杏里の焦り
禁忌の術についてひと段落着いたところを見計らったとしか思えないタイミングで、杏里が部屋へと入ってきた。
「兄貴、こっちでも厄介ごとだ」
「どうした」
「椎名から数名行方不明者がでた」
聖と夏姫がいようとお構いなしに話し出す。
「じゃあ、あたしはこれで」
お構いなしに話し出したということは、杏里は勿論のこと、樹杏も夏姫たちを巻き込む心づもりがあるということ。厄介ごとだと瞬時に悟った夏姫は逃げることにしたのだが。
「逃がすと思うか?」
にやりと笑った杏里に首根っこを掴まれたのだった。
その一連の行動を見た樹杏は、少しばかり驚いた。
夏姫を「小娘」と侮っていたのを改める必要がある。
「白銀の呪術師、ちょっくら夏姫を別件で借りる。椎名の役割を一時的に肩代わりさせたい」
「椎名のことは椎名ですべきではないのか?」
「俺も同感なんだがな。叔父さんのところにいる女狐にしゃしゃり出て欲しくねぇんだわ」
杏里と聖の間で話し合いに入るのが早すぎる。それだけでも、椎名で起きている厄介ごとが面倒なものだと言っているようなものだ。
「内容次第だろうな」
ぼそりと樹杏が呟けば、杏里はでかいため息をついたのだった。
「椎名の行方不明者に巫女が含まれているのが一つ。そして、その報告を故意にあげなかったのが一つ。報告をあげないように指示したのが女狐なのが一つ。
……それから椎名で管理する祠が暴走寸前なのが一番の理由だ」
「うそ……だろ」
椎名の巫女とも顔見知りであり、祠がどのようなものかを知っている紅蓮の顔色が変わった。おそらくだが、己の顔色も同じように変わっているはずだと、樹杏は思った。
「報告が握りつぶされていたことに気づいたのは?」
事も無げに聖がたずねる。
「ついさっきだ。ついでに言うと行方が分からなくなったのは一週間ほど前らしい」
「お前はっ!!」
「樹杏、待ちなさい。いくつか聞きたいのだが、その前に椎名から出している役員を今すぐ連れてきなさい」
「言うと思ったから、俺の部屋に隔離してある。尚近を傍につけておいた」
「さすがだね。すぐに尋問を始める。夏姫は……うん。葛葉と遊んでいなさい」
「……分かった」
何かを察知した夏姫が、不服そうではあったものの頷いていた。