終章――その二
黒龍は聖に言われて、葛葉を桑乃木の家まで迎えに行っていた。珍しいとは思う。葛葉は今まで店でアルバイトをしていたのだ。迎えが必要なのはなぜだろう。
向こうに着いてその理由が判明した。荷物が多い。半分は聖に頼まれたのだという。
「よく分かりませんけど、これから必要になるらしいですわ」
先日聖が樹杏に頼んだらしい。
「夏姫さんを残すようですから、これからこちらに来る機会が増えそうですね」
葛葉が笑って言う。だが、今までの反応からして、夏姫がこのまま残るとは思えない。
「白銀様のことです、どんな策を用いても残すと思いますわ」
「……確かにな」
聖の店の前まで来た時だった。夏姫の怒鳴り声が響く。
「ふざけんなっ!!」
何事かと思いつつ、二人は中に入る。
中では今にも聖に殴りかかりそうな夏姫がいた。
「夏姫さん、落ち着いてください!」
慌てて葛葉が夏姫を止める。そして理由を聞く。それを聞き、止めるのではなかった、と呟いていた。
「白銀様、夏姫さんはそう言った知識がほとんどないとご自身でおっしゃっていらしたのに、なぜそのようなからかい方をなさるのですか?」
思わず苦言を呈する。だが、聖は気にした風もなく、反応を見るためだけにやったとさらりと言う。
「もし、それをやってくれって言ってたら、どうするつもりだったんだ?」
黒龍がたずねる。
「何、適当に呪を施して、そうなったように思わせるだけだ」
聖に記憶は残るが、夏姫には残らないと説明してある。だから、適当な呪を施してもばれないのだ。体裁だけ見繕えばいい。
そして、どちらにしても弟子になるようにすればいいだけだ。さらりと聖は言ってのける。
さすがに絶句するしかない。
「聖……あんた口先だけで納得させるの、やめない?」
やってしまいそうなだけに、夏姫が信じてしまうのも無理はない。
「無理ですわよ、夏姫さん。兄様や樹杏伯父様が絡むともっとひどい事になるという噂ですわ」
「だから、あん時言っただろうが。覚悟決めとけって」
黒龍に言われて夏姫は言葉に詰まっていた。
それを見て聖は楽しげに笑う。
その笑い顔が夏姫の怒りに火をつけた。
「聖、あんた最悪!!」
そう言って殴りかかったのは言うまでもない。