銀の騎士と金炎の王子
穏やかな夕暮れを迎える稽古場に、剣撃が鳴り響いた。
鎧をまとった一人の騎士が、剣の切っ先を相手の喉元に突き付けている。
「……参った」
静寂は、苦々しげな男の声で終わった。どっと黄色い声が上がる。歓声に驚いて鳥たちが飛び立つ。
騎士は静かに剣を収めた。いっそ優雅ともいえる所作で一礼をし、兜をとった。
雪よりも白い美しい銀髪が零れ落ちる。白磁の肌に切れ長の蒼の瞳。
ほんの少し憂いを帯びた退廃的な雰囲気に、フェン様……と観客が感嘆の声を漏らした。
「すまない。怪我はないか?」
観客の視線を一身に集める青年、フェンが手を差し出すと、相手の男は苦笑いしてその手をとった。
「はっ、稽古で怪我してたら世話ねぇな」
「何事もなければいいんだが」
「お前は心配し過ぎなんだ」
「君が怪我すると、夕飯の酒の代金を支払ってくれる人がいなくなるからね」
フェンがいたずらっぽく笑うと、男はげんなりした顔をした。
「お前のそういうところがだな……」
「さあ立って。夕飯に遅れないように、僕はお嬢さん達の相手をしてくるとするよ」
「へえへえ、言ってろ色男。夕飯に遅れたら、酒はおごんねぇからな」
男の投げやりな声を背にしながらフェンは振り返った。稽古場だというのに、あちこちに女性がつめかけている。目を上げれば、塔の窓のあちこちから、ドレスをまとった貴婦人達ものぞいている。
フェン様! と口々に声を上げる彼女たちに、にこりと微笑みかけた。それだけでますます歓声が上がる。
「こんにちは、お嬢さん方。忙しいのに、見に来てくれてありがとう」
そう言いながら、フェンは彼女たちに向かって歩き始めた。
*****
フェン・ヴィーズ。
それは銀の騎士、と謳われる青年だった。
美しい長い銀髪をなびかせ、剣をふるう姿は舞いでも舞っているかのよう。
強く、優美で、なにより女性に優しい。ゆえに、彼は王宮で絶大な人気を誇っていた。
遠征のたび、稽古のたびに貴賤を問わず女性たちが詰めかけるほど。
「――だから、この状況も珍しくはないって感じ?」
稽古場を見下ろすように建てられた塔。その窓の一つから様子を眺めていた影は二つ。
おどけて言って見せたのは、巻き毛の青年だ。片眼鏡の奥で軽薄そうに目を輝かせた彼は、小さく口笛を吹いた。
「いやあ、噂には聞いていたけど、大層な人気だよね」
「ふん」
「顔だけでいったら、俺も負けてないと思うんだけどなあ」
「お前は見境なく手を出すクズだろう」
「うっわ、ひどい」
青年をばっさりと切り捨てたのは、もう一人の男だ。
窓辺によりかかり、フェンを見つめている。朱い短髪。腰には一振りの剣。まとう服は黒を基調とした簡素な服。
だが、彼を見た人は、なによりもその瞳に目を奪われるだろう。
紅い瞳。
燃えるような。
あるいは全てを焼き尽くすような。
火の国の象徴たる色。
「んで? どうなの、あの子は? アッシュ様?」
そんな男に巻き毛の青年が問いかければ、男は小さく笑って体を翻した。
「使えなければ死ぬだけだな」
「……これまた、ひっどいね」
小さくため息をついて、男の背を追うように巻き毛の青年も窓辺を離れた。
*****
この国には、絶大な人気を誇る二人の男がいる。
一人は銀の騎士、フェン・ヴィーズ。
そしてもう一人の名は、アッシュ・エイデン。
人々は彼のことを畏怖を込めてこう呼ぶ。
金炎の王子、と。