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アリス姫の騎士

作者: edwin

「我々は家族だ!大切な思い出がこの(いえ)にあるし、我々の子供も楽しくはしゃぎながらここで大きくなって欲しい!それが我々の答えだ!」

アリス姫の拳は震えてる。

この敵はあまりにも強大だ。勝てるはずがないし、自殺行為でしかないかもしれない。

だとしても。

「降参だと?笑止!ほしいなら自力で奪うがいい!」

「はっはっはっ、そうかそうか。それでは仕方がない。最後の晩餐をせいぜい楽しむんだな、明日で死んでもらうぞ。」

城の外からでも将軍の声がはっきり聞こえる。

微塵も不安がなかった。


「心配するな、アリス。わたしたちなら勝てるさ」

赤色の髪があまりにもキリルの熱い目にふさわしいな、とアリス姫は思った。

「そうだと信じたい」

「あいつら、数が多いかも知んないけど、それだけだろう。いくら雑魚が集まっても真の騎士の敵じゃない」

「ありがとう、キリル」

彼女が自分の言葉を信じてないだろう。

騎士は神でも魔法使いでもないし。

「しかし、あの裏切り者めによく言ってくれましたわ。さすがアリス」

マユリの声は冷静そのものだった。

明日に死ぬかも知らないのに。

「真実を言ったまでだ。マユリなら同じことをするだろう」

「そうかも知りません。でもアリス姫のようなキリッとした優雅な声で言える自信がありません。」

いや待て褒めてるのかからかってるのか。

「まぁ、確かにアリスの演説は悪くなったんだけどさ、わたしならもっと怯えさせたぜ。そうさ!この剣で刺してやる!みたいな」

「物騒ですね、キリル。我々は殺人鬼ではなく騎士ですわ」

「だってあいつらがわたしたちを殺そうとしてるんだろう。別にいいじゃん」

「わかってませんな、キリルは。まぁこれから成長することを祈りましょう」

「なんだとっ!」

「ふたりとも…喧嘩しないで…」

小さな声で青色の髪の少女が二人を落ち着かそうとしている。

「イナラの言うとおりだ。喧嘩したいなら外の軍とでもすればいい」

部屋が静かになった。美味しい紅茶を啜りながら、アリス姫が大切な仲間達を見た。

生まれたころからこの三人と一緒に生きてきた。キリルは父上の友達や王国軍の大将軍であるキラサン・ヴィラリア殿の一人娘、マユリは母上の友達や偉大なるリッラスチア家の当主であるセリア・リッラスチア様の長女。イナラだけに特別な血筋はない(少なくとも不明)。でもそれがすべて関係なかった。

小さな子供にとって血筋に意味などない。あの三人だけとはアリス姫は「姫」ではなくて「友達」でいられた。一緒に城でかくれんぼをしたり、長い廊下で追いかけっこをしたり、台所に潜んでお菓子を盗んだり、一緒に遊んでくれる大切な親友だった。

だから死なせたくない。

「とりあえず作戦会議でもしましょうかしら?何かいいアイデアが出るかも知りませんわ」

テーブルの上にゆっくり茶碗を置いて、マユリが冷静にそう提案した。

「そうだね、やるだけやってみよう。キリル、状況報告をお願いする」

「了解。まぁみんなもう知ってるんだろうけど、ちょっとキツい。我が王国軍の九割は東方にて帝国と交戦中。西のほうは安全なはずだったんだけど、あのクソ共和国が条約をやぶって侵攻、いま最低限の防衛しかないサレンタリア城の周りに2万以上の共和国軍が攻城準備中」

「何でこうなったのよ…私たちが戦うはずじゃなかった…」

「イナラの気持ちは分からなくもないけどさ、今は仕方ないだろう。時間がないんだし、生き残る方法を考えよう。で、報告の続きだけど、第四軍が助けに来てるらしいから、一週間くらい耐えればなんとかなる。城の防衛に尽くすしかない」

「やっぱり脱出は不可能かしら?サレンタリア城の大切な思い出を失うのは大変残念ですけれど、わたしたちの命のほうが大事です」

「出来ると思ったらもうとっくにやってるけど、偵察隊の一人も帰ってこないのよ?共和国軍の包囲に隙間はないみたい。チクショウ、せめてもうちょっと早くあいつらの動きに気づいたら」

「キリルのせいじゃない。それでは、他にアイデアがあるかな?」

意見は出尽くしたようだった。

「じゃぁ解散しよう。キリル、城壁の守備兵の準備を確認してくれ。マユリ、他の貴族の様子を見て必要であれば落ち着かさせて。彼らの支援は必須だからね。イナラ、敵の動きを見てどこからどうやって攻めるのか考えろ。いいな?」

「「「了解!」」」


「で、アリスも来るのか?」

「わたしだけ何もしないわけにもいけないだろう。城の皆に挨拶をしようかと思ってる」

キリルとアリス姫が城壁へ歩いている。

「それにしてもなんかワクワクするよね。まるで父さんの模擬戦じゃない」

「あれは楽しかったなー」

「そうだろうそうだろう。いつか勝ちたかったなー。あの最後の作戦で結構いけたんだね、イナラのアイデアは間違ってなかったんだけど、わたしたちは遅すぎるし弱すぎる」

「キリルのせいじゃないよ、あなたの剣術は素晴らしかった。わたしももっと練習しないとね」

「いやぁそれは仕方ない、アリスは姫様だし他にやることがいっぱいあるだろう。大変だね~でもアリスは最高の練習相手だから、ちょっと残念。イナラやマユリは弱すぎるし」

「あいつらは体より頭を使う係だから。そもそもマユリみたいな綺麗なお嬢様は戦争に向いてないだろう」

ていうかイナラもマユリも立派な騎士だ。キリルは剣術の天才で比べ物にならないだけ。

「でもマユリよりアリスのほうがかっこいいぜ」

「やめてよ、わたしは容姿端麗なお姫様にはなれないのはわかってるから」

「本当だって」

アリス姫は綺麗じゃないわけではない。特にあの長くて美しい金色の髪は世界中で有名だ。でも胸は大きくないし所作はマユリのように優雅ではなかった。いつもマユリに憧れていた。

それでもキリルの自信たっぷりな顔や動きにも魅力を感じた。

「よし、皆頑張ってるそうだね。十分な矢も集まったし、全員分の弓も武器も鎧もある。このまま問題なく一週間戦える…はず」

「よくやったな、キリル。正直間に合うかどうか不安だった」

「いやぁわたしの部下が優秀なだけだ。ベテランがいて助かったよ、彼らに任せっぱなしだった」

それはそうかもしれないけど、この短い間に有能なベテランを見つけ、全ての仕事をうまく割り振ったのは間違いなく彼女の有能さのあかしだった。

「じゃあさ、せっかくだしアリスも演説しない?姫様の言葉は兵士の力らしいよ」

「なにそれ。まぁ最初からそのつもりだったんだけど」

「了解。皆!静かに!」

「みんな、ありがとう!ここに集まってくれてありがとう!ここで戦う覚悟をしてくれてありがとう!あなたたちのような勇敢で立派な戦士は我が国の誉れであり礎だ!だから心の底から、ありがとう!

つらい戦いになるだろう。全員に帰ってほしいと思っている、それは叶わない願いかもしれない。だとしても、だとしても守りたい大切な友達や家族がいる限り我々は諦めない!わたしは姫として王国の人民すべてを愛してる!皆の幸せを願ってる!だから明日わたしは戦う、大事な人を守るために!みんな、わたしと一緒に戦ってくれ!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」」

「「アリス姫万歳!王国万歳!」」

兵士たちの顔が情熱に溢れてる。

希望で輝いてる。


「アリス、来てくださったんですね」

「そうだ。貴族たちの様子は?」

「問題ありません…と言いたいことですけど、やっぱり不安だらけですね。我々が負けたら共和国に寝返る者は多いでしょう」

マユリの声は疲労でかすれているけど、それでも誰にも負けないような美しさは衰えてない。

「仕方ないか、その場合すべてを失う以外に選択肢はないだろう。負ける前に裏返らなければそれで十分」

「その可能性は低いかと思いますわ。共和国が貴族という存在自体を否定してる、何をしても普通の凡人でしかなくなります。利己的な者はそれを理解してるし、そうではない者はアリスへの忠義を尽くさないはずがありませんわ」

「そこまで言うなら安心だね。マユリを信じてるから」

「ありがとうございます、アリス」

「わたしもなにか言ってあげたほうがいいかな?兵士たちにも演説したことだし」

「その必要はありませんかと。むしろ今は開戦の準備に忙しすぎて大切な貴族にすら会えないっていう印象が大事だと思いますわ。戦いの終わった後に感謝のパーティを開きましょう」

「そうね。また一緒にドレスを選んでパーティを楽しもうか」

「キリルは嫌がるでしょう。なんか楽しみですね」

文句ばかり言ってるキリルのドレス姿を想像しながらふたりともクスクス笑った。敵軍の侵攻が始まったばかりだがこんなに笑うのは久しぶりのような気がした。

「変わってないなキリルは。私たちだけの集まりにいつも男の子の格好で来たんだ」

「そうですね。わたしの十四歳の誕生日に真っ赤なドレスを来させたのを覚えてるかしら?」

「そうだったそうだった!あいつの表情は本当に面白かったな、あんなに恥ずかしがってるキリルは見たことがない」

「やっぱり貴族とのパーティよりわたしたちのパーティのほうが楽しいですね。好きなだけお菓子を食べながら気軽に夜までお話が出来るし本当にいつも最高でした」

「でもマユリはお菓子を食べ過ぎたんじゃないの?あの時イナラが注意したんだけどそれでもお腹を壊しちゃったんだし」

「うるさいですね。美味しいからいいですもの」

「まぁ確かにあれは美味しかった。けどわたしはマユリの手作りお菓子のほうがよかった。もっと作ればいいのに」

「そんな、わたしはまだまだですよ。でもアリスがそう言うならまた作ろうかしら、戦いの終わった後に」

「じゃぁこの戦いを早く終わらせないとね。マユリのお菓子が楽しみだ!」


そしてアリス姫はサレンタリア城の人々を見た。

絶望した者。

覚悟した者。

敵に降伏したい者。

一緒に戦いたい者。

姫として出来る限りのことをした…つもりだった。皆と話をして、皆の気持ちを聞いて、皆に感謝をして、皆を勇気づけて。明日の戦争に一人でも多くの人が一生懸命手伝ってくれるように。

でもこうやって城壁の上に来て大勢の敵軍を見下ろしたら、すべてが無意味かもしらないと痛感した。

「イナラは何人いると思う?」

「わたしの推算が正しければ…2万4千人です」

「凄いねこれ。わたし達に気づかれないままこれまでの大軍を集められるなんて、やっぱり侮れないね共和国」

「はい…」

「それじゃ、報告をお願い」

「はい!えっと…おそらく西門から攻めるつもりかと思います。攻城用の破城槌はあそこに集まってるし、わたし達の射手から守る大盾隊もその辺に見えますよね。城壁を回しましたけど、他の包囲隊はすべてわたし達が逃げられないように防衛を固めているだけです…あと指揮官のテントはあそこに見えます、迅速に攻城中の兵士に指示が出せるためかと思います」

「はるほど。奇襲の可能性は?」

「低いかと思います。必要ないです、どちらにせよ数では共和国軍が大いに勝ってます、普通に準備をちゃんと整えて正々堂々と攻めたほうがいいです…もちろん断定出来ませんけど」

「どうせわたし達に余裕はない。明日防衛を西門に集中させよう」

「はい」

周りの敵軍を見ながらアリス姫は突然強い怒りを感じた。なにこの外人たち、なんでわたし達との条約を破ってもわたし達の国に攻めるの?何人を殺せば、何人の家を奪って何人の家族を壊せば気が済むのよ?普通に平和に暮せばいいじゃない!わたし達に関わらないで、触らないで、自分の国の領域に満足しろこの強欲な豚め、とアリス姫は思った。

「死んじゃえばいい」

「…」

「共和国人なんて死んじゃえばいい!」

「…違いますよ、アリス」

「なに?」

「あそこの赤い旗が見えますか?」

「それは何が?」

「ジュリアさんの旗印です」

「ジュリアってあのジュリア?彼女軍人じゃなくて政治家だろう?なぜここに」

「おそらく軍隊を見守る立場です。あと征服後に王国の政治体制を速やかに共和国みたいに改革するために…」

「そうか。なんか久しぶりよね、最後に会ったのは降誕祭かな?」

「はい。あのときジュリアに貰ったネックレスをまだ付けています…綺麗でしょう?」

確かにあのきらきらしてる瑠璃色のネックレスはイナラの青髪によく似合ってる。あまり目立たないけど、ちゃんと見たら驚くほど綺麗にできてる。

イナラ自身のように。

「そういえばチェスも指したね。そしてイナラが勝った」

「はい…ぎりぎりでしたけど」

「それでも大したもんだ、共和国人のチェス力は本当に凄かった。わたしやマユリはまだ一度でもジュリア達に勝ったことがない」

「そんな…わたしはアリスみたいな姫様じゃないから練習できる時間が多かっただけですよ」

「実はね、降誕祭以来時間のある時にこっそり練習してる。次こそ勝ってみせる!」

「本当?言ってくれたら手伝いましたのに!」

「サプライズにするつもりだった。まぁ今それを台無しにしたんだけど」

アリス姫の苦笑に対してイナラの熱気がますます高まった。

「大丈夫です、アリス!是非わたしに教えさせてください!アリスならきっとジュリアにでも勝てるようになれるから!」

「えっと…じゃ頼んだよ、イナラ。暇なときに」

「はい!」


そして準備がすべて整ったところで皆が晩ご飯を一緒に食べてる。

キリルはちょっとだけ汗をかいてる。おそらく自ら兵士達を手伝ったのだろう。さすがキリル、都の全軍の指揮官になっても全然変わってない。

マユリは落ち着いた様子で静かに紅茶を飲んでる。今日一日中ずっと王国のお金持ちや豪族

と話し合ってたとは思えない。

挨拶や状況報告を済ませた後。

「皆ありがとう。姫として友人として感謝してる」

「なぁに、アリスのためならこれくらいなんともないぜ」

「キリルの言うとおりですわ。わたし達は当然のことをしたまでです、お礼には及びません」

「それでもだ。イナラも、よく頑張ったよ」

「あ…ありがとうございます、アリス…」

「それにしてもここまで出来るとは思わなかった。平和で何もないときならともかく、共和国の全軍奇襲でもわたし達だけでサレンタリア城を収めるなんて」

「そのために今まで勉強したではないかしら?実際にやったことがないとは言え、わたし達は十分戦略の知識を持ってるはずですわ」

「いやお前全然戦争の勉強してないだろう。わたし達だけに作戦を任せたくせによく言うね」

「交渉も人脈も戦略の一部ではないでしょうか、キリル?政府の財源だけで共和国に勝てると思うかしら?」

「そうだね、大事なことだね。騎士としてそれはどうかと思うけど」

「アリスの騎士が脳筋ばかりだったら困りますからね」

「なんだとっ!」

「ふたりとも…喧嘩してる場合じゃないでしょう」

「いいじゃないか。喧嘩するほど仲がいいってことだろう」

小さな声でイナラが二人を止めようとしたんだけど、アリス姫の微笑を見て諦めた。こんな他愛ない口喧嘩はあまりにも微笑ましくて、懐かしくて、こういう争いしかなかった日々の尊さを痛感せざるを得ない。

「それにしてもいつもよりうまいなこのステーキ。料理人達に礼を言わなきゃ」

「わたしが一番いいのを用意させたんだから。初めての戦争だし、気合を入れないと」

「さすがアリス!わかってるじゃん」

「わたし達がこれを作ろうとしたときを覚えてるかしら?」

「うんうん、あんなに焦げてるステーキは食べたことがない」

「レシピ通りに作ってないからですよ、キリル…」

「だって面倒くさいんだもん」

「まぁわたし達も人のことが言えませんわね。サラダは簡単なはずですけど何を間違えたのかしら?」

「なんでしょう…料理人に教えてもらえばよかったです」

「やっぱりキリルが彼らを追い出したんですから」

「いやいやいやわたし達だけで作らないと意味がないだろうが!ね、アリス?」

「そうだね。楽しかったんだから結果はアレでもいいじゃない」

一緒に盛り上がる、一緒に頑張る、一緒に勉強する、一緒に失敗しても一緒に立ち上がって一緒に乗り越える。

世界で一番大切な親友と共に。

これほど楽しいことはないだろう。


晩ご飯を食べた後、アリス姫はすぐお風呂に入ってすべての不安や悩みや恐怖を忘れようとした。

無理だった。

「本当に私は姫にふさわしかったのかな?イナラなら敵の動きを読めたかも、マユリなら共和国との条約を破れないように作れたかも、キリルなら侵攻前に戦争の準備を整えたかも。

わたしに何が出来る?この金色の髪でファンを集める?このキレイな声でいい演説をする?それは姫様じゃなくてアイドルだろう。馬鹿馬鹿しい」

ため息をつきながらアリス姫はゆっくり湯の中に体を沈めた。

「ね、アリス?入ってんの?」

「キリルか?」

「キリルだよ、わたしも一緒に入っていい?」

「いいよ」

全裸のキリルが風呂場に入って。誰でもキリルはなんか男の子っぽいと思うだろう。短い赤髪に長い足、小さな胸に筋肉質な体。でもこの光景を見慣れてるアリス姫はキリルが間違いなく可愛い女の子であることをわかってる。

「アリスは何か考えてるのかな?」

「別に何も。キリルは?」

「そうだね。まぁ強いて言うなら、本当に指揮官はわたしでいいのかなってことだ」

「何言ってんの?キリルがやらなかったら誰がやる?」

「イナラとか?」

「イナラは戦略が上手だけどカリスマが足りないのよ」

「じゃ第二軍のフレデリック将軍とか」

「それじゃ誰が第二軍を率いる?」

「アリスの意地悪!」

「キリルが考えてないだけだよ」

沈黙。

「父さんがまだ生きてるなら…」

「そうだけど、今それを考えても仕方がない」

「ごめん、わたしなんかよりアリスのほうが辛いよね。お父さんだけじゃなくてお母さんも失ったんだし、ごめんね」

「そんなことー」

「あるよ!わたし達はまだ子供じゃないか!アリスは姫だ、王じゃない!アリスのお父さんはまだ数十年王を続けるはずだった!なのに、なのに…」

アリスは覚えてる。父上と母上とキリルのお父さんとマユリのお母さんと他の高官の旅行。両親がいない間を楽しめると思ってる四人の友達。あの使いの者の震えてる声。最初は信じられなかった、何かの冗談か間違いか嘘かと思ったんだけど真実だとわかった時の悲しみや絶望や帝国への怒り。

でも今それを考えても仕方がない。

「普通ならわたしだって父上達を弔いたいのよ。でも皆も同じじゃない、皆も我が国の偉大なる王を愛したじゃない、姫様であるわたしがしっかりしないと王国が滅べるのよ」

「やっぱりアリスは凄いよね。わたしは忘れられないよ、父さんは厳しく見えたんだけど本当は優しかったんだ、わたしが練習中に怪我をした時にいつも医者に任せるじゃなくて自分の手で絆創膏を貼ったんだよ。わたしの憧れだったんだよ!なんで、なんで死ななきゃいけないの?」

キリルは泣いてる。

アリスがゆっくり彼女を抱きしめて、背中を優しく撫でた。

何も言えなかった。


お風呂を出た後にアリス姫は紅茶を飲んだ。キリルを一人にしたくなかったんだけど、ずっと一緒にいるわけにもいかない。

「アリス?ちょっといいでしょうか?」

「いいよ。お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

マユリの長くて綺麗な黒髪はちょっと濡れてる、多分お風呂に入ったばかりだろう。それでも彼女の優雅で雅やかな動きは本物の姫様であるアリスよりずっと淑やかであった。

やっぱり子供の頃からもっと頑張ればよかったかな、とアリス姫は思った。

「それで、何の用かな?」

「マルキュア家の当主が逃げました」

「えっ?」

「壁の外に出させて共和国の陣営に入った、との報告がありました。最初からマルキュア家は共和国と縁があったので、おそらく彼らを支援したほうが安全と思ってます」

「何で!貴族でなくなるだろう?領土も称号も数百年の歴史も失うだろう?彼はそれでいいの?」

「『どうせわたし達に勝ち目はない、降伏して普通の社長とかになればいい』って」

「マユリ…」

「あのゲス!アリスを裏切って、民を見捨てて、自分だけを救おうとしてる最低なクズです」

マユリの声は怖いほど冷たい。

「彼みたいな人間がいるからこんなことになってる!お母様達を卑怯な暗殺で殺した帝国も、条約なんかにはその紙程度の価値しかないと思ってる共和国も、皆自分の身を守ればそれでいい!人間としての矜持はないのかよ?」

敬語でなくなってる。

「わたし達は獣ではないはず。わたし達には他人を思える心があるはず。でもそれならなんで人は奪い、犯し、騙し、殺す?誰も信頼できないと思って他人をずっと警戒しながら生きていくしかないの?」

「マユリ、わたし達がいるじゃないか?何があっても、わたしもキリルもイナラもあなたを裏切らない」

「うん、わかってる。わたしの気持ちは同じ。でも他の人は…」

「他に信頼出来る人だっているじゃないか?マルキュア家の当主みたいな人もいるかもしれないけど信頼出来る忠臣もいるだろう?悪を倒して心優しい世界を作ればいい!」

「そうだね。いいえ、そうです、アリスの仰る通りです!不忠なクズどもを排除して、平和な国を目指しましょう!」

「その通りだ。手伝ってくれる?」

「言うまでもありません。我が国の姫様かつわたしの親友アリスに、どこまでもついていきます」

「ありがとう、マユリ。愛してるよ」

「わたしもアリスを愛してます」


寝室に帰って横になってもアリス姫は眠れなかった。

緊張するのは当然のことであり仕方がないかもしれないけど、やっぱり明日のために睡眠を取らなきゃいけないと思いながら全然眠れないのは辛い。

「トントン」

「イナラか?」

「はい…」

「入っていいよ」

寝巻姿のイナラが恐る恐るアリス姫の寝室に入った。

「なんだ、イナラも眠れないのか?」

「そうです…」

「それじゃ久しぶりに一緒に寝よう」

「いいんですか!?」

「もちろん」

こんなに嬉しそうなイナラを見てアリス姫もつい嬉しくなった。どんな悩みでも可愛い女の子の前には無力かもしれない。

そしてイナラが遠慮なくベッドに入った。

「ありがとう、アリス…明日のことを考えたら怖くて怖くて眠れなかったのです…いつも臆病でごめんなさい」

「気にするな。実はわたしも眠れなかったからちょうどよかった」

「やっぱりアリスは優しいな…」

本当のことなのに何で信じてくれないのよ。

「アリスがいて良かったです…アリスの体は暖かいな…」

「よしよし、これで安心して眠れるだろう?」

「はい!」

「何も心配することはない。わたし達が必ず勝つから」

「アリスのことを信じてるけど、信じたいけど、敵が多すぎるのです…本当に勝てるかな?」

「勝てるさ。一週間この城を守れば第四軍が来る。あいつらはいっぱい戦ってきたベテランだ、敵の数のほうが多くても負けられない。共和国軍が後退し、我々は助かる」

「その後は?」

「えっと、我々に勝てないことに気づいた共和国ともう一度条約を結ぶ。東の軍が勝ったら帝国が降伏し、世界は平和になる。そしてわたしが女王になってイナラとキリルとマユリとずっと一緒に幸せに生きていく。これでどうだ?」

「完璧ですね…完璧な夢です」

「うん」

「でも一週間耐えるかどうかわからないし、第四軍が勝てるかどうかもわからない。共和国が援軍を送る可能性もあるし、完全な戦争状態になるかも。帝国がいる限り他の軍を呼べないから第四軍だけで共和国の全軍に勝てなきゃいけなくなる。もし共和国に勝っても帝国に負けたら何も変わらないし我が国が滅びる」

「わかってる。それでもやらなきゃいけない」

「怖いです。アリスもみんなも失いたくない…」

「うん」

「わたしの大切な親友でしょう!家族がいなかった、わたしにはあなた達しかいない!城の人達はわたしを育ててくれたけれども親代わりになってたわけではないし彼らにとってわたしの世話は仕事でしかなかった。でもアリスがわたしを友達と呼んでくれた。キリルもマユリもわたしと遊んでわたしをただの大切な仲間として接してくれた!好きですよ、アリス、大好きです!失いたくない!」

「わたしも皆もイナラが好きだ、ずっと一緒に居たいのはあなただけじゃないのよ。だからわたしは王国の勝利のために精一杯頑張るさ。でももし共和国が平和条約を拒否して全軍で攻めても、もし帝国が東の軍を破っても、わたし達は死なない。四人で逃げて遠い国に普通の人として暮らそう。だから大丈夫だ」

「本当にいいの?」

「いいわけないだろう。わたしだって姫様だ、我が国の人々を裏切りたいわけがない!国の人々を愛してる!でもイナラとキリルとマユリのほうが大事だ。絶対に死なせない。あなた達のためなら世界なんて滅べばいい」

「はい!ありがとう、アリス」

イナラがアリス姫を抱きしめた。

これで本当に安心して眠れそう。


翌日。

一緒に起きたイナラとアリス姫がいつもの食堂に来たらマユリとキリルは静かに待ってる。

敵軍はまだ動いてない。

「おはよう」

「「おはようございます」」

無言で朝ご飯を食べた。

いつもなら四人は話し合いながら食べてる。懐かしい昔話とか今日の楽しい予定とか未来のキラキラな夢とか会話のネタは山ほどあるんだから。

でも今日は誰も笑ってない。

そして西門へ向かっていった。作戦はバッチリ練ってるはずだから何も言えることはない。

城壁の上に数百人の弓兵が待ち構えてる。西門の前に帝都の精鋭部隊が覚悟を決めてる。その後ろに他の兵士が準備を整えてる。

アリス姫達が鎧に着替えて自分の愛刀を手に取った。王国一の刀工が作った最高の武器である。

「よし!」

「準備はいいかしら?」

「はい…大丈夫です」

「いつでも来い!」

その時。

壁の外から共和国軍の突撃ラッパが鳴り響いた。

アリス姫の頬に一滴の汗が流れた。

「弓兵、用意!撃て!」

壁の上から数百の矢が放たれて、その直後盾に当たる音が聞こえて不安が兵士達の顔に出た。弓だけでは共和国軍が止められないのは分かってるんだけど、もっと手応えがあってもいいんんじゃない?

「弓兵、用意!撃て!」

いくら繰り返しても効果は薄かった。でも敵の動きを制動すればそれで十分、一度に大勢で責めないようにすれば後は兵士達がなんとかする。

破城槌が西門に激突して大きな穴を開いた。その穴から敵軍の兵士が入ってきて槍で王国への攻撃を開始した。

しかし待ち構えてる精鋭部隊がそれを迎撃した。この瞬間のためだけにキリルがこの精鋭部隊を組んだと言っても過言ではない。槍兵の攻撃を予想して特訓した精鋭が進撃を完全に防いだ。

一瞬の希望。

その後ろにだんだん大きくなってる西門の穴から共和国の兵士が溢れてきてまた精鋭部隊に突撃した。一人、また一人のアリス姫の忠実な武士が倒れた。

「やばっ」

「王国軍、前進!隙間を防げ!誰も通せない!」

完全な乱戦状態に入って、弓兵の援護がいるにも関わらず敵軍の槍兵がゆっくり城の中に進んでる。共和国軍を甘く見たとしか言いようがない。

「仕方ない。騎士の力を見せてやる!」

愛刀を強く握って熱い声で叫んで乱戦の中にキリルが突っ込んで、マユリもイナラもアリス姫も周りの近衛兵も彼女に続いた。

最高にかっこいいな、キリルは。

長年の練習で培った剣術はあまりにも精密で、あまりにも美しかった。次から次へ来る槍兵を最小限の動きで斬って斬って斬りまくって、敵陣の中に突っ込んだ。

一人の槍兵が来ても問題なく倒した。

二人の槍兵が来たら一人の攻撃を綺麗に躱しながらもう一人を斬った。

そして三人の槍兵が同時に攻めてきたとき、いくらキリルでも躱しきれなかった。キリルは一つの攻撃を肘で受けたが、その隙を見逃さずにまた一人の兵士が槍をキリルの胸に刺した。

「あっ」

一瞬過ぎてアリス姫に出来ることなんてなかった。

全幅の信頼を置くアリス姫の騎士であり子供の頃から大切なかけがえのない友達であり心の底から愛してる親友であるキリルが地面に倒れた。

「キリル!!」

叫びながらマユリが槍兵に突撃して。お嬢様とは思えないほど早いマユリが一人の敵を腰に刺して、もう一人の腕を切り落とした。

胸から際限なく血を流しているキリルの身体へ走っていった。

必死過ぎて倒れても死んでない敵の存在を忘れてる。

誰かの手に足首を掴まれたマユリがバランスを失った。

戦場にバランスを失うのは致命的なミス。

敵兵の槍がキリルの美しい顔を直接刺した。動かなくなっていたマユリの身体が後ろへ倒れて、敵兵が槍を抜くと、濃い血と脳味噌が溢れてきて槍から地面に滴った。

アリス姫の頭が完全に真っ白になった。

何すんのよ、マユリ?お菓子を作ってくれるんじゃなかったの?この悪い冗談をやめてよ、お願いだから起きて!

「よくも…よくもわたしのマユリを…!」

イナラがこんな怖い声を出すなんて。

そうだ、イナラがいる。まだ遅くない、一緒にこの戦場から脱出してこの戦争から逃げて遠い国に暮らそう。普通の家に住んでわたしにチェスを教えて、イナラ!

その最後の希望であるイナラが完全にいかれた目で共和国軍を睨んでる。

ダメだ。

いかないで。

わたしを一人にしないで。

イナラの突撃が冷静な兵士達に効くはずがなかった。正常なイナラは決して弱くない、一騎打ちならこんな兵士共に負けるわけはない。でも潤んだ目で戦うのは難しいことだ。

槍に刺されてるイナラを見たくないけど動こうとしてもアリス姫の体は従ってくれない。

イナラの甲高い悲鳴を聞きたくないけど耳が勝手に聞いてしまう。

この血の臭いはイナラのじゃないとわかってても頭が勝手に想像しちゃう。

ふざけるな。

こんなの真実であるわけがない。

家族より大切な友達が居てくれてからこそ両親を失ってもアリス姫はここまで耐えて頑張ってきた。

炎のように熱くてかっこいいキリル。

月のように綺麗で淑やかなマユリ。

天使のように賢くて優しいイナラ。

何があってもずっと遊んでくれて支えてくれて愛してくれた親友達。

皆がいない世界になんて生きたくない。

じゃぁ死ねばいい。

この敵はアリス姫を見分けられるだろう。だってこの金髪はあまりにも有名であまりにも美しい。そして姫様が人質なら王国を降伏させるのは容易くなるだろう。

死なせくれないのなら自分で自分を殺すしかない。

アリス姫は大きく息を吸って愛刀を自分の腹へ向けた。

敵兵が突進し始めたけどもう遅い。

さよなら、キリル、マユリ、イナラ。愛してるよ。

一瞬痛かった。


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