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 ――11月21日


 第二次P.ショックとでも呼べばいいのだろうか。報道から3日、国の機関ほぼすべてが停止し国民は畑市(はたいち)首相の死を(いた)んだ。本日盛大に行われている首相の葬儀は全テレビ局で放送され、葬儀に出席した人々は皆一様に涙を流していた。



 町外れの火葬場には多くの人々が集まり粛々と去る者の迎え入れの準備を整えていた。


 「佐野山(さのやま)さん質問なんスけど。どうして俺ら『センター』職員が火葬の準備しなきゃならんのですかお役所仕事でしょ」

「お役所仕事だからだよ。俺らだって公務員の端くれだろうが。歴代総理は国家公務員に骨を拾われる決まりがある。『国のために尽くし国のために死ぬる』っていうのは、」

「初代内閣総理大臣、相麻(そうま) 俚諺(りげん)のありがたーいお言葉?」

「んだ。そっからずっと、こういう風に政府が葬儀やらなんやらの手配を済ませるしきたりが生まれたといってもいいだろうな」

 狭くも広すぎもしない待合室に白黒の分厚い幕を張りながら相原(あいはら)は額の汗を拭う。先程から役人が入れ替わり立ち替わり、一定の人口密度を保ちながら忙しなく儀式の準備に勤しんでいる。

 堅苦しい黒のネクタイを弛めようと伸ばした左手を溜め息とともに下ろしつつ、辺りを見渡す。

 「こんなむさっくるしい、政府は女性を多く取り入れるべきじゃないですか。そしたら少しは華のあるってもんで」

三池(みいけ) 由利江(ゆりえ)総務大臣なんかは美人だろ」

「若い人材を~ってことですよ」

 もうひとつ溜め息を吐き、話に上がった人物を目で追う。

 白髪をさっぱりとしたベリーショートにし、背筋をしっかりと伸ばして歩く小柄なシルエット。若かりし頃はさぞ美人であっただろうが、厳めしい三白眼は他人を寄せ付けない雰囲気を醸している。国で初めての女性総務大臣ということもあり、世間の注目度は高い。72歳で就任と遅咲きではあるがこの十余年で様々な功績を残している。

 「確かにまあ、政界に女は少ねぇな。一定割合で居るといっても全体で見れば5分の1以下、内閣府には二人。肩身の狭い思いは御免ってことだろ」

幕を張り終えて佐野山も相原と同じ方向を向く。

「平均年齢63歳。内閣っていえば、年寄りの代名詞みたいなもんですしね」

「馬鹿聞こえるぞ」

「本当の事しか言ってません」

 割り振られた役割を終え手持ち無沙汰になった職員らが相原ら同様に壁に張り付いて談笑している姿が目に入る。その多くは若者で、年配の職員は悲しげに喪に服しているような素振りをして若者を蔑視している。

 「ん、あれ」

その中に場違いな若者の姿を認めて、相原は目を瞬く。

「どうした」

「いやあれ、あの子。学生服の子が......」

その方向を指差して示すと、佐野山もそちらに目をやって頷く。

「あぁ。あれだろ、ボランティアで来てる」

「はぁ、ボランティア」

「おっ前はなぁ、脳みそ空っぽなのか。人手が足りないからって募集かけてたろ。ウチにもポスター貼ってたしよ」

「あー、ありましたね、そんなの」

首相の死亡が発覚してから急ピッチで刷られた簡素なポスターがセンターにも貼ってあった。といっても、1日や2日で剥がされたそれに気を配っている暇はなく、あまり記憶に残っていない。


 「畑市首相はあと5分ほどで到着するそうです。皆様、『所定の位置』に移動の方、お願い申し上げます」

 ひときわ大きな声が待合室に響く。声の主は畑市首相の元秘書官、佐江座(さえざり) (はじめ)という男だ。今回喪主とされる彼は疲労の色濃い顔で周囲を見渡し、的確な指示を出している。マスコミの対応も一段落ついたのだろうか、彼の姿を目にするのは久しい。

 「ほら行くぞ」

佐野山に背中を叩かれ、相原も他のセンター職員らと共に外に出た。

 初秋の頃、風が冷たく吹き荒んでいる。

 先ほど見た制服の集団がいるのか、そう遠くない場所に真新しい仮設テントが設けられているのが目に入る。

 「親族も骨を拾っちゃいけないんでしたっけ?」

「馬鹿言え。例外はあるだろうが」

「相麻 俚諺になぞらえれば内閣府しか拾っちゃいけないんじゃないスかね」

「そこまで国への隷従を望むのは相麻首相しか居ないだろうよ」

「社畜ならぬ国畜サマーってやつですか」

「しっ。到着するぞ」

 火葬場に入ってくる豪奢な霊柩車は、ゆっくりと役人の列の間を通って行く。その場にいる誰もが顔を伏し、心底喪に服している体で涙を拭う。

 本当に悲しんでいる人間はこの内の何人ほどなのかと考えながら、相原は霊柩車の背を横目で見やる。


 「じゃ、俺は用事済ませてくっから、お前らは大人しくしてろよ」

霊柩車から遺体が降ろされたのを確認すると、佐野山は片手を振って火葬場に入っていった。

「あの、今から焼くならまだ箸渡しには時間がありますよね」

「ん?ああ、色々めんどくさいんだよ。これから代表者以外は火葬場の出入りを禁止される。まあ、面倒な骨拾いしなくていいから俺たちはこの後暇になるな」

「帰っちゃ駄目でしょうかね」

「いや~、佐野山さんのお叱りを受ける覚悟があるなら帰っていいと思うぞ」

新卒の職員は苦笑いをし、「遠慮しておきます」と言い残して友人を探しに行った。

 周囲は行き場なくたむろする人の群れでごった返している。談笑するそれらの間を縫いながら、相原は火葬場の隣に建つ電波塔へ足を運んだ。塔の鍵が壊れているのは前々から知っている。

 電波塔の周囲に人影はなく、風に乗って微かに話し声が聞こえる程度だ。

 マスコミや一般人が立ち入らないようにと、ゴーストタウン外への出入りは禁止されている。相原は早々に空いた時間を仮眠に費やすと決め、観測デッキの扉を開いた。

 「あ」

「うわ」

 誰もいないであろうという相原の考えとは裏腹に、観測デッキには学生服を着た男子生徒が座り込んでいた。

「........」

「........」

 互いにぎこちない空気の中、相原は観測デッキへ降りた。錆びた鉄の柵に両腕を置いて寄りかかる。

 ポケットをまさぐりタバコを取り出すと、一本咥える。煙を吐き出して隣の学生を横目で見ると、彼は何ということもなく空を眺めていた。

 「あー、君。ボランティアで来てる子」

「そうですけど」

沈黙に耐えられず声を掛けると、怪訝そうに相原を見上げて彼は声を返した。

「あんたは」

「俺は『特殊生命保険センター』の職員だよ。相原。君は」

孝明(たかあき)篠本(しのもと) 孝明」

 「『特殊生命保険センター』って」

「ん」

「自殺補助の仕事なんて、楽しいですか」

「楽しかねぇよ」

 掠れそうな声に、相原は眉を潜めて答える。

「どうしてそんな事を?親族が『居なくなり』でもしたのか」

「……父さんと、友達が。聞いた理由はそんな。ただ何となく」

「ふうん」

 「……君、この国が外国から何て呼ばれてるか知ってる?」

「天国。って、教科書には、そう」

「うん。そう。天国なんて、笑っちまうよな。毎日死にたい人間が『センター』に来るんだぜ?そんな国のどこを指して『天国』なんて言ってんだろうな」

ぷかり、と煙草の煙を吐き出しながら呟くように言う。

「死にたい奴なんて、きっと世界中にゴマンといる。けどそれ以上に生き()()()()奴だっていた。『生きてる』って、それだけで特別なことなんだぜ?それをわかってない奴が多すぎるんだ」

「……なんで、俺にそんなこと」

 孝明は横目に相原を窺い、怪訝そうに眉根を寄せる。相原は煙草を吹かしながら何ということもなく答える。

「君は、『死にたい』って顔をしてる。ずっとそんな人間ばっか相手してるとさ、何となくわかるんだよ。この人死にそうだなってのが、顔つきや、空気感で。『センター』には老若男女色んな人間が来る。君くらいの年の子や、それより小さい子も」

「……」

「若い奴の大半は『つまらないから』って言って死亡動機を書いていく。『自分がいなくても物事に支障はないから』って」

相原は短くなった煙草を携帯灰皿に押し付け、二本目に火を付ける。

「違ったら違ったでいいんだ。オニーサンの早とちりだったって話で済むならその方が」

 「……相原さん、って変な人ですね。何で俺がそんな。……いや、けど、そうかもしれない。心のどこかでは『死んでもいい』って考えてる。別に嫌なことがあったって訳じゃない。ただ、普遍的な生活を享受して、大したこと考えていなくても生きていられる。()()()()でやっていける。……俺、普通じゃないのかも。親にも言われた。『あんたは頭がおかしいんじゃないのか』って。首相が死んだって、何か他人事で自分に関係ないと思ってる。別に葬式に出向くほど悲しくもないし」

孝明は両膝の間に顔を埋めるようにして俯く。

「<特殊生命保険センター>だって、頭のおかしい機関だと思ってる。あんな施設がある必要なんてあるのかなって。人が死ぬための施設なんておかしいって、思う。俺の方が、おかしいのかな?」

「んや、『普通』じゃん。それが。非道徳的な施設だとは思ってるよ、俺も。けど、()()()()()()()()()()()()だから仕方がないとも思ってる。センターの『真意』を知ったら、他国が羨む『天国』の意味がきっとわかるさ」

 「規則だから教えらんないけどな」と笑い、相原は煙を吸い込む。

「俺だって、別に首相が死んだってなんとも思わない。ただ、あーこれからどうなるべ、って先行きが不安になる程度でさ。役人っつっても、俺なんてただの端くれだからあんまし今回の件についてはやることないし。佐江座さんなんかは大変だろうけど」

 「どうして、相原さんはセンターで働いてるんですか。嫌な仕事じゃないんですか」

「おー、嫌だよ。ヤダヤダ。でも、そんなことも言ってらんないんだよなぁ、大人って。理想と現実っていうか、子供とは目線が違うっていうか。君も社会に出ればわかるよ」

 少しだけ笑って、相原は地上に目線を向ける。

「ほら、もうすぐ遺体の焼き上がりだ。君も戻った方がいいんでない?」

「……そう、ですね」

 ちらと煙突から流れる白煙を見て、相原は電波塔を降りた。

 地上から見上げる煙突から、もう何も見えなかった。

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