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となりの勇者

作者: ハルカ

 会議が終わり、話を振ろうと俺に近寄ってくる群れを体よく躱して会場から出た。

 一息つくが、それは油断に外ならなかった。

 背後から、ぽん、と肩に手を置かれた俺は、相手に見えないのをいいことに、顔をしかめた。


「やあ、ほむら君。流石だな。今回も期待通り、いや、期待以上だったよ」


 接触し、名前まで呼ばれては、人違いですとも言えないだろう。俺は作り笑いを顔いっぱいに貼付けて振り返った。


「これは、彪道ひょうどう様。ありがとうございます。私自身はたいしたことはしていませんよ」


 彪道はばんばんと俺の肩を叩き、恰幅のよい体躯を揺らして豪快に笑う。


「謙遜は構わん。本当のことだからな。わしも出資のしがいがあるというもんだよ。ヒットメーカー、御剣社長!」


「ええ、それにつきましては、本当に感謝しています」


 肩が地味に痛むが、俺は彼の言葉に笑顔を返した。


 俺は『ブレード・カンパニー』の社長、御剣みつるぎほむらだ。我が社では、ゲームやそれに関連する商品の開発、販売をしている。

 また、彼はよきスポンサーである彪道ひょうどうまさるだ。彪道は大手出版社である『レオパード』の現社長を務めており、ひょんなことから知り合った俺を何故か気に入ったらしく、企画を立てれば進んで出資を買って出てくれる。


 「今作のRPGもとても面白かった。シリーズものの三作目だが、全くマンネリ化を感じさせん、新鮮なものだった」


 彪道は感じ入っているように何度も深く頷いた。

 今日の会議は、彼の言う新作のゲームの売れ行き、今後の方向性をスポンサーの方々に説明するものだった。今度発売された我が社の稼ぎ頭、RPG『クリアマインド』シリーズの第三弾は大ヒットを博し、今も売り上げのグラフは右肩上がりだ。彪道の出版社で連携している雑誌ではコミカライズ作品が連載され、近々アニメの放送も始まる予定である。


 「何と言うか、君の作るファンタジーは創作とは思えない程リアルなんだ。武器や魔法についても文句なしだ」


 彪道はよほど今作がお気に召したようだ。興奮気味に身振り手振りで感想を述べてくれた。


「主人公のフレアがシリーズで一貫して持つ能力、『時空超越パラドックス』もプレイヤーに飽きをこさせない点でよく機能している。君も考えたな」


「いや、世間でそんなに受けると思ってはいませんでしたよ」


「謙虚だな、君は。それに、まだ素晴らしいところがある。キャラクターだよ」


「キャラクター、ですか」


「そうだ。とても生き生きと動いている。どれも個性的で、魅力が溢れている。そう、まるで…………」


 ぴっと一差し指を立て、彼は言った。


「まるで本当に生きているみたいだ」


 俺は首を振り、苦笑した。


「ありがとうございます。でも、そんなに褒めても何も出やしませんよ」


「いやいや、出るさ。出してもらわないと困る。このシリーズの新作をな!」


 肩がそろそろ限界だ。

 その後、俺はいくつかの挨拶を述べ、彼と別れた。



***



 自宅兼オフィスに戻り、真っ先に俺がすることといえば、パソコンの電源を入れることだ。

 パソコンが起動し、ディスプレイに光が点ったと思った瞬間、そこには画面いっぱいの女の顔が映っていた。


 『お早いお帰りで!!』


 おまけに不機嫌。


 「仕方ないだろ、ジュディス。出掛ける前にも言ったと思うが、会議だったんだから」


 好きになれないネクタイを緩めながら、暗に疲れていることを主張するが、彼女からお許しや労りの言葉を期待する方が間違っていた。

 ジュディスは椅子に座り直し、足を組み、これ以上ないくらいに偉そうに座っている。真っ青な長い髪を背や尻の下に敷いているが、痛くはないのだろうか。


 『会議があるからってんで、依頼者が待ってくれるわけないでしょ!!』


 「横暴だ………」


 『なんか言った?』


 120パーセントの笑顔を向けられて聞き返されると、いえ何も、と引き下がるしかない。満面の笑みの向こう側を思えば、まだ命が惜しいと感じるからだ。


 「……で、何かあったのか?」


 『んー…、ちょっとソファラドの山で大型の魔物が異常発生したってかんじ?』

 

「………ちょっとどころじゃないじゃないか」


『そう?会議よりは重大事件じゃないんじゃないかしら?』


 まだ根に持っている。だが、そんなことを気にしている時間はないようだ。


 「……奴ら……、『アカシック・レコード』が関わっているのか?」


 俺のその問い掛けに、ジュディスの顔色がさっと変わった。

 彼女は頭髪と同じ色の瞳を細めた。それは、彼女が真面目な話をする時や、深刻な状況に陥った時にする癖だ。


 『ええ、多分ね。こんな大規模事を起こせるのは奴らの持つ術式だけでしょう』


「ああ、そうだな。一体何を企んでいるんだか」


『何か嫌な予感がするわ……。気をつけなさいよ』


 いよいよ、大詰めか。

 胸の奥が、熱いものを飲み下したように燃えているのを感じる。


 「ところで、あいつらは?」


『ユリアとティナは奴らが前の事件で残した術式の断片を解読しようと部屋に篭りっきり。シドは女の子に振られてやけ酒飲んで潰れてて、カインは昼寝してる』


「いつも通りだな」


『まあね』


 少しだけ空気が和み、表情が綻んだ。


 『とにかく、早く来てちょうだい。時間がないの』


「ああ。今行く」


 ジュディスは少し口角を上げ、ウインクをして言った。


『期待してるわよ。異能『時空超越パラドックス』の勇士、フレア!』


 だが、それに対して俺は溜息をつき、ジュディスを睨む。


「俺の名前は焔だって言ってるだろ」


『だってその名前呼びにくいんだもの。じゃあね!』


 やはりジュディスが俺の話を聞くわけがなかった。彼女がそれだけ言うと、画面はいつものパソコンのものに戻った。


 途端に静かになる部屋で、俺はふと、彪道の言葉を思い出した。


 『まるで本当に生きているみたいだ』


 そうだろうな。だって、本当に生きているんだから。


 「俺は現実主義者なんだ。この目で見たものしか信じないし、人にも語らない」


 ところで、これは、ゲームの設定からは省いたが………。

 勇者フレアは身一つで時空を超えることは出来ない。媒介となるものが必要なのだ。

 また、それと対になるものがあれば、別の世界とも通信が可能になる。


 「それがパソコンだなんて、流行らないだろう」


 俺はパソコンの画面に右手を翳した。画面と掌の狭間で白い光が生まれ、水面に映る火のようにゆらりと揺らめく。


 「さて、今度こそ完結できればいいんだがな」


 そう呟くのと同時に、俺の身体は現世界から光の粒子とともに消え去った。






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