第八話
「どうか、私たちの街を救ってほしいの!」
なんだか最近似たような言葉を聞いた気がするなぁ、と思いながらシヴァは女性の話を聞いていた。
○●○●○
怪我の手当てをした後、しばらくして女性は目を覚ました。
「大丈夫ですか?命に別状はありませんが、しばらく安静にしなくてはなりません」
「・・・はい。」
血が足りず、頭が働かないのか女性はぼうっとした様子で頷いた。
「背中の他に痛む場所はありませんか?」
「頭が少し痛いわ」
「ちょっと失礼しますね」
シヴァはそっと女性の頭皮をなぞっていく。
目立った外傷や瘤ができている様子はない。
「おそらく貧血に伴うものですね。気持ち悪くはないですか?」
「ええ、それは平気」
「ではこちらのお湯をゆっくり飲んでください」
シヴァは増血効果のある薬草を煎じたものを女性に差し出した。
素直にそれを飲んだ女性は人心地着いたのか、ようやくシヴァの存在を認識したようだった。
「あなたが私を助けてくれたのよね。本当に有難う」
「お気になさらずに。私はシヴァといいます。今ちょっと席を外していますが、エリアスという連れがいます。」
「私の名前はアーシェよ。アーシェ=マノス」
女性は焦げ茶の髪を揺らしてそう答えた。
「アーシェさんはどうしてあんなところで倒れていたんです?」
「それは――」
アーシェが話し始めようとした時だった。
「あ、起きたの?」
「エリアス、お帰りなさい。ちょうどよかった」
水を汲みに行っていたエリアスが帰ってきた。
「アーシェさん、こちらがさっき言っていたエリアスという人です。」
そう言って紹介すると、アーシェは一瞬目を見開き、叫んだ。
「あなた、魔術師なの!?」
「そうだけど」
「お願い、助けて!」
縋り付かんばかりにそう言われ、エリアスは無表情の中に困惑を滲ませた。
○●○●○
そして冒頭の言葉である。
涙ながらに地に頭をこすり付け、アーシェは懇願した。
「お願い、私たちでは魔獣に歯が立たないの」
シヴァはエリアスににじり寄り、軽く服を引っ張った。
「なに?」
シヴァはアーシェを横目で伺いながら声を潜めて早口に尋ねる。
「魔獣ってなんですか?」
「簡単に言うと魔力を帯びた獣。魔法の実験中に逃げたものが繁殖したものだといわれている。知能が高く、人肉を好む――というか、おそらく人間を狩るのが一番楽なんだと思う」
「なんか身から出た錆っぽいですね・・・」
「否定はできないね。ちなみに人に益をもたらすものを、神獣という」
「なんか、こちらの命名方がわかってきました」
エリアスはくしゃっとシヴァの頭を撫でると、頭を下げたままのアーシェに声をかけた。
「そんな体勢だと傷が開くから、ひとまず頭を上げてくれる?」
「助けてくれると言う言葉をもらうまで動かないわ」
「ならシヴァ、もう行こうか」
そう言って、エリアスはすたすたと馬の方へ歩いていく。
「エ、エリアス!見捨てるんですか?」
「僕らは急がないといけないからね。それに、人の好意を盾にとったような物言いも気に食わないし」
後半ぼそっと呟かれた方が本音であるような気がしてならないが、急ぐ旅路であるのは確かだ。
「でも魔獣は人を食べるのでしょう?人が死んでるってことじゃないですか」
「恐らく、ね。でも、そんなのはよくあることだ。」
「王は国民を守るために命を懸けると言っていたじゃないですか。ならば貴族だってそれに準ずるべきではないんですか」
「僕が貴族だなんて話したっけ?」
「雰囲気でわかります。話を逸らさないでください」
「確かに貴族は民のために身を捧げるべきだ。だけど、今回天秤に掛けられているのは一つの街と全国民の命なんだよ」
「…そう、そうですよね。アーシェさん、エリアスは行けないのですけど、もし人手が必要ならば私が行きましょうか」
アーシェが顔を上げる。
「もしかしてあなたも魔術師なの?」
「いえ、私はただの料理人ですが」
あからさまにがっかりした顔をされてシヴァは少し落ち込んだ。
この世界に来てからというもの、料理人と名乗るたびに失望されてばかりだ。
料理は人を幸せにするのだと、信じていたのに。
「シヴァ、行くの?」
エリアスが聞く。
「はい。私は王都に行く必要はないですし、役にはたたないかもしれないけれど、何かできることがあるかもしれません。エリアスとはお別れですが、ここまで有難うご――」
「なら僕も行く」
そう言われ、シヴァは目を瞬かせた。
「でもエリアスにはやるべきことが」
「少しくらいなら大丈夫」
さっきと言ってることが違いませんか、と思ったもののシヴァは賢明にも声には出さずに、
「有難う、エリアス」
心の底からお礼を言った。