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-trebolo-  作者: 庵里
第一章 召喚の失敗
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第二話

 翌朝シヴァが目を覚ますと、エリアスはまだ眠っていた。

 昨日の疲れがまだ残っているのかもしれない。

 熟睡しているエリアスを起こさないように昨夜張られた簡易結界を抜け出し、シヴァは日課となっている朝の運動を開始した。


 

 ○●○●○



 エリアスが起きたのに気付き、シヴァは柔軟をやめて簡易結界へと戻った。

 簡易とはいっても結界は随分と高性能で、一度認証された生体は結界を自由に出入りできるらしい。

「おはようございます、エリアス」

「おはよう。随分と起きるのが早いね」

「料理人の朝は早いんですよ」

 ちょっと格好つけて言ってみた。

「へぇ、そうなんだ。ごめんね、やることなくて」

 そういってエリアスは朝食を並べていく。

 用意されたのは昨日と同じような食事だったが、パンにジャムがついたのが嬉しい。

 見た目が真っ赤なのでイチゴジャムのような味を予想していたのだが、もう少し酸味が強く後味が爽やかだ。

 強いて言うならば――

「アセロラ?」

 シヴァの口からこぼれ出た言葉にエリアスが首を振った。

「それはクリトのジャムだよ。アセロラは高価過ぎてジャムには適さない。」

 その言葉にシヴァは驚く。

 エリアスの言った内容ではなく、この世界の食材名が元の世界と同じ名称であることに、だ。

「こちらの世界にもアセロラってあるんですか!?見た目がサクランボに似た?」

「うん。西方では安価で手に入るらしいよ。国交がないからこちらでは手に入りにくいけれどね。」

 驚いた。

 なんとなく、動植物の名称は元の世界と異なっていると思っていたのだ。

 だがよく考えてみると、言葉が通じているのだから、それらの言葉のみが食い違うというのもおかしな話だ。

 シヴァの世界と同じ特徴のものは同じ名称で呼ばれていると考えるのが妥当だろう。

 そういえば昨晩も「を最寄りの村で調達する」と言っていたではないか。

 クリトという果物は聞いたことがないため、おそらくシヴァの世界に無い果物なのだろう。

 しかし言語が確立する過程で、全ての単語が一致するなどあり得ない。

 なぜエリアスと言葉が通じるのだろう。

「もしかしてエリアス、私に言葉が分かるような魔法をかけてくれたんですか?」

「そんな魔法は存在しない。人の思考や命を対象とした魔法は禁呪とされていて、研究を禁止されているからね。」

「ならばなぜ、エリアスと私は言葉が通じるのでしょう?」

「そう言われればそうだね。そちらの世界から召喚した紙面や発声機でも同一の言葉が使われていたけれど、不思議に思ったことはなかった。世界が表裏の関係にあると言葉も同じになるのかな」

 シヴァの世界と使われている文字まで一緒らしい。

 その不自然性についてエリアスはあまり興味が無いようで、応える言葉はそっけない。

 シヴァも頭を使うのは苦手なので、あっさりとその問題を考えることを放棄した。

 理由は分からないが、便利であることは間違いない。

 おかげで言葉の分からぬ街で彷徨うという心配はなくなったのだ。

 シヴァは限りなく稀な偶然に感謝した。



 ○●○●○



 近くの村までは通常馬で半日程で着くのだが、あいにく馬は一頭しかいない。

 歩くには遠すぎるし、時間もかかる。

 かくなる必然において、シヴァはエリアスの馬に同乗させて貰うこととなった。


「シヴァの世界でも馬には乗るの?」

「いえ、交通手段として馬が使われることはほとんどありません。」

 馬の背で揺られながら、シヴァは予想以上にエリアスが近いことに内心うろたえていた。

 予想以上に厚い胸板にドキドキした…とかそういう甘酸っぱい理由からではなく、極めて現実的な理由からである。

――これほど近距離であると、本来の性別がばれかねない。

 勘違いを放置しているだけで嘘をついているわけではないのだが、今後の信頼関係のためにも知られるならば自己申告という形が望ましい。

「それにしては慣れているね。馬ではなく他の動物に騎乗を?」

 最高の詐欺師はまず自らを欺くことから始めると言う。

 つまりシヴァが自分が男だと思い込むことで、ばれる確率がぐんと下がるはず。

――私は男の子…いや、男の子と言うのは若づくりな気がする。

――ならば男性か。私は男性男性男性…うーん。何か違和感が。

――少年、青年、ジェントル…紳士…。

「私は紳士だ!」

 口に出していた。

「ああ、ええと、つまり乗馬は紳士の嗜みですよねーということでして。」

 エリアスの方を上目遣いで伺うと、エリアスは反応に困ったような眼でこちらを見ていた。

 笑ってください、その方が楽なんです、と気まずい空気の中で祈るが、そもそもエリアスの無表情が笑みを作るところなど想像すらできない。

「つまりシヴァは良い家の出なのだね」

 笑ってはくれなかったが、エリアスは助け船を出してくれたようだった。

「ええ、そうなんです。うちは代々お金持ちで、ははは…。」

 無理に作った笑い声がむなしく響く。

 いたたまれなくなり、シヴァは話題を変えることにした。

「エリアスの髪の色はとてもきれいですね。こちらではよくある色なんですか?」

「この色はありふれたものではないけれど、特別珍しいものでもないよ。それよりよほどシヴァの髪色の方が珍しい」

 そう言ってシヴァの髪を撫でるように梳く。

 それを何度か繰り返していたが、何かに気づいたようにぱっと手を離した。

「すまない。シヴァはもう子供ではないのだったね。男に触られても気持ち悪いだけだろうに。」

 に透かすとあまりに美しいから、とエリアスは続けた。

 自分の髪を陽に透かし見ることはできないが、髪を褒められるのは素直に嬉しいと思う。

「褒めて頂き、有難う御座います。前方には気をつけて下さればいくらでも触っていただいて構いませんよ。」

 片手で手綱を操るエリアスに、少し不安を抱いていたのだ。

 よく躾けられた馬であるから木にぶつかることはないだろうが、不注意は怪我のもとだ。

 一瞬の油断が、生涯の傷となる。

 そのことを、シヴァは身を以って知っていた。


「シヴァの眼の色はそちらの世界では良くあることなの?」

 手綱を握りなおしたエリアスにそう聞かれ、シヴァは反射的に右目をおさえた。

「やはり、おかしいですか。」

「いや、珍しいけれど異端視されるようなものではないよ。魔法で色を変えているのだと思うだろうから。気になるなら仮面でも購おうか?」

 真顔でそんなことを言うので、少し笑ってしまった。

「その方が悪目立ちしそうです。お気持ちは有難く受け取っておきますね」

 表情が変わらないので分かりにくいが、おそらくエリアスも冗談で言ったのだと思う。

 その気遣いがとても嬉しい。

「もしかして前髪伸ばしているのはそのせい?」

「はい。私の世界では片目の色が違うというのはおかしなことだったので」

 シヴァの右目は左目よりも少し色が薄い。

 これは後天的なもので徐々に色が落ちていったため、身近で接する者にも殆んど気付かれることは無かった。

 人のことを随分と良く見ている…割にはシヴァが女だと気付かないのは何故なのだろうか。

 シヴァは視線をまっすぐと下へ向けた。

 何も遮るものなく、馬の背が見える。

 …あまり考えないでおこう。

 シヴァは現実逃避の手段として、今夜の食事へと思いを馳せた。


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(12/21更新)
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