ある雨の日の出来事
それは、生暖かい雨が降る夏のある日の事でした。
「けいはね。プーさんがいいのにね。ママがね、ママがねっ」
女の子はそう話しながらも、また涙が込み上げてきてしゃくり上げた。
公園の中心にコンクリートのドームがある。砂場に隣接して作られたこれは、ジャングルジムの様に遊べるように幾つもの穴が開いていた。頂上に上りやすいように梯子もついていたが、今はどうでもいい。
ただ、子供が雨宿り出来る位の大きさがあった。
事実、恵子はそこで雨宿りをしていた。
「ワンちゃん、帰る所はないの?」
と言って涙を拭いたその目は、もう十分に赤くなっていた。
「けいはね。ママがね、プーさん来たって言ったけどね。プーさんはプーさんじゃないの。けいのプーさんはね、どこか行っちゃったの。だからね、けいはプーさんを探しに来たの。でもね、でもね、プーさん見つからないの。だからね、けいはお家に帰れないのよ」
そう言って涙ぐんだ恵子の体は、少しだが震えていた。それは決して体中が雨に濡れていたせいばかりではなかったろう。
ふと、外を見た。声が聞こえたような気がして外へ出てみると、雨はすっかりやんでいた。口笛の音がして、今度ははっきりと聞こえた。
「ミルキー、ミルキー」
男の声だった。
私は駆け出そうとして、一度振り返った。彼女は不思議そうな、そして心配そうな顔をしていた。また声が聞こえてきて、私は走り出した。
最後に一度だけ振り返ると、彼女は悲しそうな顔だった。次に声が聞こえた時には、私はもう振り返らなかった。
その必要は、ないと思えた。
「ワンちゃん、行っちゃった」
暫くして、恵子はそうつぶやいた。
自分は一人ぼっちになってしまったという思いが、じわりじわりと込み上げてきた。
耐えられなくなって声をあげて泣いた。泣いて泣いて、泣き続けていると不意に目の前が暗くなった。
「恵子!恵子、ごめんね」
目の前に現れたママは、恵子をぎゅっと抱きしめた。
「恵子のプーさんは、大切な大切なプーさんなのよね」
その手には、古くなって所々傷んだぬいぐるみが握られていた。
恵子はその日一番の大声で泣いた。
体の震えは、もう止まっていた。