしたいな」


 などと話していると、廊下の曲がり角で、二人の寮生と鉢合わせた。

 二人とも黒髪の美少女だが、雰囲気はかなり異なる。

 一人は和装に袴履きで髪をポニーテールに結っている。

 腰に刀を差しているため「男装の若武者」といった感じである。

 もう一人は、普通の大人しめの洋服姿ながら、立ち振舞が大和撫子然としていた。

 二人はジェットを見て目を見開いた。

 そして……


「きゃぁぁぁっ!」

「キサマぁっ!」


 洋服の少女はその場に頭を抱えて蹲り、武者少女はいきなり刀を抜いて袈裟懸けにジェットを斬りつけた。


   ぐぁきんっ


 武者少女は信じられないものを見るような目で、愛刀のを見つめた。

 その切っ先から一寸ほどの場所を、ジェットが握ったペンチが挟んでいた。


「いきなり危ないなぁ」

「は、離せっ!」


 武者少女は渾身の力を入れるが、びくともしない。


「カタナは武士(サムライ)の魂、だっけ? 軽々しく抜いちゃ駄目だよ」

「き、キサマに語られる(いわ)れは無いっ!」

「僕が何をしたのさ」

「こ、ここは男子禁制の寮だっ! そこでキサマは何をしてるっ!」


 ジェットはため息をついた。


「ジプスン舎監(せんせい)は、男性じゃん」

「舎監殿は特別だっ!」

「じゃぁ、僕も特別だよ。この女装子寮の三号室に入ることになったジェット、よろしくね」

巫山戯(ふざけ)たことを抜かすなぁっ! キサマの格好はどう見ても男だろうがっ!」


 ジェットは自分の服装を見て、肩のコールに尋ねた。


「ツナギって、男女共用だよね」

『さようですな』

「何だとぉっ!」

「待って、ブレッシアっ!」


 先程までうずくまっていた少女が、青い顔ながらようやく立ち上がる。


「マイカ、この男は」

「刀を(おさ)めて。まず話を聞きましょう。わ、私なら大丈夫、だから」


 ジェットがペンチを開くと、ブレッシアと呼ばれた武者少女は渋々ながら刀を納めた。


「もし、時間があるなら、この先の談話室で話そうと思うけど」

「そうね。過剰反応(びっくり)してごめんなさい。私はマイカ」

「マイカ、こいつの言うことを信用するのか?」

「ブレッシア。ちゃんと思い出して。この人「お前たちも男のくせに」とか、言った?」


 武者少女(ブレッシア)は口を抑えた。

 そう、女装子寮にいる以上、この二人は『男の()』である。

 そしてジェットは、そういうことを『不問』にする『常識』は弁えている、ということである。


「ね、お話を聞きましょう」

「わかった」


 マイカに肩を押されて、ブレッシアの表情からも険が取れた。


   §


 談話室で自販機のお茶を飲みながら、ジェットは話せるだけの事情を全て打ち明けた。

 話を聞くうちに、段々済まなさそうな顔をしていたブレッシアは、圧力をかけた黒幕の名前を聞いて、再び眉を吊り上げた。


「あ、あの()れ者がっ!」


 憤慨するブレッシアを見て、マイカが苦笑する。


「実はブレッシアの父親のブレッシア子爵も、ある程度この女装子寮に出資してるの。伯爵様ほどじゃないけど、息女(むすめ)の為になるなら、って。異種族も異性装も大嫌いなダイオプテーズ侯には、何度も煮え湯を飲まされるの」


 そして、ようやく落ち着いたブレッシアは、席から立ってジェットに頭を下げた。


「済まない。話を聞く限り、貴公(きこう)は完全な被害者だ。身共(みども)の勘違いで、とんでもないことを……」

「僕は特に気にしないけど、(みだ)りに鞘走るのはやめたほうがいいね。あれ、寸止めだったけど、間違ったら怪我するから」

「す、寸止めなの、気づいていたのか……いや、あの太刀を咄嗟に受けるほどの余裕があったのなら、当然だな。返す返すも未熟な自分が情けない」


 (かしこ)まるブレッシアを置いて、ジェットはマイカに向き直った。


「えっと、マイカだっけ、キミがジプスン舎監(せんせい)が言ってた『男性恐怖症』の子だね」

「ええ。こうしてちゃんと気をつけていれば大丈夫ですから、心配しないで。あと、ブレッシアを許してあげて。この娘は私と幼馴染で、女装を理由に私をいじめた子たちからずっと守ってくれてたから、ちょっと神経質なの」

「ふぅん? 僕の今まで育った孤児院(ホーム)では、そもそも修道院長(かあさん)が女装子だったし、その影響か姉兄(おねえ)妹弟いもおとが何人も居たし、住んでた町の人達も慣れっこだったから、特に気にならないんだけど、外じゃ大変なんだね」

「ふふふ、羨ましいわ。私の周囲は異性装は稀で、諦めて一時期男装してた時期もあるけど、どうしても駄目だったの」

「マイカは悪くないっ! 異性装は我が民の(たしな)みだっ!」

「我が民?」


 そう言えば、ブレッシアやマイカの顔立ちは、ジェットたちとやや異なり、異国情緒(エキゾチック)が漂っている。


「ええ、ブレッシアと私の先祖は、伝説の『和国』の民だと言われているの」


 今度はジェットが仰天した。


「和国!? それって『魔神(ギガント)』の故郷じゃないかっ!」

「あら『偽史魔神伝(ぎしまじんでん)』をご存じなの?」

「もちろんっ! 僕が学院(ここ)に来たのって、『魔神』復元のためだよっ!」

「もしかして貴公は『機甲巨人科』志望者か?」

「うんっ!」


 顔を見合わせるマイカとブレッシア。


「実は私たちも『機甲巨人科』志望なの。寮だけでなく、科も同じなのね」

「改めて宜しくお願いする」

「こちらこそ。じゃぁ、二人の目標も?」

「当然、『魔神』復元だ。本家である我が民の威信に賭けて、一番乗りは譲らんぞっ!」


 不敵に笑うブレッシア。

 その姿に、ふと違和感を感じるジェット。


「この機会だから聞くけど、ブレッシアの服装って基本的に男装だよね。髪型とか雰囲気から、女装子(シーメール)だとわかるけど」


 ブレッシアは、うむと頷く。


「左様。身共も普段はマイカのような洋装であり、女装なのだ。我が民の言い伝えでは、子どもは男子より女子の方が丈夫であるがため、稚児に女装させる風習があるのだ。身共はその際の女装が気に入ったが故に女装を続けているが、時には男装もする」


 要するに『ボーイッシュな男の娘』という微妙な範疇に入る人なのだろう、とジェットは納得する。


「マイカの家も、この国では平民だが、元はといえば高貴な血筋。同様の風習が残っており、それが女装のきっかけだった。ただ、マイカは身共より女装に親和性があったがゆえに、常に女装だ」

「ふぅん。女装子も色々なんだね。僕の知り合いは、常時女装ばっかだったから」

男女兼用(ユニセックス)を好む女装子も居るぞ。先程会った別の入寮者は、そのような者だった」

「その子は斬られなかったの?」


 ジェットの問いかけに、ブレッシアはバツが悪そうに言い訳する。


男子(だんし)娚子(なんし)かは、装いではなく雰囲気で分かるのだ」


 どうやら彼女には、ジェットと同様の雰囲気の読み取り能力があるらしい。


(そういえば、女装に興味を示した魔 人(ターコイズ)はどうなんだろう)


 ジェットの見立てでは完全に中性で、取り立てて女性寄りではなかった筈。

 いや、女装した後は、雰囲気(オーラ)が変わるのだろうか。


「ブレッシア、マイカ。実は『魔神』について、すごい秘密を握ってる人が、今僕の部屋にいるんだ」


 マイカは首をかしげる。


「あなたの同室の、パール伯のお嬢様のこと?」


 ジェットは首を横に振った。


「ううん、別人だよ。ついさっき、出会ったんだ」


 ブレッシアがギロリと睨む。


「その者、男子ではないだろうな?」


 ジェットは少し考え込む。


肉体(セックス)男性(メイル)だよ。でも、いまパールに服を選んでもらってる」

「? どういうことだ?」

「出会った時は全裸だったんだよ」

「変態かっ!」


 天使の如き美少年を露出狂と断じるブレッシアに、ジェットはなんとも言えない顔をする。


「違うよ。まぁ、事情は会ってから話すよ」


 そろそろ時間も頃合いだろう、とジェットは二人を連れて部屋の前まで戻った。


   §


 ノック。


「ジェットなの? もういいわよ」

「さっき、別の寮生二人と知り合ったんだけど、一緒に入れていい?」


 しばらく沈黙。


「秘密を話して大丈夫そう、ですの?」

「うん。二人とも『機甲巨人科』志望だし、驚くことに、あの『和国』の血筋だって」


 ふたたび、沈黙。


「わかった。ジェットがいいと思ったのならいいわ。お入りなさい」


 扉を開くと、そこには『絶世の』と形容して遜色ない美少女が立っていた。

 パールの選んだシックなドレスは、不思議なことに全裸の時より遥かに彼女(ゝゝ)魅力的(セクシー)に演出していた。


「紹介するね。彼はターコイズ。失われた『魔人(ワイト)』であり、全ての『魔神』を滅ぼした『絶凶邪神ダイマオー』の操縦者(パイロット)だよ」


 一瞬の後。


「な、なんだとっ!」

「『魔人(ワイト)』ですってっ!」

「し、しかもあの伝説の邪神『ダイマオー』の……」

「でも、ブレッシア、この方の霊波(オーラ)、明らかにヒトとは異なりますわ」

「確かに。これは人間でも妖精でも鬼でも無い……強いて言えば……」

「「天 使(セレスチャル)」」


 その瞬間、ターコイズの背後から、光の翼が広がった。

 羽ばたいてはいたが実体は無いらしく、衣装の背をすり抜けている。


「さすがパール、ターコイズが翼を広げた後も似合う衣装選んだんだね」


 奥にいたパールの傍に移動していたジェットは、小声で言った。

 パールはニンマリと笑った。


「あたくしの仕事に手落ちはなくって、よ。きっちりと女神然とした美少女に仕立てながら、中性的な不安定さをあえてわずかに残して、神秘性を演出してるつもりよ」

「うん。すっぽんぽんで現れた時より、天使然としてる」


 そこでパールはふと眉を顰める。


「それにしてもあの二人、信用はできそうですけど得体がしれませんわ。天使とか、実際に会ったこと、あるのかしら?」

「ん? 僕はあるけど?」


 さらっと独白したジェットに、パールは目を剥く。


「なんですってっ!」

「ある、というか、ダンにーちゃんとトコには一月に一遍くらいのペースで大 天 使(アークエンジェル)のローラねーちゃんが来てたよ」

「だ、だいてんし?」


 事もなげに言うジェットに、パールは絶句する。

 下級天使(エンジェル)ですら、お目にかからずに一生を終える人が多い中、半ば伝説となっている大天使と「よく会った」など、冗談でも言えることではない。


「ほんっと、何なんですの、そのオブシダンさんとやらはっ!」

「う~ん。そういえば、ちっこいエルフのお師匠様が、なんか有名人だって話、聞いたことある」

「どなたですの?」

「ダンにーちゃんは『アメ(ねえ)』って呼んでたけど、確か本名は『アメシスト』」


 パールの顔から、ざっ、と血の気が引く。


「ま、ま、まさか伝説の、あ、あ、あーく……」

「〈大魔導(アークメイジ)〉アメシスト、だよ。ちんちくりんの容姿だけど、確かに魔法は凄まじいよ。一度攻撃呪文を見せてもらったけど、【炎球爆裂(ファイア・ボール)】の呪文一発で地形が変わったし」

「……オブシダンさんは、〈大魔導〉の……」

「弟子だよ」


 ぐらり、とパールの体がゆらいだ。


「あぶないっ」


 慌てて支えるジェットに、パールは弱々しく微笑んだ。


「ふ、ふふふ。考えてみれば、あのお姉さまが入れ込んだお人。只者だと考えたあたくしが愚かでしたわ」

「いや、ダンにーちゃんは只のタラシだよ?」

「言わないで。只の娚誑し(アス・マン)に敵わないなんて、それこそ屈辱ですわっ!」

「そんなことないっ!」


 強く言い切るジェットに、パールは目を丸くする。


「僕らは『魔神』を復元するんだっ! ダンにーちゃんどころか〈大魔導〉のお師匠様さえ叶わなかった偉業を成し遂げれば、パールは絶対負けないっ!」


 ジェットの真剣な眼差しを見て、パールは(ようや)く表情を和らげた。


「そう、だったわね。あたくしたちには『魔神』を蘇らせる目標があったわね」

「……よく考えたら、最後の一台、さっき斬っちゃったけど」

「そうね」


 くくく、ふふふ、あははは、と笑いだした二人は、ふと、三つの視線がこちらを見ているのにきづいた。


「あはっ、パールお嬢様とジェット、そんな関係なのね♪」

「らぶらぶ」

「ふ、ふ、ふしだらなっ!」


 恋愛に食いついて生き生きとしているマイカ、わかっているのかわかっていないのか小首をかしげるターコイズ。

 そして一人、なぜか真っ赤になって睨んでいるブレッシア。

 パールは無言でいきなり立ち上がると、バランスを崩したジェットの後頭部を大股で踏みつけた。

 その顔は真っ赤を通り越して赤黒くなっていた。

 なお、やはり大股開きで下着(ショーツ)が大胆に露出されたが、見ていたのは全て男の娘なので、誰の得にもならなかった。


男の娘、増量。

それにしても、第二回にして、パールの誰得パンチラで終わるパターンが定着しつつあるのはいかがなものだろうか。

というわけで、のんびり更新いたします。

十八歳以上の方は、『妖術師編』も宜しく(時間軸は大体同じです)


2019/05/19 一部修正

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