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魔術屋のお戯れ  作者: 神無 乃愛
魔術屋とその内情
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第二章――懐かしいヒトと言葉――その十五

 魔術の理論の他に、気がついたら黒龍との武術の特訓が組まれていた。

「私程度の能力では影はこれくらいしか使えません」

 ある晴れた日に、葛葉が庭で実践してくれた。


 葛葉の()は葛葉の足元から離れ、近くの草花を摘んでいた。そして、夏姫に影が花を渡してきたのだ。

「私の場合、日光の元でないとこの術は使えません。術者によっては、影に物を持たせることすらできないこともあります。でも、称号持ちになると多少の光で出る影すら使えますし、相手の影を使って相手を意のままに操ることも可能です。

 相手の影を入手する術は、私が知る限りで数種類。一番気楽なのは、夕方に相手の影を踏むことですわね」

 影も長くなっているわけで、後ろ向きであれば相手に知られないまま踏むことも可能だと葛葉は続けた。

「私もこれ以上詳しくは存じ上げませんの。ですから、『影使い』が現れたことが夏姫さんにとってどんな災いとなるかは予想できません」

「そこまで分かればいい。ありがとう」

 その言葉に葛葉が微笑んでいたが、その奥にあるものまで見つけられなかった。



 そのあと、普段は誰かと組んでやるはずの店番が、なぜか一人だった。一番暇な時間帯で、無愛想な人間一人でも問題ないと思ったのだろう。

「いら……」

 扉を開けた男を見て言葉を失った。藤崎だ。

「ここだって聞いたからね」

 思わず藤崎の足元を見たが、影はあった。


「影がどうかした?」

「なんであたしが、影を見たと思うの?」

「たまに俺の影がなくなるからね。影なしのメリットもあるし」

 デメリットは些細なこと、そういいきる藤崎に不安がよぎる。


「今度、ここから近いカトリック教会の礼拝堂においでよ。俺が永遠の命を欲しがる理由も教えてあげるから。一人で来られる?」

「それは無理というものだよ」

 聖が二階から声をかけてきた。

「予想どおりの動きというか……夏姫を一人にしたらあっさりとやって来るとはね」

 なんだ、そういうことか、と夏姫はひとりごちた。

「やっぱり罠でしたか。でも、俺が夏姫に言ったことは真実です」

「分かった。行く」

 降りてくる聖と藤崎の会話を中断して夏姫は言った。

「一人で?」

「そこは保証できない」


「できれば、昔懐かしい話もしたかったから一人の方がいいんだけど……サンジェルマンさんが俺の後ろにいるのが分かっているなら、一人にできないでしょうし。あなたなら、別にいいかな」

「私でいいのかい?」

「あなたが夏姫の次に話しやすいかなと。俺が知る限り、ここにいる人たち含めても、あなたが(、、、、)永遠の命に一番近い」

「黒龍とて……」

「あなたの方が近いでしょう。……勘ですが」

「そうさせてもらおうか。場所と日時は?」

「場所は先程も言ったとおり、ここから近いカトリック教会の礼拝堂です。なぜ選んだかはあなたの方がご存知でしょうし。日時は次の日曜、午後。午前中はミサがありますからね」

 藤崎の何かを決意した瞳。夏姫は見覚えがあった。「ごめんね」そう、夏姫に伝えたときと、同じだった。


「変わってないのかな?」

 店を出て行く藤崎を見つめながら思わず呟いた。



「できは上々です」

 サンジェルマンが嬉しそうに褒めていた。だが、もう一人の男は納得がいかないらしい。

「あの女一人で十分だったものを」

「ただ、サンジェルマンさんの薬にはあの方の血が必要なんでしょう?」

「無論。だからこそ、上々だと言ったでしょう?」

 くくくと笑うサンジェルマンから藤崎は視線を逸らした。

「次回、影は取れそうか?」

「さあ?俺は分かりません。ただ、俺が影を取られているのは向こうも知ってるみたいですよ」

 その言葉に「影使い」が顔をしかめた。


「夏姫が俺の影を探していましたから。俺としては影があってもなくても一緒です。影がない時間は時を止められるんでしたっけ?」

「そうだ」

 おそらくそれは嘘だろう。実際、影を取られてから藤崎は疲労が強い。それでもこの二人を利用するためには騙されたままの方がいいのだ。



「聞こうと思ったのですけどね、相手の方が私より力量が上でしたので諦めました。私まで影を取られては、厄介かと思いましたので」

 会話が聞き取れる場所までは行かなかったという葛葉の報告を受け、軽く話し合いがもたれた。

「やはり、『影使い』は……」

「えぇ、白銀様。想像どおりです。気付かれないうちにと戻ってきました。私ごときの結界で黒龍の気配まで完璧に消せるとは思いませんもの」

「葛葉、君の引き返すタイミングは最高だ」

 葛葉の言うとおり、影を取られてしまっては、いくらなんでもこちらの分が悪くなる。これが紅蓮だとしたら、間違いなく会話を聞いて、己のチカラを過信して危ないことになっていただろう。

「兄様と一緒にしないでくださいまし」

 言わずとも誰と比べたか分かった葛葉は、すぐさま言い返してきた。


「己のチカラを過信するべからず。父によく言われる言葉ですもの」

「欲を言えば、相手の力量を見極め、己の力量も見極め、負ける戦はするな。勝つ必要はない、負けなければそれでいい。前進、撤退は己で見極めろ、かな?」

「難しいですわよ。私は己の力量すらしっかりと分かりませんのに。そこまで見極め、負けないということが難しいんです」

 経験がものを言う。だから葛葉は「難しい」と言ったのだろうが、聖が知る限りではそれをやってのけている四条院の人間が二人いる。一人は葛葉の年頃には、見極めるチカラも経験も熟練と思えるくらいまで到達していたのも、知っている。人前であまりやらないから、「暇人」だの「能無し」だのと揶揄されているが、四条院内部において聖が最も敵に回したくない男である。

 もう一人は「そうせざるを得なくなった」ためで、きちんとその見極めまで会得できたのはここ数年である。

「能力を過信すると、今回のことのようになる。紅蓮にもいい薬だね」

「樹杏伯父様と同じことをおっしゃらないでくださいまし」

 その言葉に思わず笑みをもらした。


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