禁忌の術
「……それから、死者の国の門番から依頼が入った」
その言葉一つで、今までの和んだ空気はあっという間に消え去った。
「禁忌の詩が盗まれたそうだ」
さらりと聖は言ったが、爆弾を落とされたあとのような物々しい雰囲気に包まれた。実際数か月前に死者の国に行った身としては、あそこからどうやって盗むのだと、問いただしたいくらいである。
「盗まれた詩は?」
「禁忌の詩、第十の一節だそうだ」
「それでは特定しようがない」
すぐさま切り替えたのは樹杏だ。流石としか言いようがない。
「特定されるのは困るそうだ。その言葉からしても『時戻し』など生温いと思われる」
「……ちょっと待ってくれ、師父。あれ以上の禁忌といったら……」
そこまで口にした紅蓮が、気づいたように口を抑えた。
「そう、『時戻し』はよく知られた禁忌だ。だからこそ手に入れたいと思う輩も多い。それに禁忌と言っても代償になるものもたかが知れている」
……ということは、代償も半端なく大きいしかも、術者にすらあまり知られていない禁忌の術ということになる。
ちなみに、ここにいる面子の中で、夏姫以外は「悪魔召喚は禁忌に入らない」と思っている。
「悪魔」というものが何を指し示すのか分からない、というのが一番の理由だ。
曲がりなりにもカトリック系ミッションスクール卒業生である、夏姫の模範的答えですらこれである。
「敗戦国の神々」
「間違いではないんだが……」
頭を抱え、樹杏はそこまでしか言えなかった。
「藤崎さんからの受け売りだけどね」
「敬虔なカトリック教徒と聞いていたはずなんだがね」
「そう? あたしは藤崎さんらしいと思った」
神という信じる縁を捨てきれなかった男、それが藤崎だと夏姫は思っている。
「なるほどね」
何かを悟った聖が楽しそうに呟いていた。
「さて、禁忌の術に対する定義のすり合わせはここまでにして置くぞ」
こほん、とわざとらしく咳払いをした樹杏が話を戻し始めた。
「白銀の呪術師。貴様がここに直接その依頼を持って来たということは、その呪術を盗んだ輩が日本にいる、もしくは呪術が日本に来ているとみているわけだな」
「話が早くて助かるね」
誰がどのような理由があるのか、そんなものなど一切関係がない、それを言外に含めて樹杏がほくそ笑む。
「こちらで探れる範囲で探る。その条件として山村夏姫を後継者に据えようとするな、とだけ伝えておけ」
「夏姫はお前たちの『適合者』ではなく私の弟子なのだけどね」
その「適合者」がどんな意味なのかを知っている夏姫は、「適合者」だろうが「弟子」だろうが変わらないという言葉を飲み込んだのだった。




