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魔術屋のお戯れ  作者: 神無 乃愛
魔術屋とその内情
24/63

第二章――懐かしいヒトと言葉――その十一

 翌日。


 あまりにもむしゃくしゃするので、夏姫は身体を動かしたくなった。

 あのあと、聖たちと話せば多少は違ったのだろうが、その辺りは性格ゆえか面倒になり、解決を先のばしにしてしまったのだ。その結果がこれ。

「どこに行く?」

 朝食もまだだし、客人も来る日に出て行くなということらしい。

「身体を動かすだけ」

「あぁ、毎朝やっているやつか」

 いつもは黙認しているものを、今日に限って制限してくるとは。


「表情は変わってないがね、君のまとうオーラがね……『手当たりしだい殴りたい』といわんばかりだったからね。今日ばかりは相手がいたほうがいいんじゃないかい?」

「なら、お願い」

 むしゃくしゃを変態に八つ当たりできるなら、それこそありがたいものはない。

 が、聖は全てを柳のようにかわしていき、夏姫のストレスはたまる一方だった。

「そろそろ、止めたほうがいいんじゃないかい?」

「やっかましい!」

 涼しげに言う聖と、息も絶え絶えになりながら答える夏姫。自分だって分が悪いことくらい分かっている。

「あら、朝からお元気ですこと」

 おっとりとした声で、手合いは中断された。



 夏姫がいつまでもやめようとしなかったせいで、遅めの朝食と相成った。

 昨日のうちに夏姫と葛葉は顔を合わせている。葛葉の服装は相変わらずで、己のメリハリのきいた身体を存分に見せ付けていた。かたや夏姫はシャツにジーンズ。二人の服に対する興味が表れている。

「はい、忘れ物置き場に置いてあった忘れ物です」

 にっこり微笑んで葛葉が昨日購入した物を渡してきた。

「まずは礼を言わせてもらうよ」

 重かったであろうに、言いつけ通り「一人で」持ってきた葛葉を労った。

「近くまで紅蓮(兄様)が乗せてきてくださいましたの」

 また余計なことを。あれほど動くなと言っておいたのに。

「兄様曰く、『送って行って悪いとは言われていない』だそうですの。私も兄様に口止めされておりませんから」

「葛葉、お前は未だに『兄様』と紅蓮を呼んでいるのかい?いとこだろう?」

「あら、いけませんの? 兄様は気になさっておりませんわよ」

 しれっとした顔で葛葉が言う。


「伯父様が心配しておりましたわ。お薬を忘れて行っては来た意味がないだろうにと」

「……ありがとう」

「昨日は逆に使わないほうがお身体のためにはよかったそうですの。さすがに、樹杏伯父様が『危険』と判断なさったくらい呪術を身に浴びては」

 昨日からの夏姫に対する一連の出来事は、作為的と呼ばざるを得ない。聖は思わず眉をひそめた。

「白銀様、何をお考えかは分かりませんけど、荷物に紛れ込んでいたこちらにだけは目を通していただけません?」

 呆れたように手紙を差し出してきた。



 一通り読むも、ため息しか出てこない。分かりきったことを書くとは……要は夏姫に見せろということなのだろう。

「……」

「そういうことだ。分かったか?」

 読み終わったと思い声をかけたが、返事がない。こういうときまで無口になるのはやめて欲しいのだが。

「夏姫?」


「……ねぇ、何て書いてあるの?」

 思わず聖はまじまじと夏姫を見据えた。以前のようなルーン文字ではない。

「これ英語でしょ? あたし読めないよ?」

「去年まで高校に行っていたはずだろう? それくらいの語学力があれば、読める……」

「あー。そんなん、赤点さえ取んなきゃいいのよ。国外に行く予定もないから忘れたし」

 さらりと言う。思わず黒龍が他の教科は? と聞いてきたが、それらも赤点を取っていないだけらしい。しかも「忘れた」ときた。

「そんな事より、なんて書いてあんの?」


 現在、手紙は黒龍の手から葛葉の手へ、二人は理解したらしい。夏姫が単純な英文すら読めないことに葛葉が呆れている。

「要約してしまえば、私の邪魔をするということだよ」

「全く、本当に愉快なお人だな。あんたに魔術を教えた奴は」

 黒龍がうめく。

「私は結構ああいうのは嫌いではないんだ。己の欲望の為に何でもやる、という精神もね。それを絶望に追いやる時がね、何ともいえない」


 考えただけでぞくぞくするほどに楽しい、この高揚感は誰にも分からないだろう。

「白銀様……」

 怯えた葛葉の声が聞こえた。


 いけない、つい我を忘れてしまった。だが、そんな自分の姿を初めて見たはずの夏姫は、顔色一つ変えていなかった。

「夏姫?」

 いつにもまして醒めた目で夏姫を見やる。それでもなお、眉一つ動かなかった。

「私が怖いと思っただろう?」

「怖い、というより畏怖かな?」

「ほう? なぜ強がる?」

「強がってるつもりなんてない。ただ、これがあんたの本性だと思っただけ」

「きゃっ!」


 聖がもらした殺気に葛葉が悲鳴をあげた。

 なのに、殺気を向けられた張本人である夏姫は席を立ち、己のそばに来た。

「殺すなら、殺せば? あんたの目的が何なのか分かんないけど、あたしを殺して頓挫するもんじゃないんでしょ? 逆に都合がいい、違う?」

「違うね。君の力さえ利用できればそれでいい。君がどうなろうが関係ないね……いっそ、君の力だけ抽出してしまおうか」

 がっしりと夏姫の頭を掴み、呪を唱える。

「白銀の旦那!」

 怯えた葛葉を庇いながら、黒龍が叫んでいた。


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