第六話
翌日の昼食は狼の肉を煮込んだものであった。
弱肉強食の世界が実によくわかるメニューである。
華麗な手捌きとは言い難いが、シヴァは一時間ほどで狼の解体を終えた。
食べ物は十分買ってあったので、その日のうちに食べられない分は森に放置してきた。
それらは森に棲む者たちが片付けてくれるだろう。
「そろそろいいかな。」
シヴァは鍋を火から降ろした。
材料の問題で素朴な料理しか作れないが、食事の準備はシヴァに任されている。
鍋に肉と野菜やら名も知らぬ調味料などを放り込んだシチューである。
「できた?狼の肉なんて初めて食べるけれど美味しいのかな。」
馬の世話を終えたエリアスが戻ってきた。
どうやらエリアスは狼の肉を食べること自体に抵抗はないようだ。
「どうなんでしょう。私も食べたことはないので何とも言えませんが。」
対するシヴァは、少し狼の肉というものに抵抗がある。
食したことが無いからということもあるが、シヴァの世界でイヌ科の動物は愛玩動物として飼育されることが多かったためだ。
鍋の中身を器に盛り、恐る恐る口をつける。
うん、肉だ。それほど奇怪な味はしない。
エリアスもいつも通りの無表情で箸を進めているから、口に合わないということもないようだ。
「この森はあとどれくらい続くんでしょう」
「この分だと明日には森を抜けるかな。昨日走った方向が良かったみたいだ」
昨夜、狼から逃げきったはいいものの、あらかたの荷物を馬に括り付けたまま置いてきてしまったので、シヴァは途方に暮れた。
今からも戻っても、またあの集団に出くわさないとは限らないし、そもそも馬が生きている保証はない。
しかし、ここは魔法がある世界である。
エリアスがちょいちょいと空に何やら書き、ぼそぼそと呟くと、おや不思議。荷を括り付けた馬が走ってきたではないか。
すごいすごいと興奮するシヴァにエリアスは「簡単な魔法だから」と少し笑っただけだった。
何はともあれ道を逆戻りする手間も無く、馬も荷も戻ってきたので予定通り王都へと近づいている。
満腹となり、食休みとしてくつろいでいる時間は恒例の質問タイムだ。
「人と神様って見分けられるんですか?」
人の形をした、人を超越したもの。
凡人の中から天才を見出すのが難しいように、人に紛れた神を見つけ出すのは至難の業ではないだろうか。
「確かに一目で見分けるのは難しい。でも、神が完全に人に紛れることはできないよ。」
「何故ですか」
「神は死なない。だから10年も共に在れば神かどうかはすぐにわかる」
10年とはまた気の長いことだ。
いや、聞きとがめるべきはそこではない。神は死なない、その意味だ。
「エリアスは私を悪魔を倒すために呼び出したんですよね。異界人ならば悪魔が殺せる?それとも封じることが目的なのですか?」
「言い方が悪かったね。神とて心臓を突けば、あるいは首を刎ねれば絶命する。ただ神は不老でその治癒力が並外れているために、自然に死ぬことはありえないんだ」
「でも、見極めるのに10年もかけていられませんよね。神と人との決定的な違いって無いんですか?」
「決定的というわけではないけれど…例えば」
エリアスが小枝で地面に何かを書いていく。
そして、エリアスが文言を二三言唱えると、文様の中心から芽が生えすくすくと成長していく。
「こういうことをするのにも、人間は必ず魔方陣を書かなければならない。」
そのまま大輪の花を咲かせたそれを、エリアスが手折る。
「だが神はたとえどんなに高度な魔法でも、詠唱なしで行使することができる。威力はともかく、だけどね。生まれながらにして人には届きえないところにいるのが彼ら神だ。正直なところとても羨ましい」
はい、と渡された花を受け取ったシヴァは、エリアスがいつになく落ち込んだ様子なのに気が付いた。
最近ではシヴァはエリアスの感情を、表情より気配で察する癖がついていた。
「でも、エリアスも薪に火をつけるとかは魔方陣描いてませんでしたよね?」
十分すごいじゃないですか、とシヴァは励ますように花を握った腕を振った。
「ただ、それぐらいが限界なだけだよ。」
「私にはそれすらできません。もっと誇っていいと思います」
「ん、有難う」
エリアスはシヴァに気を使ってか、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
シヴァには分からない。
別種族だからと割り切れない、その気持ちも。
神に対する劣等感も。
シヴァには理解ができなかった。
作者は狼の肉を食べたことはありません。
そもそも料理に関して全く知識がありません。
この物語は骨の髄までフィクションです。