腹筋とウミヘビ
たまに、何もかもが面倒になる時があるーーー
朝、目を覚ますこと。
起き上がって服を着替えること。
仕事に行くこと。
電車に乗ること。
テレビを見ること。
さらに酷くなると時計を見るのも面倒になってくる。
「・・・う」
そんなことを考えながら、のそりと体を起こす。
腹筋すら働くのが嫌なようで、起き上がったはいいが、そのまま横にパタリと倒れた。
ああ、本当にあらゆることが面倒臭い。
食事をすること、息をするのさえも面倒だと思う。
だからと言って死にたいわけではない。
いっそ死んだら楽かなとは思うが、死ぬってけっこうエネルギーがいる。
そもそも痛かったり苦しいのは嫌だし。
そう思っていると、だんだん考えるのも面倒になってくる。
「・・・」
仕方がないのでいつものように、ベッドから起き上がって仕事に行く準備を始める。
適当にテレビを流し見て、朝食を食べ家を出る。
携帯にイヤホンを繋げ耳に押し込む、三年前からラインナップが変わらない曲たちをランダムで流す。
そろそろ新しい曲を入れようと思うが、それも面倒で放置している。
空は真っ青で、太陽がさんさんと輝いていた。
しかも耳からはアップテンポで爽やかな曲が流れ込んできて、逆に気分は最高潮に沈んでくる。
他の曲に変えようかと思ったが、面倒になりやめた。
仕方なく歩き始める。
少し前に朝帰りと思しきカップルが、イチャイチャしながら歩いていた。
・・・なんていうか、今すぐにめちゃくちゃ凄い科学の進んだ宇宙人が来て、地球丸ごと凄い感じで爆発させてくれないだろうかと思う。
一瞬ならきっと苦しくないし痛くもないし、目の前のカップルも一緒に爆発してくれるだろうし、いいことずくめだ。
しかしそんなことが起こるはずもなく、カップルはいちゃいちゃしたままどこかに行ってしまった。
ため息をついて、そのまま進む。
駅に着くと沢山の人。早速、家に帰りたいと思いながらもダラダラと足を進める。
電車に乗り込むと周りは人でぎゅうぎゅうだ、バックを抱え込みスマホでモバゲーをしながら苦痛を紛らわす。
俺の仕事は、残業が多い上に危険手当も出ないようなきつい職業だ。
割と長いことやってきて、仕事はそれなりにこなせるようになったが、その分仕事に対するモチベーションが下がってきた気がする。
仕事があるだけマシなのだろうが、どうにかならないのかなと思って。でもきっとどうにもならないだろうと思い、また面倒になって考えるのをやめた。
職場に着くとまずミーティング。
上司が俺の名前を呼ぶ。
「あの件はカタがつきそうか?」
「そうですね、今日か明日にはどうにかなりそうです」
そう言うと上司は頷き言う。
「じゃあ、いつも通り下に2人付けるから終わったら連絡しろ」
ミーティングが終わると、後輩を連れて外に出る。
仕事は基本的には社外で行うことが多い。そして、地道で根気がいる作業が大半を占めるとても地味な仕事だ。
この仕事をする前は、この仕事がこんなに大変だとは思わなかった。仕事なんて実際にしてみないとわからないことだらけだ。
「先輩、見てくださいこのキャラゲットしたんですよ」
目的地でダラダラしていると。後輩が言った、そこには俺もやってるモバゲーの新キャラが映っていた。
「おお、もう手に入れたのか。っていうかそれかなり課金しなきゃ無理じゃないか?」
そう言うと後輩は「7万つぎこみました」と笑う。
「よくゲームにそんなに金かけられるな。いや、まあお前の金だし好きにすればいいけどさ。何かあった時のこと考えたらある程度貯めといた方がいいぞ」
「なに言ってんすか何かあった時を考えて、あえて今、好きなことしてんじゃないですか」
後輩は口を尖らせ主張する、いや、お前がやっても可愛くないから。
「あぁ、なるほどね。でもそれで暴走して、俺たちを巻き込むなよ」
「わかってますって。って言うかそこまで言うほど金は使ってないですよ。そもそも使う時間がないっす・・・こんなに、この仕事が忙しいとは思わなかったっすもん」
同じようなことを考えていたので苦笑する。
「先輩、ターゲットが来たみたいです」
そう言ったのはもう1人の後輩だ。
「お、そうか。どんな感じだ?」
「見た感じ、行ってもいいと思いますけど。どうですかね」
「どれどれ」
チラリと確認してそう言う。
目線の先には、恰幅のいい白髪混じりのおっさん。バスに乗って揺られている、少し顔色が悪い。
「・・・うん、よさそうだな。じゃあ、お前ら所定の位置につけ。終わったらいつものコインロッカー前で集合な」
そう言って俺は歩き出す。
後輩2人も頷き、それぞれバラバラの方向にちらばる。
不思議なのは、朝はあんなにだるかったのに、ダラダラとでも仕事を始めるといつの間にか仕事のスイッチが入っていることだ。
俺はバスから降りるおっさんを目の端に捉えながら、さりげなく急いでいる風を装い足早に歩く。
ポケットに手を突っ込み準備。
おっさんがバスのステップから降りた瞬間を狙い、さりげなくぶつかる。
その瞬間に、刺しても痛みのない細い針を刺し薬を注入する。
すぐに体を離し、驚いた演技をしつつ「すいません」と言って、そのまま通り過ぎる。
相手も驚いたようだが、謝ると不満そうな顔をしたがおっさんは急いでいるのかそのまま進んだ。
俺は急いでいるという演技を続け角を曲がる。
その時ちらりとおっさんを見る。
おっさんは普通に歩いていたが、不意に苦しそうに胸に手をやり倒れこむ。
近くに何気なく装って立っていた俺の後輩が驚いたように近づき「大丈夫ですか」と声をかける。
俺はそれを見届けると、そのまま歩き出した。
程なくして後輩から電話が入った。
「成功です、ターゲットは無事にあの世に行きました」
「ご苦労さん」
俺の仕事は、殺し屋だ。
後輩は、もし失敗していた時にとどめを刺す役目だった。もう一人は見張りのようなものをしてもらっている。
「じゃあ報告はしとくから。例の場所で集合な」
そう言って俺は携帯を切り、歩きながら上司に報告を入れる。
この仕事は本当に地味だ。
俺はこの仕事をするまで、殺し屋って仕事はもっと派手に銃やナイフを使って殺しを行うのかと思っていた。
黒い服に身を包み、暗闇から暗闇を渡ってターゲットの背後に立ち。カッコイイセリフを吐いてバン!
みたいな?・・・自分で言ってて恥ずかしくなってきた、厨二か。
まあ、なんというかとりあえず、もっと血湧き肉躍るアクションが繰り広げられるものだと思っていた。
ところが、この仕事はターゲットの身辺調査が大半をしめる。勤め先、家、実家、家族を調べ。それから学歴や経歴、趣味や性癖、浮気相手や恋人がいたらそいつのことも。
そして一番重要なのは日常生活。
何時に起きていつ仕事に行って帰ってくるか、そして何時に帰るかまで詳細に。本人の癖や好きな食べ物まで調べる。
そして、俺たちはそのデータを元に、ターゲットをどう殺すか計画を立てる。
そして殺すにしても銃やナイフなんて使わない、むしろそんなこと言語道断だと言われる。
殺しだとわかる死体をわざわざ作るなんて三流のすることだ。映画や小説じゃあるまいしそんなことしたらこの国では、すぐに捕まる。
他の国ならわからんけど、少なくともこの国でそんなことをしたらすぐにアウトだ。
科学の進化を舐めちゃいけない、ちょっとの皮膚片からDNAが検出されてしまう時代だ。
上司にはまずこれを教わり、殺し屋という職業の幻想を打ち砕かれる。
ちなみに今回はターゲットが心臓の持病を持っていた。だからそれを利用させてもらった。
俺たちは発作が起きやすそうな時間帯を狙って体調が悪そうなのを見極め、とどめに発作を誘発する薬を打ったのだ。
薬は微量だし、おそらくターゲットは病死と判断されて解剖もされない。
この国では解剖率が極端に低い、解剖できる人間が少ないのだ、だから解剖されなければこちらのもの。
俺たちはそういった抜け穴を使って殺しを行う。
他には、精神疾患を付随させた自殺で殺したりも多い。鬱病とか本当に便利な言葉だ。
とはいえこれらを実行しよと思ったら、それこそ入念な下準備が必要だ。
だから生活習慣まで調べあげて、どうやって殺すかあらゆる方法を検討する。
そうして警察に調べられても大丈夫な理由を工作しないいといけない。
だから俺たちは日常的にどうやって人を殺すか考えている。そのせいか昔、彼女がいた時なんかは一緒にいる時に無意識に彼女をどうやって殺したら効率がいいかなんて考えている自分がいて、これが職業病かと妙に感心してしまったこともある。
とはいえ、これで殺し屋という仕事は地味な仕事が多いのがわかってもらえたと思う。
だから次の仕事は、ターゲットの身辺調査。その次も身辺調査・・・今日の殺しはこれだけ、後はずっと身辺調査だ。
ため息が出る。
俺が殺し屋になったきっかけはスカウトだ。映画や漫画だと不遇な過去や悲惨な経験があったり、親を殺した宿敵を殺すために殺し屋になるなんて話がよくあったりするものだが。
俺にはない、ちなみに友達とゲーセンに行った時に声をかけられた・・・残念ながら悲惨な過去とか復讐を誓った宿敵とかはいない。
俺は、普通の家庭に生まれて何不自由なく暮らして、ちょっとした反抗期があったりして今に至る。
ちなみに親は今も健在だ、たまに実家に帰ると彼女はいないのか結婚はまだかと言われる。
悲しいかな実情はこんなもんだ、実を言うと天涯孤独とかちょっと憧れてたりする。「俺は帰る場所も向かう場所もないんだ・・・」とか、かっこよく言ってみたい。
まあ、そういうのはかっこいい奴が言ってなんぼだよな。
俺がこの仕事をしているのは普通と少し違った殺し屋に向いている能力があったからだ。
俺は、人を殺してもなんとも思わない、なんの感情も持てないのだ。
哀憫も同情も良心の呵責も自責の念も感じない。
最初は驚いたし、いいのか?とも思ったが実際殺しても何にも思わなかったからこの仕事を続けていられる。最近は、そんな事も考えなくなってきたけど。
実は、人を殺すのにはこれが一番重要だったりする。
人を殺す時は技術よりも、殺す時に躊躇しないことの方が大切なのだ。
だから俺はナイフの使い方が特別上手かったり銃の早撃ちとか特別な技術は持っていない。むしろ運動は苦手だ。
運動神経も普通、一応ナイフや銃の使い方は教わったがほとんど忘れた。多分、銃とか今使っても自分の足を撃つはめになるだけになると思う。
しかし人間はある程度の力があれば、首をひねるだけで死ぬ。
後輩と落ち合う場所に向かう。
そこは大きな駅で、あらかじめ準備してあった服をコインロッカーから出して着替える。
服は次のターゲットを身辺調査するために用意されたものだ。
その地域に馴染むような服に変わる、ちなみに一番多いのはスーツだ、営業とかでそういった人間が多いから。
着替えていると、後輩が関心したように言う。
「先輩やっぱり、すげーっスね」
「あ?なんだよ」
「一瞬で人混みに馴染みますもんね、そんな地味な雰囲気は、なかなか出せるもんじゃないっすよ」
「・・・それ、全然嬉しくないから」
殺し屋には必要なスキルと言うのがある、それは人を殺してもなんとも思わない心と、もう一つは地味だという事。
それに関しては上司にお墨付きをもらっていたりする。上司は俺の顔を見てこう言った。
『じっと見ていてもすぐに忘れる特徴のないその顔。三歩歩いたら存在すら忘れる存在感のなさ。素晴らしい!お前には殺し屋かスパイ以外にこれ以上向いている仕事はないぞ』
それを言われて単純に喜んだ頭の悪い俺は、インテリジェンス能力のいるスパイじゃなくて殺し屋になったのも納得だ。
後で気がついた、全然褒めてないよねって。
・・・まあいい、これのおかげで仕事に支障はないのだ。
地味顔のおかげでどこにいても疑われないし、不審に思われない。
職質もほとんどない、警察官にも存在を気付かれないからな・・・
・・・別に泣いてなんかいないぞ!
「え~、でも俺は羨ましいですけどね。俺なんかどんな格好しても微妙に目立っちゃって困るんすもん」
「自慢か?、自分がイケメンだからって自慢してんのか?」
「え~?そんなことないっすよ?本当に困ってるんですから。この間も仕事中に逆ナンされて、まわりからも注目されて大変だったんですから」
「よし、殺す」
微妙にドヤ顔で言ってきたので、後輩にヘッドロックをかけつつ本気で計画を立てる、後輩だからって俺は容赦しねえから。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。先輩が言うとシャレにならないですって」
ワイワイじゃれつつ準備。
着替え終わると早速次のターゲットのがいる場所に移動する。
「そうだ。先輩、次の殺しは俺にやらせてくれませんかね」
後輩が様子を伺いつつ言ってきた。
「はぁ?駄目に決まってるだろ」
「えー、まだ駄目っすか?」
「お前、この間やったこと、忘れたのか?」
実はこいつ、少し前の仕事で獲物
ナイフ
を使って人を殺したのだ。
その仕事は自殺を装って電車に轢かせるものだった。隙を見てホームから突き落とすだけ。
しかしこの後輩はターゲットを突き飛ばす時にこっそりナイフを使いやがったのだ。
刺殺の跡なんかが見つかったらやばいのにだ。
幸いなことに死体がグチャグチャになったから、刺したことはばれなかった。
しかし、もし胴体が残って刺された跡が見つかったら、殺しだとバレる可能性もあったのだ。
「言っておくけど下手したらお前クビだったんだぞ、わかってんのか?当分殺しはさせない」
「え~~~」
「可愛くえ~って言っても全然可愛くないから。ちょっとは反省しろ」
わざとらしく頬を膨らませて言う後輩にそう言う。
また一つため息をつく、後輩の教育も大変だ。
ちなみに後輩も人を殺すことはなんとも思っていないのだが、俺とはまたタイプが違う。
俺は人を殺すのになんとも思わないが、別に殺したいとかも思っていない。
しかし、後輩はいわゆる殺しに快楽を覚える、快楽殺人者と言うやつだ。
快楽殺人者は殺し屋に向いていて需要と供給が一致しているように見える。殺して欲しいと願う人間と、人間を殺したいと思っている人間がいるのだから。
しかし、意外なことにそう簡単にことは運ばない。
後輩はまだましな方なのだが、得てして快楽殺人者と言うのは、それぞれ殺しにこだわりを持っていたりする。
俺がまだ会社に入りたての時、同期にも快楽殺人者がいた。
映画や漫画でたまに殺し屋が、俺は女子供は殺さない、とか言ったりするがうちの会社は基本男でも女でも子供でも老人でも依頼を受ける方針だ。
上司曰く「世界の半分は女だ、しかも男の中には子供が混じっている。男だけだとかなり依頼の範囲が狭くなる。それに今は男女平等が叫ばれて久しい、男とか女とかで差別はよくない」と。我が社は善人だろうが悪人だろうが女子供も殺します。それが我が社の方針。あらゆるニーズに応える、それは不景気な今の世の中ではどの業種の会社でもやっていることだ。
しかし同期は殺しの研修時にその説明を聞いて、俺は女以外は殺したくない!若くて髪の長い女しか殺したくないと喚き始めた。
上司がいくらそんなことは出来ないと言っても聞く耳を持たず、ついにそいつは暴れ出してしまった。
切れた上司はそいつをぶん殴ぐりそのまま研修の実験台にしてしまった。何百のも拷問と殺しの方法をそいつで実践し、俺たちにレクチャーしてくれた。
最終的にそいつは抵抗することも出来ないぐらい体の部位が無くなってしまい喋ることもできなくなっていた、それでもまだ意識があったんだから恐ろしい。
そのことがあって俺はこの上司には絶対逆らわないでおこうと思ったものだ。
ちなみにとどめにを刺したのは俺だ。
記念すべき最初の殺人だった。
まあ、何が言いたいかと言うと、よく好きなことをして仕事に生かしたいなんて言うが、それはそれで苦労があるってことだ。好きである以上それぞれの強いこだわりと譲れないものがあったりする、しかし仕事ではそうは言ってられない。
気に入らない相手でも気の乗らない手段でも、全て飲み込んで仕事として割り切らないといけない。
だけど、こだわりが強ければ強いほど、それは辛くなっていくのだ。だから趣味として別にしておいた方がよっぽどいいんじゃないかと俺は思ってしまう。
ちなみに後輩は性別にはこだわらないタイプだその代わりナイフで八つ裂きにするのが好きだったりする。
本人曰くナイフで刺して殺すことが重要なのだそうだ。
しかし、そんな仕事は滅多にない、だからこっそり実行しようとしたのだ。
「同僚を殺すのは色々面倒だから。本当にやめろよ・・・」
実は、この仕事でクビになるということは実際に首をちょん切られるということだ。
まあ、殺したあとは死体も跡形も無く消すんだけど。
同僚だと工作が楽なんでいいのだが、いかせんこっちの手の内を知っているから、抵抗されると時間がかかって大変なのだ。
しかもこいつが失敗したら、俺が手を下さないといけない。
面倒な上に、殺してもこいつが任された仕事が全部俺に回ってくるからいいことが何もない。
そう言って睨むと。
「・・・ういっス。わかってますって。マジで先輩気配なく動くし、殺気なく人を殺すから怖んっスよね。逃げられる気がしないっす」
後輩は大げさに首をすくめる。
本当にわかってんのかなと、俺は呆れながらため息をつく。
今日の仕事は、始まったばかりだというのにもうすでに疲れた。
そうでなくても毎日毎日同じことの繰り返し。この仕事を始めた頃は多少は緊張したものだ、失敗したらどうしようとか。でも最近は慣れてしまって、もはやただの作業ゲー、ただただ刺激のない毎日が流れていくだけ。
だからと言って何か新たな趣味や目標を見つける元気もない。
そう思うと少し後輩のことが羨ましくなる、好きなことややりたいことがあるというのはたとえ嫌なことや困難があってもやり甲斐はあるだろうから。
そう思うと自分が少し情けなくなる。とはいえ仕事は待ってくれない、下手に手間取ると残業になるだけだ。気を取り直して俺は次の目的地に足を向けた。
仕事がひと段落ついて一息ついたのは3時を過ぎたころだった。
俺たちは街の片隅のガードレールに寄りかかって、次の仕事の時間まで待機していた。
「お疲れ」
そう言って俺は2人の後輩に自販機の缶コーヒーを街の渡す。
「あ、先輩。あーざーっす」
「いだたきます」
「おう、缶コーヒーで悪いけど」
「それにしても今日はなかなかきつかったっすね」
後輩は疲れた顔でそう言った。
そうなのだ、あれから予定通り身辺調査を進めていたのだが。途中で他の班からヘルプの要請があり、急遽そちらに向かわなくてはいけなくなった。
ターゲットが予定外の動きをして、殺しを実行できなかったらしい、俺たちはそれのフォローに回ることになった。
だからと言ってこちらの仕事が待ってくれるわけもなく、昼食を食べる暇も無く動いていたのだ。
その上、やっと少し昼食が食べられることになってコンビニに行ったが、食べたかったおにぎりはもうすでに無くなっていて、結局パサパサの菓子パンで腹を満たす羽目になったのだ。
「本当にな。でも、まあ飯が食えただけましだわ」
外で仕事だとタイミングが合わない時は、昼飯無しってことはのもざらだ、それがたとえそれがパサパサの菓子パンでもないよりましだ。
ガードレールに寄りかかってコーヒーを飲む。甘味が脳にしみる。
ふと見ると大人しい方の後輩が何か本を読んでいた。
「何読んでんだ?」
そう聞くと、表紙を見せてくれた。
そこにはやたら小難しそうな漢字が並ぶタイトルが書かれている。
よくわからなくて首をかしげると、大人しい後輩が珍しく少し興奮気味に教えてくれた。
後輩曰く、今の国家のあり方や政治家の思想と、国民の平和ボケした風潮に警鐘を鳴らす、とても有意義な内容なのだとか。
その上で後輩は今の政治家に足りないものは危機感であり、自分たちはもっと国の平和と尊厳のために行動するべきだと思うといった感じの主張をし始める。
なんか小難しいし、その主張はかなり正義感に伴ったもののようだが、そもそも俺たちの仕事の趣旨と相反する気がするのだがいいのだろうか。
聞いてみると問題ないらしい・・・よくわからん・・・。
そうして話している間も右だの左だのの話になって後輩の目がイっちゃててちょっと怖い。
これがゆとりってやつか・・・うん・・・違うか。
この大人しい後輩は元自衛隊で、色々あって自衛隊を辞めて色々あってこの会社に入ったらしい。
何があったかは知らんが、元自衛隊だけあってとても真面目で体力もある、しかも仕事は黙々と正確にこなすし使える後輩なのだ。
何より殺しの技術は専門的な訓練を受けただけあって上手いし頼りになる。
ただ今の話しを聞いていると、そのうち国会議事堂にでも特攻をかけそうでちょっと怖い。
そんな事を思いながらコーヒーをチビチビ飲んでいると。
「あ」
「ん、どうしたんですか?」
「いや、知り合いがいたから」
さっき思い出してた職業病で殺しそうになった元カノだ。道の向こうを歩いていた。
そう言うと「え?はぁ!?」と盛大に驚かれる。
「え?何?」
何をそんなに驚くことがあるのかわから聞くと。
「いや、先輩って女の人が好きなんだと思って・・・」
「え?はぁ?!ちょ、ちょっと待て。なんでそうなるんだ。俺は生まれてからずっと女の子が好きだぞ!」
「いや、先輩あんまり女っ気ないし。他の先輩もあいつは怪しいって言ってたから、そうなのかと・・・」
「な、なんでそうなるんだよ!勘違いも甚だしいぞ。もしかしてみんな俺のことホモだと思ってんのか?」
確かに最近はずっと彼女もいなくて独り身だし、風俗とか行く趣味もないしそんな話もしないけど、だからってなんでそんな話になるんだ。
「・・・なあ、おまえは俺のことそんな事思ってないよな?」
そう言って、おそるおそる大人しい方の後輩に話を振ると、さっと目線を逸らされた。
「をい!」
「いや、俺も先輩たちに聞いて・・・でも俺は偏見とかないですから・・・自衛隊時代にもそれっぽい先輩はいましたし。俺は先輩がそういうことしたいなら頑張りますんで・・・」
しかもなんとか俺の要望に応えようとしてる。
「いや、いや、いや。ないから!そんなこと頑張るな!!俺は女の子大好きだから。おっぱい万歳!」
必死に否定していると、周りの人に変な目で見られる。
なんの罠だ!
「え~そうなんですか?」
「は?なんで微妙に残念そうなんだよ」
「いや、もし殺されそうになったら。なんとか体を使ってでも逃げようかと思ってたんで・・・」
「ねーよ!ってかそういえばお前、たまに俺に変にあざと可愛い態度とってくるなって思ってたけどまさか俺のこと体で籠絡させようとしてたのか?」
「あ、バレた。可愛くなかったですか?」
そう言ってあざとい感じで舌をペロリと出して首をすくめる。
「可愛いわけあるか!そしてキモい!今すぐ殺したくなったわ!」
「ちぇ~いい考えだと思ったんすけどね」
「っていうか殺される前提で話すな。まず、殺されないように気をつけろよ」
「いや、そうなんですけどね。万が一ってこともあるじゃないですか。それに俺、プライベートでいつか殺しをしちゃいそうなんで・・・」
「我慢しろ!それか死ぬ気で隠せ!」
「え~、やっぱり?」
うちの会社は原則として、プライベートでの犯罪行為は禁止している。
殺人という最大の犯罪を犯していて、何を言ってるんだと思うかもしれないが、要は警察のお世話になるようなことをしたらダメってことだ。
まあ、どの会社でもダメなことではあるが・・・それがかなり厳しい。
痴漢でも万引きでも前科がついたら首になる。
ちょっとでもダメ、警察のデータベースに乗った時点でアウト。
逆にいえばプライベートで人を殺したりしてもバレなければオッケーってことだ。
正直プライベートでも仕事なんかする気もないし、するやつの気が知れないけど。
後輩はそういう癖があるから、いつかやりそうってことなんだと思う。
だからってなんでそれで体を差し出すになるんだ。
「最近の若いやつは何考えてるのか、マジでよくわからん」
ため息をついてコーヒーを飲み干す。
しかし、こういう事を考え出すと俺も年取ったなと思う。
実際すぐ疲れるようになったし下っ腹も出てきた気がするから。年はとってるんだが、だんだん昔嫌だった大人になっててる気がする。
そして今になってわかる、大人の大変さ。
「じゃ、そろそろ次の現場に行くぞ~」
休憩は終わり、缶をゴミ箱に捨てて立ち上がる。
「ういっす。次のターゲットは少し面倒なんでしたよね・・・残業にならなきゃいいっすけどね・・・」
そうなのだ、次のターゲットは顔が広く仕事の後も頻繁に出歩き行動が不規則だから面倒なのだ。
「まあ、最近は大人しいし今日は大丈夫だろ」
・・・・と言っていたのだが。
完全に外れた。
「ああ~先輩が変なフラグ立てたからっすよ~」
ターゲットは誰かと待ち合わせをしているようで時間を気にしながらいつもとは違う駅に向かっている。
後輩がそれを見てがっくりと肩を落とす。
「うるせぇ・・・うわ~マジか・・・」
これは残業確定だ。
「しょうがねぇ・・・とりあえず準備しないと。おい、とりあえず夜食買ってきといてくれ。それからお前は上司に連絡。俺はとりあえずこのままつけるから、よろしく」
「うい~っす」
「はい、わかりました」
後輩それぞれに指示を出して自分も動く。
俺は今日は何回目になるのかわからないため息をついて雑踏の中に入っていった。
ターゲットの待ち合わせ相手は女だった。
高価そうなレストランに行きその後、ホテルのバーに行ったかと思うとそのまま部屋に入っていくターゲット。
「先輩、今すぐあいつを殺してきていいですかね?」
「まてまて、まだ早い」
コンビニのおにぎりが今夜の食事だった後輩がぼそりと言った、気持ちは痛いほどわかるからちょっと待て。
俺たちはビルの屋上から双眼鏡でターゲットを見張りながら喋っている。
向こうは豪華なホテルで女とセックスでこっちは風吹きすさぶ屋外で男を見張っているのだ、しかも男ばっかりの状況。
できれば俺もターゲットをサクッと殺して今すぐ帰りたい。
「こういう時はどうやって殺すか考えるのは楽しいですね」
「あー、そうかもな。ちなみにお前はどういう手段がいいと思う?」
「ナイフで滅多刺し」
「考えてねーじゃねーか。それはお前がしたい手段だろ」
俺はがっくりとうなだれる。
「もっと現実的な方法で考えろ」
俺は呆れながらも頭の中では殺害手段を模索する。
ターゲットは結婚している、ホテルにいる女は妻ではない。だからまあ、やり方は色々ある。一番ベターなのは不倫相手の女も巻き込むことだ。1人死体が増えるが不倫関係を苦にして無理心中とかが無難かな。
「あ!しまった・・・見たかったドラマの録画予約忘れてきた・・・」
後輩が頭を抱えていきなりそう言った。
「つーかお前ドラマとか見るんだな。てっきりゲームばっかりしてるイメージだった」
俺もそこそこゲームはするからそこだけはこの後輩と話が合っていたからそういう話しかしたことがなかった。
「好きな女優が出てるんすよ。めっちゃ好みで、ナイフでどうやって殺そうか考えてたらすげぇ興奮するんすよね」
めちゃくちゃ爽やかな顔でそう言われて「ああ、そうなんだ・・・」と俺は返すことしかできなかった。快楽殺人者の考えることはよくわからん。
「あ~マジであいつは俺に殺させて欲しいっす、殺し方はなんでもいいんでマジであいつを殺りたいっす!」
とうとう後輩は頭をかきむしって悔しがり出した。
俺は「はいはい。ドラマはネットで見られるだろ?」と受け流しながら携帯で時間を見る。
「そろそろいい時間だし、ターゲットもこれ以上動きはないだろ。お前ら先に戻ってていいぞ」
「え?帰っていいんすか?」
「うん、会社に帰って報告書書いたら帰っていいよ」
「報告書・・・」
後輩はがっくりと肩を落とす。
「ほら、早く書いたらそれだけ早く帰れるぞ。俺の机に置いといってくれたら残りを書いてチェックして出しとくから」
「は~い。おつかれさまっした~」
「お疲れ様です。お先、失礼します」
ぶーたれていた後輩はダラダラした感じで立ち上がりそう言って、真面目な方の後輩はさすがとしか言いようのないピシッとしたお辞儀でそう言うと屋上から立ち去った。
俺はため息を一つついてターゲットがいるホテルに目線を戻す。
双眼鏡の中ではターゲットと女は本格的のにベッドでイチャつき始めていて、さっきより深いため息が出た。
その夜、見張りに切りがついて会社に戻れたのは、あれから1時間以上経ったころだった。
「お疲れ様で~す」
「おう、お疲れ」
会社には何人かの人間が残っていた、おそらく俺と同じように調査が長引いた連中だろう。
まあ、よくあることだから慣れたものだ。
俺は手早く、後輩が置いておいてくれた報告書に目を通して、足りない部分を書き込んでいく。
2人とも個性的だが、割と仕事はきちんとしてくれるので助かる。
後は長く続いてくれることを願うだけだ。この仕事は万年人手不足だ、死亡率がかなり高いからだ。
仕事に失敗したり警察に捕まったら殺される、そのくせこの仕事はは誰にでも出来るってわけでもないから減っていく一方なのだ。
「よく考えたら俺の会社って結構、ブラックじゃね?」
まあ、わかったところで辞められないけどね、辞めたいって言ったらすぐさまその場で殺されるしな。
俺は人を殺すことは何も感じないせいか、死ぬこと自体もなにも感じない。
でも痛かったり苦しいことは嫌だ。そして、困ったことに周りには結構サディスト志向の殺し屋とか、快楽殺人者が多いので下手に辞めたいなんて言ったらここぞとばかりに仕事のストレスをぶつけられそうで嫌なのだ。
余談だが、そう言う意味で俺は同僚を殺すことが多い。
俺は特に殺し方にこだわりがないしサクッと殺すことが多いから、せめて楽に殺してくれと言ってご指名が入るのだ。
「お疲れ様っす」
「あれ?まだ帰ってなかったのか?」
「ついさっきやっと終わったんでどうせならここで一息入れて、見たかったドラマをネットで見て帰ろうと思って。あ、先輩もコーヒーどうですか?」
「おお、サンキュー」
後輩はコーヒーを俺に渡して携帯でドラマを見始める。
「もう1人は帰ったのか?」
「あいつは真面目なので、ささっと終わらせてこれからジムに行って体鍛えて来るって言ってたっす」
「うゎ、元気だな・・・」
聞いただけでげんなりしてくる。
「俺も、もうちょっと鍛えた方がいいんだろうけどな・・・」
わかっているが、面倒臭いというか現状でどうにかなっているからやる気になれない。
もらったコーヒーを飲みながら仕事を片付けてしまう。
「そうだ、先輩聞きたいことがあるんですけど」
後輩は携帯から顔をあげて言った。
「なんだ?」
俺は書類をまとめながら聞く、後はこれを上司に提出するだけ。今日の仕事はこれで終わりだ。
「今の仕事のやり方なんですけど、もっと情報収集を他の人間に任せられないですかね?」
「うん?どう言うことだ?」
「いや、なんていうか細かい情報収集をする人間と、実行する人間をもっとはっきり分けたらもっと効率がいいと思うんすよね」
「ああ、そういうことね・・・」
実は基本的な情報、例えば名前とか住所などの探偵なんかが調べれば分かりそうなことは委託で他業者に発注して得ている。そこから俺たちは細かい情報を探って計画を立てて実行に移すのだ。
後輩は、その細かい情報収集をさらに他に委託できないかと言っているのだ。
「情報収集する人間には目的が何かを知らなければもっと人も増やせるし、俺が殺せる人間の数も増やせるから一石二鳥じゃんって」
「結局それか」
俺は呆れて苦笑いになる。
「後々その中でうちに雇えるような人間も見つかるかもですし」
「まあ、お前のその案は悪くないんだけどな・・・結構難しいぞ」
俺はそう言ってその方法によって起こりうるリスクとコストを説明する。
情報収集者を雇って使うのには、それなりの出費がいるし確実にそれを回収出来るかどうかの保証もない、何をするのか教えないと言ってもどこかで気がつかれる可能性もある、そうなったら始末しないといけないわけだが。いきなり人を1人殺すのはそれはそれで、リスクが伴う。
そもそもそれを管理するのが大変だ。
件数が増えるとそれだけミスも増える。この仕事は一度のミスで全てが台無しになるから正直、かなり難しいのだ。それに情報収集を他人に任せると多少の齟齬が出てくる、特に人は一人一人感覚が違う、そのわずかな違いが後々致命的な失敗につながる可能性がある。例えば今日の殺しのターゲットは毎日観察していたからこそ丁度いいタイミングが計れて実行しても成功したのだ。
「ああ~やっぱり無理っすかね」
後輩はシュンとしてしまう。
「いや、これはかなり使う側の人間の素質に頼る方法だから。完璧に管理出来れば、かなりの成果が期待出来る。今のやり方は割合誰でもできるから採用されてるんだ。だから折衷案としてお前がもっと信用できる人間を集めて失敗した時の責任も自分で片付けられる段取りもあって、実際にそれを実行できる地盤を作ってこれば、上司に掛け合ってお前だけ違う方法を取るってこともできるぞ。まあ、一人前に1人で仕事できるようになってからの話だけどな」
そういったやり方をしていた社員は今までにもいた。それでもこのやり方が今採用されていないのは今のやり方が確実だからだ。
やってみたらわかるけど、結局地道に積み上げた方が失敗は少ないしフォローもしやすいのだ。
「それはそれで面倒臭いっすね・・・」
結局のところこの方法は、最初に下準備が必要なのだ、時間がかかる地味な作業をどこでやるかが問題なだけ。
後輩はがっくりして落ち込んでしまう。
まあ、最初の頃は誰もが通る道だ、俺も最初はそんな風に感じて同じように思ったこともあった。
でもやっぱり何人もの先人が通り、出来上がったやり方というのはそれなりの理由と経緯があるのだ。
「いや、やってみたかったらやってみてもいいと思うぞ。本当に個人の資質だし、お前なら上手くいくかもしれん」
俺は本格的に落ち込んでしまった後輩を慰める。
「もっと細部を詰めて、リスクを最大限に減らさないといけないと思うけど。それができたらもっと人を殺せるぞ」
そう言うと、後輩は難しい顔をしていたが「うう~ん、もうちょっと考えてみるっすわ・・・」と言った。
それにしてもいつも適当な態度で仕事をしているから、こんな風に真剣に考えてると思っていなかった。意外な一面に後輩の成長を感じる。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「あ、俺も帰ります」
荷物をまとめて俺は立ち上がり、PCの電源を落とし、コーヒーを飲み干してゴミ箱に捨てる。
後輩もバックを抱えて出口に向かう。
「あ、そうだ気になってたんですけど、うちの会社のあのマークってなんなんですか?」
後輩がそう言って扉についてる会社のロゴマークを指差して言った。
それは何か紐状のものが、ぐねぐね絡まったような絵柄のロゴだ。
「蛇っすかね?」
「まあ、近いかな。あれはウミヘビらしいぞ」
「ウミヘビ?何でウミヘビなんですか?」
「・・・あ~なんかカッコいいかららしい・・・」
後輩は訝しげな顔になる。
「え?なんっすかその厨二っぽい理由」
「あ、やっぱりお前もそう思う?」
俺は苦笑しながらそう言う。
これを決めたのは創始者だが、聞いた話では結構ノリと勢いで作ったらしい。
「なんか恥ずかしいっす・・・」
「それは創始者に言ってくれ。多分夜中とかにつくちゃったんだろ。まあ、言わなきゃわからないから、できるだけ黙っとけ」
「うい~っす」
そんな会話をダラダラした後俺たちは別れてそれぞれの帰路についた。
幸いなことにまだ電車はあった。
空いた車内で座る。外は真っ暗、反射して自分の疲れた顔が写ってさらに疲れを感じてしまう。
駅からの道すがら、コンビニに寄って軽く食べられる物を買って帰った。
毎日なので、何曜日にどのアルバイトがいるのか覚えてしまった、多分向こうも覚えてると思う。
・・・多分・・・むしろそうであって欲しい・・・。
悲しい気持ちになりながら帰宅。
シャワーを浴びてから買ってきた物を食べる、いつも通りの味だ。
体に悪いだろうなと思いつつ、ジムの話を聞いた時と同じく面倒臭い。
というか現状でどうにかなっているから何もする気が起きない。
ふと見るとテレビの前に埃を被ったゲームが目に入る。買ったはいいが数回やっただけで止まっているソフトが積まれている。最近は好きなゲームも放置気味だ。
昔から好きなのだが、最近は最後までする元気がない。
まあ、ソフトも長いことやっているシリーズ物で、半場惰性でやり続けているのでいいんだけど。これじゃ後輩の事を笑えない。
最近は、無料のゲーム実況動画を見てゲーム欲を満たしている。
酒もあんまり飲まないしタバコや賭け事も興味がない。唯一の趣味のゲームもこのありさまだ、自分でも何が楽しくて生きてるのかよくわからない。
コンビニで買った食事を終える、あんまり十分とはいえない食事に1人寂しい部屋、最近掃除もサボっているので散らかっていて、思わず「彼女が欲しいな・・・」と呟く。
そういえばと、今日久しぶりに見た元カノのことを思い出した。
彼女は仕事中だったのだろう、スーツを着て早歩きで歩いていた、真面目な顔をして早歩きで歩いていたのがなんだか面白かった。
俺に気がつくこともなかったが、元気そうで何よりだと思った。
彼女とは三年くらい付き合っていたと思う、好きだったから結婚も考えたし事実その方向で話も進んでいた。
だけど彼女に言われた「そういえば、何の仕事してるの?」と言われたのをきっかけにその話はなくなった。
誤魔化そうと思えばできた。ダミーの会社を作ってそれを伝えればいい、同僚の何人かはそうやって誤魔化している、だから別れる必要なんてなかったのだ。
だから結婚しても何の問題もなかったし結婚した方がよかった。
でもなぜかその時は、あの質問で結婚する気持ちが無くなってしまった。まあ、それだけが理由ではないが、そのまま何となく疎遠になってそのまま別れてしまった。
それから、情けないことに彼女もいない。
だからと言って困っていないのが困りものだ。
結婚したくないわけじゃない、かといって何が何でもしたいとも思っていない。どっちでもいいのだ。
欲に関しても同じだ、特別欲しい物も何かしたい願望も成し遂げたい野望も無い。
そう言う意味では後輩達が羨ましい、欲しいものも、目標もあるのだから。
俺の人生は流されるばっかりでしかも行き先も決めてない、ぼんやりと死があるだけ。
俺がこの職についたのも就職活動が面倒だったからだ。まさかこんなにしんどいとは思わなかったけど、でも過去に戻っても、結局同じ選択をしそうな気がする。
いつだったかテレビで見た、海に漂うクラゲになんだかやけに癒されるなと思ったら自分と似ていたのだ、クラゲもほとんど泳ぐ力が無く海に流れにまかせて漂っているだけらしい、浜辺に打ち上げられたらそれでお終い。
将来に対する漠然とした焦燥と不安はある。
でも何もする気が起きない、結局面倒くさいという結論に至ってしまう、そうして時間だけが過ぎていく。
いっそのこと、レールが敷かれたような人生だったら、もっと楽だったんじゃないかとさえ思う。
決められた職につき決められた相手と結婚、しかるべき時に子供を育てて定年になったら退職して老後。
昔はまっぴらだと思っていたのに、大人になるとそれが羨ましくなるなんて皮肉だ。
まあ、レールに敷かれた人生だったらそれはそれで文句を言っていそうだけど・・・
ぼんやり動画を見ていたら眠くなってきたので歯を磨いてベッドに入る。
電気を消しながら、今日の最後のターゲットはやっぱり無理心中にして、なんならドライブしている時にでも崖から落として殺すのがベストかなと思う。
目をつぶり、明日はその方向で仕事を進めようと頭のなかで段取りを組み立てる。
さっきまで眠かったのにベッドに入るとなかなか眠れない。
ぼんやりとまた元カノのことを思い出す。
そういえば昔、仕事で失敗したり辞めたいと思ったら、殺される前に彼女に立てた殺人計画を実行しようと思っていた事を思い出した。
昔の自分がそんな青臭い事を考えていたことを思い出して少し苦笑する。
ベッドの上でゴロゴロとなんと無く体勢を変える、横を向いてなんと無くSNSを開く。
顔もよく知らない誰かが絶えず何かを囀っている。
「みんな元気だな・・・」
そう呟いて俺は何となく『お休み』と投稿して目をつぶった。
「お休み・・・」
今日も平凡で退屈な一日だった、明日もきっと平凡で退屈だろう。
俺はそう思って今度こそ眠りについた。