届かぬ人へ
僕の住む国は小さな国で、何もないけれど平和な国だった。
そして、僕と同じ年ごろのお姫様がいた。
「おい、姫が来たぞ!」
「本当!?」
ディオに言われて目を向けると、馬車が通って行った。
「姫様だ・・・」
「見えたのか?」
「少し!」
「本当に好きだなあ。姫のこと」
「姫様はすごい優しい方なんだぞ!それにかわいい」
「はいはい」
僕はずっと姫様のことが好きだった。
「あの時だって」
「もういい、その話しは聞きあきた」
「えー」
昔助けて貰ったことがある。本当に些細なことで、それ以来一度も会ったことはないのだけれど姫に恋をした。
庶民の僕が姫を目にすることができるのは、今日みたいに馬車で通りかかった時か、何かの行事だけだ。
「お前がどれだけ姫のことすきなのかくらいわかってるって。だけど、エルがどんなに姫のこと好きでも叶わないんだぞ?」
「わかってるよ・・」
そんなこと最初からわかってる。
「あの噂だって聞いてる」
「姫が嫁ぐって話か」
「うん」
平和だけが取り柄の小さな国だった。だけど、平和は永遠に続くものではない。
とうとう近隣国まで戦が広がり、この国も巻き込まれようとしていた。
「国を守ることの引き換えに姫をよこせっていうことだろ。そりゃさ、それが王家の役割かもしれないけど・・・せつないよなあ」
姫のことを思って胸が苦しくなる。
優しい人だから、国民を守るために、他国の王子の元に嫁ぐのだろう。
「もしかしたら、姫が王子に惚れてたのかもしれないぞ?」
「それならいいけどさ」
真実はわからない。だから、王子がいい人であるようにとしか祈るしかないのだ。
「エルはいいのか?姫が嫁いだら、もう会えなくなるぞ?」
「だってもともと片想いだし、結ばれないってわかってる。身分不相応ってこともな」
「そうか」
ディオは元気を出せ、というようにポンポンと背中をたたいた。
一ヶ月後、この国でも簡単な挙式を行うことになった。
僕たち一般国民が見ることができるのは式が終わって国を馬車で周回する小さなパレードの時だけだ。
「まだか」
まだ来ていないようだ。
そしてしばらくするとカッポカッポと馬の足音が聞こえてきた。
「姫様・・・」
白いレースをふんだんに使ったウエディングドレスで現れた姫様。
「笑ってる。よかった・・・」
隣の王子を見て微笑んでいた。
悪い人ではないのだろう。失恋というより安堵感があった。
「ん?」
馬車が少し通り過ぎた所で止まった。
「え?」
「どうしたのかしら」
「止まったね」
周りにいた人も驚いていた。
そして、その視線を浴びる中、王子が降りてきた。
「よお」
「え?」
僕の目の前に立って顔を上げた。
「ディ・・・ディオ!?」
「そうだよ」
そこには僕のよく知る人物、親友のディオが立っていた。
「何でそんな格好・・・」
その答えは当たり前のように返ってきた。
「俺が姫の結婚相手の王子だからさ。・・・エル、今まで黙っててごめん」
「・・・」
「だけど、安心しろ!必ず、この国と・・・お前の大好きな姫を守るから」
強い意志が感じられた。
「っ・・・くっくっく」
ディオの真面目な顔を見ていると笑いが止まらなくなった。
「エル?何笑ってんだよ・・・」
「ごめんごめん。でも、よかった」
「え?」
「僕の一番信頼できるお前になら任せられる」
「エル・・・」
「何でこの国にいたのかとか、どうして黙ってたのかとか、正直混乱してるし、いろいろ聞きたいことあるけどさ」
「すまん」
「ディオのこと信じてるから全部許してやるよ」
王子相手に本当はこんなこと言ってはいけないのだろうけどな。
「ありがとう」
どこかほっとしたようにディオはお礼を言った。
そして、再び馬車に戻るとディオととも姫とも会うことは二度となかった。
2年後、戦も落ち着いてきたころに、懐かしい字で書かれた一通の手紙が届いた。
「元気そうだな」
戦に勝ったこと、復興に全力で努めていること、そして、どうしてディオがこの国にいたのかということを長々と書いていた。
「そっか・・・」
最後に姫のことを書いていた。
元気でいると、そして子どもができたということも。
「おめでとう」
初恋の人と大事な親友の幸せを想像してそっと手紙をたたんだ。