↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の名前探し  作者: 山本風碧
PR
11/21

(5)

 帰りの電車も空いていた。一車両に五名ほどしか乗っていないガラガラの電車で、長椅子を陣取る。

 ぐぅ、とお腹が鳴る。スマホを見ると、既に4時だった。薫は「あーお腹減った……」と眉を寄せる。

 すっかり忘れていたけれど、昼ごはんを食べ損ねている。

 すると、瑛太がカバンをゴソゴソと漁り、小さな保冷バッグを取り出した。

 中を覗くと、アルミホイルに包まれた手作りのおむすび。思わずごくりと喉が鳴る。


「朝握ってきたやつ。やる」


 瑛太が短く言う。

 そういえば、瑛太は昼食代を節約するために、自分で弁当を作っているのだ。休みの日までとは徹底していると感心しつつ、いただくことにする。

 大きな海苔に包まれた、こぶし大のいわゆる爆弾おにぎりは、米粒が潰れない程度にちょうどよく握られている。

 中には鮭のあらほぐしが入っていて、塩加減がいい感じだ。


(うーん、すごい。美味しい……)


 意外な特技に感動しながら瑛太を見ると、彼はおむすびに手を付けていなかった。


「食べないの?」

「あんまり腹減ってない。食べたかったらもう一個やる。こっちは明太子」


 油揚げがまだ効いているのだろうか。

 そんなことを思いつつありがたくおむすびを完食し、ホッとため息を吐いた。

 車窓からは、低空を雲がすごい速さで動いて行くのが見える。


「明日も雨かな」


 薫はスマホを立ち上げると、天気予報を見る。

 あいにくの雨だ。季節の変わり目だから仕方がないのかもしれないけれど、このところ曇天や雨天が多いなと思う。

 カミサマが瑛太に憑いてからかもしれない。


「やっぱりカミサマ、願い事聞くだけ聞いて、あとは放置だったね。なんなんだろ、あれ」


 願いを聞き出したものの、何か働きかけるわけでもなく。

 願い事を聞いた薫と瑛太が手を貸したけれど、カミサマはノータッチ。見ているだけだ。


「せっかく動けるんだから、もっと力を貸してくれるかと思った。ほら、アニメとかだったら、不思議な力持ってたりするじゃない? 死んだ人を生き返らせたりとか」

「んー……そんなのいたら大変だろ」


 興味がないのか、疲れているのか。生返事の瑛太は目をつぶっている。

 彼は大あくびをすると、眼鏡を取って目頭をもむ。

 その横顔が神社で祈っているときの彼の顔と重なり、ふと、ずっと気になっていた問いが口から溢れた。


「ねえ、瑛太の願い事って何?」


 彼は目をもみながら即答した。


「自由に使える大金がほしい」


 やっぱりか。と薫は呆れる。訊いたことを後悔する。


「薫は?」


 薫は、自分の心の中で願い事を反芻した。

 思うままに旅に出ていろんなものを見てみたい。そしていろんなことを感じたい。そして――生きていると実感したい。

 だけど言葉にすれば笑われそうで、本当の願い事は心の中に押し込めて、別のことを口にする。


「そうだなあ……大学受験を飛ばして大学合格したいなあ」


 瑛太は呆れたため息を漏らしたが――直後に黙り込んだ。

 どうしたのだろうと隣を見た薫は、目を見開く。

 眼鏡を取ったままの瑛太が、こちらをじっと見つめていたのだ。

 何にも遮られない綺麗な眼差しに正面から突き刺され、どきりと胸が跳ねた。


「瑛太?」

「薫とやら。なぜ素直に願いを口にしない?」


 まさか、このタイミングで《彼》が現れるなどとは、思いもしなかった。


「え、え――」


 人目を気にして、カミサマですか? と小声で問いかけると、彼は頷いた。


「そなただけではない。先程の婆もこどもも。人間は本当の願い事は胸に秘めている。なぜだ?」


 真剣な目で再度問われて、薫は考えた。

 本当の願いを口にするのは、なぜか怖い。

 自分でも暑苦しいと思うくらいの願いだ。

 笑われそうで。そして真剣だからこそ、笑われたら立ち直れなさそうで。

 複雑な感情をできるだけ簡単に言うと、こういうことだろうかと思った。


「あの……恥ずかしいから、かも」

「このエイタにしても、本当の願い事は口にしない。大きな態度の割に奥ゆかしいものだな」

「瑛太の、本当の願い事?」


 瑛太の真剣な横顔が思い浮かぶ。

 もしかしたら、薫が隠しているように、彼にも秘めたる願い事があるのかもしれない。

 そしてその願い事は、神様にしか告げられない。


「願いは奥に秘めたままでは、叶うことはない」


 カミサマは言った。

 似たようなことを、たいすけくんにも言っていたなと思う。偽った願いは叶わない、そんなことを。


「ってことは、カミサマにきちんと告げれば、叶えてくれるんですか?」


 薫は思わず尋ねる。


「いいや」

「じゃあ、どうやったら叶えてくれるんです?」

「なぜ叶えてやらねばならぬのだ?」

「だって、カミサマでしょう? カミサマってそういう存在じゃないんですか」

「……そなたはエイタに比べると頭が堅いな」


 カミサマはそっけなく言うと、雲間から射した夕日に、眩しそうに目を細めた。

 かと思うと、かくん、と舟を漕ぎ、いつものように突然の眠りに落ちた。




 瑛太はそのまま、降りる駅までよく寝ていた。

 降りる寸前、予定通り津田沼の本屋まで行くのかと尋ねると、疲れて胃が重いし、思ったより遅くなったから一緒に帰る、と言う。

 カミサマの出現を知っているのかなあと思いながら見ていると、「願いは奥に秘めたままでは、叶うことはない、か」と小さくつぶやいた。

 どうやら例によって、聞こえていたらしい。

 駅から5分ほど歩くと、薫の家との分岐に辿り着く。この三叉路で瑛太は右、薫は左に進むのだ。

 二ノ宮家の庭の遅咲きの枝垂れ桜には、まだ花が溢れるように咲いている。

 薄闇に浮かび上がるピンク色を見て、いつ見ても綺麗だなあと目を細めていると、


「なんか進んでる感じがしないよな。今日だって、人助けして終わったし。自分の問題解決には程遠いっていうか」


 瑛太が憂鬱そうにこぼした。

 それは薫も感じていたことだった。

 行ったら何らかのヒントがあるのではないかと思ったのだ。けれど、徒労感だけが残った。


「漠然とやっててもだめかもな。もっと頭を使って工夫しないと、だめなのかもしれない」

「工夫って言ってもねえ」


 闇の中を手探りで歩いているようなものだと思う。


「例えば、だけど。カミサマは記憶喪失なわけだろ? 記憶喪失の場合って――まぁ、人の場合だけど――ショック療法が必要だと思うんだけど、小さな神社よりも、大きな神社のほうが歴史も古いし、その分長く滞在したかもしれない。思い出すための材料が多いんじゃないかって」

「じゃあ、大きな神社に行けばいいってことか」


 瑛太は頷く。


「いっそ、総本社に行ければ解決するんじゃないかって思うけど……近くにはないんだよな」

「どこにあるんだっけ。稲荷神社は京都の伏見稲荷って言ってたよね?」

「ああ。他の社も全部遠い。八幡なんか九州の大分だぞ」


 となると問題は時間とお金。

 平日は授業がみっちり入っていて、おおっぴらにバイトもできない。時間も金もないのが高校生だ。

 薫と瑛太はため息を吐く。


「とにかくできることから潰していくしかないよ」


 先行きの不透明さに、瑛太の顔は暗い。

 励まそうと薫は言葉を探して、はっとした。


「――あ、でも、稲荷は違うみたいだったよ?」

「根拠は?」

「『お稲荷さまですか』って訊いたけど、違うって」


 瑛太は片眉を上げる。


「…………まさかだけど、本気で『お稲荷さまですか』って訊いてないよな?」

「え?」

「言わなかったか? 稲荷神社の祭神は『ウカノミタマノカミ』だって。通称を言っても反応なくて、当然だと思うけど」

「…………ええと」


 正直に言うと、『そんなの覚えられるか!』だった。

 だけど、それを口にする勇気がない薫は笑って誤魔化そうとする。


「けど、油揚げまで食べておいて何も思い出さなかったんだし! 多分違うんだと――」

「は?」


 目を釣り上げていた瑛太が、じわじわと青ざめて口を押さえた。


「え、覚えてない?」

「なんか食ってたのは覚えてるけど――」

「お供えしてあったやつ。でも美味しそうにしてたよ? まぁ、……いつのかは知らないけど」


 そこまで聞いた瑛太は、突如、胃を押さえる。

 まさかと薫は冷や汗をかく。


「えっ、あれやっぱり新鮮じゃなかった!?」

「神饌《しんせん》が新鮮とか……それわざと言ってんなら許さん」

「いや、そんなこと思ってもないし……」


 瑛太がまさかのダジャレ! 

 珍しいものを見たと薫が目を見開いていると、瑛太は痛恨のミスとでも言いたげに顔を歪めて、家に向かって走り出す。

 そして門前に着くなり、トイレを求めて家に飛びこんだのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。