第三章――影と揺らぎ――その四
「で、白銀様はどうなさるおつもりですの?」
店に戻るなり、怒りを隠そうとしない葛葉に、笑みがこぼれた。
「笑い事ではありませんのよ?」
「いや、十分笑い事だよ。葛葉、お前がそこまで『外の者』に気を利かせる事にね」
「夏姫さんは、私を名前で見ないからです。私自身を見てくださる大切な方だからです」
いつの間にそこまで仲良くなっていたのか。
「口数は少なく無愛想ですが、少なくとも今までお会いした方々の中で一番心地良い方ですわ。同性、異性問わず、一緒にいたいと思える方ですもの」
「名前っつうか、あれだな。ヒトかヒトじゃないかとかもどうでもいいみたいだな、あの嬢ちゃんは。自身に害意があるかないか、それしか興味ねぇみたいだ」
「魔青にだってきちんとお話してくれるんだよ?マスタは。今日はね、マスタがね、一緒だとおっきいマスタが困るからって、魔青におするばん頼んだんだよ?」
「おするばんじゃねぇ、おるすばんだろうが」
「マスタはそんなこと気にしないもん! 魔青の目を見てお話してくれるもん! 黒龍さんのバカ!」
「黒龍、魔青、そんな低次元なお話はあとでしてください。今はどうやって夏姫さんを救出するかではないですの?」
葛葉が二人を制した。
「魔青が気配を追える、だが空間を数回移動しているとみえて、魔青も追えない」
「そこですのよねぇ。夏姫さんも影渡す覚悟みたいでしたし」
「ちょっと待てぇぇぇぇ!」
黒龍が素っ頓狂な声をあげた。というか、あげてくれて助かった。
「事実ですわよ。その上で動いたほうが四条院側の協力者をみっちり特定できていいとおっしゃってましたもの。もちろん止めはしましたけど、どうしても夏姫さんがするとおっしゃって……仕方ないので兄様にその旨伝えて向こうを動きやすくさせていただきました」
「まぁ、盗られた方が動きやすいと私も思ったが、口には出してないよ?」
葛葉の弁明に、聖は思わず追従した。
「その辺りも夏姫さんへ確認済みです。ご自身でお考えになったようですわ。夏姫さんを見て、初めて兄様の無茶、無謀が可愛らしいと思えましたわ」
「激しく同意だな。紅蓮の坊ちゃんも多少無茶はするが、自分を大事にするからなぁ」
葛葉と黒龍がでかいため息をついていた。
「ここまできたら、それありきで動くしかないね。仕込み日傘に例の細工は?」
「簡単にではありますがしてあります。そこから追えないかやってみたのですが、できませんでしたわ」
「どこまでもお馬鹿な男だ、あれは。本当に言い訳すらできない」
「白銀様?」
「細工依頼は樹杏経由で紅蓮に行くように仕向けたのだよ。『影使い』が動かない事もあるかもしれないと思ってね。つまり、仕込み日傘の最終チェックは紅蓮たちが行っている。つまり、紅蓮付近の人間しかその細工をいじれない」
中間でいじるのは至難の業。紅蓮の側近であれば怪しまれることはなく、紅蓮の側近である「影使い」は八陽元則ただ一人である。ばれかけているから自暴自棄になっているわけではないだろう。
「元則の影追いをすれば場所は分かるというものだよ」
それをするための布石を元則が自身で作ってしまったのだ。
「それで、性能に関しては問答無用でしたのね」
葛葉の言葉を聞き流しながら、魔法陣を描いた。
何度も空間を移動されられていれば、夏姫も慣れるというものである。今回はどこかの東屋だった。
ただ、身体ごと連れ去られるとは思ってもみなかった。正直、影を盗られたらどうなるのか気になっていた部分はある。
どうせなら今回ばかりは聖の忠告に従って、動いて影を盗ってもらえばよかったのかもしれないとか思った。
「今回の藤崎君の裏切りは水に流しましょう。ある意味いい動きです。影どころか、聖の弱点ごと連れてきていますからね」
蛇のような顔立ちをした男が、上機嫌に言う。名前は……すでに忘れたが確か、聖の師匠だったような気がする。
「俺は影さえ盗れればいい」
「えぇ、ですから、元則さん、あなたは彼女の影を盗ればいい。私は彼女の身体をいただく」
全く、ヒトをモノ扱いしやがって。それに聖からみれば夏姫は「お荷物」であって、「弱点」ではない。呆れ果ててため息以外何も出てこない。
「この身体を返さなければ、俺の目的は成就しない!」
「おや、影さえあればよろしいのでしょう?だったら身体は無用のはず」
藤崎の身体と影のふたりがかり(?)でおさえられた夏姫は身動きすら出来ない。早く方針を決めてくれないかなぁと、他人事のように思った。
「あたしから言わせてもらえれば、あんたたち二人は聖以下の人外だね」
少なくとも聖はためらいなく利用するが、モノ扱いはしない。
「私たちがあれ以下の人外?お嬢さん、あれに毒されすぎてますよ。やはりこちらでしっかりとした教育をしなくてはいけないようですね」
どうしようもない二人が、夏姫の所有権を争っているときに、それはおきた。
「ここを使ってしまえば、お前が協力者だと言っているようなものだ。そして、八陽家にまで飛び火する」
魔法陣の中から、夏姫が知る中で一番最悪な性格をした男が現れた。