第三話
二人を背に乗せていたからか馬の歩みは通常より遅く、村へと到着したのは月が天高く上ったころであった。
幸いなことに飛び入りの客を受けてくれる宿も見つかり、今夜は布団の上で眠れそうだとシヴァは内心で喜んだ。
夕食は宿の美人な女将さんが温め直してくれたパンとスープ、牛肉らしきものを焼いて薄く切ったものだった。
食堂にはすでに酔っ払った男たちがいて、にぎやかに酒宴を催していた。
エリアスとシヴァは人気の少ない食堂の隅に席を取り、食事を開始した。
パンをちぎり、スープをすくい、肉を一枚つまむ。
――うーん。
元の世界の豪華で凝った味付けに慣れているためか、シヴァにとっては今一つ物足りない味である。
少しばかり期待していただけに、かなり落ち込む。
素朴といえば聞こえは良いが、言ってしまえばただの手抜きである。
このような大衆食堂では仕方ないかと思いながら、すっかりと残さずに食べきったシヴァであった。
シヴァが、食べ終わった食膳を持って席を立つ。
「こちらにはお風呂とか有るんですか?」
エリアスも立ち上がり、食膳を調理場へ返すために歩き出す。
「そういう設備は存在するけど、この宿には無いと思う」
「そうですか。体を拭くくらいはできるかな」
シヴァはそれほど潔癖な性質ではないが、前日の野宿のせいで全身が汚れている。
あまり清潔さを欠くと、健康にも害を及ぼす。
こちらの世界はおそらく医療技術も遅れているので、風邪をこじらせると死ぬ可能性もあるだろう。
「裏口に共用の井戸があったからそこで…っとと。」
酔っ払った男がエリアスにぶつかり、エリアスの体勢が崩れた。
シヴァは反射的に振り返り、エリアスの食膳を支える。
「大丈夫ですか?」
赤ら顔の酔っ払いは謝りもせずに歩き去ってしまった。
「有難う、大丈夫。シヴァは随分と運動神経がいいんだね」
振り返り、自らの食膳を持ち替え、エリアスの食膳を支える。
一瞬でその三動作をやってのけたシヴァに、エリアスが瞠目する。
「もしかしたら――」
何かを言いかけてやめるエリアスに、シヴァは続きを促すがエリアスはそれ以降黙りこんでしまった。
もしかしたら――今は力が足りずとも、鍛えることで才能が開花するのではないか。
エリアスが言いたかったのは恐らくそんなことだと思う。
だがそれは、とんだ思い違いだ。
多少反射神経が良くても、シヴァには特別な力など無い役立たずなのだから。
自分の限界は自分が一番知っている。
しかし、エリアスが黙り込んでしまったせいで反論の機会すら失ったシヴァは、その言葉を胸の奥深くに押し込めた。
○●○●○
食膳を無事返却し、割り当てられた部屋へと向かう。
「4号室だから…ここだね。」
エリアスが鍵を開ける。
思ったより広い部屋だ。
柄杓のかけられた水瓶に、小ぶりのクローゼット。
椅子と机までそろっている。
そしてベッドが二つ。
「ベッドが二つ?」
「ん?」
「な、何でもありません」
エリアスが立ち止まって聞き返してきたので、シヴァは慌てて首を振った。
――そうだ、私は紳士なのだった!
――男同士なんだから同室なのは当然だし、何も問題は無いはず。
早々に己の感情と決着をつけ、早々にベットへと潜り込む。
食べた後すぐに寝ると太り易い?そんな馬鹿な理屈は知りませんよ。
「あれ、体を拭くんじゃなかったの?」
「謹んで遠慮いたします」
エリアスの頭に疑問符が浮かんでいたが、無視して寝具にくるまったシヴァを誰が責められるというのだ。