第七話
森を抜けると整備された道が延びており、移動速度が格段に上がった。
うっかりしゃべったりすると舌を噛むので、二人は無言で馬を早駆けさせてゆく。
朝から休みを取りつつ馬を並走させていたシヴァとエリアスであったが、シヴァが突如馬の速度を緩めた。
並走していた馬が、必然的に縦一列となる。
即座にエリアスも馬の速度を落とし、再び二頭の馬が横並びになる。
「どうかした、シヴァ?」
「あの、あそこに倒れてるのって…人じゃありません?」
一瞬、忌まわしき倒木がシヴァの頭をよぎったが、道に倒れているものは木などではなくどう見ても人間である。
シヴァに言われて、エリアスは目を凝らす。
「え…どれ?」
シヴァが指し示したのは200Mほど先の場所である。
いくら整備された道といっても物が転がっているのは茶飯事で、遠目で人間と見極めるのは難しい。
視界のぶれる馬上では尚更だ。
二人はそのまま馬を進め、シヴァの指し示した場所へと近づいていく。
「本当だ。怪我をしているね。早く手当しないと命が危ない。」
倒れていた人を抱き起したエリアスが素早く判断を下す。
道に倒れていたのはまだ若い女性だった。
背中から腰に掛けて大きく切り裂かれたような傷がある。
傷はそれほど深くないようだが広範囲にわたり、出血量が半端ではない。
衣服が赤黒く染まり、このままでは失血死してしまう。
「村で手に入れた包帯がありますが…足りませんね」
包帯は、シヴァがエリアスから貰った小遣いで買ったものだ。
しかしこれほどの大怪我を予想していなかったため、背中を覆うには長さが足りない。
「無いよりはましだと思う。シヴァ、その人の服を脱がせて。」
「はい。いらないタオルあります?」
シヴァは傷に触らないように、うつ伏せのまま女性の服を鋏で切り取っていく。
渡されたタオルを水筒の水でぬらし、傷まわりの血を拭っていく。
傷自体が浅いせいか血が固まっており、これ以上の出血はなさそうだ。
「大丈夫そう?」
そう言って女性を覗き込もうとするエリアスの視線を、シヴァはさりげなく遮った。
「はい。このまま安静にしていれば、多分大丈夫です。」
「そう、良かった。包帯巻くから位置変わってくれる?」
エリアスが右に移動すると、シヴァも右にずれる。
エリアスが左にずれれば、シヴァも左に移動する。
「…シヴァ?」
「このひと、女性ですから私が介抱しますよ」
「何故?」
「何故って…」
普通は異性に肌を見られたくは無いでしょう、と言おうとして言葉に詰まった。
そう言えばエリアスの中でシヴァは男と言うことになっているのだ。
エリアスは自分が介護しようがシヴァが介護しようが、女性にとっては変わらないと思っているのだろう。
此処は女性のためにもシヴァが立ち上がらねばなるまい。
「ええとですね、この人は女性、エリアスは男性です」
「うん、そうだね。でもここにはシヴァと僕しかいないから、その人には我慢してもらうしかないね。」
予想通りの反応だ。
「エリアスは美形じゃないですか」
「それが関係あるの?」
美形だってこと、あっさり認めますね。
まぁ、否定されてもその顔じゃ説得力無いですけど。
「気を失っている間に、魅力的な人が自分の体を見たと知ったら、やはり恥ずかしいでしょう」
「そうかもしれないけど、今はそういうことを言ってる場合じゃないよ」
全くもって正論だった。
これは言いたくなかったんだけどなぁと思いながら、シヴァは覚悟を決めた。
ごくりと唾を飲み、早口でまくしたてる。
「私は女性の体に興味はありません。つまり・・・そういうことで、意味分かりますよね?」
エリアスはしばし何を言っているのかわからないという表情をしていたが、シヴァの言った意味を理解した瞬間じりりと後ずさった。
「え、あ、…つまり同性あ」
シヴァはにっこりと笑ってエリアスを黙らせた。
嘘は言っていない、嘘は。
背後でエリアスが「本当に男娼だったとか…?」などとつぶやいているのを無視して、シヴァは包帯を巻き始めた。