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魔術屋のお戯れ  作者: 神無 乃愛
魔術屋とその内情
29/63

第三章――影と揺らぎ――その一

 その日は、土曜。


 藤崎との約束は翌日である。一つ賭けてみるか、そう思った。

「夏姫、出かけるよ」

 誰一人その言葉を予測していなかったためか、聖以外がバタバタし始めた。

「藤崎との約束は明日で変更はないよ? ちょっとね、気になることがあるからね」

「白銀の旦那、そういうことは昨日のうちに……」

「今さっき思いついたばかりだ。それを昨日のうちにお前達に知らせておくほうが無理というものだろう?」

「白銀様、そうそう急に言われては、夏姫さんのお洋服の準備がばっちりできませんわ」

「それは失礼。葛葉が来てから、夏姫の評判もいい。君には特別ボーナスだ」

 少々の金と伝言の入った封筒を渡す。


 葛葉は不敵な笑みを浮かべていた。

「このお金で、先月から欲しかったバッグが買えますわ。ありがとうございます。黒龍、買い物に付き合ってくださいますわね?」

「なっ!?」

「そうだね……葛葉は術者だ。夏姫ほど手間はかからないだろうから、護衛の予行演習だと思えばいいのかな?」

 守りの放棄を言外に含んで脅しをかけておいた。



「で、そこまでしたい用事って何?」

「特に理由はない。強いて言うならあぶり出しかな。今日は天気もいいしね。まぁ、私が一緒だからありえないとは思うが、揺さぶりをかけたくなった」

「あたしは囮か」

「飲み込みが早くて助かるよ」

「いくらなんでも、動かないと思うけど?明日藤崎さんと会うわけだし」

「普通ならね。その前に影を取っておきたかったりしたいとなると、今日かなと思ったんだが」

「それだけじゃないでしょ?」

 ため息をつきながらも、夏姫はすたすたと迷いもなく歩いていく。


「で、明日会う予定の礼拝堂は?」

「あそこだよ。表向きは普通の礼拝堂なんだがね……先代の神父が狂ってしまってから、裏ではサンジェルマン(あの男)関連の集まりがあったりする」



 些細な出来事だった。しっかりとした、周囲にも慕われた神父だった。それを壊したのは別の神父だった。そして、サンジェルマン(あの男)と繋がりを持ってしまったのだ。異端尋問はなかったが、元からいた神父は自殺に近い形で他界した。

 それ以後、礼拝堂の神父はあの男の影響下にある。



 夏姫はじっと礼拝堂を見つめていた。

「夏姫!」

 言葉に反応した夏姫が間一髪で飛びのいた。


 まさか、「影使い」が動くとは思わなかった。いくら明日、無理やり紅蓮に「予定」を入れさせられ、動けなくなったとしても。

「魔青を出すな!魔青の影を掴まれると君も厄介だ!」

 魔青に頼ろうとしていた夏姫を制した。そして、聖は微妙に夏姫と距離をとり、攻撃範囲からさりげなく逃れる。紙一重で「影使い」の全ての攻撃を何とかかわしている夏姫は聖が少し離れたことに気がつかないだろう。そして、追い詰めていると思い込んでいる男も。

「意外に頭がいい」

 聖は思わず感嘆した。呪術にそこまで深く入り込んでいない者の行動とは思えなかった。夏姫は木陰に避難していたのだ。それであれば、自分の影を踏まれることはない。

 次の瞬間、「影使い」は無作為の方法に切り替えた。周囲を歩く人間の影を使い始めたのだ。その中には「影使い」の影すらある。

「なっ!? なにこれ!!」

 影と、本体が、ゆらゆらとゾンビのように夏姫に近づいていく。誰が見ても気持ちのいいものではない。動かないという選択肢が、どこから出たかは分からないが、夏姫は動こうとしなかった。


 男が痺れを切らすほうが早かった。夏姫がもたれかかっていた木を空間ごと切り裂き、引きずり込んだ。

「……ここまでしたら誰も庇いきれないだろうに」

 呆れるしかない。

 実際、協力者の正体を告げると、紅蓮は「ありえない」と真っ向から歯向かってきていた。無実の証明のため、藤崎との約束の日に「影使い」へ仕事を入れるとまで言ったのだ。

「紅蓮、これを見ても庇えるか?」

 後ろを見ずに冷たく呟いた。そこには葛葉と、葛葉に渡した伝言で呼び出された紅蓮の姿がある。

「白銀様!それよりもこの周囲の方々を何とかすることと、夏姫さんの救出が先ですわ!」

 葛葉が慌てたように言う。だが、ここにこれを直せるだけの「影使い」は存在しない。

「白銀様は……」

「私がやってしまえば、己に危害を加えていないヒトに攻撃したことになる。制約でできないね」

 実のところ、聖はこちらの世界へ降りてくるにあたり、かなりの制約を受けている。最たるものが「自身に危害を加えた者以外への攻撃禁止」である。

「兄様は!」

「俺の不得意分野だ!葛葉のほうができるだろうが!!」

「私は自分の影くらいしか動かせません!」

「だらだらなすり付け合ってる場合じゃねぇだろ!」

 紅蓮と葛葉のいさかいを黒龍が一刀両断にし、紅蓮に龍身になる許可を取っていた。

「許可する」

 紅蓮の言葉を受け、黒龍は龍身になり、京都へと向かっていった。



 数分後、黒龍の依頼で影が分離された人々を元に戻すよう、言われた術者たちが到着したころには白銀の呪術師である聖の姿はなく、紅蓮が指揮をとり、全てのヒトたちの影を戻していた。


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