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神様の名前探し  作者: 山本風碧
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17/21

(3)

 最寄り駅の祇園四条駅は地下にあった。

 階段を降りていると発車ベルが鳴りはじめ、薫と瑛太は早足で乗り込む。

 さすが連休だ。まだ9時前だと言うのに乗客はすでに多く、そして大半が外国人だった。

 車内の路線図を見ると、伏見稲荷駅は五駅先だ。


「案外近いね」


 陸の助言は役に立っている。長椅子に腰掛け、主に陸と瑛太が作った計画ノートを覗き込むと、分刻みでの計画がびっしりと書かれていた。

 陸のアドバイスらしいけれど、朝食や昼食の時間まで設定されていて、実際の時間を書く欄もあった。

 さすがに細かすぎないかと思う。せめて食事の時間くらいこちらで決めさせてほしい。


「9時に四つ辻で食事って……? 改めて見ると、なんかスケジュールギチギチじゃない、これ。修学旅行じゃあるまいし」


 そして、案外きちんと計算されているところが怖い。さすが鉄オタ。

 瑛太はうんざりとした顔をした。


「……薫がいないときに釘刺されたけど、あの人たち、これを使って監視するつもりなんだよ。まぁ当然って言えば当然だけど」

「釘? 監視?」


 最初の質問には答えずに、瑛太は言った。


「薫、レシート出せって言われてたろ」

「うん、まぁ、お金出してもらってるから。でも、それとどう関係あるわけ?」

「レシートには時間が印字される。時間通りに行動しなかったことがわかったら、俺、殺されるかも。おまえの家族、おおらかそうに見えるけど、地味に怖いんだけど」


 特に母親、と瑛太は鬱屈した顔をする。


「はぁ? それ、ぜったい考えすぎだよ。だって、瑛太相手に警戒してもしょうがないじゃん」


 薫が顔をしかめていると、電車が伏見稲荷駅に滑り込んだ。

 



 駅前の店でいなり寿司を売っていたので、朝食にと買うことにする。食にさほど関心のない瑛太はコンビニおにぎりでいいと言ったけれど、こればっかりは譲れなかった。

 せっかくの旅行なのだ。どうせ食べるのなら、旅先の名物を食べるべきだ――たとえそれが、いなり寿司という千葉でも食べられるものであっても。

 人の波に流されていた薫だったが、瑛太は途中で右に曲がった。狭い道に車がひしめき合っている。

 どうしたんだろうと思いつつ歩いていた薫は、突如現れた人の波にぎょっとした。見るとそこは、JRの稲荷駅だった。

 まだ8時半だと言うのに、驚くほどの人だった。

 人々は駅から出ると、横断歩道を渡り、どこかへ呑み込まれていく。その方向に視線をやった薫は目を瞠った。

 本殿まで続くまっすぐな参道。それをまたぐようにした、大きな朱色の鳥居。朝日を背負った鳥居の足元からは、長い影が手前に向かって伸びていた。

 鳥居の右側には、ジャンプをしている躍動感のある狛狐がいて、何か金色のものを口にくわえている。


「油揚げ?」


 さっき買ったいなり寿司が頭をよぎる。瑛太が、うんざりした様子で答えた。


「あれは稲穂」


 ちょっと恥ずかしくなって、薫は鼻にシワを寄せた。


「楼門の前の狛狐は鍵と玉をくわえてる。花火のときに言う、玉屋とか鍵屋の由来って言われてる」

「そういう薀蓄って、どこから仕入れるわけ?」


 心底、不思議で、薫は思わず尋ねた。


「WEBでちょっと調べたら出てこない? 合ってるかどうかは、本で調べないとだめだろうけどさ」

(いや、そもそもどうして調べようという気になるのかが、わからないんだよねえ……)


 薫はそう言いたかったけれど、瑛太が難しそうな顔をしているのでやめた。なんだか機嫌が悪い気がして、薫は尋ねる。


「瑛太、まだ具合悪い?」

「いいや? 稲荷神とは相性悪くないみたいだし」


 やっぱり機嫌が悪いと、薫は断定する。なぜなら、瑛太はこちらに目線を少しも向けなかったから。


(なんなんだよ、何か悪いこと言ったかなあ……)


 電車から降りた辺りから、様子がおかしい。会話を思い出そうとするけれど、やはり変なことは言っていないと思えた。

 瑛太がコンビニに入ったので、薫も続く。

 お茶を二本買った瑛太が、「はい、これアリバイ工作用」と言いながら、レシートを渡してきた。

 いなり寿司のレシートをもらい忘れたことを思い出す。ノートに挟むと、薫は鳥居をくぐった。

 参道は、定規で線を引いたかのようにまっすぐに伸びていた。八坂神社の参道がうねっていたのとは、対照的だ。

 駐車場が右側にあり、その奥に大きくて年季の入った建物があった。御食事処という幟が立ててあるから、ひょっとしたらもう、営業中なのかもしれないと思う。

 楼門の前の手水舎で手と口を清めて、先程、瑛太が口にした玉と鍵の狛狐の間をすり抜ける。

 その間、瑛太の顔を観察するのも忘れない。さっきみたいなことが起こらないとは、限らない。総本社に乗り込んだからには、何があってもおかしくないと思うべきだった。

 朱色の荘厳な本殿の前に立ち、二拝二拍手一拝。相変わらず、瑛太は何かを真剣に祈っていて、薫はそれを横目で確認すると、自分もと願い事を頭のなかに浮かべる。


(どうか。カミサマの名前がわかって、早く普通の生活に戻れますように)


 何度でも願う。これから先も願い事が叶うまでずっと、薫は同じ願い事をするような気がしていた。

 本殿に参拝しても、瑛太には何の変化もない。

 これだけの規模の神社だ。願い事が溢れているだろうに、カミサマはなぜか出てくることもなく、反応がまるでない。


「カミサマ、出てこないね……なんでだろ。いまいち条件掴みきれない」

「うーん」


 ――って言ったからか? と瑛太はモソモソつぶやいている。


「だけど、八坂神社みたいな反応もないし、アマテラスもさほど関係ないし……ここはやっぱり違うみたいだよなあ。……でも」


 瑛太はふと空を見上げる。晴れた空の裾に、くろぐろとした山が存在を主張している。


「……あれが稲荷山?」


 薫のつぶやきに瑛太は頷く。


「大量の摂社、末社が建てられてるらしいから、行っておきたいけど……薫、大丈夫か?」


 自宅で瑛太が言っていたことを思い出す。可能性を潰すのだ。薫は頷く。


「行ってみよう。スニーカーだし、体力もそこそこあるから大丈夫だよ」


 本殿の左側の参道を行く。奥の院に参り、更に奥へと進むと、赤い鳥居が大量に立ち並んでいた。


「うわ……すごい」

「先はもっとすごい」


 まるで来たことのあるような言い草に、薫は思わず「来たことあるの?」と尋ねた。


「いや、調べただけ。この先が千本鳥居。伏見稲荷大社が京都で一番人気のスポットになったのは、多分あの景観が神秘的だからだと思う」


 来たことがないくせに物知り顔の瑛太に、苦笑いしながら進んだ薫は、やがて開けた風景に目を見開いた。


「うっわああ」


 立ち並ぶ赤い鳥居は、一体、何基あるのだろうか? 千本と名がつくからには、そのくらいはありそうだ。

 細い同じサイズの鳥居が、等間隔に建てられている。アーチのようだと思いながら、薫たちは右側の参道を行く。入り口に一方通行と書かれていたのだ。

 ドキドキしながら鳥居をくぐる。だが、すぐに薫は失望感に覆われた。


「人が多すぎるな」


 瑛太はぼそっとつぶやいた。薫も黙って頷いた。

 ここはパワースポットだと、ガイドブックに書かれていた気がする。

 たしかに美しいし、特別な場所だというのは感じられるのだが……如何せん人が多すぎる。すし詰めで、人の背中ばかり見ていては感動も半減だ。

 ゴールデンウィークで仕方がないことなのだろうけれど。

 鳥居には所々に、照明が取り付けられている。夜に来たらさぞかし神秘的だろうと思いながら歩いていると、2分ほどで出口に辿り着いた。


「奥の院だ。観光の場合は山まで登らないから、ここで引き返す人も多いらしい」


 瑛太がちらりと横の方を見た。千本鳥居の反対側の通路からUターンしている人が、数名いる。


「でも、行くんだよね?」

「引き返すスポットはいくつかあるから――っと、そうだ。奥の院の……」


 瑛太がノートを見下ろす。スポットをちゃんと調べてきているのだ。薫は、行き当たりばったりの自分と比べて感心した。


「『おもかる石』が、ここにあるはず」

「おもかる石?」


 瑛太は説明をせずに、スタスタと歩いていく。ついていくと行列ができている。その先には、二つの灯籠に挟まれた台の間に、二つの丸い石。それと立て札があった。


「ええと『灯籠の前で願い事を祈念して石灯籠の空輪(頭)を持ち上げそのときに感じる重さが自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶い重ければ叶わないとする試し石……』」


 薫が読み上げる前で、瑛太が深刻な顔をして深呼吸をしていた。


「試すの?」

「一応。タダだし。興味もある」

「じゃあ、わたしもしようかな」


 幸い、まだそんなに人が並んでいない。

 やがて二人の番がやってきて、瑛太が右の石、薫が左の石の前に立った。


「なんか……ドキドキするね」


 願うことはもう決まっていた。


(でも……きっとめちゃくちゃ重いんじゃあ)


 手がかりも得られていない今までのことを考えると、不安が大きすぎて鬱屈してくる。持ち上げるのが嫌になる前にと、薫は石を持ち上げ――


「あ、あれ?」


 石は思っていたよりも軽かった。

 これは、純粋に嬉しかった。先の見えない戦いでは、こういう心の支えが必要だ。

 ぱっと顔を輝かせて隣を見ると、どんよりと沈んだ顔の瑛太がいた。


「瑛太……?」


 一体何を願ったのだろうか? 憂鬱そうな顔を見るに、どうにも重かったのではないかと思えた。


「え、重かったの?」

「…………」


 瑛太の態度は、そうだと言っている。

 そしてこのタイミングで願うとしたら、薫と同じことに決まっていた。


(でも……変だなあ)


 薫はたしかに軽いと思ったのだ。ならばきっと、願い事は叶うはず。なのに、同じ願い事をしたはずの瑛太は、重いと思った。つまり、願い事は叶わないということ。

 混乱している薫の前で、瑛太は鬱屈した顔のまま歩き出した。

 今一人にしてはまずい気がした。薫は彼を追いかけた。




 無言で元気もない瑛太に付いていく。少し登って熊鷹社に参ると、『三つ辻』を目指した。

 三つ辻には地図が立てかけてあり、そこを始点にぐるりと円が描かれている。どうやらここから山を巡り、ここに帰ってくるのだ。


「ここからが、お山巡り本番みたいだな」


 薫は瑛太のつぶやきに頷いて、息を吐く。汗が結構出てきたので、パーカーを脱いだ。リュックサックに突っ込むと、更に上の四つ辻へ。

 赤い鳥居は、まばらになったかと思うと、思い出したかのように連なりだす。鳥居が目に入らなければ普通の山なのに、赤い鳥居が見えはじめると、神域なのだと自覚する。

 長い階段を登った先、四つ辻では京都市内が一望できた。

 空は晴れて薄く霞がかかっている。だんだん濃くなる青が眩しい。

 吹き上げる風が汗をさらっていく。心地よさに薫は大きく深呼吸をして目を閉じた。

 茶屋があったけれど、まだ営業時間前だった。どうやら9時からの営業みたいだ。

 でも、茶屋の前のベンチに腰掛け、街を見下ろしながら食べるいなり寿司は、特別な味がした。

 なにより、お腹が空いているとろくなことを考えない。瑛太の顔にも生気が少し戻り、薫はホッとした。


「まだまだなのかな」

「ここまでが20分位? なら、あと40分って計算だけど……」

「結構、上ってきたのに、まだ半分以下か」


 薫が不安に顔を曇らせていると、瑛太が「やめるか?」と尋ねた。

 誘惑に負けそうだ。だが、目的を果たさなければ帰れない。


「まあ、ここまで何の異変もないし、そもそも本殿でまったく反応がないのなら違う気がするし、引き返しても問題ないかもしれない」


 さっきの『おもかる石』の件が堪えているのだろうか。何事も完遂するタイプの瑛太にしては中途半端な、らしくない発言だった。

 薫は励ます。


「確定じゃないから、ちゃんと可能性は潰そう。わたしは大丈夫だから。やれることはやろうって言ったのは、瑛太だよ」


 だが、それでも瑛太は鬱屈した目のまま。

 やがて、ぽつりと言った。


「神様ってさ、本当にいるのかな? いるんなら、何のためにいるんだろうな? 願い事を叶えてくれるわけでもないのに」

「願い事を叶えてくれないのは、瑛太の中にいるカミサマの事だよね」


 一緒にするのは失礼だと思う。


「いや。他の神様だってそうだろ? 薫は? 願い事が神様のお陰で叶ったって実感したこと、あるか?」


 薫は少し考えて答えた。


「あるよ。高校受験のときだけど。瑛太だって、一緒にお参りに行ったよね?」


 だが、瑛太は首を横に振った。


「俺は自分で勉強した成果だと思ってるけど。薫だってそうだ。めちゃくちゃ勉強したから、合格した。祈るだけで合格するなんて、ありえないだろ」


 瑛太はけだるげに街を見下ろしていた。


「さっきのおもかる石だってさ、人の希望を弄ぶだけ。願い事を叶えるために手を差し伸べてはくれない。それなら、ただの石と何も変わらない」


 瑛太の考え方は少しさみしいし、辛いと思った。

 瑛太は誰も自分を助けてくれない、だから自分一人で頑張らないといけない――そんなふうに言っているように思えたのだ。


「だけど、わたしは励まされたよ? もしかしたらだめかもと思ってたけど、大丈夫だから頑張ってみなって、言われたような気がした」


 一人じゃないよ、頼っていいんだよと言ってあげたかった。けれど、答えを出してしまっている瑛太を、どうやって諭せばいいかわからずにもどかしい。


「大丈夫だよ。瑛太の願い事は叶う。神様がだめだって言っても、わたしは応援するよ」


(お願い。お願いだから、元気を出して。折れてしまわないで)


 心の中で叫ぶ。だが、


「……俺は、薫の応援なんか要らない。俺のほしいのは――」


 瑛太はそこで口をつぐむと、ギュッと目を閉じた。

 やがて茶屋の扉が開いた。それを合図のようにして彼はベンチから立ち上がり、山の奥へと進んだ。

 薫は慌ててゴミを片付けて、付いていく。突き放されて悲しかったけれど、放っておけなかった。


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