(2)
新入生と違って在校生の春休みは短い。
桜が散る前に突入した新学期。瑛太の変化は学校内でちょっとした噂になった。
幸か不幸か、神様はあれから現れなかったようで、髪型以外の変化はなかった。
けれど、まるでスポーツ選手のようなソフトモヒカンは、帰宅部の瑛太には派手すぎたのだ。
(ちょっとー、あれなに? あのニノミヤが色気づいたわけ?)
そんな声がさざなみのように押し寄せてくる中、薫は友人の佳子に捕まった。
「ちょっと、薫! 薫!」
高校は自宅から徒歩10分の公立高校だ。中学から一緒の友人も多く、瑛太と薫が家族同然の幼馴染だというのは学年中に知れ渡っていた。
「あれなに。ニノミヤ! 髪型だけ妙にイケてる! 髪型だけモデルっぽい!」
佳子も中高と薫と同じ学校で、瑛太に対してあまり遠慮がない。そして中学のもっさりした瑛太しか知らない分、評価が低い。
髪型だけと強調し過ぎではないかと思いつつも、垢抜けないのは相変わらずなので否定できない。
「アレはちょっと事情があってね。無理やり髪切られたらしいよ」
嘘は言っていない。
「あー……生徒指導かー!」
誰にというのをぼかすと、佳子は勝手に解釈してくれた。
「にしても、少しは見れるようになったよね。なんだったのアレ。ダサすぎて、女子は薫しか相手にしてなかったじゃん」
そこまでひどいかなあ、と薫は首を傾げた。
たしかに鬱陶しい髪と分厚い眼鏡で根暗には見えたけれど、髪はちゃんと洗っていていつもサラサラだったし、眼鏡も磨かれていた。清潔感はあったと思う。
そう言うと、佳子は呆れた顔をした。
「薫は長い付き合いだから姉弟みたいなもんで、あばたもえくぼなんでしょ」
あばたもえくぼって、そういう場合に使う言葉だっけ? と肩に頭がつくほどに首を傾げていると、突然、佳子が口をつぐみ、みるみるうちに顔が青ざめる。
どうしたのだろうと隣を見ると、噂の瑛太が立っていた。
引きまくっている佳子の顔には、「聞かれた、ヤバい」と書かれている。
瑛太は不機嫌そうに薫をにらんでいる。
なぜにらまれるのが自分なのか腑に落ちないと思いながら、薫は尋ねる。
「何? 瑛太どうかした?」
「あのさ。考えたんだけど、今週末、手始めにうちの神社に行くか。その日、バイ――いや、家の手伝いも入ってるし」
闖入者の存在に、教室の中がざわめく。
学校で瑛太がしゃべっているのは、本当に珍しいことだ。
まず、瑛太が自分の教室から出ているのを見たことがない。
ちなみに彼はこの春から理系男子クラスなのだけれど、あの特殊な空気の中でさえ少し浮いている存在だった。
薫も瑛太の発言に少々驚く。学校で彼から話しかけられたことなど数えるほどしかないのだ。
「……瑛太だよね?」
もしかして神様が起きているのだろうかと疑って尋ねてみたが、瑛太は首を縦に振って薫の疑念を払った。
「薫。おまえ、自転車でも大丈夫か?」
瑛太がスマホを差し出したので覗き込む。
瑛太は地図アプリを開いていて、すでに道の検索まで済ませていた。
二ノ宮神社は、薫の家から車で10分ほどの場所にある。
徒歩で行くには少々遠いが、車を出してもらうとなると親への説明が面倒だった。
「ふうん、自転車で20分なら行けないことないね。でも坂きつそうだけど、瑛太は大丈夫?」
薫は部活動で多少体力をつけているけれど、帰宅部の瑛太は力がなさそうで心配になる。
「もともと、いつも自転車で行ってんだよ。このくらい平気。じゃあ、お前んちに朝九時な」
苛立った様子で、瑛太は自分のクラスに戻っていく。
それを見送った佳子が、噛み付くようにして薫に尋ねた。
「ね、ねえ! 今の何!? いまのなにー!?」
「は? ああ、ちょっと調べることあるから、神社巡りするんだよ」
「えっそれって……まさか二人で?」
てっきり内容について突っ込まれると思ったら、別の角度から尋ねられて薫は拍子抜けする。
「まあ、そうかも」
正確には、もう一人得体のしれないものがついてきているけれど。
「それってさあ……いわゆるデ……うーん、さすがに神社じゃ違うかあ?」
「え、なに?」
「いや、いい。ニノミヤはさっぱりわかんないけど、薫見てるとどうも違うっぽいし……っていうか、神社に行ってなにすんの」
「んー……お参り?」
もちろん事情は話せない。
ニヤッと笑ってごまかすと、佳子は何か言いたげに口ごもった。






