進まぬ話
ヒトがいるこの世界、実は様々な扉があるのだとか。そのうちの一つが、四条院の管理する『異界への門』。これは管理上そう呼んでいるだけで、ありていに言えば妖魔がすまう世界へと通ずるものだという。
死者の国の門、時空の門、そして禁忌の知の門。
「今覚えてもらうだけでも、これくらいかな。そのうちの『死者の門』と『時空の門』。これを魔女の系譜が管理している。『禁忌の知』は実質死者とケルベロスが管理しているようなものだね。例え死者の国の門番であっても、禁忌の知の門に触れれば、ケルベロスが食らうよ。……そうなってしまえば輪廻転生どころか地獄にすらいけない」
地獄のとらえ方、輪廻転生のとらえ方は宗教によって様々だ。その中のどれでもないと聖は言う。
「私も行ったことが無いからね。口伝でしか知らないが。一説によれば時間すら感じない『虚無』だともいわれているし、砂漠よりも酷い寒暖の差に、ありとあらゆる苦痛を感じる場所だともいわれている」
聖が知らないものを、この面子で誰が知るというのだろうか。そんなどうでもいいことを、夏姫は思ってしまった。
「可能性をあげていけば、椎名の巫女が魔女の系譜へ頼んで時空の門と死者の国の門、それから禁忌の知の門を開けたか」
「それとも、魔女の系譜が椎名を巻き込んだか」
「はたまた別の門も使用したか」
杏里の言葉に、樹杏と聖が近いような見解をあげていく。
もし、仮に。それ《、、》が現実だとして。
誰一人罰せられるのを気にしなかったのか。それとも、気づかれないと思ったのか。夏姫にとってそれが、不思議でしかなかった。
「誰にでも驕りというものがある。自分は何でもできると思っちまうのさ。大抵鼻っぱしを折られて終わるが、そうじゃないやつってのは、厄介でな……」
杏里が若干遠い目をして言う。
「白銀の呪術師が日本に来てまだ数年だからな。その間に鼻っぱしが長くなったやつってのは、結構いるんだよ。いい例が八陽の馬鹿な」
「あの方よりも、お二人の方がすごいと思うのですが」
あんな穴だらけの策を練る人間が凄いとは思えない。それすらも手のひらで転がした樹杏と杏里こそ凄いと思うのだが。
「……あんまり嬉しくねぇな。俺の場合、兄貴がチート的存在だったから、鼻っぱしが長くなりようがなかった。
兄貴の場合はなぁ……」
「親父が大概酷い人間でしたからね」
冬太まで遠い目になった。
「俺に情報のイロハを教えてくれたな。やり方がえげつなかったが」
よく見たら、樹杏までもが遠い目になっていた。
「まぁ、おかげで今の俺らがあるんだ。それで良しとしようぜ」
遠い目のまま、杏里が呟いたことで、この話は終わった。
夏姫としては、「樹杏達」にとって触れてほしくない過去なのだろうと思うことにしたのだった。
遠い目をした三人を楽し気に見ていたのは、無論聖で。理由も知っているようではあったが、全員がそれをスルーした。
「だからよ、俺がいる意味あるのか?」
紅蓮の言葉に樹杏達がばつの悪そうな顔をした。
間違いなく、紅蓮の存在を忘れていた。
「失礼しました。何分、親父が別意味規格外なものでして」
悪びれる風もなく、冬太が言う。
「あの温厚そうな爺さんが?」
紅蓮には温厚な爺様だという、冬太の父親。実は樹杏世代より上には「どうやっても食えない爺」という評判があるのだとか。
それはさておき。
「紅蓮と夏姫が組んでもらうのは、問題ないよ。何なら時間外手当も出すからね」
「獏にも手当頂戴」
一瞬場の空気が固まった。夏姫からしてみれば当然の意見ともいえたが、他は眉間にしわを寄せたり、眉間をもんだり、こめかみを抑えたりとせわしない。
「……お前ね」
「獏を前線に出さないならいいけど」
「使い魔の方がお前より優秀に決まってるだろうが!」
使い魔使用も含めての手当である。
「分かった」
説明すればあっさりと納得する夏姫である。自分の手当や立場にはほぼ口を出さないが、使い魔の扱いには口を出す。それが夏姫である。
「君らしい発言だ」
夏姫のそばにいた聖が、そう言って頭をなでようとしたが、撫でられるのだけは阻止した夏姫だった。
……本当に何で動いてくれない……。