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救世主になる方法

作者:兎煙 蜜杷
 チャリン……、

 ざわついた人混みでも、確かに届いた金属音。僕は何気なく読んでいた本から視線を上げて、その音の方を見た。

 小銭を落とした女性。どうやら日本人らしい。たったの1セント、だがそれに気づいたのは僕と落とした本人だけではなかった。

 屈んで拾おうとした女性を押し退けて走ってきたみすぼらしい少年。必死の形相で、骨と皮だけの身体を動かして、地面を転がる1セントを掴んだ。

「あ、……ちょっ、と……」

 女性が手を伸ばすが、少年は硬貨を握りしめたまま震えながら女性を睨み付けている。しばらく黙っていた女性が、肩をすくめて少年へ硬貨を持っていくよう、ジェスチャーした。

 少年はまだ警戒しながらも、ジリジリ後退し、そのままどこにそんな力があるのかと言いたくなるほど素早く、人混みを縫って消えていった。

 その一連の経緯を見ていた数人のアメリカ人が呆れたように首を振り、止めていた足を進める。

 お人好しで世間知らずの日本人に、付き合いきれないといった様子だろう。

 僕も日本人だが、アメリカ住みが長いからか同じく小さくため息をついて本へ視線を戻す。

 そして歩き出そうとした瞬間、女性の悲鳴が通りに響いた。といっても、雑音が多くあるなか、自分の小さな世界に夢中な人々が気にするわけなく、誰も足を止めない。

「誰か、その子を! 捕まえて!」

 日本語で叫んだところでさして意味はない。だが、女性は必死でそう叫んだ。まるで、アメリカ人に混じって存在している日本人()にすがるかのように。

 再びため息をついて振り返った。女性の財布を握りしめた、先ほどとは別の少年が僕に向かって走ってくる。僕は読みかけの本を閉じ、必死で前を見れていない少年の腹を軽く蹴り飛ばした。ひ弱な身体が後ろへひっくり返り、地面に伏せる。

 その手から財布を取ると、追ってきた女性へ差し出した。女性は震えながら財布を受けとると深く頭を下げた。

「どうぞ」
「日本人……、あっありがとうございます……。でも、なにもここまでしなくても……」

 咳き込みながら少年が起き上がる。と同時に鋭い視線が僕に向けられた。その眼にありありと浮かぶ、生への執着と、邪魔した僕への憎しみ。しばらくにらみ合った後、少年が叫ぶように英語でまくし立てた。

『なにすんだよ!』
『なんの話だ』
『なんで、俺だけ蹴るんだ! あいつは見逃したくせに!』
『お前は黙って盗んだからだ。ほしいならこの人に頼んでみろ』
『……っ』

 英語でのやり取りにおどおどしていた女性に、少年が一言叫んだ。

「Give me money!」

 さすがの女性でも意味を理解したらしい。青ざめて首を振ると、財布を強く握りしめた。そして小さく、たどたどしい英語で答える。

「ソーリー……」

 少年がキッと女性を睨み、きつく唇を結んだあと、逃げるようにその場を去っていった。

「あの……」
「……ここは日本じゃありません。あなたが先の少年に見せた中途半端な同情が、あの彼を傷つけた。全てに責任を持てないなら、中途半端に同情をちらつかせるのはただの残酷な行為にしかならない、やめるべきです。……全てを救えるほど、僕たちには力はない」

 言葉を失った女性を見てから、僕はなにも言わずに歩き出した。いつの間にか周りの野次馬もいなくなっている。

 僕は読みかけの本を開いた。と同時によく通る日本語が耳に届いた。

「なら! これから全てに責任を持ちます。わたしはわたしのやり方で、世界を変えていきます。それならば、あの子達を救う資格もあるでしょう」

 振り返った僕につかつかと近づくと女性は僕から本を奪った。

「足りない力はこれからつければいいじゃないですか。……世界を救いたい気持ちは、わたしも同じです。だから……」

 本のタイトルを撫でながら、女性は微笑む。その意志の強い笑顔に押されるように僕は小さく頷いた。

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