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-trebolo-  作者: 庵里
第一章 召喚の失敗
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第四話

 翌朝シヴァは、またもエリアスより先に目を覚ました。

 これ幸いと、手拭いを瓶の中の水で濡らし体を拭き始めた。

 最後に顔を拭い一通り拭き終わったものの、髪が埃っぽく感じる。

 エリアスがまだ起きる様子が無いのを確認して、部屋を抜け出す。

 エリアスは昨夜裏口に井戸が有ると言っていた。

 裏口を出て誰もいないのを確認すると、上半身の服だけ脱ぎ、頭に水をかける。

 石鹸が無くとも、丁寧に洗っていけばほとんどの汚れは落ちる。

 短い髪のおかげですぐに洗い終え、部屋から持ち出した手拭いで髪の水気をとる。

 服を着て、ようやくさっぱりとした気分で人心地着く。

 シヴァは少し体を動かして体を温め直すと、部屋へと戻った。

 エリアスはまだ眠っていた。

 寝ている時まで無表情で、ピクリとも動かない。

 長めの髪が少し乱れているが、相変わらず美しい顔である。

 なんとなく、この世界の人は整った容姿であることが多い気がする。

 だが、その中でもエリアスは飛びぬけて美しい。

 それは人というよりも神に近しいような、人外の美だ。

 シヴァとて、そう卑しい顔立ちをしているわけではないが、エリアスと比べようという気は全く起きない。

 魔法も得意だと言ってたし、天は二物も三物も与えるものだな、とシヴァがぼんやりエリアスを眺めていると、そのうちにエリアスが目を覚ました。

 寝ている間全く動かなかったせいか、エリアスが伸びをするとバキバキと関節の音がした。

 疲れが取れているのか不安になるような音である。

 エリアス自身は何も思わないのか、シヴァにいつも通りの様子で話しかけてきた。

「今日も起きるの早いね、シヴァ。」

「おはようございます、エリアス。早く起きてしまうのは、もう習慣なので」

 魚市は朝から始まりますからね!と付け足すと、彼は納得したように頷いた。

 実のところ、シヴァは厨房では少し特殊な立場だったため、朝の仕込みなどしたことはないのだが。

「ちょっと顔洗ってくる」

 そう言ってエリアスが階下へと降りてゆき、それからしばらくすると食堂から物音が聞こえ始めた。

 エリアスが再び部屋へと戻ってくると、その手には二つの盆が載せられていた。

「朝食もらってきた。」

 この宿では食事は各自の部屋で済ませられるようだ。

 メニューはパンとハムサラダだ。

 この世界に米は無いのか、とシヴァは残念に思った。

 シヴァの国では米が主食であり、早くもあの味が恋しくなる。

 だが、この世界に留まることを決めたのは自分なのだから、と気を取り直してパンを手に取った。

「ところでエリアス」

「…ん?」

 まだ眠たいのか、エリアスの反応が鈍い。

「私も魔法って使えますか?」

 内心シヴァはかなり期待していた。

 この世界の人は、程度の差はあれどみな魔法が使えるらしいのだ。

「片手で良いから、手を出して」

 そう言われ、シヴァはフォークを置いて左手を差し出した。

 エリアスが、握手でもするようにその手を握る。

 とっさにシヴァは手を引きそうになった。

 男女の別なく、人と手を繋ぐというのは久しぶりだ。

 自然と手のひらに意識を集中してしまう。

 エリアスの手は乾いており、すべらかでしみ一つない。

 対するシヴァの手は荒れている上にタコもできている。

 唯一の救いは、エリアスがその事を気にしていないことか。

 早く手をひっこめたいというのが伝わったのかは定かでないが、エリアスはすぐに手を離した。

「残念だけど、シヴァには魔力が無いみたいだ。そちらの世界の人は皆そうなのかな」

「そうですか…」

 魔法が使えないのは残念だが、生活に困ることは無いということなので、シヴァは潔く諦めることにした。



 ○●○●○



 朝食を終えると、シヴァはエリアスからこの国の通貨について説明を受けた。

 それほど複雑な仕組みではなく、貨幣の価値はすぐに覚えられた。

 物の相場については実際に市場しじょうを見ながら覚えた方が良いということで、食堂へ食器を返したその足で市へ出ることになった。

 この村は、村といってもかなり大きなもので、シヴァの感覚で言うと街に近い。

 市も賑わっており、大抵のものはここで手に入るらしい。

 はじめに、荷を纏める鞄を手に入れるために服屋へ入る。

「いらっしゃい。…こりゃあ偉い別嬪さんでんな」

 戸の音で顔をあげた店主が思わずといった風に漏らした言葉に、シヴァは心の中で大きく頷く。

 此処まで誰にも言及されなかったため、自分の美的感覚がおかしいのかと密かに心配していたのだが、どうやら正常だったようだ。

 店主は片時も目を離すまいとでも言うように、エリアスを凝視している。

あんさん、それほどお綺麗っちゅうことは都のお偉いさんかね?」

 容姿と地位は関係ないだろうと、シヴァは心の中で突っ込んだ。

 いや、だがエリアスほどの美貌であれば、それだけである程度の地位まで昇り詰められそうでもある。

 店主の無遠慮な視線に、エリアスは少したじろいだように身を引いた。

「都に勤めているけど、それほどの地位は無いよ。こっちの子に鞄と服を見繕ってやって欲しいんだけど。」

 エリアスがシヴァの背中を押した。

 それにつられて、シヴァは一歩前へと出た。

 店主が名残惜しそうにエリアスから目をそらし、シヴァを見る。

 おや、と言うようにその目が開かれる。

「こちらも随分と可愛いぼんで。髪の色もえろう珍しいの。ちょっと待ちい」

 シヴァもぎりぎり店主の眼鏡にかなう容姿だったようで、店主は嬉しそうに服をっていく。

 …全て男物であったが。

 店主が選り抜いてくれたものからシヴァが数着選び、鞄と共に購入する。

 店の主人がしつこくエリアスに服を押し付けてきたため「半額!いや、その半額で良いから着てやってや」、根負けしたエリアスも、数着の服を買うことになった。

 予想以上に時間を食ってしまった上に、エリアスが明らかにやつれた顔をしていて、少し不憫であった。

 昼ご飯は露店で済ませた。

 シヴァは世界にかかわらず、買い食いと言うのは安く美味しいものだという真理を悟った。

 食の道へと進むなら格式ばった料亭よりも、まずは露店を研究すべきかもしれない。

 午後は、保存食や飲料水を買い込んだ。

 旅に必要な道具類はエリアスが持っているので、消耗品のみを補充していく。

 最後に寄ったのは武器屋だった。

 エリアスは店内を無言でしばらく見て回った後、一本の短剣を手に取った。

 素早く会計を済ませると、エリアスはシヴァにそれを差し出した。

 シヴァはしばらくそれを見つめて、言った。

「受け取れません」

「一応持っていた方が良いよ。何が有るか分からないし」

「私、刃物持っていた方が危ないですよ?」

「うん、でも持っておいて。」

 いつになく押しが強い。

 シヴァはしぶしぶ短剣を受け取り、鞄へとしまった。


 その後、エリアスがかなり多額のお小遣いをくれたので、シヴァは一人で市を回ることにした。

 真っ先に目指すは金物屋。

「包丁ください!6本一式で!」

 

 包丁セットを持ち帰り、エリアスに見せると呆れたような視線を向けられた。

「いや、だって、料理人ですからね!包丁は純正なる調理器具であり、血なまぐさい武器とは一線を画するのですよ。」

「短剣でもリンゴの皮は剥けるよ」

 シヴァの主張は一蹴された。

次の更新は少し時間があくかもしれません。

詳しくは活動報告の方で。

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(12/21更新)
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