1.風よ、光よ
ごぅ、と音を立てて強い風が吹くとともに、前後左右の緑の壁が大きく揺れる。
ほんの少しだけ怯みながらも、気を取り直して再び緑の海の中を走り出す。
身の丈の二倍ほどの草の海を、鈍色の籠手でかき分けながら、大きな石の転がる地面を蹴るように走る。
全 面 兜の隙間から見える視界は、緑 一 色。
僅かばかり走る速度を上げてタイミングを測り、思いっきり大地を蹴って大空に舞い上がる。
自身の身長の二十倍ほどの大跳躍。
足元から地平線に広がる緑の草原、そして真っ青な空。
放物線の頂点で、瞬間だけ解放される重力に身を委ねる。
青と緑の世界。
――― ふと、『白』が目の端をかすめる ―――
草原に一本だけ通った小径。
白い日傘が見える。
日傘の下で、白い大きな帽子を被った人物が顔を上げた。
瞬間、小さな鉄の身体に無い筈の心臓がはねた。
目と目が合う。
端正な顔に、意志の強そうな鋭い目。
視線で灼き尽くすかのように、熱く激しく真剣に、宙に舞うこの小さな身体を見ている。
気づいた時には無慈悲な重力の軛に囚われ、砂利を敷いた地面が迫っていた。
放物線の先は、ちょうど人物の足元。
着陸体勢を取るには遅すぎる。
全身がバラバラになるような衝撃とともに、意識が白く染まる。
(! ! !)
気づいた時には、腹ばいになって倒れていた。
覚えているのは激突する瞬間、地面を抱擁するかのように大の字になってぶち当たったこと。
母なる大地の激しい拒絶に合い、その衝撃で意識を失った。
頭を振りながら、その小さな体を起こす。
体をあちこち見た限り、背中も横も万遍なく凹んでいることから、激突した後に何度も跳ねたり転がったりしたようだ。
生身であれば死んでいたかもしれないが、この『仮の身体』なら、少々壊れる程度で済む。
事実、右膝の具合が悪く、うまく立てない。
――― ふわりと周囲に影が落ちた ―――
見上げると、目の前に巨大な『足』があった。
(なんだ?)
足はサンダル履きで、その上には素足の踝が乗っている。
そのまま見上げると、脛、膝、そして太腿が目に入る。
産毛しか生えていない、白く綺麗な足。
上の方にいくほど、影が濃くなってくるが、その両足の繋がるところを覆う白い布は、はっきりと見えた。
(えっと・・・)
衝撃で、頭がしっかりしない。
上を見たまま、鉄の腕を組んで考える。
(ああ、ぱん・・・)
足がふりあげられ、垂直になった太腿の裏側が視界いっぱいに広がるとともに、布に包まれた付け根の形状もはっきりと目に映る。
次の瞬間、巨大なサンダルの裏側が、鉄製の小さな身体を踏み潰した。
意識が黒く染まり、急激に躯体から離れていくのを感じた。
§
少し風が強い、爽やかな快晴日の草原。
草原の中に、ぽつんと一本だけ大きな木。
木の根元で、ゴーグル付き帽子にツナギを着た少年が、白いワンピースの少女の足元で、地べたに正座していた。
木陰に入ったせいか、少女は日傘を閉じ、帽子を取っている。
帽子の下にあったのは、見事な逆円錐式のツインの縦ロールの金髪。
人形のように綺麗な顔に似合わない、切れ長の鋭い目。
先程よりさらに険しい、まるで視線で射殺すように、足元の少年を睨んでいる。
少女の手には、あちこち凹んだ甲冑姿の人形。
糸の切れた操り人形のように、手足を投げ出して死体のようにだらんとしている。
「さて、この人形の目を通してあたくしの下着を下から覗いた言い訳は?」
少女は、ドスの利いた低い声で、少年に宣告する。
「ありません」
少年は、項垂れて地面を見たまま答えた。
最初見えたのは偶然だが、しばらくガン見してたのは好奇心からであり、言い訳の余地は無い。
たとえ頭がぼーっとしていて、邪な欲求からのものではないとしても、だ。
「レディーの恥ずかしいところを凝視して、罪悪感は?」
「好奇心が勝ちました。ごめんなさい」
土下座で頭を地にすりつけ、素直に自分の罪を認める少年に、ようやく少女は表情を緩めた。
「まぁ、いいですわ。今回は態とではないようですし、許して差し上げますわ」
「ありがとう」
顔を上げて屈託無くにぱっ、と笑う少年。
年は少女と同じく十二前後と思われるが、その表情は幼くあどけない。
少女は少しだけ顔を赤くして視線を外した。
目つきが緩むと、年相応の可愛らしさが顔を覗かせる。
「正座はもういいですわ。ところで人形に憑依するなんて、めずらしいコトをしてますわね」
少女は手元の甲冑人形を見た。
それは、先程まで少年の精神が入っていた器。
全身可動式だが、動力などは一切無い。
少年が生霊となって、人形に取り憑いて動かしていたのだ。
少年の肉体は百メートルほど離れた木の下で寝ていたのだが、少女は動かなくなった甲冑人形を拾うと、脇目も振らずに少年の肉体へと駆け出した。
まるで、霊体と肉体を繋ぐ銀の魂の緒が見えているかのように。
少年が目を覚ました瞬間、ビンタ一発。
左頬には、そのとき浮かんだ見事な紅葉がくっきりと。
しかし、少年は気にする風もなく、しびれかけていた足を伸ばしながら、嬉しそうに話し出す。
「うん、『魔神』を操縦する練習なんだ」
「『魔神』?」
少女は怪訝な顔をする。
「うん。『魔導巨神』、略して『魔神』」
少女は、ギロリと少年を睨んだ。
「莫迦にしないでくださる? 『魔神』くらい知ってますわ。あたくしの聞きたいのは、失われた古代遺産である『魔神』の操縦の練習を、なぜするのか、ですわ」
「それは勿論、僕が『魔神』を復活させるからだよっ!」
その子どもっぽい宣言に、少女は思わず目を見開き、続けて噴き出す。
「ふふふ、あなたが『魔神』を? どうやって、とお聞きしていいかしら?」
「今の技術でも『魔神』と同じくらいの大きさの躯体を動かすことはできる。でも「動かす」だけで、あとは操縦士の熟練度に任せるだけになってる。僕はその躯体に『人 工 の 精 霊』を乗せて、動かしながら学習/成長させる。そうすれば、伝説の『魔神』の力を復活させることだって可能だっ!」
単なる夢物語ではなく、予想以上に具体的な計画を示されて、少女の表情が、からかうようなものから、真面目な好奇心に変わる。
「『人工精霊』は、人格をもたせることで成長させますわ。高性能ですけど、秘術の術式のように自由に設定できるかしら?」
「『魔神』そのものを大きな『精霊』と見做して、対話していけば、可能だと思う」
まるで『魔神』を「大きな友達」のように語る少年に、少女は再び微笑む。
難しいかもしれないが、無謀ではない。
「それでは・・・競争ですわね」
少女は甲冑人形を足下に置き、目を閉じると、人形を糸で操るかのように、手をかざす。
すると、甲冑人形は立ち上がり、一礼すると、その場でバック宙をした。
少年が目を見開き、満面に笑みを浮かべる。
「うわっ! すごい。キミ、〈傀儡師〉だったんだねっ!」
少女は目を開いて、挑発的に少年を見る。
少年の本体を見抜いた眼力といい、この少女が只者でないことは判っていたが、それでもその見事な操作術に、少年は興奮する。
「あたくしはパール。この近くの学院に明日入学しますの。目的はあなたと同じ『魔神』の復活。ただしあたくしは、外から操ることで認識できる行動パターンを増やすことで、完成を目指すつもりですわ」
少女の魔神創造の方法論にも興味を抱いたが、それ以上に気になる一言があった。
「学院って、もしかして、秘 術 専 門 学 院?」
パールはドヤ顔で頷く。
「ご存じですのね。当然ですわね。秘術学府の最高峰ですし、『機 甲 巨 人』の唯一の研究開発機関ですもの。当然あたくし、〈秘術師〉でもありますのよ」
「僕も明日、そこに入学するんだ」
少年の嬉しそうな声に、パールは改めて少年を頭のてっぺんからつま先まで見て、納得したように頷く。
「やっぱりそうでしたの。人形に憑依して動かすなんて、簡単にできることではありませんものね」
無機物に憑依して自在に走り回るなど、並大抵の技量ではない。
パールはパールで、少年は只者では無い、と気づいていた。
彼ならば、自分と同期になるのも頷けるというものだ。
「僕はジェット。学院に入学するために、昨日王都から出てきたんだっ!」
「あら、王都の出身でしたの」
「うん。だから入学したら寮に入るんだ」
「奇遇ですわね。あたくしも王都出身で、学生寮に入寮しますわ」
「そっか、じゃ、同じ寮だね!」
無邪気に答えるジェットに、パールは少しだけ顔を顰める。
「あなた、殿方ですわよね」
「キミも男の娘だよね。アレ、付いてたし……」
真っ赤になってわなわなと震えるパールに、ジェットは失言に気づく。
「あ、えっと、ごめ……」
「あなたの頭に、デリカシーって言葉、あるのかしら?」
「もしかして、女子寮に入るつもりだった?」
「そうじゃなくってっ!」
「ああ、『ぱんつ』の前がふくらんでたこと? ごめんね、見えちゃった」
パールの左手が一閃。
ジェットの右頬にも紅葉が。
「レディを辱めてはならないと、体で覚えなさいっ!」
「ごめんなさい」
しゅん、となって素直に謝るジェット。
勢いで手が出たものの、少年があまりに素直なため、少女は拍子抜けして怒りがすぐに霧散する。
そして、違和感を覚える。
「相変わらず素直でよろしいコト、ですけど……その、あたくしのような子に、抵抗はありませんの?」
男の娘、即ち女装少年は、それほど稀少ではないものの、珍しいといえば珍しい。
明らかな少数派のため、パールは今まで何度もイヤな目に会ってきた。
ただ、持ち前の気丈さと女装に対する信念ゆえに、全てを力尽くで跳ね除けてきただけだ。
同じ趣味だったり、理性で押さえつけて寛容になるならともかく、ジェットのように、ごく自然に受け入れる人には、あまり会ったことがない。
「う~ん、僕のかあさんが女装子だったし」
パールが軽く混乱して、目が寄る。
「女装の……お父様?」
「ううん、かあさん。あ、僕は孤児院出身なんだ。だから生みの親じゃなくって、育ての親」
「そう……だったんですの。ごめんなさい」
しゅん、とうなだれるパールに、首を傾げるジェット?
「なんで?」
「あの、孤児とか、その……」
ジェットは、にっぱと笑う。
「べ~つにぃ。覚えてないけど僕の両親は、街を守って混沌と戦って死んだ冒険者だったんだって。寧ろ誇らしいよ」
「そうなんですの」
「うん、ホーム育ちで特に苦労した覚え無いしね。で、かあさんは女装子修道院長だったんだ。だから慣れてる」
何が可笑しいのかケラケラ笑いながら話を続けるジェットに、パールは再び拍子抜けである。
「かあさんに最初会う人はみんなびっくりするよ。確かもう百歳近い筈なのに、三十代ぐらいにしか見えないから。しかも魔術的な若 返 り無しに」
「吸血鬼?」
薄ら寒さに、自らの身体を抱くパール。
ジェットはふるふると首を横に振る。
「多分違うと思うけど」
「多分、なんですの?」
そこは有耶無耶にして欲しくない乙女心。
というか、人間ならば当然気になる。
「僕はアンデッドに詳しいわけじゃないけど、ダンにーちゃんが言うから恐らく間違いないよ。魔 術じゃないけど魔法的な力で老化しないだけらしいけどね」
「ダン……さん?」
新しい名前がいきなり出て、とまどうパール。
「ホームの兄貴で、〈賢者〉だよ。今はこの西の辺境と、王都を挟んで反対側の東の辺境で冒険者をしてるよ。もっとも本人は〈妖術師〉って名乗ってるけど」
パールは再び顔を顰めた。
「なぜ態々、嫌われる技能を名乗るんですの?」
「僕にもわかんない。単なる趣味じゃないかな。他にも〈秘術師〉と〈陰陽師〉の資格を持ってるのにね」
「悪趣味ですわね」
〈賢者〉の派生技能である〈秘術師〉なら、どちらかといえば人も羨む技能だ。
事実、パールもその技能に誇りを抱いている。
それをそっちのけにして、単なる〈神官〉の派生技能であるばかりか、人から白い目で見られる技能を名乗るなど、尋常ではない。
「そーだねー。僕に秘術の基礎を叩き込んでくれた、いいにーちゃんなんだけど、悪趣味は悪趣味だよね。かあさんとも寝たって言うし」
ぶっ、っと息を噴き出すパール。
この「寝た」が、単に同じ寝床で寝ただけのわけはない。
「お、お母様は男の娘、ですわよね?」
「うん」
「も、もしかしてダンさんが男装子?」
「ダンにーちゃんは歴とした男だよ。美人だったら見境無いみたい」
パールの顔が、さらに険しくなるが、ジェットは構わず続ける。
「師匠のエルフともよろしくヤッてたみたいだし、今は東の辺境で、妖精や女装子の愛人、いっぱい居るって言ってたし」
『妖精』は、両性具有生物だが、外見は中性的な美しい少年に見える。
女装させれば美少女にしか見えないが、股間に男性器がついている。
なお女性器の入り口は鳥類のように肛門と共用で、途中で枝分かれしている。
簡単に言えば『妊娠する女装少年種族』。
なお、余談だが『卵生』である。
「娚誑し?」
『アス・マン』は女装子、妖精専門の誑しの隠語だが、ジェットもご存じらしく、うんうんと頷く。
「否定できないなぁ。あ、そうそう、最近、君と同じ〈傀儡師〉の女装子の愛人も増えたって言ってたよ。たしかオパールさんとか……」
「な……んですって?」
パールの眦がつり上がる。
気付かずジェットは続ける。
「うん、人形師のオパールさん。トルマリンとかいう格好いい精霊人形を連れてるとか……」
「お姉様……」
ぷるぷる、と震えながら拳を握りしめるパールの様子に、ジェットはようやく気づく。
「え? もしかして、知り合い?」
「従兄姉よっ! ひ、東の辺境で人形師と冒険者をやってる。あ、あたくしの憧れのお姉様が、娚誑しの魔の手に……」
「うぁちゃ……」
広いといっても東の辺境で、高名な人形師で同名といえば、恐らく別人でありえない。
「節操の無い兄貴に代わって……ごめんなさい」
さすがに重い空気を感じたのか、ジェットも申し訳なさそうな顔をした。
するとパールは、ハイライトの消えた目でじっとジェットを見た。
「……決めましたわ。ジェット、あなた、あたくしの下僕になりなさい」
「え?」
いきなりぶっ飛んだセリフを聞いて、少年の頭の中は真っ白になる。
パールは表情を消したまま、死神の如く初対面の少年に託宣する。
「あなたは今日から、あたくしの下僕よ。大切な弟を取られれば、その碌でなしの〈妖術師〉も、お姉様を諦めるに違いないわ」
ジェットは首を傾げる。
「どうかなぁ? ダンにーちゃんは確かにロクデナシだけど、大体相手の方から言い寄ってくる場合が多いんだよね」
「ホントに碌でなしですのね」
女装子の敵である。
「うん。僕にはいい兄貴だけど、娚子癖の悪さは最低最悪だし」
「……あなたも言いますわね」
調子に乗ったジェットは、滔々と語る。
「事実は事実として認めなきゃ。不稔の大地に無駄撃ちするだけなんて種馬以下だし」
「あなた、今、お姉様を侮辱しました?」
「あ……」
口をふさいで蒼くなるジェット。
そうだった……異性装者に生殖の話は御法度だった。
「ご……ごめ……」
「ふふふ、何を怯えてますの?」
妖艶な微笑みを浮かべ、ジェットに躙寄るパール。
怒りが振り切れて、ナニか別のモノを呼び覚ましてしまったようだ。
「大丈夫よ、あなたも男の娘でなければ反応できないように、躾けてさしあげますわ」
ジェットはここで初めて、心身の危険を実感して、悲鳴を上げる。
「や、やめてよ。キミみたいに可愛い娘に責められたら、本気で奴隷堕ちしちゃうよっ!」
真っ赤になって首をふるジェットの不意の言葉に、表情を失っていたパールの顔が一瞬で沸騰する。
「か、かわ……」
しかし、本気で狼狽えて余裕の無いジェットには、パールの異変に気づけない。
「ツイてるのに、そんなに可愛いとかヒキョーだよっ! その上、僕を上から目線で躾けるとか、た、た、勃っちゃうよっ!」
ありえないほどの純度の天然なジェットの叫びは、パールの心臓をぐさぐさと直撃する。
双方、心臓が破裂しそうな勢いで搏動し、顔が赤を通り越してどす黒く変色しかけている。
このままでは、手をつないで三途の川を渡りそうな勢いだったが、先に踏みとどまって正気に復活したのはパールだった。
予想以上に取り乱したジェットの無意識の告白に悶絶しかけたが、今の自分の立場を理解するや否や、急速に落ち着きを取り戻した。
(ふ、ふふふ、かわいいわ。この子・・・)
まだ少し紅潮したままのパールは、反撃に出ることにした。
どんっ、っと壁ドンならぬ樹ドンでジェットを追い詰めるパール。
「そうなの。あなた、その年齢で男の娘に屈服するのが好きな被虐嗜好者なのね。もしかして、その美しいお義母様に、調教されたのかしら」
「ううう」
涙目になってふるふると震えながら首をふるジェット。
ぞくぞくっ、とパールの背筋に快感が走る。
まだ出会って間もないのに、全てを委ねてしまうような、捨てられた仔犬のような目。
自分の言葉は、まちがいなくこの少年を支配できる。
そんな確信。
パールはジェットの耳元に口を寄せ、熱い吐息を柔らかく吹きかけながら囁く。
「寮は二人部屋ですって。一緒のお部屋になるといいわね。毎日、あなたの心が壊れるくらい、苛めてあげるわ」
「あ、あああ・・・」
実はパールは、今度新設された『女装子寮』に入ることになっていることを知っていたが、今はジェットを追い詰める快感だけで頭が一杯だった。
「あなたも嬉しいのよね。ほら、あなたの息子さん、こんなにお元気だもの」
涙目のジェットの股間に、そっと手を這わすパール。
少年のソレは、震えている本体を裏切り、ぎりぎりまで張り切っている。
「安心して。痛いことばかりじゃないわ。主人に従う賢い下僕には、ちゃんとご褒美をあげる」
ふぅっ、っと熱い吐息を耳に掛けられて、ジェットの顔はどんどんと紅潮していく。
そしてパールの顔も、先ほどとは別の興奮で、赤みを取り戻している。
「もしかしたら、あなたのお兄様も、オパールお姉様に屈服したのかもしれないわね」
「・・・かも。ダンにーちゃん、女装子や妖精に弄られるの、気持ちいいって言ってたし」
「あらあら、あちらも真性なのね。あなたは?」
ジェットは、赤い顔ながら、こくっと頷く。
「僕も……なんだか、ふわふわした気分。キミに強引な言葉を掛けられる度に、身体が熱くなる」
「素敵ね。素直で、可愛くて、従順で……」
パールはそっとジェットの頭を抱いて、額にキスする。
ジェットは、電気に触れたかのように、びくんっ、と身体を硬直させた。
「これであなたはあたくしのもの」
「ぼ、僕、キミのモノになっちゃったんだ」
妙な勢いのまま、歪んだ関係に突っ走る二人の上に、木陰より暗い影が落ちる。
「「え?」」
見上げると、五メートルほどの木の、倍ほどもある巨大なモノが、いつの間にか二人を見下ろしていた。
§
巨大な影は、吐き気を催すほど醜悪な人間のカリカチュア。
薄ら笑いのような狂った表情を浮かべながら手を振り上げる。
先に正気に返ったのはジェットだった。
「コールっ!」
『只今、ご主人様』
叫んで伸ばした手のひらの先に、羽を広げた一羽のカラスが忽然と現れる。
『穢らわしき混沌の木偶如きに、ご主人様とそのご主人様を触らせはしませんぞ』
嘴の狭間から吐き出されるのは、力を帯びた言葉。
『【理力障壁】』
呪唱と同時に、見えざる力場の壁が混沌の巨人の振り上げた拳を遮る。
音も無く展開した力場の壁をたたいた勢いに、へしゃげた拳が重々しい轟音を響かせる。
その勢いのまま地面に達していたなら、二人の立っていた場所には、クレーターだけが残っただろう。
「ちょっ・・・!」
しかしジェットは既に、パールを横 抱 きにして抱えあげ、地面を蹴っていた。
「【空中浮遊】」
その勢いのまま重力をコントロールする呪文を唱えると、混沌の巨人の背すら超える高さまで飛び上がる。
あとは放物線を描いてゆっくりと落下し、ふわりと着地。
衝撃は、地面を蹴った僅かな力と全く変わらない。
パールを地面に立たせると、ジェットは障壁を支えているカラスに声をかける。
「コール、撤収だ」
『はい、ご主人様』
カラスは嘴を大きく開き、離脱のための一手を放つ。
『【烈風招来】』
ごぅ、と突風の渦が巨人を襲い、その巨体を大空に吹き飛ばす。
カラスは障壁を解除し、主人の元へやってきた。
まるでスローモーションのようにゆっくり落下して見えるほど遠方に飛ばされた巨体から、落下の瞬間より数瞬の後、大地を揺さぶる波…地震波が伝わってくる。
「あれが、西の辺境の名物『巨大混沌』かぁ」
ジェットは額の汗をぬぐいながら、呟く。
「ええ、だからこそこの地に『機 甲 巨 人』の最大の基地があるんですわ」
現在の人類が保持する巨大人形機動兵器『機甲巨人』。
その力は古の『魔導巨神』には及ばないものの、現在の魔法秘術の粋を集めて造られた強力な兵器である。
二人が入学する秘術専門学院に、『機甲巨人科』という学科があるのも、当然その研究成果を素早く実戦投入するためである。
「それにしても……」
パールはジェットの肩で羽繕いしているカラスを見た。
「あなたの魔法力、とんでもないわね。ジェットの使い魔、かしら?」
『お褒め預かり光栄でございますお嬢様。私めはジェット様のしもべでコールと申します。我が主人のご主人様であらせられますパール様に於きましては、主人ともども心よりお仕えする所存でありますので、どうぞよろしくお願いします』
羽を胸にあて、一礼するカラス。
どうやら彼の中では、ジェットの従属は既に決まったものになっているらしい。
パールは気分を良くして嗜虐的に微笑む。
「ふぅん、主人ともども可愛がってあげますわ」
『ありがたき幸せ』
「でも、そうね。守られてばかりじゃなくて、少しあたくしの実力を見せてさしあげますわ」
遠くに、ようやく立ち上がった混沌の巨人を見据えて、パールが両手を突き出す。
「【護神召喚】」
パールの足元を端に、巨大な光の魔法円が地面に描かれ、中心より風が渦を巻いて噴き出す。
スカートが盛大にはためき、あらわになった下着を一瞬視界に入れながらも、ジェットは中心からゆっくりと頭から現れた巨大な姿に目を奪われた。
甲冑人形に近い形だが、もっと装飾は少なくシンプル。
混沌の巨人の半分ほどの大きさだが、それでも金属の塊の重量感は凄まじい。
同時に、パールの手元に機械装置らしきものが現れる。
「征け『鋼鉄巨神』」
レバーを動かすと、鉄の鎧に身を固めた鋼鉄の巨神『鉄神』は、その超重量級の身体を大出力で無理矢理加速させ、信じられない速度で混沌の巨人に向かって駆け出す。
そのまま、体当たり。
混沌の巨人の巨体が再び宙を舞い、再び大地を揺らす。
「すごい・・・」
ジェットは『鉄神』の雄姿に魅入られたように、凝視する。
おそらくその運動性は、伝説の『魔神』に比類しうるだろう。
「この『鉄神』は、まだ未完成。あたくしは『鉄神』の可能性を追求することで、『魔神』再現を目指してるんですの」
「そっか。外からの操作の可能性は、僕は考えてなかったなぁ」
ジェットは現在の『機甲巨人』操縦の延長で、『魔神』を考えていたが、確かにこれはこれでアリだ。
視点が本体に固定されれば、接近戦での細かい動きはフォローできるが、視点を外に移せば、より空間を有効に使った動きが制御可能となる。
『鉄神』の存在は、明らかに『魔神』復活に近づく有効な手段だ。
ふと見ると、『鉄神』の勢いがわずかに衰えている。
それに乗じて、混沌の巨人が盛り返しつつある。
「やはり、魔力量不足ですわね。『鉄神』が抑えているうちに、辺境騎士団に通報して、強力な結界がある城下町まで退避しましょう」
『通報は既に行っておりますゆえ、お嬢様、主人とともに疾く退かれなさいませ』
コールの言葉に、ジェットは頷く。
「わかった。パール、もう一撃食らわすから、コールが合図したら『鉄神』を下げて」
「なにか策がありますのね」
「うん」
ジェットは目を閉じると、手のひらを地面に向けた。
「深淵より我が手に来たれ『獣丸』」
足下に直径一メートルほどの漆黒の魔法円が展開し、その中心から一振りの黒塗りの鞘の刀が現れる。
「剣?」
『「打刀」と呼ばれる、オブシダン様が前世に住まう国に存在した刀でございます』
「オブシダン?」
『ジェット様の言う「ダンにーちゃん」です。曰く「カタナは〈剣士〉の魂」だとか』
「またその人・・・魔剣の類いかしら?」
『「妖刀」だそうで』
パールは、『妖刀』の発するどす黒い霊力に身震いしながら、ぎゅっ、と『鉄神』の操縦機を握りしめる。
「ヨウトウ……禍々しい響きね。ジェットに悪いけど、オブシダンて人、あたくしは好きになれませんわ」
ジェットは目を開いて呪われた妖刀の柄を握り、地面に水平に構えて再び目を閉じる。
「闇よ、嵐よ、『忍法獣変化』」
ぞわり、とパールの背筋に冷たいものが走る。
穏やかな少年の顔が、悍ましき野獣の貌へと豹変する。
「な、なぁに?」
『主人の魂に秘められた獣鬼の魂が、今解放されました』
ジェットの目が、かっ、と見開く。
『今です! 「鉄神」の送還をっ!』
「! 【護神送還】っ!」
パールが叫ぶと同時に、ジェットが刀を抜き放つ。
「秘剣、雷音緋光斬りっ!」
空を切った剣筋が、そのまま巨大な緋色の光の刃となって巨人に迫る。
『鉄神』が消失した次の瞬間、緋光刃が巨人の胴を音もなく両断する。
一瞬の静寂。
チンっ、と音を立てて刀が鞘に収まる。
と、巨人の上半身が地に堕ち、轟音と地響きが遅れて届く。
「くそっ、混沌核は外したかっ!」
胴が泣き別れになりながらも、既に巨人の再生は始まっていた。
巨大混沌は、通常の混沌の魔物と異なり、混沌核を破壊しない限り無限に再生する。
改めて巨大混沌の恐ろしさを感じながらも、パールは、元の表情に戻ったジェットの横顔見て、小さく安堵する。
(やっぱり、その優しい表情のほうが魅力的ですわ)
妖刀の威力は凄まじいが、パールにとっては既に「普段のジェット」のほうが大切となっていた。
『【異次元扉】を開きました。お急ぎ下さい』
コールの言葉に、ジェットとパールは身を翻し、亜空間を通って城下町に繋がる扉をくぐろうとした。
その頭上に、大きな影が移動する。
「あれはっ!」
パールが叫ぶと同時に、二人は振り向いた。
視線の先には、再生半ばの巨人に向かって、天空から舞い降りる巨大な影。
背中に背負った大剣を抜き、巨人を天空から唐竹割りに切り裂く。
「あれは……現代人の『魔神』……『機 甲 巨 人』っ!」
ぞくぞく、と鳥肌の立つような興奮をジェットは感じた。
混沌の巨人に匹敵するような重金属の巨体で空中からの降下攻撃を行いながら、着地に地響き一つ立っていない。
「操縦士は黒 魔 法の使い手のようね。【空中飛行】と【空中浮遊】かしら」
「本来の質量を剣に載せて攻撃した上で、絶妙のタイミングで重 力 制 御を行ってる。操縦士も凄腕の〈剣士〉に違いない」
「確かに見事ね。混沌核も正確に真っ二つに砕いたみたい」
再び縦に両断された混沌の巨人は、その巨体がぼろぼろと崩壊して消えてゆく。
『探知終了。混沌反応消滅。【異次元扉】を閉じます』
「ありがとうコール。せっかくだから操縦者に、挨拶してくるよ」
コールを肩に乗せたジェットは、既に機甲巨人に向かって歩きだしているパールを追った。
§
機甲巨人の胸部の操縦席から降りてきたのは、軍服に身を包んだ女性だった。
ウルフカットの赤毛の野性的な美女。
気の強そうなその瞳が、少年少女を見下ろしていた。
背は、ジェットやパールより頭一つ分高い。
「さて、坊っちゃん、嬢ちゃん。ご注文の巨人退治はこれで良かったかな?」
おどけた口調を無視して、ジェットが叫ぶ。
「最高にカッコよかったですっ! ありがとうございましたぁっ!」
思いの外、元気なジェットの勢いに押された女性操縦士は、助けを求めるようにパールを見た。
しかしそちらでも、ジェットに劣らぬ憧憬の眼差しで迎えられる。
「ええ。噂の超 兵 器、『機 甲 巨 人』の圧倒的な力、拝見させていただきました」
「あ、うん」
追撃を受けて、少し照れながら頬を掻く女性操縦士。
最初の勢いは、二人の津波のような称賛に完全に飲まれていた。
「あたくしの記憶では、飛行能力は無かった筈ですが、ご自身の魔法ですか?」
「ア、アタシは〈剣士〉だからな。黒魔法も使えるんだ」
その答えに、ジェットとパールは顔を見合わせてうなずく。
「やっぱり。そうじゃないかって、僕たちで話してたんです。僕はジェットって言います」
「あたくしはパール。改めて、助けて頂いてありがとうございました」
ぺこりと二人が頭を下げる。
「仕事だからな。アタシはカーネリアン。今は辺境軍の機甲師団で兵士をしてる」
「僕らは明日、秘 術 専 門 学 院に入学するんです」
「お、学院の学生さんになるのか。やっぱ機甲巨人科志望か?」
「そのつもりです。僕らは、伝説の『魔導巨神』を復活させたいんです」
カーネリアンはニヤリと笑って、ジェットの頭をポンッと手のひらで軽く叩いた。
「いいねぇ。夢はでっかく『魔神』復活か。この巨鎧……『機 甲 巨 人』も悪くないが、やっぱ「大地を蹂躙した」と語られる圧倒的な力を持った『魔神』はいいよな。アタシも乗ってみたい。是非、頑張って復活させてくれっ!」
「はいっ! ところで、『機甲巨人』を操縦するってどんな感じですか?」
「そうだな……」
カーネリアンは、たった今、巨大混沌を葬った機甲巨人を見上げた。
「アタシは巨鎧に乗り初めて一ヶ月くらいだが、ようやく自分の思い通りに動くようになった、くらいかな。最初は禄に歩かせることもできずにコケてたからなぁ」
「「一ヶ月っ!」」
パールとジェットの声がハモる。
「機 甲 師 団に所属して、そんなに日が浅いんですの?」
「てか、実はアタシは、正規兵じゃないんだな、コレが」
「「え?」」
ポリポリと頬を掻くカーネリアン。
どうやら照れた時のクセのようだ。
「その、東の辺境でちょっとやらかしてな。その罰則で兵役を科せられたんだ。だから本職の兵士と違って給料は蟻の涙だぞ」
言い訳する女操縦士の言葉を聞き流し、パールはジェットに尋ねる。
「『機甲巨人』って、一ヶ月でアレほど自在に動かせるものかしら?」
「僕が【憑依支配】しても、あんなに上手くは動かす自信、無いなぁ」
「これでも元冒険者だ。戦闘経験はそこそこ自信がある。それに、移動系の魔法は得意なんだ」
カーネリアンは、汚名返上とばかりに胸を張る。
その汚名とやらを二人が気づいていたかどうかは別問題だが、パールは大きく頷いた。
「そのようですわね。お姉様の戦闘能力と、黒魔法における魔素の操作能力が、『機甲巨人』の機動力に影響していると見て間違いありませんわ」
『機甲巨人』は魔法によって駆動系に精神を同調させて動かす。
可動部分に補助魔法陣が刻まれ、心臓部に魔力の増幅器が内蔵されているため、理屈では単なる可動式の鋼鉄人形を動かすよりは簡単に動かせる筈だが、結局自身以外の身体を操ることになるため、その出力の加減に慣れるのが難しい。
現にパールやジェットが以前に見た映像では、もっとぎこちない動きしかしていなかった。
『正規な操縦士の方々より「機甲巨人」を達者に扱うとは。よほど才能と適性がおありだったのでしょう』
ジェットの肩の上から、カラスが頷きながら嘴を開くと、カーネリアンはぎょっと目を剥く。
「つ、使い魔か?」
『失礼。ジェット様の使い魔で、コールと申します』
例によって羽を胸にあて、一礼。
『噂に聞く「魔導巨神」も、原理的には「機甲巨人」と同じものだと聞きます。ただし、魔力調整のためのサポートとして、優秀な人 工 知 能が搭載されているのだとか』
「『魔人』ね」
パールが言葉を受け継ぐ。
「魔神伝承に記された操縦士をサポートする人造人間」
「『魔人』自体は、本来『魔神』の乗り手として造られたんだ」
ジェットも黙ってはいられない。
彼の究極目的は、『人工精霊』を『魔人』にまで昇華させることにあると言っても過言ではない。
「ええ。でもある時期から人間の乗り手をサポートするようになったとあるわ」
「『魔人』の中に、創造者たる人間に叛意を示す者が現れたのが原因だと書かれてるけど、このあたりはもっと深い事情があったんじゃないかな」
「そうね。その記述はどの書物も曖昧だわ。『魔神』について最も詳しい『魔神伝』にすら、経緯を詳細に記していない」
「おうおう、学者の卵さんたちの話は難しくて困る」
呆れて頭を振るカーネリアンの目に、ふとジェットの携える刀が目に入る。
「坊主、もしかしてその剣であの巨人を打斬ったのか?」
「混沌核は外しましたけどね」
ジェットは無造作に、刀をカーネリアンに差し出す。
「抜いてみても構いませんが、気をつけてくださいね。結構我が強い刀だから」
カーネリアンはニヤリと笑って刀を受け取る。
「おいおい、アタシを誰だと思ってんだ? 千の魔剣を従える〈魔剣士〉『赤 鷲』カーネリアン様だぜ?」
厨二病っぽい二つ名を名乗り、迷いなく鯉口を切る。
途端、ジェットが抜いた時より激しい瘴気が、刀身より吹き出した。
「ちょ、ちょっと。コレって危険じゃありませんの?」
思わずジェットの肩にすがりつくパール。
カーネリアンの面は、先程のジェット同様……いや、それ以上にケモノじみた凶悪なモノに変貌する。
「う~ん、やっぱ無理か。お姉さん、結構『霊力』と『自我』が高いから、イけると思ったんだけどなぁ。やっぱ相性かなぁ」
ジェットはそう言うと、パチンっ、と指を鳴らして呪文を唱える。
「【魔剣封印】」
――― カ・・・チン ―――
渾身の力で鞘を抜こうとしている野獣カーネリアンを他所に、刀はひとりでに鞘に収まる。
一瞬呆けた後、すぐにカーネリアンが正気に戻った。
「ア、アタシ、支配されてたのかっ?」
「ええ、きっちりと」
パールは素早くジェットから離れ、何食わぬ顔でカーネリアンの醜態を指摘する。
ジェットはカーネリアンから刀を取り戻すと、足元に展開した魔法陣を通して、亜空間に放り込んだ。
「あの刀、うちの兄 貴が『百獣の王』をイメージして、込められるだけの魔力を注ぎ込んで打った結果、『妖刀』になった代物です」
「ああ。抜いた瞬間、津波のような魔力に一瞬で意識を奪われたよ。坊主は……すごいな、アレを使いこなすのか」
「僕だって普通なら、あんなの抑えるだけで精一杯です。一時的、ですけど使いこなすには僕自身が変わる必要があります」
「変わる?」
「アレね。『にんぽうししへんげ』だったかしら」
カーネリアンが感心したようなにジェットの顔を見直す。
「忍法……坊主は〈忍者〉だったのか? アタシはてっきり〈剣士〉……〈魔剣士〉だと思ってたのに」
「〈剣士〉でもありますけど、〈忍者〉でもあります。この剣『獣丸』の制御には、『風』『火』『地』の三つの元素の制御が必要なんです」
「待てよ、坊主は学院の学生なんだから当然〈秘術師〉だよな。ってことは……おいおい全元素覇者かよっ!」
驚愕するカーネリアン。
パールはため息をつきながら問う。
「ジェット、あなた一体、いくつの『技能』を持ってるの?」
問われて指折り数えるジェット。
「えっと、基本の上級技能で〈賢者〉〈剣士〉〈忍者〉〈狩人〉、派生技能で〈秘術師〉〈操獣師〉かな」
『技能』は、王国の資格試験で認定されることにより能力を管理される。
その代わりに王国に技能を保証されるだけでなく、その能力を活かすための場所や道具の購入/使用が許可される。
たとえば〈戦士〉(〈剣士〉などの上級技能を含む)なら、武器の購入が認められる等、である(なお、〈魔剣士〉は『魔剣』を持つ〈剣士〉の『称号』であって『技能』ではない)
『基本四技能』とされる〈戦士〉〈盗賊〉〈僧侶〉〈神官〉は、それぞれ『風』『地』『火』『水』の元素に由来すると言われる。
〈戦士〉と〈僧侶〉の上位技能である〈剣士〉、〈盗賊〉と〈僧侶〉の上位技能である〈忍者〉、〈僧侶〉と〈神官〉の上位技能である〈賢者〉を持つジェットが全元素覇者と呼ばれたのは、ここに由来する。
「アタシは〈剣士〉だけで精一杯だったのに、すげぇな」
「僕は復活させた『魔神』の操縦士になりたいんです。だから、必要と思われる技能は片っ端から取りました」
カーネリアンは眩しそうにジェットを見つつ、傍らのパールに目を移した。
「嬢ちゃんもアタシが来る前、でっかいゴーレムみたいなの出してたな。アレは何だ?」
「鋼鉄製の守護神の一種ですわ。土偶ではありませんが、似たような技術を応用して鋳造されてますの」
「ひょっとして嬢ちゃん、〈傀儡師〉か?」
「ええ。あたくしも『魔神』復活だけでなく、自在に操りたいんですの」
夢に向かって着実に進む若人を前に、『赤鷲』はだんだん肩身が狭くなってきた。
「坊主も嬢ちゃんもスゲぇな。やらかして飛ばされたアタシとは大違いだ」
「ソレなんですけど……」
しょげる〈魔剣士〉に、ジェットが声をかける。
「もしかしてお姉さん、『魔剣』関係で失敗してませんか?」
〈魔剣士〉はギクリとしてジェットを見る。
「なんでソレを……?」
少年はため息をつくと、種明かしを始めた。
「お姉さんの『妖刀獣丸』を見る目、尋常じゃありませんでしたからね。「千の魔剣を従える」なんて自称も含め、蒐集者だなって、すぐわかりましたよ」
「は、ははは。いやぁ…」
今更ながら年甲斐も無い名乗りを思い出し、背筋に冷や汗が流れる。
「お話してる限り悪人じゃないし……寧ろ「いいひと」なので、無理矢理奪い取る、とか考えられない。元冒険者ということも考えて、『迷宮財宝』がらみのトラブルと考えたるのが妥当かと。どうですか?」
「……当たってる」
「ですよね。恐らく、強力な『呪いの魔剣』に手を出して呪われた、ってとこじゃないですか」
「……うん」
年下の子どもに悟られ、すっかりしょげるカーネリアンに、ジェットは『亜空間』から一振りの刀を取り出した。
刃渡り約二尺五寸の大太刀を、カーネリアンに差し出す。
「助けて頂いたお礼です。備前助平作『大童子』の複製だそうです。『獣丸』と同じ、僕の兄オブシダンが打ちました。維持魔法以外の魔法付与はありませんが、刀としては出来がいいものだと思いますよ」
差し出された刀を手にとって抜き、刀身を眺める。
その美しい刀身に、一瞬で心を奪われる。
「こ、これをアタシに?」
「はい。差し上げます。あと、お近づきのしるしです。『魔神』を復活させる上で、おそらくまたお姉さんと関わることになると思うので」
カーネリアンは、にへらっ、と顔を崩しながら笑うと、ちんっ、と素早く鞘に戻した。
「ありがたく貰っとくっ! じゃ、アタシは報告もあるからコレでっ!」
いそいそと機甲巨人の操縦席に戻り、起動させるカーネリアン。
その巨体は、音もなく上空へと舞い上がる。
「お礼のキスでも期待したのかしら?」
残ったパールが、じろりとジェットを睨む。
ジェットは両掌を天に向けて、肩を竦めた。
「まさか。あのお姉さん、ショタコンじゃなくって女性同性愛者だし」
「え?」
パールは意表を突かれて言葉を失う。
「キミの正体も見抜いてたよ。『嬢ちゃん』と言ってたのはサービス。聞くところによると、妖精国に接してる東の辺境では、女装子もそんなに珍しくないらしい」
そういえばそのようなことを従姉兄から聞いていたのを、パールは思い出した。
「それにあのお姉さん、人はいいけど、女の人には手が早そうだし」
「そ、そうなの?」
「うん。僕の孤児院の周囲には結構色んな趣味の人がいて、なんとなく分かるようになったんだ。単なる勘だけど、お姉さんのトラブル、あれ魔剣関係だけじゃなくて絶対女の人も関係してると思う」
そして、にっこり笑ってパールに向き直るジェット。
「僕は自分の眼を信じてる。だから僕が一目惚れしたキミを、絶対的に信じてる。あの射抜くような真剣な眼差しに、僕は既にヤラれてたんだ。宣言は取り消させないよ。僕は下僕となって、キミにいつまでも追いていくって決めたんだから」
片膝をついてパールの手を取り、口づける。
――― ぐしゃっ ―――
「な、舐めてるんじゃないわよっ!」
その後頭部を踏みつけながら、真っ赤になって怒鳴るパール。
草原を吹くいたずらな風が、大股で踏み込む彼女のスカートを大きく巻き上げたが、大地に接吻しているジェットは、今度ばかりはその魅惑の光景にあずかることは無かった。
ノクターンノベルズ(成人向け)掲載の「剣と魔法と男の娘 ~妖術師編~」と同一世界、同一時間軸の作品です。
全年齢版の投稿は初めてですが、気軽に笑える話を目指しますので、どうぞよろしく。
あと、遅筆ですのでゆっくりペースはご容赦を。
2018/12/01 修正
2018/12/02 修正
2018/12/08 追記
「娚」という漢字は、本来は「めおと」と読み、文字通りには夫婦を意味しますが、この作品(「剣と魔法と男の娘」シリーズ)では、漢字の雰囲気から「女装子」「両性具有」「異性装子」を指す漢字として勝手に使っていますのでご了承下さい。
2019/05/19 一部修正