仕事始め
文芸社様で書籍になったものの続編です。
本章開始です。最初の部分は発売された書籍を踏まえております。
書籍があってもなくても楽しめるよう、頑張ります。
相変わらずのフリフリの服に身をまとい、歩く。
一緒に歩いているのは、百七十を超える己の身長よりも頭一つ分大きい中性的な男。男はシルバーブロンドの髪を腰まで伸ばし、赤い瞳。本日はいつも着ているローブではなく、スーツである。
この男こそが、現在己の服とウィッグ等小物までのトータルコーディネートをして、降りかかってきた全ての厄災の元凶の男。そして、己の魔術の師でもある。
本日何度目かのため息をついた。
「いい加減、諦めなさい」
誰が諦められるか! そう言いたいが、それすらも面倒である。
「夏姫、その姿のまま三日間拘束され、新幹線に乗り、京都まで行くのと、本日しっかりと相手と話をするのとどっちがいい?」
何だ、それは。ゴスロリの服に身をまとい、背中くらいまでの髪になるようウィッグをつけた女、山村 夏姫は思わず隣にいる己の魔術の師、聖を見やった。
「事実だよ。今日わざわざ四条院八家当主陣にも君が乗り物酔いをするという観点から、無理を言ってこちらまでご足労願ったのだから」
「あんたって、最悪……」
「それは今に始まったことではないだろう?」
あっさりと聖がかわし、すたすたと歩いていく。
「それに、私が弟子を取った理由も四条院家に由来する。それは試用期間中にしっかり言っただろう?」
そういえばそんなことも言ってたっけ、それくらいにしか覚えていない。
「今日はただの顔合わせだよ。おそらく葛葉も来ているとは思うけどね」
「葛葉さんも?」
「昨日電話が来て、そんなことを言っていたよ。……君が携帯の電話番号教えていないせいで私に連絡をよこした」
教えるもなにも、聞かれてすらいない。葛葉は教えていったが、夏姫としてはかける必要もなかったから、かけていなかったわけで。ついでにメアドも教えてくれたが、夏姫は今まで使ったことすらない。自分でもかなりアナログな人間だとは思うが。
「……今まで友人と呼ぶ人間がほとんどできなかったのは、君のその不精さが原因だと思うのは私だけかい?」
「それは認める。もう少ししたら解約するつもりだったし」
養母だった十子に縁を切られた今、携帯を持っている理由すらなくなったのだ。
「今日の帰りに解約するかい? 私は別に構わない。使い魔の魔青かサファイで連絡を取ればいいだけだし」
それ以前に聞いていないわけだし。責めるわけでもなく、聖は言う。
「ん。そうする。病院行ったあと、解約する」
その言葉に聖がくすりと笑う。普段持ち歩かない携帯を、今日持ってきていたのをいつの間にか気付かれていた。
「そうそう、今の住まいの環境はどうだい?」
「広いし、高い」
ワンルームマンション、ペット可の物件である。聖がいつの間にか用意してくれていた。
「なら、また住み込みにするかい?」
「却下」
田舎の倍くらいの相場に正直驚いている。初期に言った給与で間に合うかが不安になっている。
また、ため息が出てきた。
「ここだよ。ついた」
どう見ても「高そう」なホテルである。
「ここは東堂家で経営しているホテルだよ。大抵、こういう集まりがある時は使っている。君も道を覚えること。いいね?」
本当に覚えることが多くて、面倒だ。
ロビーには既に葛葉がおり、夏姫たちを見つけるなりこちらへ来た。あいかわらず、メリハリのきいた身体のラインを存分に強調するワンピースに、その上からニットカーディガンをはおり、上品に決めていた。
「お久しぶりですわ。夏姫さん、今日こそは電話番号教えていただきますわよ」
その言葉にうやむやな返事しか返せない。
「私的なことは終わってからでいいだろう。皆集まっているかい?」
「えぇ。……樹杏伯父様以外ですが」
「昨日連絡があったよ。自分は夏姫と顔合わせもしているし、今日奥方の退院日だから、そちらを優先するとね」
「よくそれで、責任者が……」
「務まるさ。それよりも、紫苑は来ているのか?」
聖のその言葉に、思わず身体がこわばった。
「紫苑叔父様がいらっしゃらないわけないでしょう?」
夏姫と紫苑の関係は、聖と正式な師弟関係を結んだことにより完全に決裂した。
紫苑の言い分は「試用期間も終わったのだし、使い魔全てと契約破棄をして十子に謝罪をいれ、田舎に戻れ」だった。それを師匠権限で聖がつき返した。
聖がつき返したにも関わらず再度夏姫につめより、夏姫の「使い魔」にあたる魔青と獏を始末しようとしたのだ。それに対して夏姫がぶち切れた。
魔青は聖が「創った使い魔」であり、夏姫権限ではどうしようもないのも一つの理由だが、最近は魔青が傍にいる生活が当たり前になっており、完全な「同居人」である。そして獏は夏姫が「最初に契約した使い魔」であり、こちらも夏姫にとっては家族同然。今回ワンルームマンションをペット可の物件にしたのも、獏が犬型の妖魔であることに由来しているのだ。
新しい同居人に対してその態度なら、夏姫は絶縁で結構二度とその顔を見せるなと、売り言葉に買い言葉で紫苑に言った。結局どうやったのかは分からないが、十子と夏姫の養子関係は綺麗になくなっていた。それに気がついたのが先日である。
その後も厄介な電話がいろいろかかってくるため、面倒になり携帯を放置、本日解約しようと思っていたのだ。
そんな内情を葛葉は知らないのだろう。さも当然と言わんばかりの態度だった。