穏やかなひととき
紅蓮に関するやっかみを避けるため、着る服は若干悩む。
そんなわけで、最近の出社時の服は葛葉セレクトである。
「もっとごねるかと思っていたんだが」
「面倒なので」
四条院側へ出社した際、杏里と交わした最初の会話がこれ。周囲は「何でごねる?」とか、「何が面倒?」などと話になったそうだが、葛葉の百合発言がその直後にあったそうで、それだけで納得したらしい。それでいいのか、四条院。
「四条院の直系、特に女性は……まぁ、色々ありますので『触らぬ神に祟りなし』と言われておりましてね」
尚近さんや、それは果たして言っていいものなのか、という突っ込みが夏姫の中に再度生まれたが、元々あまり他者へ興味というものを持たない夏姫は、全力スルーしたのだった。
それがまた、四条院家の「守役」連中を感心させるとは思いもしなかったが。
紅蓮も出社したところで、先日の話の続きになった。
「俺、椎名のことだけで手一杯なんだが」
「それを言ったら、こちらは国外やら、国との折衝て手一杯なんだが」
杏里のぼやきに、樹杏があっさりと返していた。それを見た冬太と尚近は必死に笑いを堪えていた。
気持ちはわかる。二人の動きがかなりリンクしているのだ。さすが兄弟。
「どちらよりも優先事項だと言わないと分からないのかい?」
わざとらしく聖が口にしていた。あえて、それを言わせたかったのだろう。
名前も出せぬほどの禁忌。それが一体何を指し示すのか、夏姫は知らない。
「分かっちゃいるんだが、本家が煩くてな」
「椎名もやかましい。だったらもっと早く俺に伝えとけって言ったけど」
全く持って正論である。まぁ、四条院本家側は仕方がないと言うのが、聖の意見だが。
「この時期の四条院は本当にゴタゴタするからね。しかも代替わりも近い。挙句前回の一件はまだ尾をひいている」
そこへ来ての椎名家。まるで狙っていたのでは、という仮説がまことしやかに囁かれているらしい。
「実際はどうなの?」
獏を撫でつつ、夏姫は訊ねた。
「狙ってやったのなら、サンジェルマンが関わっていたという事になる。まぁ、アレがそこまで賢いとは思わないから、裏で糸をひいていた人物がいるという事になるんだがね」
「……その言い方、思い当たるフシでもあんのか?」
「無いといえば嘘になるかな。何せ長く生きている分、やっかみも買いやすいからね」
杏里の言葉にあっさりと返した聖は冷徹な笑みを浮かべた。
「四条院内部でも私が関わるのを良しとしない一派はいるだろう?」
「いる。ってか、俺としちゃあんたと敵対するとか、余程の理由がない限りやりたく無い」
「だから、お前達兄弟は厄介なんだよ。敵対しないと明確に言わない。理由があって敵対したら、まず間違いなく各方面に支障をきたす」
答えたのは杏里だったが、聖は二人を一纏めにした。そしてそれを嫌がらない。
確かに。と夏姫は思う。二人が敵に回るということは、聖がこの二人に何かしでかした場合に限るのではないかと思うからだ。
「待ちなさい、夏姫。なぜそこで私がしたと思うのな」
「……」
声に出していないのによく分かったこと。
「魔青がね、私に耳打ちしてくれたよ」
「そこまでおっきいマスタ、酷くないもん」
ぷうっと魔青が膨れるが、そこまでじゃないにしろ「聖はひどい」と言っているようなものである。それに気付いたであろう、樹杏と杏里、それからその二人の秘書も必死に笑いを堪えていた。
「師匠よりも俺らに信用があるようで何よりだ」
ぽんぽんと頭を撫でながら杏里が優しく言った。
……あれ? 殺伐とした空気はどこいった??